第199話 いつか絶対
地下牢。
つい半日前までリィン達が捕らえられていた場所に、彼は居た。
「ルナールっ」
「…………」
憤怒で顔を赤く染めたサーペントが牢屋の入口で見下ろす。
「は、なんだよ」
血液で体を赤く染めたルナールが牢屋の奥で鎖で縛られていた。
「いい子にしてろって言ったよな……」
「悪いな」
「っ、お前が! たった一人の小娘なんかにうつつを抜かすか!」
「サーペント」
見上げたルナールがサーペントを見つめる。
「馬鹿な感情論を振りかざしているのは分かっている。こんなの一時だけの感情で、きっと俺は後悔する」
「わかっているなら何故……っ!」
「……それでも、俺はリィンが居ない時間が、なんか欠けてると思ってしまったんだ。この穴が罪悪感なのか喪失感なのか無力感なのか、名前をつけるにはまだ分からない。こんな中途半端な気持ちを抱えたまま、生き残りをかけたトリアングロの幹部の席で戦争に挑めやしない」
油断をすればあっという間に食われてしまうのがトリアングロ幹部というものだ。今もまだ、非常時や緊急時であろうとも虎視眈々と幹部の席を狙う人間は多い。
それが常で、それが国の常識だ。
「何もクアドラードに着こうってわけじゃない。……努力が無駄になっても、ルナールとしての評判や評価を落としても。リィンの」
「黙れ! それ以上口を開くな!」
サーペントが感情のままにルナールを蹴りつける。
バキリ、と割れるような音がしてルナールは小さく呻き声を上げた。
「お前の今まではそんな一瞬で捨てていいものじゃないだろう! どれだけ努力してきたと思っているんだ! どれほどの屍の上に立っていると思っているんだ!」
「だが!」
「うるさいっ! 前任ルナールを殺したあの日、お前は自分に貪欲だった。滑稽なまでに! そういう所が幹部に向いていると思ったんだよ、俺達は! 秒針が刻むように新しくなる幹部の中で、常に無駄になることを嫌ったお前は! 今更お前の歩んで来た人生を無意味にするな! 無価値にするな!」
バキリと暴力が降り注ぐ。
怒りのままに感情をぶつけるサーペントは、昔からルナールを見ていた。王都在住の幹部として、情報を扱うからこそ。
ルナールの人並外れた努力を見せられてきた。
誰かに隠れて努力をする事を『評価にならないから嫌いだ』と宣言し、嫌々ながらも付き合わされたサーペントは、努力を全て知っていた。
自分だって、それくらいかそれ以上の努力はしてきた。
だけど、誰にも知られないようにだった。
誰かに評価される努力を、サーペントは幹部の誰より早く評価した。
「だが! 雨が降る度に、俺はきっとあの時の泣き顔を思い出す!」
ルナールがグッシャグシャに顔を歪めてサーペントに突っかかった。
「今更、今になってやっと気付いたんだよ。あんな強烈な言語で第一印象を全力で叩き込んでくる小娘を、忘れるなんて出来ない。俺は心底あの人生を見てみたい、願うなら隣で、馬鹿やらかす度に隣でしばいて。……俺は、クアドラードの女狐に負けてたんだ」
最後には困ったように、ルナールは笑った。
「だがリィンはお前を殺すためにここに来た」
「…………。だろうな。あいつ、結構ねちっこいって言うか、諦め悪いしプライド高いし利用されるとか嫌いすぎて国家にさえ喧嘩売りかね……いや売ってるか、トリアングロに」
さもありなん。
ルナールはうんうん頷いた。
「抱え込んでいた記憶が、会えない間に膨れ上がって。もうどうしようも無くなっている。……異常だ、こんなの俺じゃない。たった一つの『情』って言葉にめちゃくちゃにされてる」
裏切り者にされて一番嫌な事は、会えない事。
それはされた方もした方も、どちらにとっても苦しいものだった。
膨れ上がったのは愛か嘘か。
それとも罪か。
「お前、分かっているのか? 幹部には国の命運でさえ左右する。お前の今までだけじゃない、過去も未来も、国も国民も、全てを背負ってるんだぞ俺たちは」
「ははっ、随分買ってくれたんだなサーペント」
罪には罰を。
ルナールはサーペントの折檻を塞ぎも避けもしない。
「俺なんてちっぽけな背中に国の命運や国民なんて背負えやしねぇよ。せいぜいあの小さな──」
ライアーは思い出しながら笑う。
「──相棒の背中くらいだ」
==========
「はあぁっっ!」
「うっ、ぴぎゃんっ!」
ザンッ! と風を斬る音が耳にかする。
全身全霊、全力で、私はこの王様の刀を避けている。
「ん、これも避けるか」
「実験感覚で戦闘ぞしないでいただけます!?」
私の回避能力、ありがとう!
