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第116話 国境のトリアングロ連合軍



 ダクアのクラン、ザ・ムーンに所属しているヒラファという男がいた。


 彼はファルシュ領の首都、メーディオ出身の冒険者だ。


「ヒラファきゅん腕ぇ鈍って無いでしょうね」


 同じくダクアを拠点に置くリーベが声を掛けた。


「は、はは。これでも毎日冒険者業と並行して訓練やってますから。アスル副団長」


 ──青の騎士団 騎士 ヒラファ


「失敬ね、現役のあんたと違ってアタシは元よ」


 ──青の騎士団 元副団長 リーベ・アスル


「それにウルを拾ってから頂いた家名もお返ししたわよ」

「あのころの副団長……ちゃんとまともだったな……」

「まるで今がまともじゃないみたいな言い方やめろや」


 地の利を生かした戦い方でトリアングロの兵士を翻弄していく。入り組んだ土地は慣れなければ迷うだろう。


「にしたって、まさか本当に……」

「あぁん?」

「いやぁね」


 ヒラファはまだ無垢な心を持った純粋な騎士見習い時代を思い返す。


「ファルシュ領の住民が全体的にやばいなって思っていましたし、親父に騎士団に入らされてから家族が動ける奴らはほぼ強制的にファルシュ領に引越しさせられるし。世間を見て、帰省して。ここに元騎士団長がいたり引退宮廷魔法職がいたり元相談役がいたり。負傷で騎士を辞めた先輩達とか、軒並み拠点をファルシュ領にしてるを見て」


 槍を捌きながら死んだ目で言葉を続けた。


「──国の盾になれ(物理)ってことか〜〜って」

「アタシだって同じねッ! ウルの教育上ファルシュだけはやべぇって思っていたから隣のグリーン領にしたけど、定期的に荷物を卸す形で半ファルシュ領民……! ファルシュ領に一般人は存在しねぇ、いるのはバケモンばっかよ」

「もしもし副団長? 俺、その領地出身なんですけど」

「親父さんが元近衛騎士だったてめぇの運命を恨みな!」


 リーベがバトルアックスを振り回して敵を殺していく。

 血飛沫を見ながら、過去を思い返していた。


「約20年前、ローク様がこの国境に拠点を変えられたのは知ってるわよね?」

「え、えぇ、まぁ」

「元々住んでたグランドル領民とモルディブ領民は──速攻逃げ出したわ」

「………………どんな化け物だったんですか?」

「災害」

「さいがい」


 生物じゃなかったか〜。


 自分の領主が想像よりやべぇ存在だったと知ってヒラファは泣いた。


「──水よ切り裂け! 〝ウォータースラッシュ〟」


 ナチュラルに短縮魔法を使えるファルシュ領民の魔法がトリアングロ兵士を切り裂く。

 あっさりと息絶えた兵士を見下ろして、感じる。騎士団で魔法を使える人間相手に戦っていたより……。


「なんか、呆気な……」

「──油断するなよヒラファ」


 騎士時代のリーベを思い出してヒラファは油断しかけていた心をビシリと引き締めた。


「トリアングロの名無し共は魔法を使えば勝ちやすい。だが、トリアングロの幹部は頭一つも二つも飛び抜けてる。奴らにとっちゃ魔法なんて火遊びみたいなもんだ」

「……まじっすか」


 ヒラファの様な名無しの騎士はトリアングロの兵士に勝てるだろう。国民の大半が魔法を使えるクアドラード王国だ、地力ではトリアングロの上を行く。


 ところが。

 幹部となるとレベルが違う。


 騎士団長クラスが2人居なければ釣り合いが取れぬほど。


「赤の騎士団長がいるだろ」

「は、はい。クアドラード王国の最強と言われる騎士団長。グリード・ストレングス団長ですよね」

「そう、あれには何度転がされた事か……」


 リーベも大概化け物じみているが、そんな(おんな)にも敵わない男が居た。


「あの赤の騎士団長でようやくトリアングロの幹部と対等だ」


 想像以上の戦力差にヒラファの喉がヒュッと悲鳴を上げる。


 あのレベルで、ようやく?

 あの男は魔法の補助無しでドラゴンとタイマンを張るような男だぞ?


