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第151話 偶然が必然か、運命か宿命か



「──ルナールッッ!」


 バーンッ!

 勢いよく開いた扉から入り込んで来たのは血管を浮き出した鯉、クラップだった。


 ギョッ、と。要塞都市の王城の特別室──監禁用の客室──に居たルナールは目を見開く。


 監禁用と言っても別に出入りが禁止されている訳では無い。ただ城の外の屋敷に戻したり外部の人間と関わらせないようにする時のために用意されてあるお泊まり部屋みたいなものだ。よく書類缶詰とかで使う。


「お前達、いきなりルナールの部屋に押し入るな」


 部屋の外で声がした。蛇、サーペントの声だ。ここまで来るのに案内したのは蛇だった様だ。


「(お前……()?)」


 状況が掴めず、単純な疑問を浮かべたルナールの視界に、さらに幹部が追加された。鹿、べナードと、初見であるが特徴を考えて鶴、グルージャ。なるほど、外に出ていた幹部だ。達、と付くのも納得である。


「……何かした覚えはないが」

「苦情だぞ、ルナール。──お前のコンビがまたやった」


 べナードの言葉に頭を抱えた。

 ほんっっっとうに、ろくなことを起こさねぇなアイツ。


「一体今度は何があったんだ……」

「リィンちゃんと交戦しました。結果を言えば一味全員に逃げられています。行先は不明」


 簡潔な結論を述べる。グルージャの言葉は続きがあった。


「自分が不在の最中、屋敷に潜入されてました。厨房で毒を盛ったようで、自分のところは意識不明の対処に追われてますよ」

「そういや俺の基地でも監視はしていたが盛られたな。手口が全く分からないほどの鮮やかさだ。手持ちの毒物検査を強化すべきだな」


 まず、と言いたげにグルージャの詳細報告。そしてふと思い出したクラップが追加の情報を加えた。当時は監視もしていた事もあり、他の人間、もしくはたまたまだと思っていたことだ。奴が忍んでいた二箇所で同じことが起こったという事は偶然では片付けられない。


 ルナールは首を捻る。

 そんな手先が器用なことをあいつが出来るのか、と。後何故かよく分からないがパンで具材が挟まれた料理が脳裏を掠めた。なんだっただろうかあれは。ちょっとよく思い出せない。


「ちなみに厨房メイドに化けていた所を私が捕まえました。……色々不名誉な方法で抜け出されたが」


 苦虫を噛み潰したような表情でべナードが唸った。だから相手をしたくなかったんだと小さく愚痴っている。


「それとついでに、リィンちゃんは検問を冒険者ギルドのサブマスターの妹のエルフだと言って誤魔化して入ったようです」

「は?」


 本当によく分からない。

 ルナールの頭は一気にパニックへと陥った。


「報告と同一人物であれば、重罪ですね」

「……それは、無いと思うが」


 世界法を破る『中立組織名騙り』と『種族騙り』だ。グルージャの結論に思わずといった様子でルナールが口を零した。


「…………。どういうことだルナール」

「あいつは、権力に弱い。子爵にも喧嘩は売れるが、その場合は四面楚歌の状態。犯す必要のない法破りを……しかも世界に喧嘩を売る方法を取るとは思えない。知らない場合は除き」


 ルナールは結論を出した。


「恐らく、そう勘違いされるような発言をしたのだろう。それと、サブマスターの妹というのは間違いなく勘違いされるように言葉足らずで言ってある」

「報告にあった、リリーフィアサブマスターの妹弟子、という情報だな?」


 サーペントの言葉に頷く。

 そういうことか、と一同は項垂れた。納得したとも言う。


「……悪知恵が働く」


 クラップは呆れたように深く息を吐いた。


「その後、冒険者のリックとエルフのエリィ、異世界人のシラヌイ・カナエが正面から来たので自分が相手をしました。あと一歩の所で例のリィンちゃんと冒険者のグレンに邪魔をされましたね」

