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第135話 落として上げて、上げて落とす



「失礼します!」

「……! ヴォルペール、話し合いの最中に入ってくるなと」

「此度の戦争に関して、急を要する情報を入手しました」


 クアドラード王国、王都。

 国王や大臣らが今後の方針や戦争の兵站を話し合う最中、国の第4王子であるヴォルペールが飛び込んできた。


 第4王子に政治的な発言力は無い。それはヴォルペール自身も自覚していることで、彼はあまり国に関して表立つことはないのだ。……一時的に王宮や離宮ではなくエルドラード家で世話になっている所から徹底具合が見える。


 だが、それを踏まえて議会という重要な場に足を運んだ。


「──トリアングロの国境、それも開けた南側に地雷が埋まっています」

「……なんだと?」


 リィンが度々目にする報告の狙いは、安否報告ではなく戦場報告だろう。

 ただペインに情報共有したのではなく、クロロスを経由して国に情報をもたらすように、と。それが狙い目だと推測している。

 まぁ、あいにくリィンの想定よりもショートカットして報告出来るため王子として直接動くが。


「どこからの情報だ」

「前線に潜り込んだ冒険者からです」

「お前の……いや、なんでもない」


 国王であるロブレイクは『お前のパーティーメンバーはお前から離れるわけが無いだろう』と言いかけ、止めた。

 この場にはヴォルペールがペインとして活動していることを知らないものだっているのだ。それに、ヴォルペールに情報を与えるには早すぎる。


「それとエンバーゲール様の行方ですが」

「見つけたのか!」

「はい、現在は国境基地に。今の所ですがどうやら王都の方に移される模様です」

「…………そうか。あぁいや、エンバーの件は良い」


 エルドラードの金の血狂いに理解している国王は第2王子が他国へ寝返った場合の方法は後回しにしているのだ。なぜって、ほら、あれである。金の血あるところにエルドラードあり、である。

