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収穫祭へ

誤字報告ありがとうございます!お恥ずかしい・・・・・・

 今日は街で秋の収穫祭が行われる。収穫された野菜や花が大量に振舞われ、道なりに出店がたくさん出る一年で一番賑わう祭りだ。

 収穫祭の準備で街が慌ただしくなっていく街の様子に、祭りなど参加どころか見たこともないクラーラがそわそわしだし、グレタが気を利かせて一日休みをくれたのだ。2か月前に出産を終えた娘が手伝いに来てくれるらしい。

 祭りには、店の常連のディートハルトという青年が一緒に行ってくれることになった。彼は執事見習いとして仕えている男爵家の令嬢を祭りに連れて行くそうで、そこに便乗するのだ。箱入り娘っぽいララを一人で祭りに行かせることはできない、と、グレタがディートハルトにお守りを頼んだのである。

 クラーラは鏡の前で念入りに服装をチェックした。スカートの裾に花柄の刺繍がかわいらしい紺色のワンピースは、先週買ったばかり。くるりと回るとスカートがふわりと傘の様に広がる。ひざ丈のスカートは歩きやすいし、庶民の町娘らしくて嬉しい。


 玄関を出て階段を下りると、すでにディートハルトが待っていてくれた。


「おはようございます、ディートハルトさん。待たせてしまいましたか」

「いーえ、全っ然」


 ……ずいぶんと待たせたらしい。

 ディートハルトの後ろには金髪をくるくると巻いてハーフアップにした少女が立っていた。少女は大きな瞳をきょとんと広げて、クラーラを見上げている。この子が男爵令嬢のようだ。


「ララと申します。今日はご一緒できて光栄でございます」


 クラーラはあわててスカートを持って礼をした。今は王女ではなく庶民のララなので、この少女の方が身分が上だ。先に挨拶しなければならない。


「ミっ、ミーアです。よろしくお願いします」

「まあ、なんてかわいらしいのでしょう」


 ミーアがディートハルトの背に隠れながら震える声で自己紹介する様子に、思わず王女のように鷹揚に応えてしまった。しかし、ミーアは頬をピンクに染めながらキラキラした目でクラーラを見上げた。


「すごい、本物」


 ミーアのつぶやいた一言にギクリとする。本物、とはどういう意味か。まさか王女とバレた?


「ミーア様、失礼ですよ。ごめんね、ララさん。ミーア様はまだ令嬢教育を始めたばかりで……俺がうっかり、ララさんが元貴族令嬢ってしゃべっちゃったもんだから。貴族令嬢ってものを近くで見てみたいって言って」

「そうですか。失礼ですけど、ミーア様はおいくつでいらっしゃるの?」

「じゅ、14才です」

「ではもうすぐ社交界デビューも近いですね。これから楽しいことがたくさんでうらやましいわ」


 ミーアが恥ずかしそうにはにかんだ。若い。確かに令嬢教育は始めたばかりのようだ。通常、令嬢教育は子供の頃から行われる。14才で始めるということは、何かしら事情がありそうだ。


「じゃ、ま、行きますか。二人とも勝手に歩き回らないようにしてくださいよ。あ、そうだ、手つないで歩いてください」

「え? ディートハルトさんと?」

「何で俺となんですか、ミーア様とです。そうすればはぐれないでしょ。仲のいい姉妹に見えないこともないし」


 手をつないで歩くなんて子ども扱いされたようでちょっとむくれたクラーラだったが、仲良し姉妹に見える、と言われると悪い気はしない。そっと手を伸ばしてみれば、ミーアが恥ずかしそうにぎゅっと手を握ってくる。


「ミーア様は収穫祭にはいらしたことおありですか?」

「ええ、毎年見に来てます。いつもは友達と来てたんですけど、お父様が、令嬢は勝手に歩き回るものじゃないって言って、ディートハルトを。ララさんは収穫祭には?」


 クラーラは首を振った。収穫祭どころか、祭りというものに行ったことがない。


「初めてですわ。この街に来てまだ一年経ってないので」


 慣れない人込みに押し流されるように、クラーラとミーアは寄り添って歩いていく。目についたものを手に取ると、ディートハルトが近づいてきて押売りしてくる店の人を追い払う。まだ半分も歩いていないうちに疲れてきたクラーラは、木の下の花壇に腰をかけた。ミーアは慣れた様子でその隣に座った。手をつないで歩いたことで、大分打ち解けられた気がする。


「はい、どうぞ。喉が渇いたでしょう」


 ディートハルトが冷えた果実水を買ってきてくれた。他には無料で配っている芋煮ももらってきてくれた。ただ芋を甘く煮ただけの物だが、クラーラは丸ごとの芋の食べ方がわからない。ナイフはないようだ。串でつついているうちに割れるのだろうか。そっとミーアを見ると、その串を芋に刺して大きな口でかぶりついていた。

 令嬢教育とは……。

 クラーラは一瞬あっけにとられてぽかんとしたが、ディートハルトも同じように食べている。そうか、これが正しい芋煮の食べ方なのか。見よう見まねで芋に串を刺し、口を近づけた。