「あの女本当に何者なんだよ…………魔法職だろうが…………」


 戦闘風景をめちゃくちゃ見て観察していたべナードが顔面を覆った。恐らく、ルナールも知らない事だろうと踏んだ。


「接近戦闘で、自分は完全敗北しました」

「なんだと?」


 情報を脳内で静かにまとめていたサーペントが思わず顔を上げた。

 グルージャは戦闘の序列でいえば下の方とはいえ、同世代どころか年上の男よりも強い存在だ。


 そのグルージャが敗北。しかも相手は魔法にかなり傾倒した年下の少女。


 魔法職は魔法を鍛えれば鍛えるほど、普通の戦い方を学ぶ時間が無くなる。魔法を封じられた魔法職ほど、危険性のない存在は無い。


「……悔しいことに、恐らくですが彼女負傷してましたね」

「あぁ、それはわかる。攻撃を入れられた時、踏ん張りが甘かった……。腹の方ですね」


 観察していたべナードはぎこちない動きがところどころ入るところに違和感を抱いていた。

 そして原因も分かった。



「あぁ、俺が蹴り飛ばした所か」

「あぁ、俺が踏んづけた怪我か」


 ん? と2人が同時に首を傾げた。

 ルナールとクラップの両者も心当たりがあった。


「追い討ちかけたのか」

「……なるほど、手負いだと思っていたが、原因はお前か」


 己より強い存在である2人の言葉。グルージャは気落ちした。


「2人に怪我を負わされながらの体で、五体満足の自分は傷一つ入れれなかったってことですか…………」


 余談であるが、ライアーとコンビを組み始めた頃のリィンはコンビネーションが上手く行かず、名無しの盗賊相手でも怪我を負ったことがある。

 ソロだからこそ、だ。ここにリックが加われば無傷で済まなかったであろう。


「あいつ…………」


 ルナールは実力を隠されていたことに腹を立てた。

 コンビを組んでいた期間にそんな様子は微塵も見せなかった。


 それに接近に持ち込まれた場合の戦闘であれば、クアドラード王城でルナールとして初めて会った時があった。だから接近戦を知る機会はあったのだ。

 べナードとグルージャの2人が知る前衛のリィン。腹立たしい。


 実力を明かせないほど信用されてなかったのか、と。まぁこちらから向ける信用は欠片も無かったので、隠していたのはお互い様なのだ。……馬鹿馬鹿しいと鼻で笑った。


「あの子、可哀想ですよね」


 グルージャがそう言って悲しそうな顔をした。


「コンビに裏切られ、国に乗り込んで、こんなに多くの幹部から狙われ、祖国に情報を流しているんでしょう。なんだかルナールさんの尻拭いをクアドラードにさせられている様でしょう」


 その意見は納得出来るものであった。

 リィン自身も裏切り者なのではないか、その後ろ盾は同じく裏切り者を手引きさせてしまった子爵、国から睨まれるのは確実。挙句、冤罪とはいえ狐の疑惑を掛けられて牢屋に入っていたことがあるのだ。罪を払拭する為に命じられたように思える。


 まぁ実際は狐疑惑は第4王子が作った冤罪であるし、国の支配や補助なく抜け出してルナールを殴りに来たし、実家という後ろ盾があるので完全にフリーであるのだが。そんなことを知らない彼らはやや同情を寄せた。


 リィンは、完全に自分の意思で来ている。

 それを理解出来るのはそれぞれの立場として対話したコーシカ、そしてルナールである。


「(ただ命令されている奴が、青いリボンなんて着けてるかよ)」


 初動も早かった。そうでは無いだろう。


「本当に可哀想だ。彼女は必ず救ってあげなければ」

「いいのかルナール、やる気になったグルージャに先越されるぞ」


 べナードはニヤニヤとからかうようにルナールを見たが、ルナールは不思議そうにした。


「誰かが殺してくれるなら万々歳だな。もう利用価値は無いだろ?」

「…………本っ当につまらないなお前」


 言葉で言わなくても顔が『つまんねー男』って言っているのだ。言わなくてもわかる。(2回目)