胃がキリキリするという不調の中、勘と観察と感覚と予想で避けきっている。
今のところ一撃も食らってない?
冗談やめて。一撃食らったら即死確実じゃん。
「そうか、そんなに死にたいのか。仕方ないな」
「嘘嘘嘘嘘うっそぴょーん! だからお願いです手加減! 手加減ぞちょうだうああああっ! 命乞いの途中で攻撃挟んっ、うええええっ! 連撃っ! っ、は、このっ!」
2回、3回と続け様に襲いかかってくる攻撃を全力で避ける。避ける。
右から伸びてくる攻撃を避け──やばいこれフェイント!
「〝ロックウォール〟! 〝ロックウォール〟ぅ!」
ガガッ、とふたつの岩の塊が切られる音がして慌ててしゃがむ。刀の特性上知ってたけど物理的な魔法でも防げやしないししゃがんだら蹴りが飛んでく……!
〝瞬間移動魔法〟!
背中に移動! 即座に攻撃でファイアボールをっ!
「ギャン!」
振り向きざまに袈裟斬り!!!! やめて背後ですら目を持ってるの勘弁して!
休憩、休憩の時間を……!
背後に飛び去るとトッという軽い足音が地面で鳴り、瞬きの間に眼前に銀色が光った。
「っっっっ!」
泣きそうなんだけどー!!!!
回避が間に合わない。避けるためにしまっていた剣をアイテムボックスから取り出して刺突に備えた。
「……?」
受けるよりはいなすべきだと判断し剣を構えたのだけど、予想していた衝撃が来なくて王を見た。
「……チッ!」
踏み込む寸前後ろに右半身を下げた様な体勢で、王は刀に炎を纏っていた。
忌々しそうに炎を見て、刀を振るう。すると血液が払われる様に炎が空中にチリとなって消えた。
「…………魔法……?」
「ぐっ、うっぜぇな」
否定はしないのか王が苦い顔をした。しかしそれも一瞬、再び攻撃を仕掛けてきた!
「っ!」
連撃のと途中、不意に攻撃が止んだり動きが止まったりする。その明確な隙の中、決まっているのは王が魔法を纏った。ただそれだけ。
それは火だったり水だったり風だったり土だったり。
「は、まさか魔法ぞ使用可能とは」
「……使ったことねぇよ」
??????
「は? 使うすたこと無くてそれ? どう考えるすても魔力の流動が綺麗ですし地水火風総じて纏うすてますよね? は? 私が何年も使えず悩むすた魔法をポイポイ使うすてて?」
「使ってない」
「必死に抗うすてるのは見て取れるですが、流石にキレるぞり?」
魔石抑圧魔導具ってのが壊されたのは感覚的にわかる。それによって起こされる現象はクアドラード勢が魔法を使えるだけ、ではなく、トリアングロだって魔法が使えるようになるのだ。
後天的に魔法を使え始める。
きっとトリアングロに訪れる未来はそれだったのかもしれない。
「どういうことだ……まさか魔導具が破壊されたか……」
「いやまぁそれはその通りですけど」
「チィッ!」
「……何故そんなにも、魔法撲滅に拘るすてるです」
本気の舌打ち。
必死に魔法を使わないようにしているらしいが、ところどころ漏れ出ている。
まだ魔法の扱い方に慣れていないからか制御出来てない。抑え込むことも放出することも。
求めていないのにも関わらず学んでないのにも関わらず魔法を扱うことが出来る。天性の、魔法の才。
今、今ならその隙を打ち込めば……。
「……。魔法、使わぬのですか」
「は、何を抜かしてやがる」
「それは、圧倒的な隙です。隙とか気配とか全く分からぬ私でも分かるほど、突くが出来る隙。負けられぬ戦いの中でハンデを背負うすたまま戦うつもりですか? 魔法使用ぞするなれば、お前はもっと強くなる」
王は鼻で笑った。
「ばぁか。俺はな、この戦争になんとしてでも勝ちたいんじゃ無い、魔法が要らないから戦うんだ。勝利の旗を掲げる為に戦の根源である魔法を使えば本末転倒! 肝に銘じろ、女」
ギラギラと決して負けるやるつもりは微塵も無いと言わんばかりに。
再び刃が私に振るわれる。冷静に落ち着いて、嘘無理冷静になれるわけなんて無いけど必死こいて避ける。魔法を使ってしまう僅かな動きの淀みを利用して頑張って狙って避けていく。
「俺は魔物に成り下がる気は無い。この戦は領土を奪い合う為でも水を奪い合う為でも無い、人間の戦いだ。人であるための戦いだ!」
魔法を握りしめ潰しながら王が刃を振るう。勝つのは意志の強さ。なら、貫き通した方が勝つ。
……ほんとに?
