第123話 最近胃痛が標準装備
「何も、よく、ねーーーーーーーんだよあのクソ言語!」
「クソ『野郎』とかクソ『アマ』とかはよぉ聞くけど、『言語』なんて人物を指す言葉や無いってのに誰か特定出来るよなぁ。ある意味凄いと思うんやけどどう思う?」
「それは俺も思う」
「せやろ」
クアドラード王国 王都 エルドラード伯爵邸
第4王子殿下が王宮の自室ではなくエルドラード家の一室で寝泊まりしている異常な状況。そんな状況でペインの部屋に1人の女が現れた。そう、我らがサーチだ。
「とりまこれ今回の成果な。モルディブさんとこは紙面でのやり取り残してくれてん。いやー、大助かりやわ」
「ん、せんきゅ」
サーチが盗み出した書類をペインが軽く目を通す。そしてペインは視界にどうしてもチラつくリィンの視界に思わず目を覆った。ペインの方の視界が消えるだけでリィンの方が鮮明に映し出された。精神的に詰む。
「グリーン領主の時は目ぇ瞑っとかんと動けへんかったってのに。よぉやるわ」
「やらなきゃなんないからな。リィンの安否確認も、リィンから送られてくるトリアングロの様子も、王子として成すべきことも」
「……なぁ王子様、あんた前線に行くとか言わへんよな」
「…………どうだろうな。王太子は国外、第二位は反乱。そう来たら次期国王として第3王子は守り通すだろう。王子の中で死ぬのなら俺が序列的に第1位だ」
紛い物の宿命だ。
「………………というか顔真っ赤やけど何見よん?」
「……なんでもないです」
この後リィンを拷問した男(推定幹部)に呼び出される状況を見て、顔を青くするペインだった。
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クラップの部屋はそれなりに広かったが内装のセンスが無いのか非常に無骨なものだった。
まぁ、この戦時下の最前線基地に成金みたいなゴテゴテした部屋作っていたら頭を疑うけど。
クラップ本人はベッドに腰掛け、私は入口付近で棒立ち。大人しくノコノコ付いてきたけど、私を拷問から解放した嘆願書は果たしてこの部屋でも有効なのだろうか。素直に気になる。
「はぁ……」
小さくため息を吐くとクラップは軍服を脱ぎ始めた。鍛えられた筋肉は背中から見てもよく分かる。赤く染った包帯が無ければ。良かったねペイン、サービスシーンだよ。『嬉しい、よくやってくれた』だって。ははは、じゃれるなじゃれるな。
……。
クアドラード方面から本気で殺気飛んで来そうだからやめておこう。
「姫さん」
「(ビクッ)」
現実逃避は止めよう。
いきなり声をかけられて肩というか全身が跳ねた。思わず後ろ手でドアノブに手をかざす。
「おいおい、せっかく幹部の情報が手に入る場所にいるのに逃げる気か?」
「おやすみなされ!」
「本当に逃げる気かよ」
「あーーーーーー!」
ガチャ、とドアノブ捻って扉を開けた瞬間そこそこ離れていたのにも関わらずクラップが私の腰に手を回して掴んだ。
やめろやめろやめろー! はーなーせー!
というか、99パーセント確信していたことだけどクラップはまだ私を疑っているというか、クアドラードの王族だと確信してるのか。
ズルズルと引き摺られて部屋の中に戻される。廊下で誰かいた気がするけど無視されましたよね。
「どべっ」
「姫さんよぉ、お前お淑やかにとか出来ないのか」
「生まれてこの方お淑やかさとは縁無き人生闊歩すてた故にごめんなさいね!」
ベッドに放り投げられ、鼻を思いっきり硬いところにぶつけた。うぉおお痛い。
鼻を押さえながらクラップと距離を取る。と言えどベッドに放り投げられたということは背後は壁、そして正面にクラップがいることになる。
リアスティーン・ファルシュ。胃が、痛いです。
「……姫さん」
「なっ、にですか。あと私別にお姫様じゃ無きです」
「──お前もしかして夜伽の意味勘違いしてないか?」
……????????
えっ、どういうこと?
「流石に寝ないで付き合えとは言わんが」
「ん、え、ん??」
「ほぉ、なるほどな。姫さんそう見えても耳年増らしい」
疑問符を浮かべまくっていると揶揄うような笑みを浮かべていた。よく分からないけど馬鹿にされてるのは分かった。
「監視してることは忘れるなよ姫さん」
「えっ、はい」
「お前は今日からここが寝室だ。何を隠し持っているか分からん危険人物を不特定多数のいる部屋に置いちゃおけん。ここなら幸い、お前が怪しい行動した瞬間俺が殺せる」
喉をグッと締められる。
息が詰まる。私が睨むも全く気にしていないのかクラップは変わらず息が出来るラインギリギリまで力を込めていた。
「(温室育ちならこの程度でビビるかと思ったが……。想像してたより根性があるな……)」
こちらをじっと見て観察してくる。
これ、本格的に探れないな。せめてルナールの情報を入手しておきたかったんだけど。王都に向かったかもしれない、って根拠もない推測しか出来ない。
「まぁ、いい。お前は仕事が終われば床で寝ろ」
「ゲホッ、ゲホゲホッ!」
仕事?
