第208話 十代から見れば三十以上は立派なおじさん
「もう、もうもうもう!」
「牛ぞり?」
「そういや牛って幹部も居たっぽいなー、」
「うるさい呑気2人! もうっ、どれだけ俺が緊張したことか!」
貴族街から庶民街に戻ったリックさんとグレンさんに、今日は息抜きって事で私も昼間だけど冒険者に戻る。
グレンさんはリックさんの右隣でぷりぷり怒りながら地面を踏み締めている。
「いやー、俺も緊張してたけど、リィンが来た段階で『あっこれは手のひらの上!』って思っちゃったよな。抗うだけ無駄って言うか」
「俺はそこまで楽観視出来ない質なんだよ!」
何となく足は自然と冒険者ギルドに向かっていく。
「そういやリィン、ライアーは?」
「あの人ですたら、今宿でご飯作るすてるです」
「……なんで?」
「曰く、『お前の作る飯は飯と言わない、兵器だ。食に対する執着がない俺でもお前の作る兵器は食に対する冒涜だと確信してる。飯は俺が作るから絶対に厨房にたとうとするな人が死ぬ』」
「………………なんで?」
グレンさんが死んだ目で私を見た。
「ライアーの行動は私もキッパリ分からぬぞ」
「今俺が思った『なんで』の目的語はリィンの料理に対してであってライアーの行動についてでは無いです」
それは気のせいです。気の迷いです。
「はーー、それにしても……。俺が騎士爵」
「あ、一応言うすておきますがどこかの家に取り込まれるすた場合は貴族当主という面はほぼほぼ無くなるですからね」
貴族としての面はほぼ無い。
今回の場合は特例と言うか、無理矢理騎士爵にしてファルシュ家に召し抱えた。
私の言葉に2人は同時に息を吐く。
「ほっとした」
「めちゃくちゃほっとした」
「貴族の、特に辺境伯レベルの護衛に庶民は流石にまずき、ということです故の、爵位です。あと」
「……あと?」
「……いえ、まぁ、主人が決まるすたのでこの忠告はもう必要なきですね」
「そこで切るなよ気になるだろ!」
リックさんとグレンさんの2人が他の貴族に取り込まれるの防止、という感じが主な理由かな。
いくら国王陛下と大臣さんだけのお話し合いだったとは言えど、複数の目に『Cランク冒険者リック、Cランク冒険者グレン』の名前が映ることは確定。それと同時に私もだけどね。貴族のどこからどこまで、女狐=リィンが広がるのか分からないけど。
私の場合グリーン子爵の後ろ盾。2人の場合ファルシュ辺境伯の後ろ盾。
……出身地考えたら普通逆じゃね? ということは言ってはならない。多分ほら、ファルシュ辺境伯とグリーン子爵は隣同士ということもあり仲良いんだよきっと。
「あっ、リーーーーダーーーー!」
「おーい!」
冒険者ギルドの前、幌馬車が3台くらい並んでいた。王都の広い道ではあっても目立つ集団だ。
「ま゜ッ! え、リィンちゃんがいる今日も可愛い!!」
「はわわわわわわわわ俺ザ・ムーンに入ってて初めて良かったって思えた俺らのクランリーダーがリィンちゃんとこんなに近しい」
「飴ちゃん食べる?」
「べる!」
口を開いて催促すると貴重な甘味が口の中に放り込まれた。お菓子くれる人良い人です。
「ようお前ら、ダクアから無事来れたようで何より」
「リックとグレン不在の中、慌てて荷物まとめて来た俺たちをもっと褒めろよ」
王都子爵邸でしばらく拠点が王都になることをリックさんに漏らすと、リックさんは冒険者ギルドを経由してクランに連絡をしたらしい。
