第197話 誰かにとっての太陽を
「〝リミットクラッシュ〟!」
本日、3回目の限界を越える。
正確に言うと1回目のやつはフェヒ爺に回復してもらったから連続しては2回。スタンピードの時と同じだ。
ふと、魔法が使いやすいことに気がつく。上から押し潰される圧力が無くなった、というか。きっと、フェヒ爺が魔導具をどうにかしたのだろう。
「あら? あらあらあらぁ……。ひょっとしてお嬢さん……怒ってはる?」
アイテムボックスに右耳を閉まった。
多分というか、絶対に確信できるリックさんの物。
血で汚れた風魔石のピアスと、未だに血色を保っている鮮度のいいそれを見続けるときっと私は冷静さを失ってしまうだろうから。
「うんうん、どんな反応見れるんやろかって思うてたんやけどなぁ……。うちの予想以上や。そんな、けったいなもん持ち出すやなんて」
私の目の前でアダラは私を嘲笑いながら見下ろした。
私の背後に、刃が何本もあった。
城に来る前、兵士用の武器庫から拝借した武器が実はある。アイテムボックスでその複数の武器を取り出し、一度触った事があるからこそサイコキネシスで浮かばせている。
浮遊する武器。
殺傷性の高いそれは今にアダラに牙を向く。
「あんたが怒っとるんは、リックって坊やが殺されたこと? それとも、所有物を汚されたこと? それとも……行く道を邪魔されたこと?」
ドスッ、地面に武器が突き刺さる。
私が魔法でぶん投げた剣だったけど、アダラは蜃気楼のように姿が揺らいで避けてしまった。
これ、純粋な速度か。
「あははははっ! けったいや、けったいや! なんで武器が浮かぶん? なんであんたの思い通りに動くん? なんでとこからともなく出てくる? あぁわからへん……」
アダラは扇を構えて、一本足を踏み込んだ。
「分からへんもんは、嫌いや」
剣で受ける。
鉄扇なのかギャリギャリいうか、不快な金属の音が耳を劈く。
「あんたは一体なんなん? なんで諦めへんの? ルナールに勝てへん様な小娘が、なんでうちに逆らうん? なんでなん、なんであんたらは、真っ直ぐな目をして正義の道を進むん」
「……っ!」
アダラの攻撃は多彩で、受けるだけで必死。
まともにやり合ってたら負けるのはこちら側だ。
「うちらは悪や、でもあんたらも悪や。なんでそんな、信じられるん」
「アダラ、ひとつ、教えるですよ」
「……?」
「私は正しくて、お前は間違い」
正義とか悪とか、そんなの以前に。
私は自分こそが正義で正解なんだ。それが世界にとって間違っていようとも、自分本位だから。
あと美少女の言うことは80%正しさで出来ているんだよ。 私は美少女なので私が正しいです。
「あんたなんでクアドラードなん? 絶対素質的にトリアングロやろ?」
自分でもそう思った。
「だからね、私は……──お前らが嫌い。私は、私に都合のいい人が好き」
だから思うんですよ。
「私はリックさんが好きです、私の事盲目的に信じるところ。だけど理解出来るところ。彼が、私にとって都合のいい人。故にです」
ご都合主義がこの世に存在するのなら。
「リックさんは私を守る」
「──リィンに、指一本触れさせないって、言っただろ!」
双剣に水を纏わせてリックさんが駆けつけた。
「リィン! 行け! お前の相棒の所に!」
「当然っ!」
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リックは右を血で汚して、体の至る所に怪我を抱いて立っていた。
左耳にはピアスが。青い水のような魔石が付いていた。
「……なんで生きてはるん。今度は、一体なんなん」
「んー、分かんねぇ! 少なくとも魔法は使える!」
一つだけ確かなことは。
「俺はリィンの為に戦える」
「……呆れた、死の淵から這い上がるほど、あんたあの子が好きなん」
「んー、好きって言うか、崇拝? 最早宗教? 俺の天使はあの子、間違いない」
心から呆れましたという表情でアダラはリックを見る。
「俺さ、誰かを救えないことを知ったんだ。誰かの嫌なところを見て見ぬふりし続けていたし、俺の嫌なところも見ないふりしてた。俺、自分のことがめっちゃくちゃ、嫌い!」
「……!」
「だけどリィンは!」
リックが双剣を振りかぶる。しっかり地面を踏みしめてアダラに刃を向けた。
