第157話 乗り物酔いが味方になった
時は若干遡りリィン達が第二都市を無事脱出し逃亡している最中のクアドラード。
インジュリ草を泣きながら摘んでいたクロロス・エルドラード。
まさか自分の兄が金の血とイチャコラ(捻りまくった表現)しているとは微塵も思わないまませっせと自分の主人の命令に従っている。
エルドラードにとって金の血とはまぁ確かに血だけの存在ではあるしいざと言う時は人権など無いのだが、主人は主人だ。金の髪と青の瞳が性癖な事も含め。こうしてクロロスは泣く泣く、嬉々としてヴォルペールに尻尾を振っているのだ。
そんな彼の元に一本の災厄が訪れる事になる。
「──誰だ!」
大岩の影から切羽詰まった様な男の声がクロロスの耳に入った。
自分も警戒をしながら拳を構える。明らかに一般人では無い気配だった。
ゆっくり、自分の収穫していたインジュリ草群生地の大岩を回り込む。
すると目に入ったのは右手が切り落とされたクアドラードの騎士だった。互いに服装がクアドラード側の人間だと判断した。
「貴方は確か……青の騎士団の副団長の……レイジ・コシュマール騎……」
「急ぎ、伝えたいことがある! 私は陛下の命によりトリアングロに別方面から偵察していた者だ! 我が部隊は全滅! 詳細を……っ、」
そう言いかけて騎士はふらりと倒れた。
「え、えぇ……そんなことある……?」
こちとら消費期限間近のインジュリ草を抱えてるんだ。大の大人1人抱えて行けると思うなよ。こちとらまだ高等学校に入学してもない子供だ馬鹿。
「はぁ……とりあえず殿下にまとめて報告か……」
クロロスはえいや、と男を抱えた。
「(……この男確か第4王子の従者か……参ったな……直接第4王子に会うとなると……魔法でどんなボロが出るか……。いや、もとより覚悟していたことだ)」
担がれている男は完全に力を抜いたまま運ばれる。
「(いざとなれば貧血であるということを全面に出して休み、トリアングロからの追手を装ってボロが出る前に自害するか)」
……。
…………。
「(いやそこまでする必要は無いな)」
所詮自分主義の国。もし嘘がバレそうならその嘘を貫き通す方法ではなく嘘だとバレても生き残る。そういう感じの考え方をしていた。
「殿下、お届けものです」
「おかえりエルドラ……………………元あった場所に捨ててこい」
「無茶言わないでください」
ヴォルペールはクロロスの担いでいた騎士を観察していた。右手は肘から先がない。服を破いたのかその布で止血をしている。時間経過的に考えて軽く見積っても5日は経っている。早めに治療しなければならないだろう。
こう言った場合火傷をして止血するのがセオリーだが、片手では火も起こせなかったのだろう。
そして全身に血を被っている。明らかに自分の体からの出血ではない。
「回復魔法」
「はい」
ヴォルペールがクロロスにそう指示を出すとすぐに人を呼びに行った。
そう時間も経たずに回復師が現れた。
余談だが、回復職と回復師の違いは国のお抱えであるか無いか、という点だ。前衛職など、物理に特化した職は魔法職と違い師ではなく騎士となる。
詠唱を挟んだ回復魔法が放たれる。傷口は塞がれた。
苦痛で歪んでいた表情が和らぎ、ゆっくりと瞼を開けた。
「流石の回復力だな、コシュマール騎士」
「…………ヴォルペール殿下……?」
おとぼけ顔で首を傾げているかこの男、普通に意識を保っていたし内心苦虫を踏みつぶしている。
「報告を聞かせてくれるか」
「は!」
コシュマール騎士……改め、アーベント・グーフォは自分の身に何が起こったのかを説明し始めた。
森の中で銃撃に襲われたこと、自分は死体の山の中でトリアングロ兵が去るのを待っていたこと。幹部が呟いていた情報。逃げ戻った騎士が川で襲われたであろうこと。
「…………その手を吹き飛ばしたのは誰だ?」
「幹部です。鶴、と呼ばれていました」
「(……クライシスの弟……あの黒髪の男か)」
リィンの視界から得た情報からグルージャの風貌は把握していた。そしてその武器も。なるほど、剣を使っていたな。
「夜間の警備が薄くなる、と言っていたか。では、その後見つかり切り落とされた、という事だな?」
「いえ、逆です。銃撃は……部下を盾に使い…っ。ですが私が彼らから抜け出したあと見つかりまして。殺したと思ったのでしょう、そのまま呟いて去りました」
「なるほど」
ヴォルペールは顎に手を当てて考え込む。
魔法による嘘の反応は、無い。全て事実なのだろう。
「コシュマール騎士はどうやって逃げた?」
「は、私は川の流れが戻った川に飛び込み、海まで流れたあと海岸沿いを北回りでクアドラードに」
事実である。川をとびこえることもやろうと思えばやれたのだが、グーフォはそれを選ばず、利き手を失った騎士としての道のりを走ったのだった。
「道理で血が薄れているわけか。しかし、そうか、鶴がコシュマール騎士の腕を」
「はい」
何かおかしな説明があったのだろうか。
グーフォは内心バクバクと心臓を動かす。
「ブレイブ・グルージャなら初見殺しで刺突か絞首をしてくると思っていたのだが」
「……は?」
思考が止まった。
「(は、え、何故この男がグルージャの戦闘の癖を知っている? いや、それよりも絞首ってなんだ絞首って。グルージャは一体どんな戦い方をするんだ!? こちとらクアドラード潜伏組! 微塵も戦い方を知らないが!?)」
存在は知っていたが長年の潜入と最近の加入でタイミングが合わず、クアドラードに潜入潜伏していた幹部は新しいグルージャと顔合わせをしたことが無かったのだ。
だから名前は知っていても戦い方も性格も全く知らない。
知らぬ存ぜぬと通せるのは良いのだが、それはそれでどうやって第4王子という立場の男が戦闘スタイルを知ったのかが疑問でしか無いのだ。
「……本当にグルージャだったのか? 何故か伸びる剣を持っていなかったのか?」
「銃を持っていました……よ? 剣は腰に。ですが何の変哲もない剣で……」
何故か伸びる剣ってなんだよ。
変哲な武器を使うな。というか本当になんで知っているんだ。
「(まぁ、あの武器は森の中では使いにくそうだし、仕込みがついている以上耐久性も弱いから片腕を吹き飛ばせる威力は出ないだろう。リィンが戦っている時はまじで吐きそうになったけど、初見殺しを把握出来たのはありがたいな……なんで初見殺しで初見側が勝ったのかは考えないものとする)」
結論、リィンが悪い。
「まぁいい、夜に警備が薄くなる、と言っていたな」
「はい、そう言っておりました。……(恐らくグルージャがそういったという事は夜の方が人員は増えるだろう)」
企むグーフォなど知らず、ヴォルペールはいたずらっ子の様に笑った。
「すまないな、その情報、必要無くなった。この場はあと少しでケリが着く」
「はい……?」
リィンは今、馬車の乗り物酔いで死んでいる真っ最中。
つまりヴォルペールの視界に、リィンの視界はなかった。