『荷物まとめて王都に来い拠点変えるぞ』って。
それで、本来辿る旅程を月組は無理矢理ぶっ飛ばして急ぎ足で来たらしい。
「ま、リックの無茶振りには慣れてるけどな〜」
「だな」
「そもそも王都に拠点移すって冒険者大会の時言ってたし」
そういえばお兄ちゃんがそう言ってたな。
「拠点、ちゃんと用意出来てるのか?」
「おう! 一応!」
心配そうにクランメンバーがグレンさんを見た。わかる。リックさんに任せるのは心配だよね。
だから月組の王都拠点は、無い時間の中私も手を貸しました。ご安心ください。
「内壁近くになるから王都の外に出るのは時間かかるけど」
「結構広めの拠点だぜ。庭もちゃんとしてるし井戸もあった!」
「大前提だ馬鹿。作業スペースとかも取れる空間あるし、何よりリィンが選んだ」
「喜んで!!!」
心配そうな顔は一転、グレンさんの説明によって月組は顔に喜色を浮かべた。単純明快でとても良いと思います。
「グレンくん、場所はどこだ?」
「えーっと、冒険者ギルドから直進して、内壁のエレベーターがある付近……で……」
「んじゃ貴族街に近いのか、治安は良いな」
「逆に高かっただろ」
グレンさんが説明の途中で言葉を見失った。
月組の拠点から冒険者ギルドの間に安眠民が存在し、そして内壁を登れば、あっという間にファルシュ辺境伯王都邸。
ちなみに、見上げれば屋敷が見えるし見下ろせば拠点が見えるぞ!
「………………リィン、仕組んだな」
「なんのコトですかね〜」
ここ、いいなぁって言っただけで決定したのはリックさんだよっ。決してファルシュ家に取り込むと計画した段階で拠点の位置を近い場所に操作したとかそんなことは無いよっ。えぇ、全く。
「拠点は一括金貨5500枚! もう払っといたぜ!」
「ばっかやろうかよぉ! おま、お前そんな大金どこから持ってきた!」
「割り勘したぜ? な! アカ!」
「それでも2750枚が大金な事に気付け馬鹿!!」
「まぁ大丈夫だって、まだあるし」
あ、やばい。
私は急ぎめで口を挟んだ。
「──まだあるって言うすても宿1回泊まるすれば全財産飛ぶでしょう!」
リックさんの発言を叱るようにぷんぷんしながら言い放つ。金貨3万枚、流石に庶民にはでかい。
金銭に余裕があれば色々狙われるのは確実。『余裕のある中で買った拠点の持ち主』より『有り金はたいて先を見据えずに買った拠点の持ち主』の方が狙われにくい。ヘイトも向けられにくい。だから周囲にアピールするために声は張り上げた。
リックさん、とても危うい。グレンさんの苦労が垣間見える。
リックさんの隣でほっと息を吐くグレンさんに感動の念を送り倒した。
ちなみにだけど、私は『持つの怖いから預かってくれ!』と言われたのでリックさんとグレンさんの分の金貨の残りを預かっている。
あ、私の分の報奨はとりあえず5万支払われました。残りの25万枚は改めて呼び出して渡される様だ。
「リィンちゃん戦争中大丈夫だった?」
「んっ、ずっと王都にいるすてた」
「そっか〜〜〜なら安心だな〜〜〜」
「(そんな簡単に騙されるなよって顔)」
「今日も天使だなぁ」
ちやほやされるのは好きです。
撫でられるのを待機して頭を差し出すと、グレンさんがなにかに思い当たったのか声を上げた。
「前から思っていたが天使はまずいな」
「へ?」
顎に手を当てて考え込むよう姿。
まずい、とは? 私の魅力がありすぎて?