意志の強さだけじゃ足りない。
必要なのは、その意志を貫き通すための手段!
「私は正義とか悪とか、人間とはなんなのかとか、どれか正しく間違いだとか。そういうの、微塵も興味無きです」
だから私は魔法を使う。
「私は人です。私が自分をそう定めるすた。魔法の使用が可能な理由が魔石なれば、納得で出来る範囲。初めて魔石が存在すると知った時、それはもう納得ぞしますた」
だって、私にとって魔法は異物。シラヌイ・カナエみたいな異世界人をベースとして考えて、何かがならなければならない。
体力と違い魔石が魔力と呼ばれるエネルギーの源なら、なくてはならない。
男も女も、ふたつに別けられない性別の概念だって。自分がそうだと決めれば、なんだってそうなる。
私は人間だ。そしてお前達も人間だ。
「他人にとやかく言われるすた概念をいとも容易く自分に当て嵌めるなかれ! 自分本位なら自分の事くらい自分で決めろ! お前は人間!」
わざわざ他人の考えが合わないからって滅ぼしあうな!
それが間違っているのか正しいのか知らないし知ったこっちゃないけど、この国のお国柄は自分本位なんでしょ!
「正直国だとか人だとかどーーーーーーーっっっっでも良いんですよぉ! はなから! 欠片も! 元々!」
ブツブツ文句言ってる暇があるならさっさと、さっさと!
「さっさとライアーの、相棒様の首差し出すしろっ!」
私に小難しい話を振ってくんな馬鹿野郎! 貫き通す私の意志はもとよりルナールぶん殴るただそれだけ!
私は魔力を全力で出した。
魔法ではない、魔法になる前の魔力。
威嚇とも言える魔力は、魔法に無知であっても強者であるトリアングロ国王も察知した。
彼は対抗する様に殺気と共に魔力を放出し、出してしまった事にハッとなった。
「チッ、引っ張られる!」
隙だ。こちらから誘発した、圧倒的な隙!
「ろっくうぉーる!」
ロックウォールは魔法とはいえど物理的な存在を持っている。今まで何度か使った魔法。王は刀を構えて斬り捨て──
「なんてね」
──バシャンッ!
ごぽっ、という間抜けた音が私の目の前で聞こえる。
ロックウォールって言葉に過剰反応出来るでしょ。だって、魔法名は口に出してきたんだから。
〝ウォーターボール〟
追加の魔法。
私に詠唱も魔法名も要らない。必要なのはイメージと集中力。
ロックウォールを発動すると見せかけて私はウォーターボールを生み出し、回避より防御を優先した王の顔面に水を纏わせた。
「…………」
え、あ、ちょっと待って嘘で──嘘って言って!!!
「うぎゃあああああ!」
王は呼吸を止め、そのまま私に攻撃してきた!
なるほど、つまり息を止める限界が来るまでに私の魔法を引き剥がすか私を殺せばガバにお釣りが来るって事ね! 頭の回転早すぎるんだよばぁか!!
「っ、魔法職、舐めるなぞ」
私が操れるのはひと種類だけじゃない。
ロックウォールを連続で出して私に到達するまでの時間稼ぎ。炎で牽制、風で援護。
時々また王の魔法で隙が生まれる。その隙に追加の水とサイコキネシスで武器を飛ばす。
早く、早くっ!
早く倒れろ! これ以上は流石に無理!
