第206話 異世界に児童ポルノ法が存在するのか否か
王都の宿屋、安眠民。
──コンコンコン
扉をノックする音が聞こえた。
ライアーと同室だった為、私が起きるのと同時にライアーも目が覚める。
監視、じゃないけど。一応ライアーの傍で見張ってた方が体裁的にいいと思って。
あ、ロリコンとかそういう体裁には全く配慮してないです。
後なんだかんだ、色街に出掛けないライアーが新鮮ではあった。
「……はい」
警戒しながら扉を開けた。
扉の外にはフードを被った男が一人。そして少し距離を離して男が二人。
「夜分にすまない、この時間しかないと思って押し掛けた」
私は1番近い距離にいる人の顔を覗きこんだ。
「……え、あ!」
「久しぶりだな、リィン。トリアングロの国境基地以来、か」
青い瞳に金の髪。
クアドラード国王の第2王子、エンバーゲール殿下だ。
「未婚女性の宿に予告もなく来たことに関しては謝罪をする。だが、少々話したい事があっ……て………………」
エンバーゲール殿下は私から視線を移して私の背後を見た。
そう、同室の、共に寝ていたのだと容易に想像が出来るライアーの姿を。
「…………あ、ぁ、えっと、その、すまない出直す」
「誤解だ!」
「誤解ぞ!」
王子の腕をがっしり掴んで、逃がさねぇぞとばかりに部屋に引きずり込んだ。
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「あぁ、じゃあ2人は別に熱い夜を過ごしていたとかじゃなく」
「児童ポルノ法で訴えるぞ第2王子」
「勘弁してくれ……。もう後も先もないんだ」
一応誤解を解くために無理矢理説明した。
後方で控えていた監視であろう2人もほっと息を吐いた。
すいませんね、まさか配慮してなかった方がピンポイントで襲ってくるとは思ってなくて。
「頼むぜ第2王子……流石にリィン相手に欲情はしねぇ……」
「えっ」
「えっ」
「ライアー欲情せぬの!? 人間!?」
「お前本当に、いい加減にしろ……」
力が抜けたとばかりにライアーが蹲って頭を抱えた。
「……魅力的な女性といて性欲が湧かないなんてあるのか」
「…………エルドラー」
「あっ、なんでもないです。俺は誰にも手を出してません。神に誓います」
金の血を、軽率に流出させたら、人権フル無視エリアさんが黙ってないぞ。
そんな気持ちを込めて呟いたら想像以上に効いたようだ。
「あー、なんつーか、俺は三大欲求がどれもほぼ無いっていうか……」
「「えっ」」
流石に聞き捨てならなかった。
「え、性欲どころか食欲も!?」
「お、おぉ。一般的に美味いって言われる部類の食べ物は頭に入れてるが、食欲があるかと言われると皆無だな。食べなきゃまずいから食ってはいるが。酒の美味さも分からねぇ」
「す、睡眠欲は!?」
「寝る時間ってそもそも無駄だろ。睡眠が成長を促す云々って話はあるが、休息なら起きながら寝た方が効率がいい」
ちょっと人間として欠陥がありすぎないこの男。っかー、王様が『ルナールを人間にしてくれてありがとう』的なことを言ってた意味がようやく実感出来た。あまりにも機械的なんだこの男。
こいつは私が何とかしなきゃ……!
急に使命感が湧いてくる。
エンバーゲール殿下が無言で視線を向けてきた。まるで『頼んだ』と言われているようだ。任されよう。
「それで、第2王子殿下はなんの御用でこいつの部屋に?」
「まず最初に言っておくが夜這いじゃないからな!?」
「護衛だか監視だかを引き連れてそれは逆に怖ぇわ」
もしかして、この2人かなり面白い組み合わせ。
今クアドラード側でどういった処理が成されているのか分からないけれど、エンバーゲール殿下はきっと王子としてはもう権力を持ち合わせていないだろう。そんな相手だからこそライアーも態度が遠慮ない。あとトリアングロで多少なりとも会話を交わしたのだろう。
「……ルナールはなんだか、随分変わったな」
「…………吹っ切れた、とも言う」
そんな会話で締めくくったエンバーゲール殿下は、私に向き直った。
「リィン、君に伝えておきたいことがあって来た」
「告白なら失せろよ」
「ある意味重要な告白ではあるのだがお前はしばらく黙れ!」
「ライアー鬱陶しき! ちょっとセルフサイレント!」
話の、腰を、粉砕骨折するな!