「鎮魂の鐘的に、天使を出すのはまずい」
「グレーン? どういうこと?」
「白華教の大元である鎮魂の鐘は、天使サマによる神託があって、んでまぁ、とにかく実際にいることは知ってるだろ。リィンを国王陛下、なんて呼べばクアドラード王国から裁かれるように、天使っていうのは鎮魂の鐘を敵に回しかねない」
あっ。
そういえばグレンさんの言う死霊使いって天使様に加護を与えられて魂が見える、とか言ってたな。
普通の人ならまだしもグレンさんは枢密院出身。異教徒ってことじゃないけど、実在する上位の存在を騙るとか言われる可能性がないわけでは無い。
「えー、じゃあどうしろと! 一体全体リィンちゃんをどう形容したらいいんだ!」
「普通でいいだろ」
「ばっか! これだからグレンは彼女が出来な──ごめんなさいなんでもないです」
するとグレンさんの左でうんうん唸っていたリックさん顔面ハッと顔を上げた。
「──堕天使!!」
どうだ、どうだ、と言わんばかりにリックさんがグレンさんに確認の視線を送る。
「堕天使なんてものは存在しない、よし」
「ガバ判定ぞ!」
居るんだよ堕天使!
そうしてギルドの前でガヤガヤ話していると、私達の目の前に王都の冒険者らしき人達が絡んできた。
「やいやいてめぇら!」
5人、くらいだろう。キッと睨みつけるように鋭い視線を向けている。厳つい風貌の男冒険者は、腕を組んで視線を集めた。
「……なんだ?」
「顔が穏やかじゃないな。うちのクランは非戦闘員も多いんだ、悪いが喧嘩や文句があるなら別の場所で」
「──そこのてめぇら、絶対にそこの女の子冒険者ギルドマスターに会わせるんじゃねぇぞ!」
リックさんより一歩前に出てそう言い放ったグレンさんは瞬間うずくまって頭を抱えた。
「リィンが絡むといっつもこれだよ!」
「なんか、ごめん」
定石通りの展開が続くような私じゃないんだよ。
「ここのギルマスに? なんでだ?」
「ここのギルマスはなぁ、そりゃもう女好きでよぉ! 会う女の子女の子をすぐに惚れさせて弄んでるんだよ!」
王都の冒険者は握り拳を作って力説した。
「しかも顔がいいせいで女はすぐにギルマスの味方につく。ファンクラブがあるくらいだ!」
「パン屋のスティちゃんが……!」
「こいつの片想いの相手はギルマスに惚れた」
「アウルア様が……!!」
「こいつの貢いだ女はギルマスに貢いでいた。かく言う俺もかみさんがゾッコンで俺の事をでけぇケツで敷きやがる!」
ちょっとゼウスさん。あんた、冒険者ギルドの大半をしめているであろう男冒険者に敵対されすぎじゃない?
「しかも魔族だ! 強い!」
つよい(頭の悪い解答)。
……なんか、魔族差別とか出来なさそうな人達だなぁ。
「だから絶対に、ギルマスの毒牙から可愛い女の子を守らなきゃならん……!」
「ほー?」
「年齢判定ガバ魔族なら絶対幼女だろうが老婆だろうが節操が無いとみた」
「へえー?」
「というか女冒険者は貴重だから絶対保護してくれ! 頼む!
将来ギルマスのお嫁さんになるのーとか、言い始めたらお前ら泣くから! 絶対泣くから!」
「あの、ご忠告ありがとうござります。わざわざダクアから来るすた所謂余所者ですのに、大人数相手に警告すてくれるなんてとっても優しくて素敵です。えっと」
私は月組が話しかけるより先に口を開いた。
「…………後ろをご覧下さい」
ごめん、どうしようもなかったよ。
私がその言葉を投げかけると、王都の冒険者はゆっくり後ろを振り返っ……。
「ぎゃーーーー!! ギルマスてめぇ!」
「何が『てめぇ』だよDランク。ギルドの目の前でわざわざ俺の悪口で盛り上がってよぉ」
そう、彼らの後ろには王都のギルドマスターが居ましたとさ。一応ギルドの前とはいえ、ギルドの外なので後でエティフォールさんに怒られるに一票。
「えっと、とりあえずリィンちゃん守れば良いんだよ……な?」
月組の誰かがそうつぶやいて私を背に庇おうとした瞬間、魔法が発動した。
