第196話 譲れないし負けられない
ハルバードが大楯に防がれる。
特に秀でても無い剣は届く前に弾かれる。
主戦場。
激しく暴れ回るのはトリアングロの幹部、ヴァッカである。それをギリギリで防いでいるのはCランク冒険者のラウトとクアドラードの第4王子のヴォルペール。
ヴァッカはギリギリの癖に食らいつく二人に奇妙な感覚を抱いた。
なぜ王子自ら幹部と対峙するのか。
なぜ勝算のない戦い方をするのか。
なぜ防御ばかりで攻撃に転じないのか。
そんな中、なぜこんなにも勝ちを狙う碧眼をしているのか。
目が離せない。
ローク・ファルシュとはまた違った威圧感だ。奴はなんというかその、結構脳筋タイプなので。どれだけ策を練っても圧倒的な暴力の前に無意味と化す事が多かったのだ。
「いい加減、諦めなさいよん!」
「諦めることは、決して無い!」
ヴォルペールはこの戦争に勝つ気でいる。
諦める気などさらさらない。例え筋肉がブチブチと悲鳴をあげても、膝がかくかくと笑っていても、恐怖で上手く笑えなくても、目の前にある死を自覚しても。たくさんの死の上に生きながらえていても。
「俺は、常に紛い物だった」
「……?」
「母親は庶民だ。だけども王の血がこの身に流れている。ただの庶民として育てられてもおかしくないのに、王は俺を王子にした」
突然語り始めた男にヴァッカは不思議な顔をする。遺言なのか、と一瞬思った。
ただたまたま共闘したただの冒険者に聞こえるように心情を漏らすような愚かな真似をするだろうか。
「俺の事を気に入らない人間は沢山いた。拘束の魔導具を使われて部屋に閉じ込められることだってあった。そりゃそうだ、みにくいアヒルの子が王宮に暮らしているんだ。否応がナシに目につくし、避難の的だ。見るからに馬鹿に出来るし王家への不満をぶつけられる存在。王になることなど無理だと言われ続けていた。事実だ」
思い返すにしては悲壮感がない。きっと、その過去はヴォルペールにとっての傷じゃなかったのだ。
「俺を助けるのは決まって王だった。王子だった。姫だった。血の繋がった所謂『家族』は、決まって優しかった。哀れみだったのかもしれない。……優しさに触れると決まって俺は、クラドラードを、国を憎むことは出来なかった」
せめて憎むことが出来れば、少しは生き長らえるかもしれないのに。
「クアドラード家は優しい存在なんだ。誰かのために心を痛めることが出来るし、悩むこともできる。切り捨てる勇気がなくて、時に残酷な状況を生む」
だから、と言いたげにヴォルペールは剣を一本構える。構え続ける。
「だから俺は、王子の立場を利用する。民のためじゃない、そこまでお優しくない俺は、王族が大事にする国のために、紛い物こそが出来る事をし続ける!」
その時、砦から火が上がった。
石で出来た砦だが、中には可燃物も多い。
ヴァッカが思わず振り返る。
よく周りを見回せば、周囲に騎士は居なかった。
正確に言えばちらほら数人がいるのだが、両手で数えられる程度の人数で逃げ回っている、という方が正しい。
まさか、他の騎士や冒険者は……!
「騎士はな、今回の戦争で死ぬ紛い物の王子なら、見捨てられるんだよ。優先順位を履き違えてないから」
「……ッ!」
「でもお前らは、俺が王子だから自然と注目するだろう?」
「このっ、ガキ……!」
今どき砦の中ではサーチやエルドラードが冒険者や騎士を先導して暴れ回っているのだろう。
その姿を予想してニヤリと王子らしくない笑みがこぼれる。
「(こいつ、自分を囮にして……っ!)」
なによそれ、なによそれ。
「腹立つほど、素敵じゃない……!」
なるほど、なぶり殺したくなる。
今この瞬間、命を囮にしても勝ちを狙ってくる貪欲な王子にときめいた分、殺したくなる。
この異色の強さを押し潰して、己こそが勝者だと証明してみたい。
「俺は現状お前に勝てる強さを持ってない。だけど、俺たちは……お前らに勝つ!」
ヴォルペールの勝利の宣言と呼応する様に、砦から煙が立ち上がっていた。
==========
「…………あぁっ、クソ」
罵倒が飛ぶ。
果実のようなオレンジだけども、それを長く長く伸ばした髪。綺麗なような恐怖を抱くような。神秘的といえば神秘的である。
対して片方は栗色よ髪をし、大雑把に纏めた毛艶のなってない髪。余裕そうな表情で相手の魔法を簡単に打ち消している。
──ボンッ!
「ぐっ!」
水素が爆発する音と共に地面と草木が削れる。その魔法を防ぎはしたものの勢いに体は吹き飛んだ。
「立てよ」
フェフィアはルシアフォールが立ち上がるのを待つ。
「立つまで待ってやる、立てよ」
何度繰り返されたか分からないやり取り。
いくら中庭がルシアフォールのホームグラウンドだとて、300歳程度と4000オーバーの歳を重ねているエルフとでは、文字通り桁も格も違う。
「…………ちっ、惜しいけど」
ルシアフォールは魔導具を見上げてため息を吐く。
「僕に伝説相手はまだ早すぎた。まぁいい、この魔導具はもういらない」
ピシピシと誰かさんが抑圧していた魔力を逆行させるせいでヒビが入っている。それを修理するほどの隙を与えてはくれない。すぐに崩れるような傷ではない、とは言えど。
「…………なんだよ。もう降参か?」
「あぁ降参だよ。忘れてくれるなよルフェフィア……僕は絶対にお前達の時代を取り戻す。人間のなりそこないたちから、魔法を奪い取ってやる」
「そうかよ。勝手にやるんだな。魔法を手にした人間は、強いぞ」
「……それでもエルフには勝てないさ」
ルシアは転移魔法で姿を消した。
やれやれとため息を吐いたフェフィアは忌々しい魔導具を見上げた。
「魔石抑圧魔導具、か。……聞くに耐えんな」
フェフィアは今度こそ、完膚無きまでに。
「──さぁ、小娘。人間同士、精々頑張れよ」
トリアングロ王国に魔石が開放された。