第175話 嘘つきの自白
トリアングロ王国。
玉座に1人の男がいた。
「──以上、べナードとクラップが3日に渡り尋問した『訪問者』の主張、ですね」
「………………。」
国王がサーペントに訝しげな顔を向けた。サーペントは顔を逸らした。
「…………いやうちの狐を差し出すわけじゃねぇが」
この戦時下、流石にあまりにもアレな理由に戸惑っている国王は、口を開いた。
「──流石に殴りに来ましたは嘘だろ」
「ですよね……!」
あんまりにもあんまりな理由に疑惑限度が上限を突破した。
国王の真顔にサーペントは思わず頷く。俺も思いました。でも、一貫してそれなんですよ、理由。一応仮にもカジノオーナーやってたべナードと、監視に積極的で何度も何度も探りかけてるクラップの尋問に、ブレがないんですよ。
「その娘、うちの国に入ってきて何やらかしたんだったか」
「えー、国境基地潜入。……ただしルナールの居場所や土地を探ったのみで、あとは人の3倍の雑用と持ち前の愛想で国境の士気向上」
「……。」
「第2都市では身分詐称とグルージャ邸への潜伏。……国境基地に引き続き毒を用いた疑惑がありますが検出がありませんでした。直接べナードやグルージャと戦闘を行った様ですが下の商会に物理的な風穴開けただけで犠牲者等はなし」
「…………。」
「集落では先の商会の名を騙り滞在。……集落に巣食っていたシンミアの盗賊を撃退。シンミアと敵ではないという旨の話をした様ですが本人との戦闘は無し。これに関しては集落不可侵のルールを破ったシンミアにとりあえず罰は与えてありますね」
「………………。」
「そしてここ。…………名乗りあげた挙句牢屋で寛ぐ始末」
罰に関しては国王もゴーサインを出したので把握している。
ただ、改めて報告の内容を聞いた国王は真剣な顔でサーペントに聞いた。
「…………まさか本当に復讐の為だけにやってきたってのか?」
いやいや流石に無いだろ、と言いたい。とても言いたい。
だが直接会ったことの無い2人では人間性というか性質が分からないため断言出来ない。本当だろうが嘘だろうが、どちらにしても。
「予想も作戦も立てれないような例外をぶつけてくんなよ……クアドラードのクライシスかその娘は」
「西のリィン、東のクライシス」
「やめておけ。いやまぁ、うちにもうクライシスは居ないんだが」
「……もしかして西のクライシスで東の」
「やめろ。要らん」
立場逆転とか負の等価交換すぎてちょっと。
「…………まあ、厳重に捕らえているんだろう」
「はい。通常の拘束に加え、クラップでもちぎれない鎖で縛り付けてますから。それに、監視は絶やして無いですね。一般兵士は喋ることを禁止、そして幹部に大半の時間を」
「娘一匹に幹部の時間を裂き続ける事は無理だ。早急に案を練る。あと、海軍に尋問させとけ」
「あぁ、既に2人には動いて貰っています。……拷問なら俺らの出番なんですがね」
「やめとけやめとけ。下手に顔を割るな」
陸軍は他の軍と比べ治安が悪いと言われている。というのも他の軍に比べ幹部の人数が二倍であるため、仲間意識よりライバル意識の方が強い。
だが、敵対は決してしない。
なぜなら彼らには、トリアングロには共通の敵がいるから。敵の敵は味方。要するにリィンの胃痛案件ということだ。
「ルナールはどうだ」
「大人しいですよ、非常に。ただ、あの隕石に関して過敏に反応をしていたようですので、後日問いただします。あれのヒントを得られるのならいいのですがね」
2回目の隕石。不意をつかれた事は確かにつかれたのだが、被害は皆無。なんせ二度目。居合わせた幹部がそれぞれ要塞都市の急所となる場所をご自慢の身体能力で庇ったからだ。
「さて、あちらはどうなっているかな」
サーペントが心配そうにもう一匹の蛇を思い浮かべた。
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「あらあら、ようやく起きたんやなあ、寝坊助はん。目覚めの気分はえぇ感じやろうか」
目が覚めたら牢屋の中にお色気担当のお姉様がおりました。
「…………おはよう、ごぞります?」
「うんうん偉いでぇ。ちゃんと挨拶出来たなぁ」
ゆったりとした動きは視線を集めてしまう。寝ぼけ眼でその仕草を観察していると、その女の後ろに見慣れたおデブが居た。
「久しぶりなのだな、少女」
フロッシュだった。