磁石みたいに引き寄せられる。魔力が未だに癒きってない私はろくに抵抗も出来ず、あっという間にギルマスの手に渡った。
「よぉ、リィン。ふむ、ケツも良かったがお前脚も中々──」
──ジャキッ
ゼウスさんがそう言いかけ止まる。
何故なら首元に双剣が向けられていて、ファイアボールが空中に生み出されたからだ。
「リィンから手を離せ」
人睨みするリックさんと、無言で式神を構えるグレンさん。
ゼウスさんはたらりと冷や汗を流して手を上げた。
「……いつの間にこんな物騒な番犬飼ったんだよ」
私に抗議の視線を向けてくる。
いやそもそも無断で私の脚を触ろうとしたゼウスさんが悪いのでは? これが冒険者ギルドのギルドマスターとか冗談じゃない。
周りで見ていた王都の冒険者が感心したように拍手を送る。
月組の2人は気を緩ませもせず構えたままだ。
「リックさん……グレンさん……!」
私は2人の名前を呼んだ。過剰にまで反応するのは、2人が戦争を切り抜けたこともあるけれど、つい先程護衛として騎士爵の位を賜ることとなったからだろう。
「──反応が遅き! リックさん手ぞ伸ばしすぎ、それだと刺せぬ。グレンさんは魔法が放つされる前に魔力の流れで予兆の把握ぞして」
「「うぐっ」」
「2人とも外周1周! 今すぐ、なう!」
「あぁクソったれ! 痛いところ突いてくるな! 行ってくる!」
「うがああああやらかした! 俺も行ってきます!」
そして私の言葉に2人は頭を掻きむしりながらクランに向けてそう言うと、門の方向へ走り出した。
「…………なにこれ」
それは誰のつぶやきでもないけど、皆思ったことだったのだろう。
「で、リィン。そろそろ後ろ手に回してるやつ、外してもらっていいか?」
ゼウスさんは両手を上げたままそう言った。
うん? 袖口に仕込んでたナイフをゼウスさんに突きつけてること?
仕方ないなぁ。
だが初対面でケツ揉まれたこと未だに忘れねぇからな。
「私、女好きのおじさんって基本的に信じぬようにすてるの」
「鏡みてから言えって言うかよぉ」
ゼウスさんは真顔で『お前が言うのは心外極まりない』みたいな顔して言った。
「自分のコンビの顔面見てから言ってくれ」
見たから言ってんだよ。
==========
その日の終わりくらいの事だった。
「ただいまーーーっ!」
深夜の、真夜中に大声を上げながらとあるパーティーが宿屋に押しかけた。
闇に溶け込むような真っ黒な髪。しばらく鏡を見る度に綺麗な色だなと思っていた碧眼。リーダーの男は、2階の部屋から出た私を見上げて目を見開いた。
「リ、」
「〜〜〜〜っ、ペイン〜〜!」
「リィンーー!」
ああ、会いたかった。
その気持ちを込めて手摺を乗り越えて飛びつく。ペインは両手を広げて私を抱きとめた。
力いっぱい、強く。
「ペイン、会いたかった……!」
「無事で良かった……ごめん牢屋にすぐ向かったんだけど間に合わなかった……! 怪我してないか?」
「だいじょぶ、大丈夫ぞ! 無傷!」
「えっそれはそれでどうかと思っ……無事で良かった!」
「ペインは無事!?」
「うん、大丈夫! 皆が護ってくれたし、ちょっと怪我はしちゃったけど、回復魔法で治したから!」
顔を付き合わせて話すと、歓喜あまってもう一回抱きしめた。ペインといるとパズルのピースが合うみたいにすごく落ち着く。
まさに感動の再会。
ペインのパーティーの4人も微笑ましそうに見ているが、それに待ったをかけたのは我が相棒様だった。
「──俺の時より! 激しいんだよ!」
気のせいです気のせい。
半年会わなかったのはペインもライアーも一緒だし、後押ししてくれたペインと裏切り者のライアーじゃそもそも土台の話が違うじゃん?
「あ、なんだおっさん居たんだ」
ペインがケロッとした表情で片手を上げる。ライアーは階段から降りてきて私に手を伸ばし……。
──スカッ
ペインが私を抱きしめたまま一歩下がることでその手は空を切った。
「……。」
「…………。」
両者が見合う。
ふっ、もてる女は辛いぜ……!
