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3人の愛人

ちょっと長めです。すみません。



 バジョーナ国に来てから一か月が経った。

 公爵が来ないことがわかったので、クラーラは好きな服を着て好きなように暮らしている。ただし、まだ軟禁は解けていない。だからまだ愛人たちにも会えていないのだ。

 仲良くできそう、と聞いていた愛人たちも、この分では話が違う可能性が高い、とクラーラは考えていた。

 執事に愛人に会いたいと言ってみたものの、返事が返ってこないまま保留にされているのだ。


 一か月待ったんだから、少しくらいいいだろう。


 クラーラはこの暮らしに飽きていた。だから、自分から動くことにした。

 愛人たちは庭でお茶会を開いていると聞いた。この館の二階の部屋からベランダに出ると、母屋の裏庭が少しだけ見える。そこにちょうどお茶会を開けそうなテーブルセットが置いてあったのだ。クラーラはそこで愛人たちのお茶会が開かれるのに賭けた。暑すぎない天気の良い日、何度も二階を往復してはお茶会の開催を待ち続けた。

 そして、本日、やっと! テーブルを囲む3人の女性の姿を見ることができたのだ。

 悠長に着替えている時間はない。適当に髪を整え、事前に用意していた袋を抱えて庭に出た。

 クラーラの庭と母屋の裏庭は一部でつながっている。仕切りとなっている生け垣を大きな庭ばさみでざくざくと切り取り、裏庭に侵入する。ちなみにこの庭ばさみは物置に放置されていたのを勝手に持ち出した。

 がさがさと草むらを抜け、木々の隙間をかき分けて裏庭の小道へ躍り出ると、そこはちょうどお茶会のテーブルの前だった。

 驚いてぽかんとした表情の3人の女性がクラーラを見つめている。


 クラーラはすかさず淑女の礼をする。


「クラーラと申します。よしなに」


 3人の女性の目がカッと見開かれた。


「まあ! あなたがクラーラ様」

「やっぱりいらっしゃったのね、本物?」

「お噂とはだいぶん違うような……」


 3人目の言うことに若干ひっかかったが、笑みを崩すことなく挨拶をすることができた。


「私はラウラと申します。どうぞおかけになって」

「ソフィアです。お会いできて光栄ですわ」

「アリアです。こんな普通の茶葉で恐れ多いですけれど、良かったらどうぞ」


 促されるままクラーラは席に着き、紅茶をいただいた。クラーラの館の茶葉よりずっと高級な紅茶だった。


「皆様、私のことはご存じのようですが……」


 クラーラがそう尋ねた。


「もちろんですわ。大国コラフランから王女殿下が降嫁されると伺っておりましたわ」


 年長ぽく見えるラウラが答えた。


「私たちとも仲良くしていただけるようなお優しくて美しい王女殿下だと。でも、なかなかお会いできなかったので、実はいらっしゃらなかったのかと」


 ソフィアがハキハキと続けた。


「控えめで病弱で儚げな姫との噂でしたけど、頭に葉っぱを乗せてはさみを抱えて登場されるとは思いませんでしたわ」


 アリアがおっとりと締める。


「私も皆さんにお会いできるのを楽しみにしていたのですが、不測の事態が起きましてままならない状態でございました。ご挨拶が遅れてしまって大変申し訳ありません」


 クラーラは頭を下げた。アリアがクラーラの手を握る。


「こちらこそご挨拶に伺うべきでした。……それで、不測の事態っていうのは、もしや……」

「皆様もご存じでいらっしゃいますか?」


 クラーラは3人の顔を見回す。


「「「もちろん」」」


 3人はクラーラが降嫁してくると聞いていたのに、突然バジョーナ国の王女がお茶会に乱入してきたそうだ。そして、


「私が嫁いで参りましたから、もう愛人は必要なくってよ。手切れ金受け取ったらさっさと出て行ってちょうだい」


と、のたまい、まさに悪役よろしく高笑いして帰っていったらしい。


「せっかくお会いできたのに、私たちも捨てられてしまうようですわね」

「まあいつかはそういう日も来るかもしれない、とは思ってはいましたけどね」

「公爵様はこのまま住んでてっておっしゃってくださってるんですけどね~」


 ラウラとアリアは男爵令嬢、ソフィアは商人の娘だった。それなりに裕福に暮らしていたのだが、実家が商売に失敗して没落寸前になった。そこで夜会で以前顔を合わせていた公爵が親切にも助けてくれた。そして愛人(公爵的には恋人らしい)としてこの屋敷で囲ってもらい、実家の援助をしてもらっているそうだ。全員感謝はすれど、身分が釣り合わないので結婚したいなどと大それたことは考えずに、仲良く平和に暮らしているのだった。

 それは公爵の人柄のおかげではなく、たまたま集まった御三方の人格が優れていたからなのでは、とクラーラは思った。


 久しぶりに知性のある女性と会話することができて、クラーラは心地よい疲れを感じていた。愛人3人とも打ち解けることができ、次回からお茶会を開くときには執事を通して知らせてくれることになった。