咳き込みながら涙目で見上げるとクラップは疑問に答えるように自分の体を指さした。
「俺の看護」
「……看護じゃなくて介護なので──」
「早速殺されたいのか姫さん」
「──何も言うして無きです〜! さーてお仕事するぞりー!」
漂う殺気から逃れるように元気いっぱい答える。空元気だということは言ってはならない。
キリキリ痛む胃。
本当に、なーんでこうなったんだか。
視界に入る金髪を摘んで恨めしく思う。
「早くしろ」
「へいただいま!」
キョロキョロと道具を探すとクラップが「ん」と頭を動かして場所を教えた。口で言え無礼者と思いながら取る。
夜伽ってあれか、健全なお世話とかの方。寝ずの番とも言えるけど。
怪しければ殺せ、とも言うし『王家の証』っていう目に見える証拠があるのにも関わらずクラップが私を殺さないのは他の兵士からの好感度のお掛けだろう。
多分私殺したら士気が落ちる。そう判断したんだろう。
あとあまり可能性は無いけど泳がせて目的を吐かせたり仲間を見つけたり。……そっちの場合は『スパイだと気付いた』って事を悟らせないだろうから、本当に可能性は低い。
「あの、疑問なのですけど」
「あ?」
包帯などの道具を手に持った状態で怪我人に問いかけた。
「私がしてもいいのです?」
「どういうことだ?」
「いや、だって私をスパイと疑うしてるでしょ、なれば急所ぞ触れる所に置かぬと思うして」
いくらなんでも弱点晒すなんて。素直に頭が悪いなぁ、と。
私が近寄っても避ける素振りがないためそっと肌に触れる。赤く染った包帯に手をかけ、外していった。怪我の治療は国境基地に来てからやったし、大分慣れた。
「馬鹿か。俺を殺したきゃローク・ファルシュレベルを呼んでこい。至近距離で殺そうとしたってお前みたいな弱っちい姫さんに傷一つ付けられるかよ」
「えい」
「ーーーーーーーーッッッッ!」
消毒薬を傷に思いっきりぶちかけると普通にめちゃくちゃ掛かった。
傷一つ、なんだって?
クラップは自分の武器を手に取って私に向けてきた。
「だからって実行するやつがあるか」
「ああ傷ぞ開くですぞ? スパイぞどうとか関係なく、お前が傷付き苦しんで死ぬと私の痛みが引く気ぞする故に嬉しきですが」
「あ? 堂々としたスパイ宣言か? ほんっとにぶち殺すぞ」
殺気が無ければ避けられにくいか。
はぁ、これ、毎晩やらないといけないのかなぁ。夜伽、大変だなぁ。
「次、変な真似したら容赦なくたたっ斬るからな」
「はぁい」
「(普通自分を拷問した相手に怯えずふざけられるかよ。あぁクソ、よく分からん。クアドラードはどういう教育してんだ)」
手馴れた手つきで包帯を巻き替えていく。傷跡は、おそらく銃。見たことない傷跡だけどね。背中から撃たれたってことか。しかも沢山。急所には命中してないみたいだけどなんで生きているんだろうこの化け物。
……何より、お腹の傷がやばい。
完全に剣らしきものが貫通した跡がある。それと同時に火傷跡もあることから、魔法によって出来た傷だと判断出来る。
お腹の傷は熱を持ってるし、触れて分かったけど体温も半端なく高い。正直立ってるのもおかしい死にかけの体。
こんな辺境の基地じゃなくて本部か何かに戻って本格的に怪我の手当すればいいのに。
「……痛い?」
無言の空間に発した疑問。
「……。それは、姫さんには関係ないな」
「誰がやるした?」
「空軍の奴らと、お前の叔父」
おじ。
あー、つまりパパ上。なるほど。容赦ってもんがまるで無い。
「味方?」
「別に味方じゃねぇよ。空軍はただ預かってるだけだ。……余計な口動かしてる暇あるなら速く終わらせろ」
叱られたので大人しく治療を進める。
医療知識はないので残念ながら傷口綺麗にする程度しか出来ない。これを幸いと呼ぶべきか分からないけど。
「ご苦労、仕事は終わりだ。姫さんはさっさと寝ろ」
ボブっ、と薄手の布を投げられて顔面キャッチする。
コノヤロウ……!
しかし、まぁ、隙が無いな。少しでも殺そうとしたら絶対こっちが殺される。殺す気はないけど。
「じゃあ寝るです」
「おー」
こちらになんて興味無さそうにクラップは椅子に座り机に向かった。
床で寝ろって言われてたな。本当にそこら辺で寝ろってことか。せめてソファとかで寝かせて欲しいもんですが、この場にそんなものは無い。泣いた。
「ねぇ、何故」
「はよ寝ろ。俺は姫さんの雑談に付き合ってやれる暇はねぇんだよ」
「何故戦争するです。クアドラードの奴らが何かこの国にしたのです?」
「……チッ」
スパイだと問われてもおかしく無い質問だけど元々疑われてるんだ。ぶっ込んだ問いかけをしてみた。
クラップは大きく舌打ちをして私に近付く。
「なぁ姫さんよ」
床に寝転がる私の顔を見下ろしながらクラップは言った。
「そんなにフロッシュのやる夜伽がしたいか」
「おやすみなさーーーーーーーーい!」
すやぁ。
1人硬い床で寝る夜は、夏だと言うのに少し寒かった。