ズキン、ズキンと魔力と集中力の使い過ぎで頭が割れるように傷んでいる。おしかかるプレッシャーに胃が痛む。
化け物って、正しくこの事。
この男が魔法に優れているからこそ、自分の魔法に振り回されるというハンデがあるからこそ私はようやく立ち回りができる。
国王は刀を鞘にしまった。
「…………!」
瞬間、理解した。
あぁ、これ最後の一撃だ。
決して諦めた訳では無い。水の中にいてもなお、目がギラギラと輝いている。
攻撃を予想する。今だ。
「────ッッッ!」
力強い踏み込みに床が鳴る。
鬼神、瞬き所か目を見開くその一瞬に私の真横を通り過ぎて、抜刀した。
顔につくように集中していたウォーターボールをも置いて。
「……よく分かったな」
「抜刀術、ですたっけ。刀を鞘に入れ、抜刀する速度ぞ利用し最高速度での一撃」
「珍しい型だとは思ってたんだがな」
「残念。……私、剣より刀の方が好きです」
どこか懐かしさを感じるから。
引き抜く寸前、抜刀するタイミングを狙ってアイテムボックスを使った。
収納したのは──刀の刃。
抜いた瞬間気付かれる可能性もあったけど、普段と違うハンデ付きの状況下。五分五分だったけど、どうやら上手くいった模様。
そして私はウォーターボールの温度を氷点下まで下げる。
恐らく、口の中に入ったであろう水を。
「……ッ、魔法ってのはこんなことも、出来るのか」
「はい」
「ははっ、ほんっと、クソみたいだな」
地面に寝っ転がった男は息苦しそうに呼吸をしながら手を振った。
「あー、やめだやめ。そりゃねぇわ、降参」
ありゃ?
私は首を傾げる。
まだやれる余力があると見てたんだけど……。
うっ、目の前がチカチカしてきた。汗も凄いしふらつきが凄い。
私の考えを感じ取ってなのか男は私を見上げながら言った。
「お前の目的はあくまでもルナールだろ。戦争の大元とは関係ない……。貴族や王族相手にしなきゃならんってのにこんなところで消耗してられるかよ」
あー、なるほど。
「流石に貴族ら相手に降参はしてやらねぇが、うちの幹部に惚れ込んだ女一人になら降参をくれてやる」
ふむふむ。なるほど。
私は疲労感で思わず膝から崩れ落ちるもハイハイの形状でトリアングロ国王に詰め寄った。
あまりの無防備さにギョッとしただろう。若干身を引いたし警戒するかのように魔力が揺れたな?
「それって、貴族には降参すたら戦争敗北だと言うしてる様なもんですぞね!?」
私の金髪がさらりと王様の顔に振りおちる。
「は、いや、……(ものすごい嫌な結論を出しましたって顔)………………その言語能力で貴族とか嘘だろ」
察するのが早いらしい。私の反応と、金髪を見て至った結論にニンマリ笑みが零れる。
初めてじゃない? なんの証言もなく、何も知らない状況なのに私をちゃんと貴族だと察した人。
「……お前が貴族だと言うなら、俺はここで今すぐ殺しにかかる(拳を構えるポーズ)」
「言うしてませんぞ微塵も」
無理です。流石に無理です。
絶対刀だけじゃないよね、己が武器にしている手段。
バチバチと殺気と共に魔力も漏れ出ている。
魔法がこれで使えていたら……本当に恐ろしい……。
「っ、あ、れ」
逃げる為に起き上がろうとしたら膝からカクンッと力が抜けた。
起き上がれない……?
「当たり前だろ。本調子じゃないとは言え、本気の俺から逃げ回って……。どこにそんな体力が、と思ったが自覚してなかっただけか」
これはやばい……かも。
魔法を食らわせたとは言え、魔法は所詮集中力。肉体が動かせる方が……!
すくっ、と立ち上がったのは王。そのまま手を私の方へ伸ばした。
やられる。
そう思ったのも仕方ない話だと私は思う。
「……っ!」
手を差し伸べたまま王は止まった。私に攻撃をすることなく。
「…………?」
「そこで疑問符浮かべるのはおかしいだろ」
「もしかすて、エスコート」
「文句言ってないでさっさと手を出せ」
「……手を取るすた瞬間の油断でグサッと」
「警戒心があるのか無いのか分からない女だな」
文句を一言挟むと無理矢理私の手を取って立たせた。
たたらを踏むも、支えられて何とか立ち上がれる私に、トリアングロの主たる男は言った。
「裏切り者の一匹くらいくれてやる」
ほら行け、と言いたげに私の体を扉の方向へと押した。
罠じゃないのかと疑うついでに、私は王様の方を向いて口を開くことにした。
「──……一匹どころか既に二匹三匹とかのレベルなのですけど」
「ほんっっっっとにどついてやろうか女」
「いーーーやですっ!」
逃げるように躓きながらも駆け出した。
上から目線の発言にイラついたとかそういうことは無い。ないったらない。
「……もう少し」
あと少しで、ようやく会える。