同時に叫んだからかライアーは微妙な顔して黙った。
「はぁ、出鼻をくじかれた。それでリィン、話の内容なのだが。……ある、2人について、君にも結末を話しておかなければならないと思って」
そして殿下から語られたのは、2人の最期だった。
異世界人シラヌイ・カナエと、男爵エリア・エルドラードの。
「…………。」
「……………………。」
「──そういう事で、もうこの世に、エルドラードとカナエは居ない。エルドラードが、君と知り合っていたのは知っていたから、報告すべきだと思って来た」
包み隠さず話してくれたのだろう。
カナエさんの死因となった銃は……──私が渡した銃だ。
「俺には、君達がどんな関係だったのか想像も出来ない。ただ、同じ旅路を共にして、絆を深めあったのだろうと想像出来る」
「ハッ、冗談!」
私は鼻で笑った。
「シラヌイ・カナエは利用価値ぞあった。トリアングロ幹部の弱点ともなりうる可能性ぞ存在し、私はそれを利用しますた。友人関係、確かにその通り。ですが利用価値があるまで」
ベッドの上に座って腕を組む。
「所詮一瞬の旅路を共にすた程度。脳天気なところとか、平和ボケすたところとか、私には基本的に合わぬのですよ。気性が。エリアさんだって、私散々脅されるすますたしィ? 清々しますたね!」
「……っ」
「リィン、もうやめろ」
エンバーゲール殿下が辛そうな顔をして、ライアーが私を止める。
だけど私の口は止まらなかった。
「トリアングロは敵陣、その中で微かでも目的が一致すた。それだけです。所詮その程度の仲で」
「リィン!」
ライアーが強く私の名前を呼び、自分の腕の中に私を抱え込んだ。
「……リィン、強がるな」
「すまない……。辛いことを告げるしかできない、私を許さないでくれ」
ボタボタと私の目から涙がこぼれ落ちていたのを、ライアーが乱雑に拭った。
ドクドクと心臓の音が聞こえる。生きてる音。
「……っ、カナエさんは、この国にくるべきじゃ無かった! この世界にくるべきじゃ無かった! 私なら良かった、私は強き、っ、それなるすれば、カナエさんは幸福ですたのに! まもるすて、くれる、人もいて、もっと友達も出来るはずだった! 普通の人故にっ、異世界人の肩書きは重たき……!」
私は転生者でカナエさんは転移者。
性格を考えたら、孤立無援でも味方を増やしていけれて、メンタルぞ強き私が転移者である方が平和的に暴力と処世術で解決出来た。優しくて傷つきやすくて普通の価値観と視点を持っているカナエさんが親も居て姉兄もいて家がある、無条件に頼れる人がいる転生者である方が良かった。
「言えば、良かった! 私もっ、私もっ、カナエさんの味方ぞって、言うすれば、良かったぁあ!」
私も異世界人だよって。正確に言うと異世界人じゃないらしいし、前世の記憶は常識とか感覚程度で殆ど無いも同然なんだけど、カナエさんと一緒なんだよって。
「……っ、すまない」
「エリアさんもエリアさんぞ! 殿下の事、ふんじばって尋問すっ飛ばすて拷問をすれば良かった、有言実行しろエルドラードの癖に!」
「それはほんとに勘弁してくれ」
「私、約束守るすたんですけど!? 血、一滴も流すしなかったんですけど!? いやまぁエリアさんも約束守るますたけどね!?」
「それは本当に凄いな!?」
エリアさん、きちんとエンバーゲール殿下を連れ戻した。クアドラードに、ちゃんと。従者としての役目を果たした。
「うえぇぇええん! 馬鹿ばっかりいいぃい! 命、粗末、すんなボケぇ! こちとら生命感覚は一般人なのですぞぉ!」
ただのエゴだって分かってる。
カナエさんはこの世界で不安を抱えたまま行きたくなかった。今をこれ以上紡ぎたくなかった。
エリアさんは自分よりもエンバーゲール殿下を護りたかった。殿下に国の未来を見せたかった。
それでも私は、生きていて欲しかったよ!