 庭の生け垣を勝手に刈ったが、バレなかった。最初から開いてましたけど? くらいの感じに整えてから帰ってきたのが良かったのかもしれない。


 意外とバレないものだわ。


 そう思ったクラーラは、今度はちょっとだけ館の外に出てみようと思った。もう二ヶ月もここに軟禁されているのだ。

 玄関の前には警備の騎士がいる。屋敷は高い塀に囲まれているので、越えることはできない。

 どうしたものか、と考えた結果、堂々と出てみることにした。

 人間なのだもの、外出することくらいあるだろう。


 ちょっとそこまで、なラフなワンピースを着て、玄関を出てみた。

 警備の騎士がぎょっとした顔でクラーラを見ている。決してやましいことはない、という表情を保ちながら、ほほ笑んだ。


「ごきげんよう。いつもご苦労様」

「は」


 騎士が礼を返す。


「気分転換にちょっとそこまでお散歩しますね」

「は」


 騎士が日替わりの当番なのは調べ済みである。いつも散歩してるんですよー、という雰囲気を出しながら玄関をゆっくり出て、数歩歩いて、うーん、と伸びをしてみる。騎士の視界の範囲内で屋敷の前の道路をうろうろする。大きな木の前で深呼吸をする真似をしてみる。

 10分ほど散歩した後、ゆっくりと屋敷の中へ戻る。

 それを数日繰り返し、とうとう騎士の視界から見えないところまで歩いていっても追いかけてこないことがわかった。


 ようし、次の段階へ進んでみるわ。


 コラフラン王国にいた頃はめったに外出しない病弱設定ではあったけれど、実はごくたまに母と一緒に街をぶらついていた。あまり顔を知られていなかったので、バレることはなかった。母の侍女は元同僚でもあったので、母とその侍女は町では友達同士として楽し気に買い物をしていた。普段は妃としてふるまっていたけれど、それが本当の母の姿だったのだと思う。もしものために持ってきた『街を歩いても違和感がない庶民用の外出着』が役に立つ日がやってくるとは。


 小さな布袋に必要最小限の物だけ持って、玄関の警備の騎士に声をかける。


「ねえ、不用品を処分しに街に行きたいのだけれど、良い古物商をご存じかしら」

「は。でしたら、3番街にある店が安全かと」

「ありがとう。すぐ帰るわ。行ってきまーす」


 騎士に大きく手を振って当然のように玄関を出てみた。騎士は胸に手をあて軽く礼をする。門を出る時に振り返ってもう一度手を振ると、また礼をしてくれた。

 姿が見えなくなったらすかさず早足で街へ向かった。

 王都の街はにぎわっていて、明るい笑い声や威勢のいい呼び込みの声が聞こえた。

 実は外を一人で歩くのは生まれて初めてだ。常に母か侍女か護衛がいたので、こうして気ままにあてもなく歩くことにドキドキしている。親切そうな肉屋のおばさんに3番街の行き方を聞き、のんびりと寄り道しながら向かった。

 3番街と書かれた標識のある大きな通りに出ると、そこは馬車の中から見た商店街だった。見覚えのある看板にちょっとほっとした。

 教えてもらった質屋に入り、母からもらったネックレスを鑑定してもらう。

 側妃である母に取り入ろうとする貴族たちが、邪な気持ちたっぷりに贈ってきた宝飾品だ。もしもの時はこれを売って生き延びろ、と母から託された。その中から一番安っぽい物を選んで持ってきた。換金してみたら、思っていた以上に高く買い取ってもらうことができた。

 執事にお小遣いをねだったらどこで何を買うのか詮索されてしまうだろうから、誰にも知られないお金を用意する必要があった。出かける度に換金しなければならないかと思っていたが、これだけあればしばらく必要ないだろう。


 さっそく屋台で串焼肉を買って、ベンチに座って食べた。念願の買い食いである。本当は町の人たちの様に歩きながら食べたかったが、そんな器用なことはできなかった。マナーも何も気にせず頬張る肉は美味しかった。あまりにも美味しそうに食べたので、屋台のおじさんが喜んでくれた。

 その後は雑貨屋や文房具屋など同年代の女の子で賑わっている店を中心に見て回った。さりげなく彼女たちの服装や手に取っている物をチェックして流行を学んだ。

 かわいらしい便せんを手に取ったが、一体誰に手紙を出すのだ、とすぐに戻した。

 手紙を書くとしたら姉や兄しかいないわけだけれど、今の状況を何て伝えるべきか。どう取り繕っても伝えようがない。


 やだ、これって国際問題じゃない。


 隣国の王女を国ぐるみでないがしろにしている。

 今ここで兄に手紙を書けばすぐに迎えに来てくれる。そしてこの国は何かしらの制裁を受けるだろう。

 来たばかりのこの国に思い入れはないが、知らせるのはまだ後でいい。


 この自由をもう少し謳歌したい。


 深く考えるのはやめた。夕食のおかずになりそうな物を屋台で買いこんで帰った。


 それ以降、何度か街へ遊びに行った。そして、クラーラは確信した。


 母屋にさえ行かなければいいのだ。


 バジョーナ国の王女にさえ会わなければ出歩いても構わないのだ。彼女がホイホイ街を歩くはずもないのだから。


「クラーラ様、お茶どうぞー」

「ありがとう、メリッサ」


 メリッサがテーブルに紅茶を置く。彼女は最近、クラーラの前ではあまりソファに座らない。手が空けば掃除をしている。クラーラが最近出かけてばかりいるので、その間は掃除か紅茶を淹れる練習を一人でしているらしい。


