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王太子エルネスト


誤字報告ありがとうございます! 助かります!

 クラーラが隣国へ嫁いで3ヶ月。

 コラフラン王国の王宮は慌ただしく文官たちが走り回っていた。


「殿下、騎士団長が報告にいらしております」


 王太子エルネストの執務室のドアを開けて警備の騎士が言った。その後ろには頭一つ背の高い団長の姿が見えている。


「ああ、おかえり。無事でなによりであった」

「ありがとうございます。無事、蛮族の襲来を阻止いたしました」

「ご苦労」

「……殿下にお借りいたしましたアスティの活躍により、我が隊はほぼ無傷です」

「ほう、役に立ったか」

「役に立つ、というか……むしろ、隊の出る幕がなかったと言いますか……」


 エルネストは一瞬気まずそうに眉をひそめかけたが、見られないうちに紅茶に手を伸ばした。


「砦を守るべく騎士団が待機しておりましが、蛮族が現れるや否や、いつの間にかアスティが最前線におりまして、あっという間に敵をなぎ倒してゆき……蛮族が戦意を喪失し、すぐに白旗を上げました。後方の兵が鎧をまとい終わった頃にはすでに終わっておりました」

「へ、へえ……」

「まさに鬼気迫る形相で、蛮族だけではなく味方の兵も蹴散らす勢いの活躍でございました」

「そ……そうか……」


 騎士団長は常に刻んでいる眉間のしわをさらに深くして言った。


「アスティに何かありましたか」


 エルネストは王族らしいポーカーフェイスを貫いた。しかし、付き合いの長い騎士団長にはバレている。エルネストは子供の時から彼に剣の指南を受けているのだ。ちょっとした動揺もつぶさに彼には気づかれてしまう。


「うーん、その、私の力が及ばなかったというか……彼には少々つらい思いをさせてしまったことがあってね……気分転換に参加させてみたのだが、思っていた以上にストレス溜めてたようだな」

「つらい思い、ですか」

「ジューリオはもう戻っているのか?」

「は。一週間の休暇を与えたのですが、奴は戻ったその足で鍛錬場へ向かい、剣をふるっております」

「あー」


 エルネストは思わず額に手を置いて天を仰いだ。


「悪いが、ジューリオを休ませてやってくれ。きっと何も話さないとは思うが、少し気づかってやってほしい」

「は」


 騎士団長はさっと礼をし、部屋を辞した。

 ジューリオを直々に鍛えたのは騎士団長だ。彼もジューリオの異変には気づいてはいるようだ。

 ドアが閉まるのを確認して、エルネストは机に頬杖をつく。


 ジューリオ・アスティはエルネストの専属の護衛騎士である。元は騎士団に所属していた一介の騎士であった。日々鍛錬に励み、めきめきと力をつけ、騎士団での御前試合でも優勝した優秀な男だったため、自分の専属の騎士に召し上げた。次期国王となる王太子である自分の側近となるということは、将来を約束されたも同然。

 それなのに、ジューリオは騎士団にいた時と同じように無表情で淡々と仕えるだけだった。だからと言ってやる気がないわけではなく、普段は気配を消して傍に控え、有事の際にはしっかりと仕事をする。とにかく自分に取り入ろうとする者どもに内心辟易してたエルネストはジューリオをとかく気に入り信頼を置いていた。今後も側近として重用するために騎士爵も与えた。

 2年も傍に置いておけば、お互いにそれなりに打ち解け気心も知れていると思っていた。





「あのさあ、いいの? このままで」


 半年ほど前のある夜、弟のアウギュストが久しぶりに部屋にやって来て言った。黒髪に青い瞳、まさに清廉潔白を絵に描いたような精悍な王子であるエルネストとはまた違って、アウギュストはどこか人を食ったような笑みを携えた色気のある王子である。性格も見た目も正反対であるが二人は子供の頃から仲が良く、誰にも聞かれたくない話をこうして夜の部屋で話し合ったものだった。


