第17話 チームワークも最低ランク
ドサッ。
これは見張りの盗賊が倒れる音だ。
「ヒヤヒヤした」
ライアーがそう呟いて私を見下ろす。
作戦はこうだ。
私が迷い込んだ新人冒険者(実際そうだけど)のフリをして、見張りと会話する。
そして気を引いている隙にライアーが後ろに回り気絶させる。
とっても簡単な作戦。打ち合わせしてなかったけど。
時間は掛けてられない。
街道で気絶した魔法職が復活したらアウトだ。もちろん魔法職だけじゃないけど、体が動かなくても杖なしで呪文を使えるなら拘束が解かれる。
あれだけ強力な眠り薬。もしかしたら短時間で起き上がるのかもしれない。
まぁ、その時はリックさんとグレンさんの方が早く起きるだろうし盗賊達はあられもない姿で緊縛を楽しんでいる頃だ。
「行くぞ」
ライアーの言葉に頷く。
ス……と前を行くライアーの後ろを箒片手に着いていき、背中を見る。
扉は音が鳴るから論外。ライアーはガラスの割れた窓を見つけ、そこから侵入する。背の高い窓で、普通の私なら入れないけど今回はサイコキネシス箒があるので楽々と侵入出来た。
私の服の掠れる音が微妙に目立つ。流石質の悪い服だ。ほんのり濡れているのでマシになっているけど。
侵入した部屋は使用人部屋の様。
いくつかの古ぼけたベッドと扉が外れたクローゼット。
「ライアー……」
「……なんだ」
扉の外を警戒するおっさんに向けて私は言い放った。
「ちまちま進むは飽きるぞ」
ゴンッッッ!
頭に鉄拳が落とされた。しかもご丁寧に篭手の付いた方の拳。
「お前馬鹿じゃねーの!? 一体何考えてんだ! 魔力不足で脳みそでもやられたか!? それともとんでもねぇアホなのか!? (小声)」
「よく考えるして! 私は水魔法、ライアーは手刀! ヒットアンドアウェイ! 敵と出会うしたら速攻潰すして証拠隠滅! 何人いるのか不明な屋敷ぞ探索するにはそちらの方が時間掛からぬぞ(小声)」
時間かけられないの分かってるなら、多少リスクを取っても安全策よりはマシなはず。
それにサイコキネシスのイメージが湧きやすい箒を得た今、危険な状態に陥ってもボロボロ屋敷の天井ぶち抜いて1人で逃げることが出来る。
一撃離脱戦法。
多分そっちの方が効率いいよ。
別に死体……じゃないけど倒れているのが見つかっても問題ないし、倒れさせた事実があっても問題ない。
なんせ相手は悪でこちらは正義!
私とおっさんが睨みあっているとギギッと扉の外で足音が響いた。
「なぁ、地下の死体どうするよ」
「どうするもこうするも放置するか外の獣の餌にするしかねぇだろ。それともあれか? 白華教でも呼ぶのか?」
「そんなわけが…──」
扉の前を通り過ぎた瞬間、私とライアーが飛び出る。
背を向ける通行人。
〝ウォーターボール〟!
振り返られる前に私は右を。
──そしてライアーも右を狙った。
「「ッ!?」」
被った!
そうわかった瞬間、通常発動していたウォーターボールの魔力を箒の魔石に経由させた。
水球はズドンと大きくなる。
おっさんすらも巻き込むほど大きな水球は盗賊の2人を楽々飲み込んだ。
「ーーーーーーッッッ!」
「ごポっ!」
突然の事に驚いた盗賊は空気を確保する事も出来ず水中で藻掻く。
私はウォーターボールを維持したままおっさんに手を伸ばした。
「ブハッ!」
重力を掛けて水球から引き抜くとおっさんはゲホゲホと咳き込んだ。
「……あれ以上の手はねぇのかよ」
「尻拭う事に感謝すて」
焦った。大変に焦った。
私はおっさんと顔を見合わせて、多分同じことを考える。
──息が合わない……!
もう、もうよく分かった。
街道での戦闘も屋敷の中での戦闘も、呼吸どころか歩幅すらも合わない。
私が詠唱を必要としないから魔法の発動が早い事と、ライアーが自己完結型のソロ冒険者なせいで相手を必要としない。お互いの長所がチームワークとして短所になってる。
うん、私やろうと思ったら即座に魔法投げつけられるから、正直前衛職の力を必要としないんだよね。
数の暴力で来られるとやっぱり必要だけど、各個撃破の今本当に必要じゃない。
それにライアーは手数が多い。これはジャンルという意味ではなく攻撃回数って意味で。鎧を着けずに篭手を盾がわりに使っているからか、移動速度も攻撃速度も早い。一撃必殺とまではいかないけど殴ったり蹴ったりと色々な攻撃手段を有しているから、敵に攻撃される前に先制攻撃を可能とする。
私もライアーも完全にソロ冒険者向き。
思考回路が似ている分、さっきみたいに同時に右を攻撃してしまうのだろう。んー。参ったな。
「別行動?」
「……そっちのほうが楽だろうな。互いに」
ライアーは私を見下ろす。
「──お前まだ手の内隠してるだろ」
「もちろん。そういうおっさんこそ」
「誰がおっさんだ。こんなイケおじ他にいねぇだろ」
「その無精髭がぁ?」
私が首を傾げて眺めてみても魅力は一ミリとして伝わらなかった。おっさんはムッと不服そうにするが状況が状況なのでそのまま話題を引き伸ばすことはしなかった。
「だが、情報もある。犠牲……ごほんっ。噛み合わなくてもフォローし合える位置取りで行った方がいいだろ」
先程の盗賊達が言っていた言葉を思い返す。
地下に死体がある。
と、確かそう言っていた。
「地下……」
普通に考えて牢獄みたいな感じになっている地下だろう。我が家にもある。私は他の貴族の屋敷を見たことがないから確証は持てないけど、大概地下には保管庫か牢屋か拷問部屋か脱出口がある。
ええ、我が家のことです。
「あ、気絶すた」
「お、出来上がったか」
ウォーターボールに閉じ込めていた盗賊がダランと動かなくなった!
多分死んではない。水を飲み込んで気絶しただろう。
魔法を解除するとドサドサと崩れ落ちる。ライアーがさっきまで私たちが居た部屋に投げ捨てた。
……日が暮れそう。
窓の外の空が炎の色に染まり行く姿を見てあまり時間を掛けてられないことを再認識する。
「着いてくるして」
恐らく貴族の屋敷を分かっていないライアーの代わりに私が先行する。
先程上げたように地下室の利用はちょっと表に出せない事が多い。つまり堂々と地下への道を晒す訳にはいかないのだ。体裁的に。
「おい? どこ行くんだ」
ライアーが後ろから疑問を投げ掛ける。
目星は付いてる。
この屋敷の貴族が地下室を作ったとするなら一体どこに出入り口を作るのか。
足音を消すためにサイコキネシスで浮かべた箒に飛び乗り、屋敷の中央、1番重厚な扉の前まで移動する。
ライアーの足音が聞こえない。
後ろを振り返るとなんてことない顔して着いてきていた。
「推定こっちです」
「多分か恐らく、な」
部屋は恐らく執務室。家主が仕事をする部屋だ。
別荘邸でも仕事をしなきゃならないのかと思うと涙が出てくるよ。
──ギギギ……
重い扉を開く。部屋の中には目的の隠し扉があった。
「マジか…………なんでわかったんだ…………」
「淑女の嗜み?」
「女の勘って言え淑女に失礼だ」
箒でケツをフルスイングした音は屋敷に響いたことだろう。