第21話 大挙したのは災厄か胃痛か
これで胡椒5袋、っと。
目録にメモを取ってサイコキネシスで指定の場所に運び分ける。
「ん、んんっ……」
凝り固まった背筋をぐーーっと伸ばすとパキパキ筋肉が嗚咽を漏らす音がする。
「──終わるしたぁーーー!」
ふぃー。終わった終わった。
ながかった。すごく眠たいからもしかして朝の鐘が鳴った頃なんじゃないんだろうか。
そう思って窓を見上げると空の底が変わっていた。夜明け前ってとこか。
ここは冒険者ギルドの荷入れ場所。
要するに馬車の積荷を下ろす所ってわけだ。
リーベさんの奪われた馬車に取得物を全て入れて運んだので実はかなりの量がある。襲われたばかりのリーベさんの荷物とかね。ほぼ丸々残っているだろうし。
私だけで荷物整理するのおかしいと思う。リリーフィアさんは2時間くらい前に最重要取得物一覧を片手に馬に乗って駆け抜けて行った。
つまり少なくとも2時間は私だけでやってる。
おかしくない? 月組はまぁまだいい。だがおっさんテメーはダメだ。すぐに取得物一覧まとめなきゃならないと分かっているのに逃げ出したテメーはダメだ。宿戻ったら覚えとけよ。隣の部屋になったテメーの運命を嘆くんだな。
「……はぁ」
冒険者ギルドのダクア支部はあまり人の出入りが少ないのか、1人で荷入れ場所に居ても問題がない。なんせ自分の物以外がないから。
流石に更に盗難に遭ってはまずいので扉の鍵を私が、それと1人見張りも兼ねてギルド職員が受け付けにいるっぽいが。
ま、取得物に貴重な物が無くて良かった。地位も名前も何も無い低ランク冒険者には扱いに困るお宝なんて持て余すだけだ。身不相応ってね。
あとトラブルと胃痛の元になるし。(本音)
私は一覧を見直した。
・胡椒5袋
・塩10袋
・他4種
調味料となるものが大雑把に数袋ずつあった。
恐らく香辛料を中心に取り扱う商会が襲われたのだろう。まぁ、グリーン領からファルシュ領の中間に拠点があったことからグリーン領を通過した商会を探ればいいだけだから見つけるのは速いだろう。見つかる前に相場を調べておかなきゃ。
大手商会だろうから商品を必ず回収するはず。商会の納品原価の半分はぶんどれ……恵んでもらえればいいな。
・本5冊
・大釜3つ
・薬草10種類
・砂の入った瓶4本
・素材数種
推測の域であるが、これは個人の物だ。もしかしたらこれは元の持ち主が現れないかもしれないし、別のタイミングで襲われた複数人の持ち物かもしれない。それくらいにはバラバラ。だけども共通点は錬金用の持ち物であるという点だな。どういう生物か分からないが剥ぎ取り素材らしきものがあった。
ギルドが調べてくれるならいいけど自分で調べるのは骨が折れそう。
・食料
・酒
これは普通に盗賊達が食べていたのだろう。木箱にいくつか入っていた。奪ったものという可能性もあるけど、そこら辺の村で物品交換したのかもしれない。恐らく廃棄処分になりそうな物だ。
金にならない。1番っ、金にならない……!
そして問題の物。
・グリーン子爵紋章付きの剣
・恐らくその人物の持ち物 数点
この持ち物とやらがまぁた厄介。ちなみにこれに関してはリストに入れてない。多分領地なし貴族の物だろうからリリーフィアさんにまとめて渡して出発してもらったのだ。
だって確実にフラグになりそうなペンダントとか、絶対持っておきたくない。
「あれ、リィンもう終わってたのか」
「えー!? 折角手伝いに来たのに!」
荷入れ場所の扉がガラガラと開けられ、そこに現れたのはグレンさんとリックさんの2人だった。
「あ、おはようです」
「無事で良かった。事の顛末はうちの奴らに聞いたけど一応リィンからも教えてもらってもいいか?」
グレンさんの言葉に私はかくかくしかじかと話し始める。ちなみに一応グリーン子爵紋章云々は除く。
うんうん、と頷いていたグレンさん。
そしてガバッと頭を下げた。
「ほんっっっっっとーーーーに悪かった。ライアーが居たとはいえ、事をお前に任せてしまった!」
……同じ魔法職が居なくて非常識ぶっ込めて楽だったとか思ってないよ。
私のなけなしの良心が痛む。うそですこれっぽっちも痛まなかった。
「リィン、怪我はしてないか?」
「無傷! あ、でもおっさんはリーベさんのおケツアタックにて負傷ぞしたです」
「「ブホッ」」
私の魔法にも巻き込まれたし、前衛って大変なんだなー。
「そうだ」
魔法に巻き込む前に聞いた単語で気になったことがあったんだった。あのタイミングで聞くのもどうかと思っていたから、今ここで解消してしまおう。
「白華教って何です?」
私が首を傾げると2人は顔を見合わせた。
「リィン、お前白華教知らないのか?」
頷くと、グレンさんが困惑した表情になった。
ごめんね、ほんとに知らん。
「あー。そりゃ知らない奴もいるか。──白華教ってのは、輪廻へと送り届けたる組織だ」
「……????」
なんだそりゃ。
宗教感強いことだけはわかる。
「俺たち人間は肉体と魂に別れていて、肉体に閉じ込められた魂があるから生きているんだ。肉体が死亡した時、魂は新たな肉体へと、まぁ、転生だ。輪廻転生」
グレンさんが頭をかき、そう簡潔に言い放つ。
「本当はもっと細かい説明の仕方があるんだけど、庶民にそこまで細かいことは分からん。ただ、悪人も善人も死んだ肉体がそのまま残っていれば魂が新しい肉体を得られない。罪は肉体に宿るもんだ。つまり魂には罪がないからな、早いとこ肉体を消滅させましょうって教え」
うーん。
要するに葬儀屋?
