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結婚式

 とうとう今日は、クラーラとジューリオの結婚式。


 式は午後から王城の敷地内の聖堂で行われる。参加者はクラーラとジューリオの家族、主要な大臣、騎士団長だ。それぞれに護衛がいて、侍従を連れてくる者もいる。ひっそりと行う予定でも、やはりそれなりの人数になる。警備を含めた準備に王城内は皆慌ただしくしている。


 クラーラは早朝から揉みこまれ磨かれ塗りたくられていた。今はソファでぐったりとしながら髪を丁寧に梳かれている。

 今のうちに食べておけと用意された軽食を口に放り込み、視線を鏡の前に移せば、トルソーに着せられたウェディングドレスが静かに本日の主を待っている。


 このウェディングドレスは、元々はクラーラの母のダニエラのものだった。

 ダニエラは伯爵家の娘で、行儀見習いで王城に出仕していた。すぐに王妃のジネビラと意気投合し王妃の侍女となり、王妃の推薦で側妃となった。ダニエラの家族は王城でより条件の良い結婚相手を見つけるために出仕させていたが、娘が政治の駒にされるのは望んでいなかった。結局最後まで結婚に反対されていたので、ウェディングドレスは王妃がダニエラに贈ったのだった。

 母の遺品として大切に保管されていたドレスをクラーラが出してきて、これを着たい、と言われれば、誰も反対することはできなかった。自らクラーラのドレスをデザインしようと張り切っていた王妃は、涙を流して喜んだ。


 今風のデザインに手直しするためにドレスを試着してみたのだが、クラーラにはサイズが小さかった。腕も胸も腰も入らず、全体的に手直しが必要だった。

 自分よりも小さかった母が、自分を生んだのだということがとても不思議に感じた。

 母が病死した時、皆がつきっきりで一緒にいてくれた。クラーラは悲しむ暇も落ち込む暇もなく、すぐに母の死を受け入れることができた。クラーラは離宮に一人残されてしまったけれど、決して一人ではなかったからだ。これからは、離宮でジューリオとずっと一緒だ。もし子供が生まれれば、家族はどんどん増えてゆく。


 クラーラは生まれた時から幸せだ。

 ずっと、ずっと、皆に愛されている。

 愛されることはとても幸せだ。

 これから、クラーラはジューリオを愛していこう。今でも大好きだけれど、たくさんたくさんもっと愛していこう。


「ちょっと暑くなってきましたね、窓を開けましょう」


 侍女の一人が窓を少し開け、ふわりと涼しい風が部屋をひと撫でしていく。ウェディングドレスがふわりと揺れ、それを見ていたクラーラが目を細めた。




 カルロはアウギュストの護衛としてクラーラとジューリオの結婚式に参列する。護衛ではあるが近衛騎士の盛装用の制服を着用しなければならない。装飾が多く着るのも手間なので、今日は早めに鍛錬を済ませようと騎士団の鍛錬場に向かった。

 着替えを済ませ外に出ると、何となくいつもと様子が違う。場内にいる騎士たちがある一方向を気にしている。カルロは彼らの視線の先を追い、思わず声を上げた。


「ジュ、ジューリオ!?」


 本日結婚式のはずのジューリオがいつものように鍛錬に励んでいる。確かに彼ならば結婚式当日であろうと鍛錬を欠かさないだろうが、ここに来るのならもっと早い時間に来なければならないはずだ。護衛騎士のカルロでさえ支度に時間がかかるのだ。新郎の支度はその比ではない。

 カルロは手を伸ばしかけていた訓練用の剣を投げ捨て、ジューリオの元へ走った。


「ジューリオ! お前っ、こんな時間に何やってるんだ」

「カルロさん……」


 ジューリオは訓練用の剣を下ろし、振り向いた。その目は何となく、ぼんやりとしている。


「とりあえず、こっち来い!」


 カルロはジューリオの腕を引っ張って更衣室へ走った。更衣室にはちょうど誰もいなく、ジューリオは相変わらずぼんやりとしている。


「お前、こんな時間に何やってるんだ」


 もう一度、同じことを聞く。


「今日は結婚式だぞ。新郎の支度ってお前が思っている以上に時間がかかるんだ。皆に言ってからここに来ているんだろうな」


 ジューリオがぷいと顔を横に向ける。眉間にしわを寄せ、何かを思案するような顔つきだ。


「カルロさん……」

「なんだ」


 ジューリオは横を向いたまま独り言のようにつぶやく。


「おかしいんです」

「何がだ。まさか体調が悪いのか!? こんな日に」

「いえ」

「じゃあ、なんだ」

「……おかしいんですよね。……夢が……覚めないんです。全然目が覚めない」

「は!?」


 こいつ何言ってるんだ!?


