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第194話 もういいよ


 夜の鐘が鳴る。

 日暮れで赤く染まった時計塔に、男の子が居た。


 カデュラ・エンガス。

 後にトリアングロ王国でメランポス・シアンと名乗る男の幼少期だ。


 カデュラはクアドラード王国のエンガス子爵の三男坊として生まれた。かつては王家の血を引くエンガス侯爵家、などと言われていたのだが彼らにエルドラードの知り合いは居ない。つまりそう言うことだ。全く、一切、クアドラードの金の血が流れていることは無かった。


 エンガス家が侯爵家であった百数十年前の家柄からか、エンガス子爵一家は金の血が流れていないにしては魔法が優れている一家であった。


 カデュラは男三人兄弟。兄は後に国に従える宮廷魔法師となるほどに魔法が優れており、弟も早咲きと言われる3歳で既に魔法を使える様になっていた。


 クアドラード王国の貴族の子が、魔法が使える様になる平均は幼少学園入学まで……。要するに、五歳程度。


 ……カデュラは現在7歳。幼少学部に通いだしても良い年頃だ。そして弟は、一年前魔法を開花させた。


 優れる兄と追い越してくる弟。魔法一族という何年も続いたプライドが存在する親に。カデュラは疎まれた。


『出来損ないが飯を食べれるとでも思っているのか!』

『あぁ、ガザニアやモカラは立派に魔法が使えるのに……お前はいくら家庭教師をつけても教えてもちっとも使えないじゃない! 愚図!』


 ぶたれることに慣れてしまった。

 罵倒に飽きてしまった。


 魔法の使えない自分なんか、死んでしまえばいい。生きていたって希望が持てない。


 そんなカデュラは家庭内に居場所が無かったが、ある日こうして時計塔で出会った女の子と遊ぶことが人生において楽しい記憶となった。唯一の希望になった。


「もーいーかーい!」

「まーだぁー!」


 かくれんぼなんて、怒り狂った父親から隠れるものだと思っていた。


「もーいいー?」


 探せるものなら探してみなよ、とかくれんぼを始める。


 女の子は、この塔で出会った。いつも居た。

 緑の目は植物の様だ。優しい笑顔は、カデュラにとって酸素を生み出してくれる植物そのものだった。


「みーつけた!」


 カデュラの魔法が使えない人生は1年、また1年と進んで行った。

 カデュラは奪われ続けていた。まだ赤子の頃なら魔法が使えなくても優しくされた。優しかった親を奪ったのは、ある筈なのに使えない魔法のせいだ。


 そんなある日、カデュラは片目の視力を失うことになった。

 原因は父親の暴力。体面は『魔法による不幸な事故』だ。

 父親曰く、『息子のカデュラは家庭で魔法の練習中威力を間違えてしまい地魔法が目にぶつかった。心に傷を負った息子はトラウマで魔法が使えなくなってしまったのだ』


 ふざけるな。

 まだ奪うのか、視力も、魔法が使えるかもしれない可能性の未来を! 初めて使うはずだった魔法の感動も!