「だけどまぁ……」


 リーベは不安を滲ませながらも魔法を使った。


「魔法さえあれば、まあなんとかなる。それにこの領地には同じ化け物もいることだしねん」


 赤の騎士団長が直々に近衛にならなければ抑え込めない元王子様がいる。

 金の髪を持った、同じく化け物。




 ローク・ファルシュ。


「──よぉ、ようやくお出ましか」


 ファルシュ領内を兵士とフロッシュに任せ、クラップが領主邸へとやってきていた。

 止める領民はもちろんいたが、他の兵士が邪魔をし、それでも辿り着いた者はクラップの手の中だ。


 クラップはゴミを投げると、ロークを見た。


「随分、私の領地で暴れてくれましたね」

「お求めの主さんが全然来てくれないからな」

「それは失礼。では望み通り──」


 クアドラード王国の貴族が基本的に習う戦い方は盾と剣を片手に携えるスタンダードな戦闘スタイル。


 ただし、ロークは元王族である。



「──殺して差し上げましょう」



 ロークは片手剣を構えた。


「はっ、狂人がまともなフリしてんじゃねぇよ」


 クラップの武器は両手剣だった。無骨で飾りっけの無い武器はロークの物と比べると華やかさが足りないだろう。


「──ッ!」


 ゴッと足さばきの音がする。


 クラップが剣を構える前にすっ飛んできたロークが片手を振り下ろし脳天を狙う。

 だがクラップは両手剣を片手で持ち上げいなすことでその初撃を避けた。


「本当に化け物だな。衰えてねぇ」

「──我に加護を〝エンチャント・ファイア〟」


 ロークの武器に炎が宿った。

 剣を受けるだけでも火傷をするだろう。


「ははっ」


 ロークは軽く笑みを浮かべて弾丸のようにすっ飛んでいく。


 炎が下から上へと切り付ける。

 血の匂いよりも先に鼻に入る焦げ付く皮膚の匂い。


 血が騒ぐ。


「私が、貴様らを全て。……殺す」


 魔法が発動者にのみ効かない、なんて都合のいい物が存在するはずが無く、自身の持つ剣に炎を纏わせたロークでさえ熱を感じるだろう。

 だと言うのに怯む気配が無い。


 怯むどころか笑っているのだから。


「(ま、火種程度で怯まないのはこちらも同じだが)」


 手の甲に火傷を負ったクラップが、今度は仕掛けた。


 グルンっ、と遠心力をかけながらロークを狙う。

 小手調べと行きたいところだが、生憎と時間をかけて援軍を待ってやるほど優しくもない。


 一瞬で片をつける。


「シィッ!」

「〝ロックウォール〟」


 上半身を捻り勢いを乗せたクラップの攻撃はロークが無詠唱で放った地魔法に防がれる。


 ゴリ、と壁の半分にまで到達する剣。


 崩れぬ程のロックウォールを作るロークが凄いのか、そんな壁を一撃で半分潰すことの出来るクラップが凄いのか。素人にはわかるまい。


「ぐ……ッ」


 焦げ付く臭いが一層激しくなる。

 クラップの腹にはロークの燃え盛る剣が刺さっていた。


「は、はは。捕まえたぜ」


 ロークの眉が歪む。


「……本当はこんな犠牲精神なんざ無いんだがな」


 致命傷にはならない位置だ。

 挙句燃えている剣のおかげで傷口は常に止血状態。


 あえて(・・・)、その身で受けた。

 岩に突き刺さった剣を離し、燃え盛る剣を掴む。


「何をするつもりで」

「──これはあくまでも人伝の話だ」


 伝言。


「お前の末娘だが、魔法が上手いとうちの幹部が褒めてたよ」


 ロークは思わぬ言葉に目を見開き、振り分けていた集中力がクラップに僅かに傾いた。


「な、に……!」

「まぁ、人を信じるのは下手くそらしいがな!」


 一瞬の油断。

 コンマ1秒で動くギリギリの戦いの中で、それは致命的だ。


「空軍っ! 撃て!」


 クラップの大地を動かす様な大きな慟哭。


──ドンッ! ドドドドドドド!