 ルナールとしては何故わざわざ自分が殺さなければならないのか疑問でたまらないのだ。

 誰かが殺すなら合理的だ。


「お前、殺したいんじゃなかったのか」

「死んで欲しいが、別に俺が殺す必要は無い。クアドラード城で、リィンが死ぬなら俺の手だと思っていただけだ。べナード、お前ではなく」


 そちらの方が、クアドラードには残酷に見えるだろう、と。

 あの殺す気の一撃で生き残ったのなら、そこからはもうルナールの関与する利用価値が無いのだ。

 惨たらしく死んでくれ、と。そう願うだけだ。



「てめぇがきちんと処理してなけりゃこんなこと」


 ただし、クラップのその言葉にルナールは異議申し立てた。


「……確かに、そうだな。だが、2度も(・・・)逃亡を許したのは一体どこのどいつだったか」

「……!」


 煽られている。そう判断するのに時間はかからなかった。

 クラップはルナールの額に銃を突き付けた。

 この男のサブウェポンは、銃だ。普段は使わないのだが、大剣は持ち運びや持ち出しに労力がかかる。あと大体素手でも強い。


「現状やつに振り回されているだけならともかく、機会があっても仕留められなかったお前にどうこう言われたくはないな」

「言い方の問題を言ってんだ、新米」

「年功序列は無意味だな。先に死ぬのはお前の方だろう、老いぼれ」


 引金に指をかけた瞬間。

 パチパチパチと拍手が起こった。


「いやぁ素晴らしい! 面白い! まさかルナールさんが他の……しかもクラップさんと喧嘩をするとは! いやはや流石リィン様ですね!」


 よっしゃやったれ! と火に油どころか燃料タンクぶち込もうとしているべナードの姿を、無言でサーペントがしばき倒した。


「今幹部同士で潰し合いをするな」


 その忠告に睨み合いをしていた2人は同時に力を抜いた。合理的では無い、と判断したのだ。


「全く、クラップもクラップだが、いい子にしていろと言っただろうルナール」


 無言。

 反応を返すのも無駄だと考えたらしい。


「……はぁ。グルージャ、その後の報告も頼む」

「はい! えっと、クラップさんが屋敷に来訪されたすぐ後、リィンちゃんは白煙をばら撒きました。毒ですね。吸い込んだ自分や他の方は昏倒。クラップさんとコーシカさんはどうやら吸わなかった様ですけど」

「あんな怪しいもん、迂闊に吸えるか。10分くらい呼吸止めろ」

「それ人間じゃないですよね」


 コーシカの名前が出たことにやや驚いたが、サーペントは続きを促す。


「崖から飛び降り、第二都市にあるノッテ商会の建物に着地。その時根っこから引き抜かれた木が屋根に突き刺さっていました。まるで巨大な槍のように。……商会の長は大変憤怒していましたよ。明らかな不審者ですから、逃げる方向を覚えていて、教えてもらいました」

「ほう」

「ですが、結果は……。痕跡一つ見つけられませんでした。まるで……──空を飛んだみたいに」


 足跡ひとつ残っていない。

 冗談だったのだが、心当たりがあるのでべナードとルナールは思わず黙った。魔法の使えない国で使えるとは思わないが、あの、ちょっと『それは無いだろう』と言いきれない所が。


「そういえば肝心のコーシカはどうしたんだ」

「あぁ、猫ちゃんなら追い掛けに行きましたよ。匂いが微かに感じられる、とか」


 べナードがサラッと答える。

 獣人は人より嗅覚が優れているとは言えど、流石に街の外の匂いは感じられない。だが、痕跡は辿れる。僅かでも残っていれば追いかけることなど容易いだろう。


「あの獣人、泳がせていると言っていたが」

「リィンちゃん本人と取引していたみたいですね。自分を殺さないのか、と聞いてましたよ」

「どっちの味方なんだ……?」

「どうせ猫ちゃんは元々トリアングロの味方とは言い難い方なのでしょう。人間同士の争いにわざわざ好き好んで介入する獣人はそういませんよ。……ですがま、あの娘の敵である事は間違いないですね」





 ==========






 肝心のコーシカは、匂いを辿っていたがリィン達の服を着た案山子の姿が嘲笑うような顔で突っ立ってるのを見てぶん殴ったばっかりだった。


「……ハッ、俺対策って事か」


 岩肌突き出る第一都市に向かう道。

 ここに案山子を作ったのは誰か、など様々な憶測が脳裏をかけるが考えるのは放棄した。


 リィンは、頭脳派である。

 コーシカの条件に焦っていた最初とは違い最後に焦燥感は無かった。


 恐らく、リィンが約束を果たせずにコーシカに追われる、という場面は既に想定し終えた後だろう。ならば考えれば考えるだけ相手のドツボにハマる。


「逃げる獲物を追うは、野生の愉しみよ」


 コーシカはリィンの事を普通に気に入っていた。

 初対面で警戒はされたが、お前本当に警戒しているのかと言いたくなる程の打ち解け具合。宿に案内するのもそうだし、会話をするのもそうだし、取引を持ちかけるのもそうだ。


 普通の人間と頭の釘が1つ2つ違う。

 いや、そもそも釘を使っているのかすら怪しい。


「…………まさか尻尾を握る人間がいるとは」


 これが1番の理由である。別に尻尾を握るという行為に深い意味はないが、幹部であり獣人、体格差も種族差も実力差もあると分かっていながらじゃれついた(・・・・・・)のだ。可笑しくて堪らない。


「他の奴に取られる前に、俺が狩ってやろうじゃねぇか」



 牙を剥き出しにした時、コーシカの足元に大岩が落ちてきた。



「ッ!」


 気配がしなかった。

 だけど、見上げれば影が1つ。月夜の逆光を浴びながら、黒い影が腰に手を当てた。


「──行かせると思うか?」

「…………てめぇは」


 地形が変わるほどの戦いを見ていたのは、空を飛ぶ鳥だけであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ルナールさん、リィンちゃんに隠し事されて腹立ったりするのに興味ない感じなんなのよ気になっちゃうでしょ! すっかり忘れてたけどリィンちゃん手負いだものね。それでグルージャ君に勝てるんだから…
[良い点] ルナールさんお久し振りデスね~ お元気そうで何よりデ~ス……(冷やかな目) 思い返せば国境基地と屋敷どちらでも毒?混入事件起こしてたんだなぁ…… もう厨房に潜り込むのはトリアングロの戦力…
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