「はーあ、ララさん、芋も食べたことないんすか。もっとど真ん中をぶっ刺さないと落としますよ」

「え、あっ、そうね。こうかしら」

「ほら、貸して」


 ディートハルトはクラーラの手から皿を取り上げると、串で器用に芋を二つに割った。その一つに串を刺し、クラーラに手渡す。


「はい、これでさっきより食べやすいでしょ。落とさないようにお皿持って上手に食べるんですよ」

「ありがとうございます、ディートハルトさん」


 半分に割られた芋にかじりつくと、ほくほくとした芋の感触と甘さが口の中に広がった。


「おいしい! これ、家でも作れるかしら」

「砂糖とはちみつで煮るんですよ」

「はちみつで!」

「はちみつで煮るとツヤが出ていいそうですよ」

「すごい、いいこと聞いたわ。ありがとう」


 ディートハルトがクラーラの口の端についた芋をハンカチで拭いてくれた。


「ララさん、うちのお嬢様より手がかかりますね……」

「……っ……ご、ごめんなさい」

「いーえ、それがララさんの良いとこですからー」


 14の少女より手がかかる、と言われてしまった。気まずくって顔をそらすと、ミーアが意味ありげにニヤニヤしながらディートハルトとクラーラを交互に見ている。


「ミーアさん?」

「ふふ、いいの、もっと二人でしゃべってて」

「ミーア様、ぼけっとしてないでララさんから貴族令嬢のしぐさってものを学んでくださいよ」

「無理よ、ついこないだまで庶民だったんだから」


 ミーアがぷい、と頬を膨らませて横を向く。クラーラはその顔をのぞきこんだ。


「庶民だったのですか?」

「ええ、お父様が軍やら王城の整備やらにいろいろお金つぎこんだら、王様が爵位をくれたんですって。お父様は実は昔から私を貴族に嫁入りさせるのが夢だったとかで、今ものすごくはっちゃけてるの」

「は、はっちゃけ?」

「爵位を頂いて嬉しくていろいろとやりすぎているのです」


 ディートハルトがすかさずフォローを入れた。


「そうなのね。勉強になるわ」

「いきなり私に貴族のマナー講師とか家庭教師とか連れてきちゃって。父さん母さんがお父様お母様になって、どんな時もほほ笑んでなきゃいけなくって、口を開けて笑ったらだめだし、走ってもいけないし。急に無理よ、そんなの」


 ミーアはすっかり口調が町の娘になってしまっている。


「もらったばかりの男爵より、お金持ちの商家の方がずっと楽しいと思うんだけどなー。あ! マリア! 久しぶり! ねえ、ディートハルト、マリアとしゃべってきていい?」

「視界に入る範囲でならいいですよ」

「しゃべったらすぐ戻るわ!」


 友達を見かけたミーアは駆け出して行った。手にはしっかりと芋煮と果実水を握ったまま。


「淑女教育はまだまだ厳しくしないとダメなようね」

「14歳でいきなり今日から貴族って言われても理解できないでしょう」


 ディートハルトはミーアがいなくなったクラーラの隣にどさりと腰かけた。


「ミーア様の家は代々豪商でしてね。特に今の旦那様は商売が上手で、王家にいろいろ融通を利かせた褒美とは言っていますけど、要するに爵位を買ったようなものなんです。金に物を言わせた貴族、なんて言わせないように、ミーア様を由緒ある貴族に嫁がせて地盤を固めたいんです。今まで自由に暮らしてきたミーア様には窮屈で仕方がないようですね」

「私とは逆ってことね」

「ララさんは、今、自由ですか?」


 あごに手を置いて考えてみる。自由、とは。

 クラーラは今、自分で考えて、自分で決めて、自分だけで暮らしている。それは国や国民のためではなく、自分のために。自分だけのために。

 そう思ったら、胸がずきりと痛んだ。

 クラーラは王女として暮らしてきた。その暮らしは国民からの税で賄われていた。何にも返さずに、何の役目も果たさずに、自分は今勝手に生きている。


 あごに手を置いたまま眉間の皺を深くするクラーラを見て、ディートハルトはくすりと笑う。


「そうそう、うちの旦那様は、王女様にそれはもう大きな宝石を贈って、それをきっかけに爵位をいただいたんですよ。結果、ご婚約時にもうちの商会から宝石を買って婚約指輪を作っていただいて、王家につぎこんだ分は大分回収させてもらいました」

「……っ」


 クラーラは思わず飲みかけの果実水を吹き出しそうになったが、ギリギリこらえて何事もなかったかの様にほほ笑んだ。


「そう、王女様がご婚約されたのね」

「あれー? 知らないんですか。留学先から帰ってきた途端、公爵様に一目ぼれしていきなり婚約発表、あっという間に家に押しかけて。確か半年後に結婚式じゃなかったかな」


 知らないも何も、クラーラは当事者である。その王女のおかげで現在こうして働いて屋根裏部屋で暮らしているのだ。ディートハルトはどこまで知っているのか。コラフラン王国の王女の話は知っているのだろうか。あまり深く話を続けるとボロが出そうな気がする。


「……いいなあ、私もいつかお友達ができるかしら」


 クラーラは友達と手を叩きあって笑っているミーアを見た。


「ララさん友達いないんですか、じゃあ、とりあえず俺が友達になってあげますよ。多分、ミーア様もララさんのこともう友達だと思ってますよ」


 ディートハルトがニコニコしてそう言い、手を伸ばしてきた。一瞬何のことかわからなかったけれど、クラーラはあわててその手を握った。そうか、握手か。


「ありがとう、お友達、よろしくね」

「よろしくお願いしまーす。じゃ、そろそろ帰りますか。ミーア様ーー、帰りますよーー」


 ミーアの令嬢教育もそうだが、ディートハルトの執事教育もまだまだ時間がかかりそうだな、とクラーラはくすりと笑った。





次回からやっとジューリオ出てきます

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