「小僧、そろそろ手を離せ」
「ははっ、おっさんこそ諦めたら? リィンの事裏切った癖によくも堂々と隣りに立てるなんて思ったよな」
「悪ィなペイン、そのリィンが俺の事どうっっしても欲しいんだってよ」
「リィンはサンドバッグが欲しかっただけだもんなー」
あの、すこぶる真実に聞こえる風評被害やめてもらってもいい?
まるで私が本当にそう思ってるような微妙なラインの所攻めていくのやめよう。歴代の軍師かな。冤罪の極み。
そんな、サンドバッグだなんて。とっても頼りになるアイボーサマとしか思ってないよ。当然じゃない。
「や〜、リィンモテモテやんなぁ、あれやん、今の状況。『私のために争わないで!』ってやつ」
「私語に変換すると『争え、勝者にこそ栄誉ぞ与えてやろう』ってやつですぞね」
「それは絶対ちゃうと思うで」
「もしくは『勝つすた所を私が倒す』ってやつ」
「それもはや漁夫の利やんけ!」
サーチさんがニヨニヨとからかって来たので返す。
実は私を取り合っている様に見えるこの図だけど、私には2人の男の真意がめちゃくちゃ掴めた。
「2人とも、そろそろ私を出汁に遊ぶすないで」
「……おー」
「あっ、ばれてた?」
私の言葉に2人はパッと手を離した。
弄ばれたわ。ぐちゃぐちゃになった服と髪をある程度整えていると、ペインがライアーに手を差し出した。
「──初めまして、ライアルディ・ルナール」
「……! お前、いつの間に俺の名前を。いやリィンか」
「えっ」
「えっ」
私が驚きの声をあげると逆に驚かれた。
「私、王様に会うまでライアーの名前存ぜぬぞり。その時にはペインの魔法は解除すてますたし……」
「じゃあほんとにいつの間に知ったんだ!??」
ペインはイタズラっぽい笑顔を浮かべて、ライアーを見ていた。
「俺、Cランク冒険者だけど伝手は結構あるんだよ。貴族の知り合いとかもいるしな」
「あ、そういうすれば私も貴族の知り合ういますね」
「最近の若い奴は貴族と知り合いなのが普通なのか、サーチ」
「ウチに聞かへんとって! 多分普通や……な……いはずなんやけどな。おかしい、ウチもおんねん。お偉いさんの知り合い」
ライアーに話を振られたサーチさんは首を傾げながら不服と言いたげな表情をした。
「ま、クロロスだよ。あいつの親父さんが大臣だから、クロロス経由で話が来たってワケ。で、そろそろ俺腕が疲れてんだけど」
手を取る? 取らない?
そう言いたげな視線でペインが瞳で問いかけた。恥をかかすな、ってことですね分かります。
ペインって視線でコミュニケーションを取るって言うか、口に出さずに誰かに合図する癖があるよな。
「……、わかったよ」
ライアーはため息をひとつ吐くとペインの手を取った。
「初めまして。次はせいぜい、騙されないように気を付けるんだな」
「オー怖ッ、おっさんったらそんなにギラギラしちゃってさ」
ペインはライアーと手を握ったままグイッとライアーに顔を近付けた。
「リィンを裏切ったこと、後悔してんのか」
「してない。あれが俺のやるべき事だった。俺の評価への近道だ」
「今のお前にトリアングロへの忠誠は?」
「無い。つーか、そもそもそんなご立派なもんは持ち合わせてねぇ」
「裏切り者のお前がクアドラードを裏切らない保証はあるのか?」
「無い。今後の事も分からないってのに裏切らないなんて保証は出来ねぇよ」
「じゃあ国の利益になることは考えてない、と」
「あぁ。そもそもトリアングロ王国の奴らは自分のことしか考えない性質だ。俺も例に漏れず、そういう質だな」
尋問、かぁ。
ペインの嘘を見抜ける魔法、それを知っているから私も邪魔はしない。ライアーも多分ウソを吐くことは無いだろう。
「なら今のお前の目的はなんだ?」
「リィンだ」
間髪入れず、ライアーはそう言った。
「具体的には?」
「……聞いて楽しいかよ」
「残念ながら俺は結構本気」
苦虫を噛み潰したような顔をライアーがする。
私の方をちらっと見ると、隣に立ってたラウトさんに視線を移した。
「ラウト、耳」
「仕方ないな、貸しひとつ」
「ちゃっかりしてんな」
おっ、こいつ私に聞かせない気だな!