「リィンは俺の救えなかったことを成し遂げだ! 俺、その時初めて自分のことが好きだって思えたんだ。リィンの脇役になれた、リィンの物語の一部になれた俺のことを!」
アダラは眉をひそめて攻撃を受ける。
負けたのに、瀕死なのに、うちの方が強いのに。
リックがずっとキラキラと目を輝かせて、楽しそうに戦うから。
『わかりやすさ』を求めている自分の方が薄暗く思えて。
「生憎と、そんなんで手加減するような可愛い女やないねん」
「あぁ、いい女だな!」
「……馬鹿な男」
けったいや。魔法なんて。
この世は不明瞭でできている。人の存在の概念すらままならないような世界で。アダラは分かりやすさを求めている。
「あんたの方が、余っ程分かりやすいやん」
諦めたように困った表情で笑みを浮かべたアダラが、リックの刃を素直に受け止めた。
精々この腐った世界で、素直に生きてみなさい。
──ザクッ
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一方その頃。
「〝水ノ回転〟! ──急急如律令!」
「汚い汚い汚い汚いっ!」
最後の札を使い切ったグレンは汚いと罵り続けるシンミアにメイスを握り殴り被った。
「こっのぉ! うぜぇんだよ!」
ビシッと肩口に鞭の先がかする。棘だらけの先端はたった少しだけで肉をえぐった。
痛みに歯を食いしばりながら振るった攻撃。シンミアは極簡単に避けた。
「お前、さぁ」
「なんだよ」
「自分の魂、見たことあるか」
息も絶え絶えになれない肉弾戦をやっているグレンにシンミアは『はぁ?』と首を傾げながら眉間に皺を寄せた。
「自分で知ってんじゃん。見えるわけないだろ」
「そうだよな」
グレンは視た。
「お前の魂って、ほんと、めんどくさいっ。他人に素直になれない癖に、欲望には素直で」
「喧嘩売ってんの?」
「してるだろ、喧嘩」
兄弟喧嘩を。
もっとも、この国で初めて会ったし、年齢や時期を考えてシンミアが産まれた頃グレンは既に枢密院からクアドラードに来ていた。
「本当は、魔法が好きなんだろ」
「は?」
「シンミア、お前の魂は、綺麗だよ」
シンミアの視た景色の中、グレンは飛び抜けて優しい。
愚かな程に。
「星が瞬く様に、花が咲き誇るように。お前はプライドが高くて、穢れない魂を持ってる。──リィンと似たように」
「っ! あんな女と一緒にするな!」
「あぁ違うよ」
グレンはふと魔法が使えるなという確信を得た。
「シンミアは優しい。多分、今まで利用してきた人を殺すのも、辛くて辛くて、たまらなかったんじゃないか」
自分が大事だけど、他人を想うが故の自己犠牲精神。潜入時、アイドルという消耗品を演じていた。
「リィンと決定的に違うのは、黒さのなさ。お前は悪ぶってるけど、本当は心で傷付いて、見ないふりをしようとしてるんじゃな」
「お前に俺の何が分かるんだよ!」
「俺には分からない、けど! 俺の大事な人達はお前とそっくりなんだよ!」
大事な、太陽。
「シンミア」
「……っ」
「よく見てろ」
グレンは印を刻んだ。
自分にある数少ない魔力を最大限引き出すための、先生に初めて教わった死霊使いの魔法。
「〝火球〟」
曇り空の中、太陽が顔を覗かせた。
「見ろ」
見てみろ、魔法は、こんなにも綺麗なんだ。
「──急急如律令っ!」
食らったら、ろくなことにならない。
シンミアは一歩も動けなかった。
グレンは、迷わなかった。
──ドンッ
シンミアの体が地面に倒れる。
「……は、はは……」
顔面に火傷を覆ったシンミアは、天井を見あげた。
赤い髪がチラチラと視界に入る。
「うざったい……痛いし、しつこいし、諦め悪いし……ほんと最悪……」
「綺麗だろ」
あー、疲れた、といいたげにグレンがシンミアの横にぶっ倒れる。
「死因がこれなら、まあ、この世界は悪くなかったかなぁ……」
「そいつは、良かった」
「じゃあね、死霊使いのクソ野郎」
動けなかった。
せっかくの可愛い顔面に傷がついた。
最悪で、最低なのに。
思わず硬直して動けなかった。
「魔法って……美しいんだ………………」
見惚れてしまって、思わず抱きしめた。
燃えるほどの太陽を。
その熱に抱かれて、シンミアはゆっくり眠りについた。