「……っ、ぐすっ、ひくっ」
ライアーにしがみついたままぐじゅぐじゅに泣いた。
「…………っ、カナエさんが、死にたきと願うすてたのは、何となく察すていますた」
「……!」
「だから私は、彼女に銃ぞ預けた。護身は護身……でも、これ以上辛き事の無いよう、自害用に」
カナエさんはこの世界の被害者だ。
シラヌイ、カナエ。
私は、貴女の名前すら知らないよ。
ねぇ、どんな漢字を書くの。シラヌイならともかく、カナエって沢山の漢字があるんだよ。
貴女は、平和な世界で、どんな暮らしをしていたの? 好きな食べ物は何? 苦手な教科とかあった?
まだ、聞きたいこと、沢山あったよ。
異世界の摩訶不思議な所、エルフが幻想だった事以外にも沢山あるんだよ。
「…………エンバーゲール殿下」
「はい」
「カナエさんの死体は、跡形も残るすてなき、ですぞね?」
「はい、くまなく、探しました」
「なら、なら良きです。……ありがとうござりますた」
これ以上、カナエさんが世界に利用されなくて。良かった。
「……私はこれで失礼する。ルナール、あとは頼む」
「第2王子に言われなくとも」
「そうか。私もエリアに頼むと言われているんだ、また、必ず会いに来るよ」
死んでも鬱陶しなエルドラードの金の血狂い!
「リィン、ありがとう」
エンバーゲール殿下は、皮肉にも感謝を伝えて宿を出ていった。
ライアーにくっついたまま、私は涙を拭った。
生きてる音を聞いて、生きてる熱を感じて、生きてるんだと、ライアーも私も生きているんだと実感させた。
いくら死にそうな目に遭っても、私は生きてる。
1番生かしたかった人が、今触れられる距離にいる。
「ライアー」
「ん」
「約束すて」
死んだのは、仕方ない。私の両手は沢山の命を抱え込めるほど大きく無い。そういうの命の責任は学園に通ってすらない子供じゃなくて大人にあるべきだ。だからカナエさんとエリアさんの死を抱え込む権利は、無い。
彼らは彼らの死に様を選んだ。
理不尽に訪れる死じゃなく、彼らはここで死ぬのだという選択をした。
死にたくなくて死んだわけじゃない。
死にたくて死んだし、生かしたくて死んだんだ。
「……死なないで」
ライアー。私を裏切った罪は重たい。だから、どれだけど死にたくても死なせてあげない。
どれだけ死にそうでも死ぬことは許さない。
「死んだら、呪うぞり……!」
「おー怖。いやまじで出来そうなのが怖いよな……」
戦慄したように小さく呟いてライアーは私の頭に自分の顎を置いた。
「この俺の相棒様がそう望むんだったら、仕方ねぇな」
頭の上でやれやれと言わんばかりの笑い声が小さく零れていた。
ライアーは笑うようになった。
『よく』笑うようになった、では無い。元々笑わなかった。笑ってなかった。
ルナールと初めて会った時、ルナールは笑っていた。すごく、ショックだったのを覚えている。
ライアーが笑わないのはそういう感情が欠如しているんじゃなくて、単に笑顔になる理由が無かっただけなんだって。
「ライアー……」
「ん?」
「一緒に寝るすて」
「今日だけな」
子泣きじじいと化した私を軽々抱えて、ライアーは私ごとベッドに横になった。春が目の前とは言えど肌寒い。薄めの布団が体にまとわりついた。ちょっとチクチクする、質の悪いお布団。
「おやすみ」
「うん……」
生きてる。
……生きてる。ここにいる。
命の温かさを感じながら、私はゆっくり目を閉じた。明日からはいつもの私。
それはそうとしてライアー冷え性なのか体温が低いから暖を取るには冷いです。出直して。
「(あったけ)」
どくり、どくり。
寝息が肌をくすぐる。
「(そうか、これが眠気か……)」
夢も見ぬほど、深く。