第184話 頭脳プレイと言うには脳筋すぎる
私とエリィは階段を駆け上がる。
目的地は中庭。そこには魔石抑圧魔導具という物が存在する。……らしい。
魔法を封じているこの国の心臓、それが中庭にあるという情報は実は元から持っていたという訳ではなく、集落で知ったのだった。
その情報を持っていたのはノッテさん。つまりはクアドラードのスパイ組。クアドラードが心臓の場所を知っていながら攻め込めない理由があったと言うことだろう。それが物理的な障害かタイミング的な意味なのかは分からないけど。
「リィンさん、上、鍵がかかってますわ!」
「大丈夫! この国の鍵って錠前式故に!」
クアドラードの鍵は鍵穴があるけれど、トリアングロは南京錠を使うタイプのお国柄だ。
私達が地下牢を脱出したのもそれが理由である。
〝アイテムボックス〟!
必殺、鍵がないならしまえばいいじゃない。
南京錠が開かなくても丸々アイテムボックスにしまえば問題無し。クアドラードでは出来ない方法だ。今度は鍵穴式の破り方も練習しておきたいな。今のところ瞬間移動魔法って超効率悪い魔法しかないから。
──ギギギッ
錆び付いた扉を開く。何年も開けてなかったようには見えないけれど非常に重たく軋んだ音が鳴る。
開けた先には先行き不安になりそうな曇り空と──。
「──待ってましたよ」
黒い軍服を身に包み、こちらに笑顔を向けた男がたった1人。
「変装しているようですけど、自分には分かりますからね、リィンちゃん」
ブレイブ・グルージャ。空軍幹部の、鶴だ。
屋上をちらりと確認する。
強い風が吹く中、大砲の玉や銃などの備品は見えるが人影が無いことに気付いた。いるのはグルージャだけ。
そして私の進行方向……グルージャの背中側に緑色の葉がチラチラ見えた。あそこが、中庭。
「一週間ぶり、ですかね」
「……えぇ、そうですぞね」
私は武器を手に取る。
グルージャ相手なら魔法を使えば簡単かもしれない。だけど魔力は節約するに越したことはないんだ。それと同様、体力も。
さて、どうしようか。
私が判断に迷った瞬間、グルージャは腰から剣を抜いて私に投げた。
「へ?」
ガシャン、と仕込み剣ならではの特徴的な音と振動が触れた手に伝わってきた。
「降参です」
「………………へ?」
グルージャは両手を上げた。武器も手放して隙だらけの姿で。
……油断を誘っている、とか?
グルージャの剣は補充しまくって戦う消耗タイプの戦い方だ。
武器のひとつ失っても痛手では無いけど。
何を考えているのか分からない。
警戒心をグンと上げた時、グルージャは言葉を発した。
「自分は既にリィンちゃんに負けている身です。例え今自分が死んでなくてもあれは死でした」
構えていたけどその言葉を聞いておやっと首を傾げる。
「この国のルールは、特に幹部に関しては勝者と死者しかいません。だから本来なら自分はこの場に居ない。……要するに」
グルージャは困ったように笑った。
「自分は残念ながらリィンちゃんには逆らえないんですよね」
私はその言葉に衝撃を受けた。
「つ、つまり……」
震える声で言葉を叫ぶ。
「──つまりトリアングロの幹部の敗北はトリアングロ王国の軍律により戦争犯罪ってことで犯罪者奴隷に強制ルート……ってコト!? ぞ!?」
あまりにも特殊すぎてびっくりしすぎちゃってんだけど、要するにそれって『あ、死んだわ』って思わせれば手駒に出来るって事と同意ですよね!?
トリアングロの一般兵士はどうだか知らないけど、幹部に関しては『殺せば幹部』っていう絶対条件がある以上敗北というのは存在しないから死も同然……その命は勝者のものって、コト!?
これまでに学んだトリアングロの常識から考えれば、なんの疑問も出てこない!!!! つまり罠の可能性は低い!!!!
