第112話 ライアー(中)
「チッ、ねぇな」
スタンピードから1週間が過ぎた。
ライアーは街の外に出て薬草採取のフリをしながら魔導具を探す日々だ。
盗賊がまだ使えていたら、スタンピードで荒らされた魔導具の行方などすぐに見つかった。それと同時に魔導具を探す盗賊も怪しまれて、容疑者から除外される。
まあ1番ベストなのは怪しまれることもなく、即座に魔導具を回収出来ることだが。
「あ゛ーーーー。効率が悪い。探し物は人海戦術が基本だろうが」
5つある魔導具の内、回収出来たのは4つだけ。
魔導具は魔物を引き寄せる効果がある。〝猿〟のシンミアと中庭のエルフが合同で作ったもの、らしい。詳しくないので使い方と取り外し方くらいしか知らない。
5つの属性の内、四属性と誤魔化しが効く火の魔導具が無いのが不幸中の幸いだろう。
魔物は魔導具を狙ってダクアへと向かってきた。魔導具がバラけるのも仕方ない、が。
「……今日は切り上げるか」
「丁度よかった、ライアーさんも来ましたか」
「ん? リリーフィアちゃんどうしたんだ?」
アリバイの為に薬草を数枚ギルドに持っていくと、サブマスターが呼ぶ。女好きの仮面を被りライアーは近付いた。
「あ、薬草。どうでしたか」
「ダメだな。群生地がやられてた。はァ〜〜俺の収入源が」
わざとらしくため息を吐くと、リリーフィアの警戒心は無くなるだろう。ライアルディ・ルナールという人間に、人間性が不足していることは自覚している。よって、人間らしいキャラ付けが必要だった。
「そうでした。この前の取得物に関して買取希望の商会が来訪予定なんです。リィンさんは既に席についてて、丁度ライアーさんを探しに行かせようと思っていたんですよ」
「あぁ…………俺そういうの苦手なんだよなぁ……」
交渉なんて無駄な時間だ。
取り引きが無くなればそれにかける時間そのものが無駄になる。まだるっこしいことをせずに剣で脅して奪い取る方が早い。
「いいから、行きますよ」
「……はいよ」
『女好きのライアー』は好み女の誘いを無理矢理断れないだろう。無難な反応を返し、交渉の席に着いた。
「(シュランゲ……!)」
商会の長が消えれば、入ってきたのは今居るグリーン領の領主と、知った顔だった。
誰か他人の目がある中で接触するとは思っても見なかったが、繋がりを悟られる程の交流は無いだろう。
ただ貴族が現れた事に嫌悪を示せばいいだけだ。
ライアーはそう考え眉間に皺を寄せた。貴族が嫌いなのは、別に演技では無いから。
「──此度起こったスタンピードの件についても、何か情報は無いかな」
無い、と嘘を吐けばシュランゲの笑みは深まる。『どの口で言ってるんだか』と言いたげな顔に無性に腹立たしくなる。
「ふむ。我々が掴んでいる情報はこうだ。『なんらかの原因で起きたスタンピードを、狐の面を被った女が魔法によって止めた』」
「狐面……ですか……?」
「狐の……。そうだね、女狐と呼ぶ事としよう。街でもそう呼ばれているようだし」
交渉人がそれぞれ会話を進める。
「女狐なぁ……」
狐の面を盗賊に渡していたのは悪手だった。
アレは念の為だ。魔導具の存在がバレればトリアングロに行き着く可能性が高い。
だから盗賊に狐の存在を擦り付けるつもりだった。別に狐面でなくても良かったのだが、アピール出来るのはそれだけだった。
この子供が居なければ、最初から最後まで上手くいったと言うのに。
それに『元グリーン子爵邸』の中でトリアングロの存在を匂わせる事が出来れば、グリーン子爵は疑われるだろう。同時にシュランゲの存在が露見する可能性もあるかぶっちゃけバレたらバレたでいいと思っている。昔からいけ好かない。
「まぁ、女狐の起こした魔法で──畑はボロボロ。収穫すべき作物は潰え、財政にも大打撃」
「わァ……」
「まぁスタンピードを起こした魔物の死体が丸々残っているお陰でそこまでピンチとも言わないし、逆によくその程度で被害を食い止めたな、と誉れを与えたいところだ」
甘やかすな。
と言うか魔物の死体が出ること自体想定外だったんだこちとら。人間の死体が出ればそれの処理に時間と金を取られる筈だったのに……。
「私がFランク冒険者のキミの後ろ盾になろう。キミの出身のファルシュ辺境伯と比べて、子爵の位は劣ってしまうけどね」
貴族、いやクアドラード王国、お前がやったことだろう。
「(見つけた……!)」
