第200話 こんにちは相棒
走り抜ける。
ガクン、と時々膝が抜け落ちるけど、それでも私は走り抜けた。
途中で、誰かが私に声をかけた。
気付かないフリをして走った。
リックさんだったのか、エリィだったのか、グレンさんだったのか、はたまた幹部の誰かだったのか。全員かもしれないし、もしかしたら居ないかもしれない。
私は気付かないで走った。
走る体力なんてとっくに無いのに、無理矢理にでも走った。
まだ寒い冬の明け方の空は暗い。
冷たい風が吹き、寒さなのか恐怖なのか歓喜なのか興奮なのか答えの出ない微かな震えが自覚出来た。
息が吐く度に苦しい。吸い込む度にズキリと痛む。
疲労困憊。本当に自分は一体何をしてるのやら。
こんだけ苦しい思いをして、痛い思いをして、追われる身になって、一体どれだけの苦労を味わってここまで来たことか。
冒険者生活で得た思い出なんて忘れた方がずっとよかった。
ファルシュ邸に戻って、貴族に戻って、それでトリアングロ国に報復する方がずっと楽だった。
片やトリアングロの幹部。
方やクアドラードの貴族。
それぞれがそれぞれの道で歩んで、勝手に思い出の欠片を持っているだけなら良かったよ。
青いリボンをギュッと握りしめる。
廊下の窓から見える景色から雨の音が靴音をかき消していた。なのに心臓の音は耳元で大きく聞こえる。
ザアザアと、ドクドクと。
「……っ」
雨の音で思い出すのは、クアドラードの王城で初めてルナールと会った時のこと。苦しかったし、痛かったし、たった一瞬で全てが崩れ落ちた。
私の大切な嘘つき。
私はずっと、お前の居るとが楽しかったんだよ。どれだけウソ吐かれたって、お前にとってが偽物だろうと。
私にとってはそれが真実で腹立たしい事に人生で一番楽しかったんだよ!
腹立つ。腹立つ。
何勝手に裏切るんだよ。何勝手に牢屋に閉じこもってんだよ。何勝手に話を進めてるんだよ。
何勝手に、この私を諦めてるんだよ!
離れがたかったんだったら、その手を私に伸ばしてよ!
いくらウソ吐いたって、いくら偽ったって、この最悪な現状は嘘にならないんだから、いいから黙って私を必要としろ!
腹立つ!
馬鹿にされた様な侮辱とも取れるソレにムカムカとキリキリと胃が怒り声をあげた。
「っ、ひゅっ、はぁ、っ」
乱れた呼吸音が私を締め付ける。
絶対に、ルナールに会ったら開口一発で黒歴史を喋って精神的に追い詰めてやる。絶対ぶん殴るし、その体力がなくても体力をリミットクラッシュする。いや出来るか知らないけど。
ルナールに会ったらトリアングロで私が起こった胃痛的な案件全て教えてやる。その身に刻み込ませてやる。
ピュア軍人おじさんクラップにしつこいほど追われた事とか、はちゃめちゃ破天荒無自覚主人公系異世界人に会った事とか、獣人は普通にめちゃくちゃ怖いし厄介だった事とか、階段はやっぱり魔法を使った方がマシだった事とか、料理の腕前が進化したぞとか、グルージャはクライシスの弟だと確信出来たよとか、エルドラードってヤバいやつに会ったとか、月組ってどっちみちやばいなって話とか、シンミアだけは絶対に相容れないと思った事とか。トリアングロの王様は案内懐に入れた人間に甘いんだろうとか。
たくさん、沢山。話したいことが、共有したいことがある。
「はぁ……! はぁ……っ!」
階段を転がり落ちる様に走る。最早走ると表現してもいいのかという程、無様に降りた。
「……っ」
私を裏切って、私に災厄吹き掛けて、このまま綺麗にフェードアウト出来ると思うなよ。
私は迎えを待つだけのヒロインみたいな柄じゃない。冗談じゃない。
地下牢。
息を切らして私は見つけた。
「…………っ、リ……」
ボサボサの髪はだらりと垂れ下がり、黒い瞳が私を見上げた。切れて血の滲んだちょっと乾燥しがちな唇が名前を呼ぶように動く。喉仏が動いたのに、それは言葉にならずに空気に溶けた。
一番最初に言うことは……決まってたのに。
「──ライアーのばかぁあああ!」
チクチクと喉とお腹に針が千本くらい刺さっている気分。
多分その痛みのせいだ、うん、痛いから涙が勝手に出てきてしまった。別に会えて嬉しかったとかそんなんじゃない。ないっなら、ない。
「ばか、ばか、ばぁかぁあ!」
「……っ、は、いつもの、罵倒の語彙力どこいったんだよ」
牢屋の鍵は開いていた。
ライアーは鎖で結ばれてて、身動きが取れないみたいだから鍵なんて意味なかったんだろうけど。
私は扉を開いて中にズカズカ入り込む。
「ばか、まこと、に、ばかぞ! なにっ、なにゆえっ、」
呼吸音に近い音が零れた。
「なぁにがスタンピードが私のせいぞ、徹頭徹尾貴様のせいびゃろがいぃっ! きつ、狐が、何狐を誤魔化すしろうと、おま、クアドラードに第2王子誘拐、冤罪、ある意味犯人お前じゃろがいっっっ! それにっ、王都で、お前、ずっと。ばか! おおばかものぞりっ!」
胸ぐらを掴んで睨みつける。ライアーは目を見開いた後、クツクツと喉の奥を震わせた。
あ、おい、こら、笑ってんじゃねぇよ裏切り者。
「ライアーさん!!!???」
「ふっ、はははっ、いっ、て、ぇな、笑わすんじゃねぇよ響く」
「勝手に笑うすてるのお前ですぞね!?」
遺憾の意を表明する。
本当に痛むのか時々眉を顰めて痛みに耐えている。でも表情が完全に笑ってる。はっ倒すぞ。
「そういうすればっ! 大体お前が面倒な事ぞ起こすせねば、私はぐうだら冒険者っ、生活、幹部なんかに」
「ぶはっ!」
「今笑う要素ござった!?」
お前もう一生そこにいろ! その方が世界にとっても平和だし子供達の未来にとっても平和だよ! 主に私の!
