第124話 狐は化けるし虎の威も借りる
「おはよーです!」
朝の挨拶をクラップの監視付きでするとチラホラと返事が返ってくる。いやー快眠快眠。夢も見ることなくぐっすりでしたわ。
私より早く起きたクラップにドン引きされましたよね。『この状況で熟睡出来る度胸』って。『……いやただ馬鹿なだけか』とか呟いてたけど。聞こえてんぞ☆お前にロリコンの噂を流してやろうか☆
「空軍、準備は」
「完了です」
「では行け」
「はっ」
先日まで最前線にいたはずの兵士達は応急手当を終わらせると基地を出ていく。
一体何をするつもりなんだろう。普通に撤退するならいいんだけど。
「姫さん、少し離れるが余計なことはすんなよ」
「はいはい。お利口でお仕事するですよ」
「ん」
親が子供に向かって忠告するみたいにクラップはそう言うと、誰かよく分からない兵士の名前を呼びながら場所を離れた。おそらく私に聞かれたくない話題なんだろうなぁ。
ところで。
先日、強者優先国だということが判明したトリアングロ王国。強ければとりあえず生活は安泰、みたいな国。最上位に化け物がいるとは言えど、治安の方はどうだろうか。
強い者って言ったら何を思い浮かべる?
軍人? 騎士?
貴族から見れば身近な強い者はそんな所だろう。だが、一般庶民から見れば雲の上の存在。要するに『そうじゃない』。私の求めている解答は物語に出てくる答えじゃない。
教室のヒエラルキーは? 社会で怯える存在は?
強さで頂点に立つ、お山の大猿。身近にある暴力。
正解は〜?
「おい、小娘。来い」
「兵士の呼び出しだ、逆らうなよ」
──下衆な不良でした。
強き者には逆らえない風習があるので、同じ兵士は止めようとするが雑用みたいな弱者は止められないみたいだ。
大人しくついて行った場所は建物の影。
悪質な兵士2人を目を前にして、私は。
「で?」
「……は?」
「要件は」
威張り散らして聞いた。
というか強い者が優先されるならこの場でこいつらボコしたら私の方が正義になるんだよね。勝者こそが正義。暴力は正義だ。
『だって私の方が強かった』って言えば許されると思うんだ。
うん、実際問題、魔法無しでもノーネームの兵士になら勝てる。本当に幹部が化け物すぎるだけで。
魔法あったら幹部と同等になれるかもしれないんだけどなぁ……。でも魔法ありでもルナールに負けたしな……。
「クラップさんの娼婦になったんだってな。どうやって取り入ったのか分からねぇが、なかなか上玉じゃないか」
「言葉も通じない小娘だ、優しいから言葉を教えてやるよ。俺らの相手もしろ」
ほーう。予想はしていた。
言語に弱いという特徴を予め知っているからか、私の煽りもそこまで気にしてない。
うん、この国の強者優先主義、大分理解してきたぞ。
強い者には逆らえない、弱い者は消費者。
だーかーらー、本来なら私はこれに断れずに怯えるんだ。だってぇ、たかが雑用。弱っちいから。
「馬鹿ですぞねぇ」
鼻で笑った。
「あ!?」
「筋肉ばかり身に付けるするから脳みそまで筋肉になるんですぞ、そんな脳内弱者に優しい私がわざわざ教えてあげるです」
別に強さは腕力だけじゃないって事を教えてやる。
「お前ら、クラップ様より強いですか?」
私の疑問に意図が分からないという顔をしたが、流石に否定する言葉は出なかった。
「私はクラップ様のお世話ぞするです。幹部に、奉仕する時間ぞ、わざわざ、弱い貴様らに、私が使って」
にこり。微笑んだ。
「──クラップ様は黙るとでも?」
「……!」
「そもそも幹部のお手付きでしか手ぞ出せぬ軟弱者が。いや、ある意味勇者ですけれど。比較って言葉、ご存知? 貴様ら程度の格が、最上と比較出来る私を誘うだなんて」
今度は馬鹿にしたように笑った。
それだけで憤怒で顔を赤く染める。
「言わせておけばこの雑魚が……!」
「あぁそれとも!」
拳を握り締めた男に私が顔を近付ける。
「……クラップ様にバレて殺すされたい自殺願望者? ある程度私を見るしたならご存知ですよね、クラップ様、常に私ぞ観てるの」
頭を働かせろ馬鹿め。
スパイ疑惑があると疑ってる私に、他人と下手にコミュニケーションを取らせるわけが無いだろうが。
仲間内の連絡交換だと疑われるし、何より私に余計な情報与えたくないだろうし。
処罰を受けるのは弱者の私かもしれないけど、もし私がクラップの『お気に入り』になった可能性があれば……。あとは分かるな?
「私、体痛きぞ、」
床で寝たから。
「今夜の為に体ぞ整える必要あるので……消えるしろ」
意訳:お前らに割く時間はないです身の程知らず
多分弱者が生き残る術はこういうこと。
強者に取り入り虎の威を借る事が弱者の強み。弱者が持てる強さだ。
だからこそ強い者はさらに格を高めていく。取り入ってくる人間が多いということだから。
虎の威を借る狐方式、私めっちゃ得意なんだよな…………。実家の権力も万歳。トリアングロでは使えないけど。
……待てよ、シュランゲの主人って立場もかなり狐方式なんじゃないだろうか。あれだけ強い者に取り入るんじゃなくて、強い者を下に付けるの。
あーーーーー、めちゃくちゃ契約で縛って連れてくるんだったかな……。うーん、嫌でも、あいつならそんな契約の穴をついて私を嵌めそうだし。
私が色々考え事をしていると、兵士は諦めたのか恨めしそうに私を見ながら何も言わず去っていき始めた。
じゃーねー、もう会えないように色々噂広めとくねー!