「何の話だ」

「クラーラの結婚、決まっちゃったじゃん。さすがに兄上でももう覆せないと思うんだけど」

「そうだろうな?」

「案外冷たいんだね」

「だから何の話だ」

「えっ、もしかして気付いてないの? ジューリオの話だよ」


 アウギュストがぽかんと口を開けてエルネストを見る。エルネストの頭の上には?がたくさん浮かんでいる。


「……まさか、クラーラとジューリオはそういう仲だったのか?」

「いや、ジューリオの一方的な想いだけだね、多分クラーラはジューリオの名前も覚えてないんじゃないか」


 エルネストは頭を殴られたような衝撃を受けた。

 一代限りとは言え爵位もあり、王太子の側近でもあり、不愛想ではあるが黒髪に切れ長の目にははちみつ色の瞳といった見目の良いジューリオには日々縁談が舞い込んでいたが、彼はすげなく全て断っていた。浮いた噂も聞かない。騎士という命の危険を伴う職の者は家族を持たない主義の者もいる。ジューリオはそういうタイプなのだと思っていた。


「クラーラの離宮に遊びに行くときも連れて行っていたが、そんな素振りはなかったぞ」

「そう? 超嬉しそうだったけど」

「全く気付かなかった」

「まじで。まあ、あいつも表情変わらないからなあ」


 多分、気付いているのはアウギュストだけだ。こいつは人のちょっとした仕草だけで相手の気持ちを見透かしてしまうところがある。断じて、私が鈍感なわけでは……。


「別に俺の騎士じゃないしさあ、人の色恋に口出すのもアレだし。まあ、ジューリオがクラーラに夜這いするなり何かしらアクション起こすと思って待ってたんだけど、結局何もしてないみたいだし」

「夜ばっ……ジューリオはそんな男ではないっ」

「いや、まあ、そうだけど、引き止めるくらいはしてほしかったなあ。クラーラが嫌だって言えば断れるような縁談だったのにさあ」


 言われてみれば確かに、最近のジューリオはめずらしくぼうっとしている時があった、気もする。


「兄上ものほほんと縁談喜んでるからさあ、自分の側近に意外とドSなんだなあって思ってた」

「どえす、とは何だ」

「兄上は知らなくていいよ。そっか、試練を与えてるわけじゃなかったのか。まあ今更どうしようもないし、そもそも何もしないジューリオが悪いんだし。じゃ、俺帰るわ」


 国王がバジョーナ国に了承してしまった縁談を今更覆すことは無理だった。確かにジューリオ自身がどうにかする問題であることは確かであったが、一番身近にいたはずの自分の不甲斐なさにエルネストはさすがに落ち込んだ。


 何もできないまま日々は過ぎて行き、クラーラは嫁いで行った。

 今まで以上に鍛錬に励むジューリオに周りは感心するばかりだったが、想いを知ってしまったエルネストには、彼が自分を痛めつけているように剣を奮っているようにしか見えなかった。

 その頃、国境の砦付近で蛮族が現れ、騎士団が向かうことになった。蛮族程度ならそれほど手こずることもあるまい。気分転換にクラーラの思い出がある王城から離れ、また、道中立ち寄った町々で新たな出会いもあるかもしれない、と期待も込めて、ジューリオを騎士団へ派遣してみた。

 結果、悪鬼のごとく次々と蛮族を屠ってゆく姿に、敵どころか味方さえも腰をぬかしたという報告を受け、エルネストは蛮族に同情した。


 とは言え、こういうものは時が解決するのを待つしかないだろう。いつか落ち着くだろう……多分……?


 国を正しく治める術は学んでいたエルネストだったが、色恋事にはてんで疎かった。どうにもならない時には、アウギュストの力を借りるしかないだろう、ととりあえず考えるのをやめた。



エルネスト兄さんは見た目だけは the 王子様 という感じの王子様らしい王子です。



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