嘘か本当か、それを判断出来る魔法を使うという子供に出会った。スパイであるライアーにとっては近寄り難い存在だ。
だがその子供が魔導具を持っていた。
魔導具にはチラリとクズ魔石が見えている。
中の属性魔石だけは外しておかないとな……。魔導具用に加工された魔導具の魔石は取り外しは出来るが別の魔石に入れ替えることは出来ない。5つの魔導具の魔石はクアドラードで使われている魔石では無いらしいので外しておきたかった。
さりげなく取り上げ、会話に集中している内に急いで分解する。
廃れたギルドに自分達以外の存在は無い。全員の死角で手順通りに分解し、魔石を取り出しまた戻していく。
「なあリィン、お前俺のパーティーに入らねぇ?」
「んー。迷うですね」
「は!? おまっ、俺とコンビ組んだばっかだろ!?」
真偽を判別出来る化け物のパーティーに加わるのはごめんだし、今のところ盗賊もスタンピードもアリバイを証明出来るのはこの子供だけだった。
無意味にさせてたまるか、とライアーが会話に加われば最悪の事態は免れた。
盗賊。
1度奴隷商に忍び込んでみたが建物の構造が複雑で時間がかかることを悟り引き上げた。
なんらかのタイミングでライアーとして立ち寄って見なければ。
……。
邪魔だな。この子供は。
アリバイ証明出来る存在だからこそ、子爵と繋がりがある存在だからこそ。殺せない。
コンビを組んでしまった以上、四六時中傍に自分がいる。そのタイミングで殺せば疑いの目はコンビである自分しか居ないだろう。
盗賊の後始末をする機会は想定していたよりも早く回って来た。
「よぉ盗賊」
「……! だん」
檻の中で自分達がどうなるか分かっていたのだろう。無い頭で考えた結論が『ライアーが狐である』という事。バレたのは恐らく声だ。
『ルナールではなくリィンにだけ助けを求める』なんて真似をさせるわけが無い。
ライアーは、ルナールは情報がこれ以上渡る前に盗賊を地面に叩き伏せる形で阻止した。
リィンを守るため? そんなわけが無い。
ライアーは自分の本来の武器を取り出す。
左手に装備している篭手の中に仕込み剣が入っている。その刃は小さいとは言えど殺傷能力に長けている。毒など仕込めばさらに殺傷能力が高まるだろうが、一撃で急所を狙えば無意味だ。
ぶちゅり。
深夜1時の事だった。
ウィズダム・シュランゲと名乗ったジジイはどうやらここで退場する予定らしい。
「──トリアングロにいらっしゃいませんかな」
「……は、」
同じことを考えてやがるなこいつ。
もしここでシュランゲがこの子供を引き抜けばこれまでのガバにお釣りが来る。そして子供を通して状況を把握しているグリーン子爵には『コンビに裏切られた者』として同情が寄せられるだろう。
零れる笑みを手で覆い隠す。
「とても魅力的と思考するです」
「でしょう」
「私の生きる選択肢を増やすが可能ですし、勧誘するからにはサポートぞしてくれる。今の私よりもずっといい生活ぞ保証してくれるですぞね?」
「もちろん!」
だが、予想通りその子供は勧誘を蹴った。
「ライアー殿、どうでしょう。そちらを裏切りませんかな」
「……。」
「おやまぁ、だんまりですか。若い者にフラれてばかりで、ジジイは寂しい限りです」
シュランゲの言い分はこう。『リィンを口封じさせればいいのだから、少しはトリアングロ側として手伝って貰えませんかな』と。
「リィン嬢ならともかくライアー殿なら勝ち目の薄い側に付かぬと思ったのですが……ふむ……」
それでもライアーがいつまでもクアドラード側として動く姿にシュランゲはどうやら違和感に気付いた様だった。
「もしや勝ち目の薄い方は私なのかもしれませぬな」
その通りだ。
シュランゲは囲まれている。リィンを通して多くのクアドラード人に。
ここまで来ればどちらを切り捨てる方が早いかなど考えずともわかる。
「(こいつ、本気で殴ってきたな……!)」
左で受けた拳が麻痺して震える。
今までの時間、努力してきた時間。それらは簡単に時間に凌駕される。
今まで生き続けたシュランゲの実力はライアーを上回るものだった。シュランゲVSルナールの純粋な戦闘では確実に勝ち目は無い。
「あぁ、これは勝ち目がありませんな」
だから、いくらシュランゲ相手だとしても。
軽々と上に行く子供に嫌気が差した。
感想返信が間に合わねぇ!!!!!!!!!!!そうボヤいてるのに感想を毎日毎日書き続けるヤツら。なんだったらいつもの人達だけじゃない。嬉しいけどいじめっ子か貴様ら。