「……なんだか、今日怒ってる?」


 女の子には時計塔でなんでも話した。彼女は口が堅い。誰にも漏らさないという自信があった。


「……父さんが、おれの作った杖を壊したんだ」

「杖って、わたしと作ったやつ……?」

「うん」


 魔石と枝を組み合わせたただのおもちゃ。魔法が使えますようにと願いを込めて作ったものだった。


 カデュラは怪我をした目元を押さえた。

 視力を失った。見えなくなった。

 目が潰れなかったものの、目の色が変わってしまったのだ。


 当時は何も知らない少年は、目が青色に変わったことを重要視していなかった。


「もう……いやだよ……どうしておれ……魔法が使えないんだよ……」


 使いたいと願っても使う日は来ない。

 緑の目の女の子は透き通る様な目でカデュラを見通した。


「わたし、助けてあげれるよ」

「……?」

「一緒に逃げようよ、こんな場所から」


 女の子は微笑んだ。


「かくれんぼ、しよ!」


 疑問を浮かべながらカデュラはもう一度時計塔でかくれんぼを始めた。

 もういいかい、まーだだよ。もういいかい……。


「こっちだよ」


 カデュラは女の子を探した。魔法が使えないことを嫌悪しない人は初めてだった。

 幸せだと、この幸せが続けばいいと思っている。


「どこ……?」

「こっちだよ」


 かくれんぼの癖に呼び寄せるのか、なんてくすくす笑いながらカデュラは時計塔の一番上で。

 カデュラは声がする扉を開けた。


──ガラッ……パラパラ


「……っ」


 一歩だけ、空中に足を落とした。反射的に扉を握りしめて落下に耐えた。

 扉を開けた先には赤い赤い世界。オレンジの瞳が赤い反射を受けて血の色に染まるほど眩しい夕陽の世界。


 足元に、地面は無かった。外に繋がる扉だったのだ。


「こっちだよ」


 脳内の奥の方で声が聞こえる。

 あぁそうか。ここから降りれば、幸せになれるんだ。


 こんな頭のおかしい世界から。


「──おれは行かない」


 カデュラは声を上げた。


「おれね、きみみたいな人に出会って、こんな人と出会えるなら生きてもいいかなって思えたから」

「………………そっかあ!」


 姿が見えないけど、女の子の声がした。


「まだなんだね」

「うん。おれね、騎士になるよ。魔法が使えなくてもいいんだって」


 エゴみたいな唯一の救済をカデュラは捨て去った。夢のような時間だった。

 その日から、時計塔に女の子が現れることは無かった。


 地獄の日々はまだ続く。



 カデュラは没頭するように剣を鍛えた。出来損ないにかける金は無いらしい。毎日ひもじいスープ、高等学部を卒業し、迷うことなく騎士団に入団したカデュラ。ようやく親元から離れられる。劣等感を煽る兄弟と離れられる。そう安堵するも、彼に襲いかかる不幸は家族だけではなかった。


「えっっっっっっ青!? なぜ、俺の把握してない金の血が!!???」


 エルドラードである。把握漏れの金の血が目の前にいる。そうして彼は、付きまとわれた。


「親の名前は?」

「血筋は?」

「本当にエンガス子爵家?」

「いやまさか金の血がこんなところにいるとは」

「魔法に優れているんだろう?」

「幸運だ」


 などなどと。

 カデュラはキレた。この青い瞳を見せれば、面倒な事になる。大人になってようやく知った金の血の意味。


「俺の目は事故で変わった!」

「……それが本当だとしても金の血の把握は絶対だ。徹底的に調べあげて可能性を消しておかなければならない」


 そう語るエルドラードの真意が何故かカデュラには分かった。貴族としてのやり取りなんて知らないのに。


 『金の血なのか金の血じゃないのか、中途半端な位置にいるなら殺しておいた方が手っ取り早い』


 この頃からカデュラはクアドラードの金の血とエルドラードを憎み始めた。そして騎士としての任務にも、嫌気がさし始めた。


 騎士団においても魔法の格差は、差別は存在した。鍛えても鍛えても、魔法が無いから、搾取され続けた。

 何より……──。


 そして今から15年程前。カデュラはトリアングロに亡命したのだった。




 ==========





「うわっ! っとと」

「避けるのだけは一丁前だな」


 現在。

 あの憎き金の血とあいまみえている。


 トリアングロに来てから、シアンは強さが報われる国柄に安心感を抱いた。


 理不尽に奪われることの無い生活は、あぁここの方が自分に合っている。そう確信が持てるほど。

 クアドラードに居ながら魔法が使えず、そして魔法を憎みクアドラード王国そのものに復讐すると誓ったシアンはトリアングロに受け入れられた。


「……! 知らないだろうな、お前には!」

「何がっ、です!」


 遠慮なく魔法をぶつけてくる姿。

 騎士団で魔法を見せびらかし、『魔法の回避訓練だ魔無し』などと言いながらぶつけてきた騎士と姿が重なる。トリアングロであればそれに暴力で勝てば何も文句は言われないのに、身分が上だからとクアドラードでは何も出来ず耐えることしかできなかった。


 おかげで、今こうして魔法を食らわないで戦えている。その事実に嫌な顔をして。


「強くなっても、強さが報われないクアドラードで! 私がどれだけ奪われてきたか……!」

「知りませぬなっ! 私、搾取側故に!」

「ハハッ……! その素直に認める所だけは好感が持てるな」


 シアンとリィンは魔法をぶつけながら攻撃を与えながら戦い続けた。

 そろそろ魔力の限界が近い。その焦りがリィンの顔に汗を流す。


「クアドラードは、貴族だけじゃない、平民ですら弁えてない」

「は、はぁ……」


 ガン、と剣がぶつかり合って振動が腕に伝わる。


「何故っ、騎士辞めるすた、ですか!?」

「私が強くなったからだ!」


 騎士として平民の為にと思っていた時期もあった。貴族は、だめだ。だから弱い者を守ろうとそう思った、だというのに。


「強くなればどうだと思う! 『騎士様、あの魔物も倒してください』『暴漢が出た!』次々と問題が活力を搾取する! もううんざりだ! 弱いやつは何もしないのに感謝だけすればいいと思って集る! 『才能溢れる』『天才だから』『これくらい苦でもないだろう』うるせえ馬鹿! どれだけ努力したのか知らないで!」