「クラーラ様いつも部屋をキレイにしてるじゃないですかぁ。思ったんですよね、部屋がキレイだと気持ちがいいなって」


 メリッサは自分が良いと思ったことは疑問を持たずに素直に行動に移す。こういう美点を伸ばしていけば、きっと貴人にも好まれる侍女になれるだろう。


「紅茶もずいぶんと美味しく淹れられるようになったわね」

「本当ですかぁ。ありがとうございます。たくさん持ってきて練習した甲斐がありますぅ」

「えっ? 何を持ってきたの?」

「何って茶葉ですぅ」

「どこから?」

「母屋の使用人の休憩室ですぅ」

「うちは茶葉は支給されてないの!?」

「されてると思うんですけどぉ、初日は荷物がたくさんで見つけられなかったので、使用人休憩室からとりあえず持ってきた茶葉で淹れました。クラーラ様が普通に飲んでいたから、これでいいかなって思ってずっとこれ使ってましたぁ」


 厨房に行って片っ端から缶を開けていったら、ちゃんと高級な茶葉が入っていた。あったのか。感情を表情に表さない王族としてのマナーが裏目に出た。素直にまずいと言っておけば良かった。

 そうかー、あったのかー。


「明日からはこっちの茶葉を使ってちょうだい。きっともっと美味しく淹れられるようになるはずよ」

「クラーラ様にそう言ってもらえると本当にそうなる気がしますー」


 メリッサはへらりと笑った。


 根はいい子なのよ。廊下も走らなくなったし、ドアも静かに開け閉めできるようになった。最初はどうなるかと思ったけど、どうしてそうする必要があるのか、をきちんと説明して納得したら、次からは言われた通りにできるのだ。


 だから、大丈夫。

 私がいなくても、やっていけるわ。

 ね? メリッサ。




 執事が愛人たちのお茶会の開催を知らせに来た。

 ドレスに着替え、メリッサに髪を結ってもらい、裏庭に向かった。何度も通っているので、無理やり作った生け垣からの草むらはすっかり道ができている。


「ごきげんよう。クラーラ様」


 ラウラが優雅に言う。


「あら、素敵な編み込みね」


 アリアがクラーラの髪を褒める。


「ねえ、また街へ行っていたでしょう。話を聞かせてちょうだい」


 ソフィアがクラーラの手をひいて隣の椅子に座らせる。

 3人と話していると、姉たちと話している時を思い出してしまう。国や国民のことも忘れ、昨日の面白かったことを報告し、明日の楽しみを分かち合う。年相応の気の置けない会話に肩の力が抜けた。王妃の思った通り、クラーラは生まれて初めて友達ができたのだった。


「そろそろだと思うのよね」

「そうね、そろそろだわ」

「私もそうだと思うの」

「えっ、そんな」


 クラーラは思わず紅茶のカップを落としてしまいそうになる。


「だって、しばらくレミーオ様にお会いしていないし」


 アリアが頬に手をあてる。ラウラとソフィアも目線を下げる。


「クラーラ様はまだお会いしていないんでしたわね?」

「ええ、来なくてもいいんですけど」

「まあ、そんな、うふふ」

「ふふ、目の保養になるから一度は見ておいた方がいいわ」


 3人が口に手をやって意味ありげに笑う。

 その様はとても優雅で上品で、色っぽかった。

 クラーラは3人を見回した後、思わずちらりと自分の胸を見る。

 3人は全員が胸が大きく腰はくびれている。ドレスではっきりとはわからないがお尻も豊かそうで、太っているわけではないがきっと抱き心地が良さそうだ。それに比べたら自分はとても貧相に見える。出るところは出ていて胸だって小さくはないと思っていたけれど、3人を前にすると物足りなく感じるし、全体的に華奢であまり抱き心地は良さそうではない。

 愛人の傾向を見る限りでは、自分はどうも公爵の好みではなさそうだ。初見でイケメンにガッカリされたら、相手に好意は持っていないくても傷つくだろうな、と思う。

 だから、このまま公爵には会わずにいたい。


「実はアリア様にお願いがあるんですの」

「あら、めずらしい。何かしら」

「もし、私に何かありましたら、侍女のメリッサのことをお願いしたいんです」

「……ふふ、何かって何かしら」

「面白いことになりそうね」

「まあ、まあ、想像が膨らみますわね」


 全員が自然と小声になる。


「私がどうなっても、お三方は私の大切なお友達ですわ。ずっと、ずうっと」


 3人は一瞬目を見開いた後、にっこりと笑った。





3番街とは言っていますが、規模的には商店街程度です。


評価ありがとうございます! うれしいです!!

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