 クラップの命令と同時に放たれる空軍からの射撃。


 ──銃。


 クアドラード王国にはまだ流通してない武器だ。なんせ魔法種族は武器に頼らずとも魔法で撃てるから。


 トリアングロ王国がローク・ファルシュ対策に行ったのは『強制魔封じ』だ。物理的に怪我をすることまでは望んでいない。高望みすると足元を掬われるから。


 通常の弾丸の中に魔石を入れ込んだ魔導具。

 魔石には魔封じの術式を刻んだ。魔封じの内容は『周囲1mの魔法を封じる事』だ。回復魔法も自動的に使えない。


 医療技術の発達していない魔法国家では、魔法が使えなければ致命的だろう。弾丸を取り出すことはまぁ不可能だ。


「──確実に、行かせてもらう」


 クラップが自傷してまでロークを捕らえた理由はそれだ。


 魔封じの弾丸がロークに突き刺さる。

 雲ひとつない晴天の下、鉛色と赤い雨が降り注いだ。


 ロークにも、もちろんそばにいるクラップにも弾丸は降り注ぐ。


「(こいつ、なんで退かない……)


 クラップの予想では魔封じの弾丸が一つでも打ち込めれば良かった。というか、ロークであれば瞬時に避ける為に後ろに下がるだろうと。


 だから自分を犠牲にしても作戦の成功率を高めたというのに。


「私の、娘は」


 弾丸に撃たれるのはクラップも同じ。

 血を流すクラップの腕をがしりと掴んでロークは言う。


「無事なんだろうな……!」


 ゾワリとドラゴンにでも睨まれたような気持ちになる。殺気と怒気がクラップの体を覆う。ボキリと、腕が折れた。


 目的も達成している為、クラップは瞬時に距離をとる


「(──こいつッ! 今、殺気だけで殺そうとしたな……! 魔物かよッ!)」


 威圧感だけで心臓を竦み上がらせる。気の弱い者は死んだことだろう。


「あの子は、あの子は絶対に傷付けさせない……!」


 弾切れなのか、雨は止んだ。

 ローク・ファルシュはボロボロの状態だった。


「まさかここまで効くとは」

「何馬鹿な作戦を取っているんだクラップ!」


 満身創痍なのはどちらも同じ。というか怪我の度合いで言えばクラップの方が酷い。


 フロッシュが駆けつけるとクラップはフッと倒れた。


「拾わんぞ」

「……拾えよデブ」


「ローク様お下がりに!」

「早く領主様の怪我の手当てを」


「──私に触れるなッッッ!」


 剣をついて体を支えながらロークが吠えた。

 ビリビリと周囲を威嚇する。獣のように。かつてのロークよりは理性的であるが。


「貴様ら、私の娘に何をした……。言え! あの子に手出しをして生きてこの世に居られると思うな!」

「……はっ、知る、かよ」


 なおこの男、娘をほぼ無一文でお隣さんに放り投げた男である。

 ロークにも考えがあっての仕打ちだが。


「ただな、この情報、与えたのは」



 ローク・ファルシュは絶望した。


「──グリーン領主の元執事だよ」


 息も絶え絶えに答えたクラップの言葉に。真実は彼の想像よりも酷いものだと知らずに。


「ゲホッ、あぁっ、クソ、俺もここまでか」


 ロークにほとんどの弾丸が向かったとは言え、降り注ぐ弾丸はクラップにも向かった。


 フロッシュが怒るように、元はクラップが離脱してから銃撃する予定だ。

 クラップ1人を犠牲にロークの魔法を封じ込めれば、いくら兵士を消耗しても黒字だ。


「フロッシュ……撤退の合図を」

「逃がすか──!」

「蛙ぴょこぴょこ三爆弾! 私の傍に寄るな化け物! 私は戦えないんだぞ!?」


 爆音が3つ。

 逃げ足の速さだけはあるのか爆発の煙に紛れ居なくなっていた。


 ロークの視界は霞む。血を流しすぎたらしい。


「……本当に、私は」

「ローク様!」

「弱くなった……」


 世界はきっとそれを『人になった』と呼ぶだろう。


 大事なものが出来た。大事なものが出来たから、化け物から人になった。

 化け物から人になった。弱くなった。

 弱くなった人では、大事なものは守れない。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ファルシュ領の皆化け物みたいな強さしてんね。こりゃ国の盾だわ。改めて色んな職の人(強い)がめっちゃいるなーって。 何気にお父さんが近衛騎士だったヒラファさんの一家凄くね? ドラゴンとタイ…
[良い点] ぴぎゃぁぁあぁあぁぁぁあぁあぁぁあぁぁぁんパパ上ぇぇえぇえぇぇえぇえぇぇぇ!!! えっパパ上無双入りま~すじゃないの!? 隕石とか大津波とか辺り一帯焦土魔法とかぶっぱでトリアングロの全部…
[一言]  100ページ辺りから、凝った作者さんに多い複雑な展開に入りついてけなくなった。  もっと早く割り切らせてほしかった。
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