 顔が良かった分人気はあった。しかし純粋で悪意の無い願いほど、シアンを搾取するものは無かった。

 そして騎士団で『人気の騎士様』のやっかみで嫌われる。魔法が使えない癖に、と。


 シアンは自分本位だった。

 だから自分が消費される立場にあると知って……クアドラードを憎んだ。恨んだ。トリアングロに行く決心がついたのだ。


 かつての同僚に問われた事がある。


 『弱い民から報酬を奪おうってのか? じゃあなんの為にお前は強くなったんだよ』


「──奪われない為に! 私は! 強くなりたかったんだよっ!」


 奪われてきたから、奪うんだ。奪われたくないから、強くなる。

 シアンの叫びを聞いてリィンは、一言口を開いた。


「なら、復讐しましょう!」

「……は?」

「お前のやり方は復讐の的が分散すてます。本当に復讐したき人には、ピンポイントで攻撃せぬと『あぁあの子は昔からそんな事をする子だと思うすていますた』『関係者の親族としてお詫び申し上げます』なんて言うしながら自分は復讐の無関係者だ、なーんて逃げ道を使うですよ?」


 リィンは剣を構えた。


「復讐劇は最高の娯楽です。だから、いっちょ私に敗北ぞすてみてください。大丈夫、セッティングくらいはしてあげますぞ」


 つまり私の物になれ、と。


「仮初の忠誠心でいい。私に、従え」


 あれは生まれながらにして他人を支配する側の人間だ。この子供の足元に傅いて頭を下げるくらいなら、きっと死んだ方がましだ。

 そんな癪に障る行為に微かな期待を抱く己を自覚するくらいなら、時計塔から飛び降りても構わない。


「もう、いいか」


 誰かに任せてみる道もいいかもしれない。

 シアンは膝をついて、敗北を認めた。




 ==========




「あぁ思い出した。カデュラ・エンガス。緑の騎士団の貴公子か」


 エンバーゲールがそう呟く。


「その名は……あぁそうか、金の血じゃないかと我が家が疑った存在ですね」


 道理で見覚えがあるわけだ、とエリアが一人納得する。


「(本物と偽物が同じ空間にいる、ということか)」


 我が主といい貴公子殿といい、クアドラードを裏切るのが必須科目なのか。金の血狂いにその気持ちはてんで理解が出来ない。


「ところでさほど興味は抱いてないのですが、保護者もいるようですしそろそろ異世界人ということについて話を聞きたいのですが」

「はっ、お前たちの国の罪の象徴だ。お家に帰って調べるのだな、っと、まぁ帰れんが」


 エリアが、否、クアドラード人がカナエに視線を向けるとカナエは肩をビクリと震わせた。


「……クアドラードで異世界召喚の儀があった。世界各地から複数の学びを得た魔法師がクアドラードに集い、異世界から『人間』を呼び出す儀式」

「…………。」

「べナードに聞かされて驚いたよ。世界が隠す魔石の話も、それを聞いて合点がいった」


 エンバーゲールは剣を構えたまま動きを止めた。


「クアドラード王国は、完全なる人間を求めて異世界からカナエを引き出したのだと」

「完全なる人間、ですか」

「あぁ。魔石があるから人は人になりきれず、魔法を使うから使えすぎる者と使えない者を差別する。俺達は完全な人間じゃなかった。魔法が使えない状態にしても、魔石があることに変わりはない」


 魔法の有無は、魔石による。


「カナエには恐らく魔石が無いんだ。魔法が使えないんだ。……だからクアドラードは彼女を求めた。この世界の人間が本当に人間になるなら、目指す人間は異世界人のカナエだからな」