びっくりすることだけど、あの不良兵士に言った言葉、嘘は吐いてないんだよね。
「……。はぁ。で、いつまでそこで見るしてるつもりですか、クラップサマ」
壁に背を預けて小さくつぶやく。
すると物陰からスッ、と険しい顔をしたクラップが現れた。
「お前、いつから気付いて」
「──えっうっそ本当に居た! なるほど、当てずっぽうも馬鹿にならぬですね」
「姫さん」
「いだだだだだだだ顔面掴む文化良くなき!」
ライアーも良くやってたから多分トリアングロの悪しき風習だね! 死ね!
頭蓋骨からミシミシと人体が鳴らしちゃいけない音がしたので慌てて謝罪する。ひぇ、許して許して。流石にその死に方は嫌だ。どの死に方も嫌だけど。
「当てずっぽう運があるなら当ててみろよ、今から俺が何をするか」
「殺す!?」
「んな私怨で殺さねぇよ、しばき倒す」
「セクハラぁーーーー!! ロリコンーーーーー!」
「ぶっ殺すぞ」
「圧倒的私怨っ!」
手のひらの返し方があまりにも速かった。私でなきゃ見逃しちゃうね。
「だって、だって普通思うではなきですか!? ずっと私の監視するつもりでいる人が、他者との秘密裏の接触ぞ簡単に隙見せると思うですか!? 絶対そんな無能じゃなきでしょ!」
私の決死の反論にクラップはひとまず言葉を止める。おそらく言葉を考えたのだろう、5秒ほど間が空いて口を開いた。
「姫さん、自分が何されたか分かってんのか。拷問に監視だ。絶賛疑われ真っ最中で、姫さんの自由を奪う俺を、自分を守るための手段に使うかよ普通。……無能じゃないと言い切るかよ」
「使うし言い切るです!」
「かーーー! このガキ本当に意味わかんねぇ」
だって私プライド高いもの。
この私が煩わされる相手が雑魚であっていいはずが無い。これでもクラップに重傷を負わせた男に教育を受けていたんだよ? 最強とは言えないけど、絶対強い部類だもん。
「ほんと、姫さんそろそろ白状しろよ……。今なら捕虜にしてやれるから」
疲れ果てたような声色でクラップが私の肩を掴んでそう言った。
ふむ。
言っていいかもしれないな。
「……信じるして、貰えぬと思うです」
「ん?」
躊躇いがちに言葉を続ける。
私がトリアングロ王国について知ってることは少ない。魔法国家のクアドラード王国内の勉強を中心にやっていたって言うのもあるし。
国境基地に来てから初めて知ることばかり。
そんな私でもトリアングロの国民との伝手はある。シュランゲや狂い男、そしてライアー。
シュランゲはクアドラード王国歴が長いし、脳みそリボン野郎は頭がリボンなので参考にならない。
でもライアーは違う。
ライアーが心から思ったこと、驚いたこと。それはきっとクラップにも驚かれることだ。
そう、それは。
「……実は、異世界から来たですぞ」
ライアーが固まり思わず顔を覆いながら発言した言葉。
──『異世界から来たもんだと……』
ペインやライアーが『お前は実は異世界人なんじゃないか説』を唱える度に言語が苦手なだけで生粋のファルシュ出身です家名的な意味で! って心の中で抗議していたんだけど。
もしかしたら使えるかもしれない。頼む、信じてくれ……!
「…………………………まじかよ」
よっっっっしゃーーーーー!!!! ビクトリーーーーーー!
確実に信じたわけじゃなさそうだけどその可能性を10パーセントでも植え付けられたら上等! あとは世間知らずを全面に出して行けば確かなものとなる!
結構最近異世界召喚起こったってギルドサブマスとかが言ってたんだから! ないことはない!
あと転生者なだけであってあながち間違えでもないぞ!!!
「シラヌイと同じパターンか……。嫌でもあいつ確か言語は普通だと聞いて……」
「しらぬい?」
発音というか、響きに聞き覚えがある。
「それ、家名ですぞね。下の名前は?」
「おっ、ま、家名だって分かるのか!?」
「そりゃまぁ」
異世界人ですから。
今、ググッと異世界人説メーター、上がりましたね?
「あ、いやでも待て。お前確か白髪の鶴にあったって言ったよな?」
「はいです。というか、第一発見村人。アレがこの世界の常識なのかと怯えるしますた」
ポンポン設定が浮かんでくるぞ〜!
とりあえず頭おかしいお鶴ちゃんに設定なんでも押し付ければいいと思っているのは私です。あいつなら話やら証言やらに矛盾が生じても怪しまれないし。
ま、ペインが監視している以上トリアングロには近付かないだろうけどねー。
「…………姫さん、それが本当でも嘘でもどっちみち運がすこぶる悪いな」
「それな」
ライアーに出会ったのが人生最大の不運だと思っている。