 エンバーゲールの同い年の従者が『金の血を漏らさせてたまるかー!』と殺意満々で殺すか連れ戻すかするのは確定なので。


「それよりヴォルペール」

「はい」

「先程決定したことだ。お前に──最前線での指揮官を任せる」


 ヴォルペールは、瞳を閉じた。


 あぁ、来てしまったのか。この時が。

 視界には街道を呑気に進むリィンたちの姿が。お前ら隠密行動をしろよ。


 指揮官は戦場での責任者だ。勝てば名誉を、負ければ汚名を。通常の戦争であればそうだろう。大体の闘いでは将を討ち取れば勝敗が決まる。

 通常であれば。


 ただし今回の場合、初動の遅さと停戦中の策、そして国王の優しさが仇となり──負け戦前提なのだ。この戦争は国の在り方を変えるための時間稼ぎ。


 国王の命令は分かりやすく言うとこうだ。

 『他の王子の代わりに死んでくれ』


「本来であればロークに任せた所だが、あいつは倒れておる。……分かってくれ、ヴォルペール」

「国王陛下」


 ヴォルペールは言葉を紡いだ。


「私は、貴方様に感謝しております。紛い物の私を、ここまで育ててくれたことを。産まれた瞬間殺されても仕方の無い私を」

「ヴォルペ」

「ですが、ですが陛下」


 覚悟を決めた。


「貴方様の命令は聞けません」

「第2王子に続き殿下まで謀反をするつもりか!」

「売国奴め!」

「黙って聞いていればよくも陛下に」

「──黙れ」


 怒る臣下を国王が鎮めた。

 国王は変わらずヴォルペールを向いたままだ。


「続きを」

「はい、陛下。……どうか、私に。最前線を任せてください。その名誉を、私にくださいませんか」


 ヴォルペールから提案することで、事態が変わった。

 国王は『息子を死なせる命令を下す父』という状態から『息子のわがままを聞く父』という状態へと変わったのだ。


 決して、その2つの結末が違うということはない。


 ただ、ただ。

 ヴォルペールの言葉にロブレイクは呼吸がしやすくなった。ただそれだけである。




 通り雨が3粒。ロブレイクの膝に降った。


「……っ、私は、お前のことが決して嫌いでは無かった」

「知ってます、父さん」


 ヴォルペールは困ったような笑顔を向けた。

 初めての親子の会話であった。



「私はまだ未熟者、時間稼ぎどころかすぐに負けかねません。つきましては皆様のお力を、そして元宮廷相談役との繋ぎを頂きたいのです」

「王子よ、なぜ宮廷相談役を?」

「彼は最早国家に関わらぬ方。戦争の欠片も分からぬ私に手解きをしていただきたいのです」

「……個人、として奴に伝えてみよう。それに応じるかどうかはお前次第だ」

「機会をいただくだけで良いのです」



 ヴォルペールが僅かな望みを口にする。あぁそうだ。機会を貰えるだけでいい。


 こちらには『リィン』って手札があるのだから。


「それと一つ疑問が」

「後回し……には出来ぬか。なんだ」

「異世界人、シラヌイ・カナエについて、一体何を隠しておられるので?」


 ヴォルペールの言葉に、その場にいる全員が息を飲んだ。


「……なぜ今、異世界人の話がお前の中で出てきた」

「私の目となっている(物理)冒険者が、彼女と鉢合わせたようです。彼女に関しての情報はまだ入手してませんが、その地雷の情報も冒険者本人と彼女がもたらした情報です」


 この国の隠し事に、興味はあった。もっとも、はぐらかされたわけだが。




「──では、私はこれで失礼します」


 様々な準備も必要だ。さっさと退出をする。

 ヴォルペールが退出した部屋では未だに会議が続けられている。ヴォルペールのもたらした情報の裏付けや戦争だけではない、政治も関わってくるのだ。時間はいくらあっても足りない。



 カツ、カツ。

 ヴォルペールは足早に王宮を後にする。


 しばらくして人通りのある廊下までヴォルペールが向かうと、その場で待機していたクロロスと顔を合わせた。


「俺は前線に向かう。エルドラード、お前も来るんだろ」


 それは提案ではなく確認の言葉だった。


「まぁ、行きますけど。やっぱそう来ましたか」

「フッフッフッ、なんでリィンがそんなに核心にポンポン近付くのか本当にわかんないけど、これでようやく動きやすくなった」


 後にクロロスはこう語る。

 『金の血じゃ無かったらあんなブラック指揮官になんて従ってない』と。



 ニンマリ、と悪巧みするような笑顔で、彼は言った。



「エルドラード、この戦争──勝ちに行くぞ」


 死ぬ気など、元から欠片もないのだ。





 ==========




「ただいまですぞ」

「おかえり〜。って、リ、ご主人様その人誰?」


 宿に戻ると4人が夕食を食べていた。スープとパン、それとコップ1杯の水。手持ちの路銀をなるべく節約した結果だろう。


「あ、普通にすて大丈夫ですぞ」


 演技をし始めた奴隷組。

 誤魔化しがきくようにとした様子を見せているけれど、私が入ってきた瞬間普段の言語に変えた所で気付く……。は、自動翻訳のカナエさんには無理な話か。


 全員の視線が向いた所で私は口を開いた。



「──こちら、幹部の猫さんです」

「幹部の猫さんだぜ」

「なぁ!?」

「ブフッ!?」

「……!? げホッ、変なとこッ、入っ! ゲホゲホゲホッ」


 おお、大混乱。

 エリィはわけも分からず首を傾げているが、カナエさんは水を落としたし、リックさんは吹き出したし、グレンさんは噎せた。



 そして紹介された張本人はご機嫌そうに尻尾と耳を動かしている。

 大変そうな4人を尻目に私がベッドに座ると、コーシカは扉に近い場所であぐらをかいて座った。


「……説明、もらっても?」


 ゲホゲホと噎せているグレンさんの背中を摩りながらリックさんが言った。

 ……普段問題児みたいな顔してる癖にグレンさんが動けないと途端にまとも風になるのやめて欲しい。お前はアッパラパー側。


「とりあえず路銀稼ぎすてきたんですけど」

「うん」

「そこでコーシカさんと出会うすて」

「……うん? うん」

「ジュースとお菓子! 奢るされた! 甘味ぞくれる人に悪き人居ない!」

「な゛わけな゛いだろ゛」


 魔王みたいな地を這う重低音でグレンさんがブチ切れながら俯きそう言った。


「……まさか菓子で釣れるとは思っても見なかった」

「いいかリィン、なんでもかんでもお菓子くれるからって大人について行ったらダメだからな。リィン可愛いんだから悪い狼に食われちまう」

「お菓子ぞ餌にする手段使う男に強姦されようが殺されようが私の方が強きなので大体何とかなるです。返り討ちぞ。あと今回はついて行くのではなく、連れてくるしたのでヨシ」