「はぁい、寝起きやからねぇ。お水、持ってきてあげたから呑みぃ?」
「ありがとう、です」
こう寝起きってなんでこんなに幸せな気持ちなんだろう。このまま二度寝がしたい。3大欲求の中に睡眠欲が入っているのはこの幸せを噛み締めるためなんだと私は思うね。
あの瞼が重たくて、油断したら十分くらい寝てしまう微睡みの時間が。
私は女から受け取ったコップをクイッと傾け、水を口に含む。
「……。」
ニッコリ笑顔はかわらず。
ただ、私の舌は敏感なのでそれを感じ取った。
……自白剤入り、か。
「えぇ子やなぁ……。さて、自己紹介と行こか。うちは海軍の幹部。海蛇のイードゥラ・アダラってお姉さんやでぇ?」
やっぱりか。
大分強力な自白剤盛られたな……。この味から察するにこの自白剤、廃人になりかねないぞ。
「ほんでお嬢ちゃん、あんたのお名前は?」
「リ………」
抑え込め、効果を抑え込め。
この程度の毒薬なら効かないはずだ、否、効かないと思い込め。
「……リィン……………」
「なんや、本名やったんやなぁ」
よし、成功。
頭を寝惚けている様子で頭を揺らしながら答えると、拍子抜けという様子でアダラが息を吐いた。
自白剤はね、頭を冷静に保てばどうとでもなる。これ服毒経験(実家から)をこなした私からのマル秘対処法ね。
「さて、次の質問やけど。あんた、なぁんでこんな場所に来たん?」
アダラの質問に私は答える。
「ルナールに……会いに来たです……。あいつぞ、ぶん殴りゅ、しなく、ちゃ」
「なんで?」
「私を裏切るすて、怪我さすた故に……」
紛れもない本心なので口からは自然とこぼれる。
ぐっ、嘘つく気は無いとは言え、やっぱりかなり強力……。油断したらダメだな。
落ち着け。落ち着け。
「アダラの姉さん。嘘を吐いている様子は無いのだな」
「そう……。まさかと思うとった理由が本心かいな……。はぁ、とんだお転婆娘やなぁ」
呆れたような視線を向けてくる2人。
ほら、私ったらプライドが限界突破してるから……絶対許さねぇ……。
「お嬢ちゃんはクアドラードの手先かしら」
「……違うです」
「でも視界を共有する魔法を使っとったんやろ? なんでなん?」
「……私の……監視です……このままクアドラードに戻るすれば……殺すされる可能性、大きいです」
ここは安否確認じゃなくてトリアングロの味方に慣れそうなポジションを保つための理由を答えよう。
問題はルナールが私とペインの間柄が監視関係に無いということを指摘することだけど、ペインが貴族の子飼いであるなら理由付けは充分。
だってルナール、貴族嫌いなのは真実だろうしね。
……きっと貴族の子であろうとも。
「でも、ルナールに会っても殺される可能性、高いでぇ? そんな危険を犯してまで、会う価値があるん?」
ドクン、と心臓が跳ねた。
落ち着け。落ち着け。
私は息を吸い込んで至って冷静に答えた。
「会いたい──」
口から溢れ出る。
「会いたい、会いたい。私の、初めてのアイボー。会いたい。あの姿が偽りだとしても、私はライアーと居た時間が楽しき」
雨が溢れ出る。
「コンビネーションもクソなる間柄ですけど、噛み合った瞬間が何よりも堪らなく楽しきですた。会いたい。手の温もりも、子でも女でもない、私ぞ見る目を、感情ぞ高ぶると小娘ってガラ悪くなる所も、会いたいっ」
「…………あらまぁ」
「やだ、やだぁ! あのままもうっ、ずっと、会えない、は、嫌だぁ! 何故私ぞ裏切るのっ、一緒に居たかった、のにっ、全てが偽りでも、私の時間は偽りじゃなかった! 一人にすたら、あいつ絶対面倒くさき、私が傍で、馬鹿にすて、それで、茶化すして、」
喉が引き攣り始めた。
「会いたい……………………ライアー……」
アダラの顔が見えなくなって、顔を下に向ける。
……。あぁ、クソ。
こんなのが本音かよ。
「なぁんや、お嬢ちゃん、ルナールに惚れとるんやね」
「──あ、それは無きです」
おっと本音が。
紛れもなく心から溢れ出た本音にアダラもフロッシュも苦々しい顔をした。
「色恋無くして……いや自覚がないだけか……?」
「フロ〜ッシュぅ? 舐めたらあかんよ、うちの薬は自覚なくても強力なんやで?」
「つまり?」
「本音」
はい、その通りです。
「ほんで、お嬢ちゃんは、ルナールに会って何するん?」
「殴るです」
「それで?」
……それで?
「なんて言うん?」
あーあ。本当に最悪。
するつもり無かったのに、自覚しちゃったじゃん。