 完璧で完全な人間。

 この世界の魔法に関する問題、全てを解決出来るのが魔石の喪失。しかしそれは死を意味する。


 あくまでも予想でしかない理由だが、どんな意図で呼び出されたとしても。


 ──本人は、たまったもんじゃあない。


 完全な人間だと言われ続け、実験動物扱いされてきたカナエは、クアドラードに叫んだ。


「完全な人間って、何!?」


 激情。


「あたしが完全な人間なら、どうしてあたしは歳を取らないのッッ!?」


 その言葉に、エリアは予想が確信に変わった。


「カナエは先代国王。あのジジイが犯した最後の罪の証。20年前、召喚された異世界人だ」


 20年、時を重ねても変わらない若さのまま、カナエは過ごしていた。ちなみにエルフ目線で言うと20年前は『最近』の話。リィンが召喚のタイミングを誤解していたのは情報源がほぼほぼエルフだったからだ。


 カナエはごくふつうの、ちょっとアホ成分強めの普通の女の子。……歳が変わらないままの20年。常人なら、耐えられるわけが無い。


「異世界人の常識は、老けるのですか」

「当たり前でしょ!」


 その当たり前を知らないのが異世界だ。カナエが、カナエだけが知っているあの世界の、人間の常識。


 当時のクアドラード王国の魔法師達は、完成された種族は長命種だと推測していた。エルフ、魔族、ドワーフ、獣人、そして人間。最も獣人は若い時代が長いだけで寿命は人と変わらないのだが。

 だから、魔石がなくて、魔法が使えなくて、『ヒト』のように寿命が短いわけでもない。完全な人間がカナエだった。



「どんどん私の当たり前が崩れ去って行く! この世界が物語の中だった、とか、何か知識がある中で異世界転移するなら怖くなかった! 歳を取らないのも飲み込めた! でもあたし、知らないっ! 分からないよ!」


 魔法のせいだとか、原因が分かるならカナエはここまで恐ろしいと思わなかっただろう。恐怖を細分化すれば、『知らない』と『わからない』、そして『理解が出来ない』だ。


「完全な人間って何!? 歳を取らないあたしは本当に人間なの!? これから先何年も何十年も、あたしは人間じゃないと思いながら人間として生きていくの!?」


 カナエは人を恨んだり誰かのせいにするほどリィン的な人間では無かった。

 だから悶々と独りで抱え込ん出来た。


 唯一、弱音を吐露出来たのは共に何年も暮らしていたフロッシュだった。


「あたしを殺して! 殺してよ! 自殺出来るほどあたしは強くない! ──あたしはまだ、人でありたい!」


 カナエは震える手と揺れる視界で、リィンから護身用に渡された銃を握りしめた。使い方も分からない、武器を。


 神使教で毒を見た時、酷く惹かれた。

 グルージャ邸でリックを庇った時、これで死ねたらと思った。


 この世界から、消えてしまいたかった。


「カナエ! やめろ!」


 エンバーゲールが止めるように叫ぶ。

 エリアは異世界人に興味が無い。魔法の使えない人間に興味が無い。金の血と真逆だからだ。だから傍観した。


「生きていればいつか」

「そうだね、きっといつかは来るよ。今までの苦しみも今抱えている不安も、全てを帳消しにしてくれる幸せが、きっと来るよ」


 カナエはエンバーゲールを睨んだ。


「そのいつ来るかも分からない未来が来るとしても、それが今なんの救いになるの!?」


 思わず口を噤んでしまった。


「……。」


 エリアと同じく傍観していたフロッシュがふむ、とひとつ頷くとカナエの銃を取り上げた。


「フロッシュ君……!」

「カナエ。この世界は楽しめたか?」

「……?」

「異世界生活、楽しかったか?」

「……楽しく、ないことの方が多いけど。楽しかったよ」


 カナエは思い出を一つ一つ数える。


「最低最悪なあたしだったけど、異世界の魔法は見れたし、エルフにも会えた、金髪碧眼の美少女とお友達にもなれたよ。フロッシュ君には悪かったけど、屋敷抜け出したのちょっと楽しかった」

「そうか」

「夢も見たし美味しいものも食べたし恋もしたし友だち出来たし、王子様とも出会えるなんて、考えつかなかった。それになにより」


 カナエはフロッシュを見上げた。


「フロッシュ君が家族になってくれた! 息子なのか、弟なのか、兄なのか、親なのか、関係性を言葉にするには複雑だけど、あたしにとってフロッシュ君は家族だったよ。もう楽しい思い出はそれだけで充分」

「……そうか」


 フロッシュはカナエを抱き締めた。色や性を感じさせない抱擁。

 鼓動が伝わる。その音を聞いて、カナエは目を閉じた。


「カナエ」

「なぁに」

「私にとっても、カナエは家族だったのだよ」

「うん……!」

「もういいのか」

「……もういいよ」

「そうか」



──バァンッ!