私が大興奮しながらグルージャに詰めよればグルージャはポカンとした顔で私を見ていた。
「リィンちゃん本当にただの冒険者ですか?」
「ただのFランク冒険者ぞ?」
嘘はついてないです。嘘は。
「じゃあ、その、グルージャは」
「はい。残念ながらリィンちゃんの指示に従うことになってます」
そこで残念ながらって言葉を使うあたりトリアングロの幹部って感じするよね。
「よっしゃそれではグルージャ城門前で大立ち回り願うです!」
「はい?」
「一般兵士の視線を集めるが必要、そして場の混乱! 幹部錯乱など都合ぞいい! 自陣に不信感不安感を募らせるが可能!」
「え、は、ぁ、いやいいですけど、従いますけど」
何が不満なのかグルージャは微妙な表情をしていた。
私に従うのがそんなに不満か。それとも指示が不満か。それともやはり貴様はシュランゲみたいにトリアングロと敵対するつもりが無いのか。
「何?」
「……いや、自分から情報を取らないのかな、と」
「え、グルージャ自分、情報、持つすてる?」
私欠片も持ってないと思うんだよね。持ってても偽情報。
他国民の私でも納得出来るほど『幹部の敗北=敵の手に渡る』という図式。
グルージャが誰にも知られない中敗北しているならそうでも無かったけど、グルージャ敗北の場面にはべナードが居た。
報告は確実に上がっているはず。当事者というか、自分の国の常識を持っている幹部がその考えに至らないはずがないでしょ。
私なら逆手を取って敵の手に渡るって確定しているやつには偽情報を渡して手のひらの上で踊ってもらう。
「………………。チッ」
やっぱりな!
キリキリと胃が痛み始める。
トリアングロの頭脳、一体誰だか分からないけどめちゃくちゃ頭使うんだよ。こっちが。
私がトリッキーな動きを意図的にしてるから読まれにくいんだけど、人を使われると術中に陥るというか。
基本的にトリアングロ幹部の絡むやり取りは一切信用しない。
「シュランゲといい……貴様らは……」
胃どころか頭も痛くなってくる。
「ま、ともかく早く城門へ行く方が良きですよ」
「もちろん行きますけど、大立ち回りって言ったって何を」
「あぁご安心を。大立ち回りする機会は必ず来る故に。受け身でも大丈夫ですぞ」
私はニッコリ笑顔で促す。訝しげだなぁ。
「と言うかグルージャが大立ち回りし すなければトリアングロは多大なダメージ負うですぞ」
「どういうこと、ですか」
大立ち回り。してもトリアングロに動揺と混乱を与え、しなくても動揺と混乱を与える。うん、実に最強最悪な手札だなぁ。
私がここに来るまでに、無策で来るとでも?
牢屋に入ることが計画の内なら、その前にいくつかの手を打てるもんだ。
「クライシスが来るです」
「もっと早く言ってくださいっっっ!!!!」
ワッハッハー! 諸刃の剣だけど、視界のリンクが切れる前にクライシス派遣させてんだよぉ!
来るか来ないかはあいつ次第でペイン次第。
伝え方はこう、『クライシスを王城で暴れさせるようにして欲しい』って、文字に書いて視界にいれた。
私が王城に行くのは書いて無かったけど、書いてても書いてなくてもペインには関係ないでしょ。多分ね。
「あぁもう!」
駆け出すグルージャ。
「そうだグルージャ、聞きたき事あるです」
声をかけるとたたらを踏み立ち止まった。
なんですか、と問いたげな視線が私に刺さる。
「──私、可哀想?」
戦争で戦う理由が慈悲や慈愛であるグルージャ。
私はさぞかし可哀想な人間なのだろう。アイボーに裏切られた悲劇のヒロイン、ってところかな。必死にアイボーの面影を探して敵国まで来ちゃった。
そんなことを考えながら疑問を投げかけたが、グルージャは鼻で笑った。
「この先を考えると自分が殺してあげたいくらいには可哀想ですよ」
胃が痛くなってくるタイプの忠告やめろ。