「屁理屈〜! そういうリィンも好き」

「ありがとう」

「でも俺がぼかした言葉を解像度高めで返さないで、俺がセクハラみたいになっちゃうから」


 めっ! とまとものフリで怒ってくる。

 納得いかない。言動はまともじゃないけど価値観はまともなのかな。キャラブレ起こさないでください私が酔います。


「少しは誤魔化そう、とかそういう頭は無かったのか!?」


 あ、グレンさんが復活した。


「無理です、匂いって私じゃどうにもならぬ所でバレるしたので」


 鴨が葱を背負ってくるじゃないけど、堂々と自己紹介しながら歩いているようなもんだもん。避けられないわ。

 グレンさんの魂を見分けられる目と同じようなもんだし。


「んで、お前ら何が目的でこっち来てんだ?」


 ゆーらゆーらと細身の尻尾が揺れる。


「戦争、止めるためか?」

「その気は(私には)無いですね」


 私は堂々と言った。


「私の目的はただ一つ、この私を裏切るしたルナールを助走つけてぶん殴るだけなので」


 初めて明確にした目的にカナエさんが零れ落ちそうなほど目を見開いた。

 心当たりがあると言うよりは『裏切られた』って部分に反応した感じだろう。


 平和な前世じゃありえないことだもんね。生死に関わる裏切り、なんて。


「ふぅん。復讐か」

「そうそう」

「案外普通だな」

「……は? それ本気で言って」


 グレンさんが血気盛んにキレかけたが、相手が格上の幹部だと気付いて口を止めた。


「ん?」

「あー、いや。……リィンを普通にするにはちょっと異世界すぎる」


 喧嘩売ってる????


「だってコイツ、クアドラードのギルドでライアーの事『女装趣味がバレて相棒蹴り飛ばして逃げた』って言ったんだ。ギルドの中で、サブマスや他の職員がいる中で」

「うわぁ」

「俺は言いたい。名誉毀損の達人だと」

「普通の復讐というにはあまりにも異世界すぎんな」

「喧嘩売るしてる????」


 おかしい。ここには敵対者居ないはずなんだけど。


「とにかく、コーシカさんと話す場を作るしたのは、私の目的を明確にすて邪魔されぬようにする、って事なので」

「……ふむ、確かにお前らが不利になる情報は漏らしてねぇな。ここで俺が王様に情報漏らしても平気って訳か」

「そういうことです」


 厳密に言えば目的がバレるのも情報が漏れるのも避けたいことだし、目的がルナールって所を得たトリアングロが何をするか分からないから避けるべきだ。

 ルナールに会えないように細工されたらたまったもんじゃ無い。


「コーシカさんはそれを踏まえるしてどうするですか?」


 私の提案に悩む素振りを見せる。

 最初のエンカウントで、即座に私を拘束しなかったことや殺気を見せなかった所から考えると大分話が通じるタイプだと思ったんだよ。


 個人プレイ強めの幹部と見た。

 幹部の個人情報、持ってれば良かったんだけど。残念ながらあのイカレフルーツポンチからの情報は信ぴょう性が低いのである。


「あー……。俺は、国に忠誠心はねぇんだわ。俺の得意分野で、まぁそれなりに食っていける場所がたまたまここだってだけで」

「うん」

「振られた仕事はまぁ適当にやるが、同じ幹部の事情なんて知ったこっちゃねぇし」

「うんうん」

「幹部の若造共は、まぁ、他の奴に比べりゃ注目してっけど、ぶっちゃけ興味はねぇし」


 これはむしろ味方に引き込める、かも?

 あれだよ、狙い目は『フッ、おもしれー女』的なやつだよ。


「うん、そうだな。片道切符を用意してやろう。俺の推薦で要塞都市に行く片道切符を」

「え!? ほんと!?」

「ただし条件だ」


 第二都市に入ってすぐの幸運に胸を踊らせる。

 ようやく私にも運が回ってきた! 最高だね!


「──幹部を1人、殺してくれりゃいいぜ」


 最悪だよ馬鹿野郎。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ヴォルペールさまぁぁ~! 王様の命令を一旦は拒否したとはいえ臣下達からの当たりキツいな !! やっぱり正当な王子と違って紛い物って頭があるからか。。 しかし王様の命を断り自分から申し出る…
[良い点] 文字だけでペイン君愛が分かるパーティーだな!何があってもペイン君の側を離れないと認識されてる皆好きすぎる。この人たちだけは凸凹コンビみたいに裏切りがないことを切実に願うよ!?メンタルブレイ…
[良い点] (前半)捨て駒になるなんてペインらしくねえ…お前ほんとにペインかよ (中盤)それでこそやん!!!!!! [気になる点] リックさんって狂人寄りではあるけど割と感性はまともな気がする。行動が…
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