「死体を放置するのは重罪だ。殺人よりも重い。絶対にしてはいけない。リィンも気を付けとけよ。死体遺体報告はギルドや騎士団でもいいけど、街どころか村にすら白華教の教会があるから。確実に白華教に灯してもらえよ」
そんなに重たいの!?
ひぇ、どんな世界でも宗教って大事なのね……。気を付けとこ。前世の感覚でいたら重罪かもしれない。
死体放置、ダメ絶対。
でも私が知らない理由がよく分かった。
母親が亡くなったのは私が生まれてすぐだし、それ以降身近に亡くなった人は居ない。屋敷の中にいるんだったらご近所さんとかもないしね。うーん、これは深窓の令嬢。世間知らずが過ぎる。
拠点にいくつかあった死体、無視してたらやばい事になってたかも。ギルドに報告して良かった。
「そういえばリック」
「ん? 俺の事?」
「お前この子の名前と俺の名前言えるか?」
「お前がビビアン、この子がリィン」
「欠片も惜しくないな」
全く惜しくないね。
私も人の名前言えないけどさ、呂律的な意味で。リックさんはむしろ覚える気がないんじゃない?
「なんでリィンの名前だけ言えるんだ? 聞こうと思ってたけど、盗賊騒ぎでゴタゴタになってたろ」
「ああなんだ。そんなの簡単なことじゃん」
リックさんは私を指さしながらグレンさんに理由を言い放った。
「この子が俺の主人公だから」
「……は?」
「ん?」
グルンッ、とリックさんの瞳がこちらを向く。私と目線を合わせる様に床に座った。
「俺さ、農家の生まれなんだ」
「え、あ、はい」
「そんで、村で1番強かった!」
幼馴染なのかグレンさんがウンウンと頷く。事実みたいだ。
「俺、自分が主人公だってずっと思ってた。だって俺はめっちゃ強いし、人望があったし、頼りになる幼馴染も居て。これはもう英雄にでもなっちゃうしかねぇな! って」
でも、と小さく呟く。
「俺は主人公じゃなかった。俺の人生でさえ俺は主人公じゃなかった。街に出て、壁の高さを知って、ああ、俺も、アイツも脇役でしかないんだって」
どこでそういう考えになったのか分からないが、リックさんは主人公じゃないと言いながらも笑っていた。
まるで主人公だと錯覚するほど。
「俺は多分主人公の素質あったと思う! 俺だけじゃなくて他の奴らも素質は絶対ある! でも俺さ、俺が主人公じゃなくてもいいくらい、俺の主人公を見つけたかった!」
リックさんは両手を広げてニッ、とお日様みたいな笑顔を浮かべていた。
「俺はずっと主人公を探す脇役だったんだ。そんで、ようやく見つけた。俺が自分の名前ですら覚えられなかったのは、俺たちが脇役だったから」
月組のリーダーが。私を真っ直ぐ見てそういう。
私がリックさんの主人公……? 我ながら奇怪な人生を歩んでるとは思うけど、私のこの性格や考えが主人公だと思う? どっちかと言えば悪役だよ?
するとココの外が騒がしくなった。
──バンッ
「リック! グレン! いるか!?」
「クーバー?」
クーバーと呼ばれた人は息を切らしたまま青い顔で、衝撃的な言葉を吐いた。
「──スタンピードだ……!」
ギルドマスター、サブギルドマスター不在のこのタイミングで。災厄が大挙して襲ってきた。
胃痛案件に胃痛案件被せても吐血しか生まれないんだけど?