「は、はは、思い出すなら、こっちの方がいいな」
ライアーは私の泣き顔を見てまた笑いながら言った。しばいたろかその顔面。
「リィン」
「……っ!」
「リィン……リィンっ、」
切望する様な切羽詰まった様な。たった半年のくせして懐かしい声。
「ライアーっ!」
動けないライアーに私は飛びついた。
殴るつもりだったのに、精神的に追い詰めてやるつもりだったのに。
今は力いっぱい、この不器用で不格好で私の相棒を抱きしめる。
「リィン……悪い……、」
「謝るくらいなれば、もっと早く」
「悪い……!」
意見しようと目を合わせた私に、ライアーは発言をぶっ込んだ。
「──悪い。この城、爆発するんだわ」
真顔。
一秒。
十秒。
「………………ば、」
固まった頭がしばらくして動き始めたので、私は口をようやく開けた。
「──爆発オチなんて最低ぞーーーーっっっ!」
──ドカアアァァァンッ!
これは城の至る所で響き渡った爆発の音。
戦争は急激に収束を迎える。
壊滅寸前のトリアングロ城。爆発の原因はどこだやら被害にあった兵士の手当てだなんだと大慌ての最中、スパイとして潜伏していた騎士が本部隊と連携し、トリアングロ王国は魔法を使える様になったクアドラードの騎士達に要塞都市に踏み込まれる事となった。要塞都市とはなんだったのか。けっこうな騙し討ちに遭ったとは言え、『貴族に降伏を許した』国王はこりゃだめだと確信した上に、たとえ二国統一したとしてもあんな奴らの手網を握りたくないと考え事実上の降伏宣言。その廃墟と化した城に白旗が風に靡く事となった。
何年かかるかも分からなかった死ぬか生きるかの最終戦争。
予想よりも遥かに低い死亡率と、半年という僅かな時間で戦争に終止符を打った、たった一人の最低ランクの冒険者。
歴史の影に消えるか、はたまた名誉を得るのか。未来の可能性はいくつにも枝分かれするとはいえ、彼女の受難は予定調和の様にまだ続くだろう。
どっちみち国に目をつけられ、ゆっくりスローライフなんて堕落に塗れた生活を送ることが出来る可能性が無に等しくなったことなど、まだ知る由もない。
「いや、流石になんの手柄も無しじゃ俺が納得出来ないだろ? 敗戦国についてやる気はサラッサラねぇし、これで勝ったクアドラードにとっては、俺の行動無くして戦争には勝てなかったという価値がつく。いやぁ、従順で無害なフリして王様ん所会いに行った行き帰りで爆弾仕込むの楽し……苦労したなァ」
「こんっっの、効率厨の合理主義嘘つき野郎め! お前はもっと爆発の被害ぞ被らなかった私の魔法に感謝ぞしろ!」
「ありがとな、流石利用価値がある」
「いいいいーーーーっ!」
「はははっ! なんだその奇声」
今はただ、宣言通り全力で、雨でびしょ濡れになりながらも己の相棒をぶん殴った。
祝、200話ーーーー!
シリアスだと思った?残念、この作品はギャグ作品だったのだ。無遠慮に続くシリアスに私のライフはもうゼロ。
兎にも角にも、ここまでお付き合いありがとうございます。第1部と言いますか、第2部と言いますか、ひとまず一区切りつきました。
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そして応援動画の紹介です。
ニコニコ動画にて何度目の作品のファンアート(照)を作ってもらいました。つまり、リィンが動きます。タグ『最低ランクの冒険者』でよろしければ調べてみてください。是非見て。よく見て。変た……コメントはみないで。