 そしてフロッシュは、カナエの額に銃を突きつけて撃った。躊躇いや迷いなど感じさせぬほど、鮮やかに、あっという間に。


 苦しさも痛みも、恐怖も感じさせない様に。


 くたりと腕がこぼれおちる。

 ……理解した。


 これは、死だ。


「フロッシュ…………っ! 何故カナエを殺したんだ……!」

「レディが死にたいと願うなら、己の手を汚す位はするのだよ、私は紳士なのだ」

「それでも、生きていたいと願わせるのが男だろ! それが家族じゃないのか!」




 今が隙か。

 そう判断したエリアが真っ先にフロッシュに剣を振りかかる。


 赤く染み渡る死の中心で、フロッシュは爆弾をつけた。



「──カナエをこれ以上利用させてたまるか」


 

 持ちうる全ての爆弾を。




──ドガアアアアァァァアンッ!


 建物の壁が、天井が、地面が吹き飛んだ。

 激しい音、光、痛む手足。頭。



 自爆。

 跡形もなく吹き飛んだのだと確信出来る規模の爆発だ。異世界人の死体を消し去ったのだ。己ごと。


 エンバーゲールは視界が眩み焼け付く痛みに呻く。

 あの野郎、こっちのこと考えずにやったしなんならついでに死ねとか思ってただろう。


「殿……下」


 瓦礫の中、か細い声が聞こえた。


「生きて、ますか」

「エルドラード!?」


 ガラガラと瓦礫を掻き分けると、火傷を覆ったエリアの姿があった。


「生きてます? 生きてますね!? 血は流れ……ったあくそ、流れましたか……っ!」

「お前実は元気だろ」

「はは、元気に見えますか……。あの腐れデブ野郎、ちょっと待ってろ、あの世であったら後悔しろ……」


 エンバーゲールは従者の姿を見て唇を噛み締めた。


「庇っただろ、お前」


 爆発の寸前、攻撃の体勢に入っていたエリアだったが、急いでエンバーゲールを庇った。盾を構える時間も無かった。出来るのは、己の身体で護ることのみ。


「なんで、裏切り者の俺を庇いなんかしたんだ……!」

「勘違いしないでくださいね、あんたにはどっかで血をばらまいてないか尋問すっとばして拷問受けて貰わなきゃならないんで」

「おい」

「……だから、生きてください」


 痛む身体で動いた。表情を苦痛に染めて、エリアはエンバーゲールに触れた。


「エンバーゲール様。リィンさんを頼みましたよ」

「……この期に及んで金の血か」

「えぇはい、もちろんです。……っ、おかしいですねっ、聞き取りしなきゃならないのはそうなんですけど、殿下を庇うつもりは微塵もなかったのに……」


 むしろこのままエンバーゲールが逃げ出し行方を眩ませる方が厄介だ。だからエリアはエンバーゲールを殺したとしても自分が死ぬ気は無かった。庇うなんて、以ての外。


「生きて、欲しかったんですかねぇ……。個人的に」


 自分の考えが上手くまとまらない。エリアはそろそろやばいな、なんて思いながら風穴空いた空を見上げた。威力えぐすぎるだろ。


「エリア・エルドラード」

「……は、い」

「大儀であった。安らかに眠れ」

「…………身に余る、光栄です、殿下」


 エンバーゲールならきっと大丈夫だろう。


 エリアの信じた、主人だ。









 戦争というものは、死が必ずまとわりつくものである。

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― 新着の感想 ―
[一言] ...マジ?死ぬの?いやまぁカナエさんはいつか死ぬかもとは思ってたけどエリア君も死ぬの?ついでに蛙さんも死ぬの?一気に死にすぎでしょこれ...辛い
[気になる点] 戦争も終盤……人が次々と…… カナエさん、この先まだまだリィンちゃん達と絡んでいくものと思ってたけどここで離脱しまうの……? 寂しい、悲しい [一言] 空気も読まず毎話毎話感想つける…
[良い点] エンバーゲールもうこれ主人公ポジだよね…。 トリアングロ側の主人公でいいね…。どうすんだろねこれ…。カナエさんに死なれてフロッシュに死なれてエリアに死なれて王の試練を次々押し付けられすぎて…
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