ラウトさんを見上げるとすまなそうな顔をして、だけども『流石にライアーの気持ちは分かるから無抵抗でいてくれ』みたいな顔もしている。
仕方ないなぁ。
私は大人しく、耳を塞がれた。音が消える。聞こえるのは手のひらから伝わるラウトさんの脈拍と自分の心臓の音。
ライアーは再びペインに向き直った。
私に声は聞こえてこない。
「で、目的がリィンであることの詳細、だっけか」
「おう」
──だけど読心術は使えるんだよね……!!!
えぇ、私これでも優秀なんです。サイレントなんて便利な魔法があるのだから、音が聞こえない状況でもコミュニケーションを読み解ける様にしたかったから頑張ったよ。
無駄になる可能性が高かったけど、実際無駄にならなかったんだからいいよね!
「多分、好きなんだと思う」
「は? 恋愛として? おっさんいくつ歳離れてると思ってんの?」
「いや違う。俺は自分が分からなくなるんだよ、あいつといると。まあ、離れててもおかしくなるが」
ライアーはため息を吐いた。おい。ぶち転がすぞ。
「トリアングロを裏切ったのはリィンを選んだからだ。でも、リィンになら殺されてもいいと思って選んだ。……今までの俺が、あいつの手によって作り替えられていく。奇妙で気色悪くて、吐き気がする」
ぶち殺すぞ。
「俺の目的は、リィンの隣に居ることだ。俺がくたばるまで。今回で恨みも買ったし顔も売った、俺の死ぬ可能性は高くなった。でもリィンは、俺に生きろって言ったんだよ。多分死なせてやると思うなよってやつ」
「あぁ…………そういうことするよな……」
「ま、もし死ぬなら俺はリィンから離れてる。あいつに、俺の死まで見せてやるか。傷付けてたまるか。誰にも知られないようにこっそり死んでやる」
「……!」
「でもリィンは俺が姿を眩ませりゃ、それこそ地の果てまで骨を探しに行くだろ。何勝手に死んでんだって骨を砕きにくる。身に染みて、分かった」
ライアーは困った様に笑っていた。
「だから俺は、リィンの目の届くところで生き続ける。どれだけ辛くとも」
「他人を生きる理由にするなよ。人を、死ぬ理由にするなよ」
「誰に向かって物言ってんだ。俺は自分主義のトリアングロ幹部だぜ? リィンの為になんざ生きてやるか」
鼻で笑うと、挑戦的な表情でライアーは言葉を繋げる為に口を開いた。
「俺はリィンといて楽しかったんだよ。あぁ楽しかった。俺は俺の幸福の為に、リィンのそばに居ることを望む国に命じられ『リィンと関わるな』と言われたら、俺はこの国も裏切ってやるよ」
ペインははぁぁぁあと深いため息を吐いた様子だった。
「お前、めんどくせぇ」
「分かるよ。大変だな」
「こいつの処理する国の上層部が可哀想。特に戦争責任者の第4王子」
あぁー。やっぱり第4王子が大将だったんだ。
凱旋パレード見なかったからなぁ。大変そう。
「最後に一つだけ聞かせてくれライアー」
「ん?」
ペインは酷く真剣な顔をした。
それに釣られるように、ライアーも表情を正す。
ゴクリ、どちらかが唾を飲み込んだ。
「──リィンに手を出す気は?」
「ねぇよ馬鹿っっっ!!!」
「だってお前らどう考えても同じ部屋から出てきたじゃんかよ! リィンが、俺のリィンがこんなおっさんに汚される!」
「毛ほども興味ねぇわ! 後お前のじゃねぇ!」
「熱い夜を過ごすんだ! 俺らが隣の部屋に泊まっているとも知らねぇで! 」
「ぶん殴るぞペイン! そもそも俺は三大欲求ほぼねぇんだよ!」
「は!? リィンみたいな可愛い子がそばにいて性欲湧かないとか正気か!?」
「お前が正気か!!!????」
ギャースカ騒ぎ始めた様子を見て、ラウトさんを見上げる。そろそろ、いいんじゃない? そんな気持ちを込めて。
ラウトさんは話題が話題なだけに迷ったようだったけど、そろそろ〜っと耳を離した。
わ、うるせぇ。
「なんの話ぞすてるです?」
「……リィンは知らなくてもいいことだな(遠い目)」
後でしばき倒そうかなこいつら。
「……あかん、ウチ今顔真っ赤や」
「リィンちゃん、結構厄介な男引っ掛けちゃったわね」
サーチさんとリーヴルさんが同情するような戦慄するような顔で私を見てきた。
「んー……。私も結構厄介ですぞ? ライアーには一生かけるすて苦しめるです。私を裏切るすたこと後悔するといい」
「可愛いもんやろ」
「可愛いものね」
「具体的に言うと将来確実に国から命令される婚約者より私を優先すてフラれるすたり、私が婚約者の方を懐柔すてライアーは見向きもされず、一生結婚など出来無くなれば良きかと」
「最悪やん」
「最悪ね」
「私、ライアーの事末代まで呪うです。でも無実の人ぞ呪うつもりは無きです。──お前が末代になるんだよ」
タチ悪いやん、とサーチさんが私から距離を離した。
「そうだ、リィン」
ラウトさんが私の頭をポンと撫でた。
「よく頑張ったな。おかけでクアドラードは救われた。皆に代わり礼を言わせてくれ」
「お父さんみたき」
「うーん、年齢的に微妙な所ではあるが、ペインの父代わりくらいにはおもっているよ」
あ、そうなんだ。
ペインに対しては確かに父っぽいところはあったけど、騎士にも近いような気がしていたから。
「実は、ペインの父親から息子を頼むと頼まれた身なのだ」
「ヘぇ」
「だから、ペインが屈託なく、なんのしがらみもなく笑う姿を見れてとても嬉しい。君のおかげだ。心から感謝する」
ラウトさんは忘れていた、と言いたげに口元に指を立てた。
「さっきの話、ペインは嫌がるだろうから内緒で頼む。もちろん他の3人にも」
「……。仕方なきですねぇ、貸しひとつ!」
「そういう所」
さっきやってたラウトさんとライアーのやり取りを真似して内緒のポーズをした。
「さて、そろそろ2人ともやめにしないか。宿の者にも迷惑だ」
最早喧嘩の理由なんて何も無くギャースカ騒いで取っ組み合いを始めていたペインとライアーは、ラウトさんの諌めるその声に動きをとめる。この人、ライアーより歳下なんだけど貫禄あるよな。
あと老け顔。
「そうだライアー」
ペインは最後に一言と言わんばかりにライアーを見た。
「クアドラード王国を舐めんなよ、トリアングロ。俺たちを舐めんなよ。お前の目的を全て聞いた上で言う。……次は、俺が直々に殺す」
殺気まじりのその言葉に、ライアーは安心した顔をした。
「……あぁ、期待してるぜ」
「──ところで私の事大好きなライアーさん。そろそろお前の相棒お眠なのですけど」
「また布団に潜り込む気かよ! 一人で寝ろ!」
「リィン変なおじさんの布団に潜り込むのはもうやめろよ! 寝起きにおっさんの顔あってびびったんだぞ!」
「そうそ……えっどういうことだ」
クラップの布団に潜り込むのは必要な作戦でしたのであれは回避しようも無かった作戦です。