 カルロは顎が地面についたんじゃないかってくらい口をあんぐりと開けた。


「……そろそろ覚めるんじゃないかって思ってるんですけど、その様子がないんですよね。しかも、夢の中なのにちゃんと眠ったり食事を取ったり……おかしいですよね」

「…………ジューリオ」

「はい」

「よく聞いてほしい」

「はい」


 カルロはジューリオが逃げないようにがっしりと両手で彼の腕を掴み、しっかりと目を見て言った。


「これは夢じゃない。現実だ」


 ジューリオがじとっと疑いの眼差しを向けてくる。


「夢かどうか確かめるためにちょっと殴ってもいいですか?」

「それをするなら自分の頬をつねるやつにしてくれ」

「じゃあちょっと後輩を」

「やめろ、剣を置け。無実の負傷者を出すな」

「……カルロさん……」

「もう一度言う、現実だ」

「……カルロさん……!」


 ジューリオの顔がどんどん青ざめていく。


「一体いつから夢だと思っていた」

「……そんなはずは……はっ! 夢じゃないなら、そうか蛮族狩りの時にしくじって俺は死んだのか。確かにそれなら辻褄が合う。夢がこんな長いはずもないし、クラーラ殿下が俺と結婚するなんてことあるはずがない」

「……はっ! じゃねーよ。そんな昔から夢だと思ってたのか!? 違う、ジューリオ、しっかりしろ。これは夢ではないし、お前は死んでもいない」


 カルロがジューリオの腕を掴む指に力を入れた。


「いいか、落ち着いて聞いてほしい。これは現実で、お前は、今、結婚式当日の朝に失踪している新郎だ」


 カルロは言葉を区切って言い聞かせるように言った。ジューリオは顔色を無くして目を見開く。


「とりあえず、すぐに風呂に入り着替えて部屋に戻れ。1分だ」

「カルロさん、俺……」

「大丈夫だ、今ならまだ間に合う」

「俺、式次第何も覚えてない。夢だから何とかなると思ってて……」

「ふぉぉぉ……あんなに真面目な顔してたのに何聞いてたんだぁぁぁ」

「隣に座るクラーラ殿下がいい匂いがして楽しそうにしてて可愛いってそれしか考えてなかった」

「おま……、大丈夫だ。助け舟を出すから、困ったら俺を見ろ」


―――バターーン!!


 けたたましく更衣室の扉が開かれた。


「ジューリオッ!! いたぞーーー!! 発見しましたーー!!」

「いましたーー! やはりここにいました!!」

「確保ぉ!!」


 あっという間にジューリオは騎士団に捕獲され連れ去られて行った。

 すでにぐったりと疲れたカルロは鍛錬をやめた。着替えて軽く食事を取った後、ジューリオの様子を見に行こう。


 王女との結婚が決まっても冷静沈着で動じない肝の据わった奴だと思っていたが、全部夢だと思っていたとは。


 ふ、と少しだけ笑ってしまった。王国一の騎士で年下の同僚は、案外抜けてる奴だった。

 このことは誰にも言わずに秘密にしておいてやろう。口の堅い近衛騎士として、既婚者の先輩として、カルロは心に誓ったのだった。





 聖堂はたくさんの花が飾られ荘厳な内装を華やかに彩っていた。参列することはできなかったが、王女と国一番の騎士の結婚を祝おうとたくさんの貴族や他国から花が贈られたのだ。


 真っ赤なバージンロードを陛下にエスコートされた花嫁が歩く。真っ白なウェディングドレスに繊細な刺繍を施されたベールが美しい。レースが華奢で色の白い肌を隠しているのが儚げであり艶めかしくもあった。ややうつむいたままの顔はベールで隠れていながらも、長い睫毛が影を落としているのがわかった。

 陛下はちらちらとクラーラの様子を横目で窺っている。喜ばしい晴れの日ではあるが、嫁には出したくない。そんな表情に、王妃が呆れた顔をする。

 陛下とジューリオの間で数秒バチバチと視線が交わされた後、やっと諦めた陛下がクラーラの手を離す。先ほどまで俯いていたはずのクラーラが、満面の笑顔でジューリオの手を取って隣に並んだ。その満開の花束のような笑顔に、参列した人々もつられて口の端を上げてしまった。


 婚姻証に互いにサインをし、誓いの言葉が交わされた。ジューリオがそっとベールを上げると、クラーラが頬を紅潮させてほほ笑んでいた。キラキラした瞳にはジューリオしか映っていない。紅色の唇に軽く口づけ、そっと頬に手を添えると、クラーラが子猫の様に摺り寄る。ジューリオはその柔らかい感触を味わっていたが、二人の前に立つ神官長の咳払いで二人は我に返った。


 結局時間がなくてジューリオは直前に式次第をちらっと確認しただけであったが、護衛として壁際に控えていたカルロが眉と口の動きで伝える騎士団の暗号を送ってくれたおかげで何とかなった。


 式の後は、披露宴代わりに参列者のみの食事会が行われた。久しぶりに帰国した第一王女、第二王女がその場を盛り上げ、食べ、飲み、歌い、踊り、仕切り、エルネストを説教し、アウギュストにからみ、大臣たちと問答し、議論を戦わせ、和解し、最後は大団円でお開きとなった。第一王女と第二王女以外の全員が、大人しいクラーラを恋しく思いながら帰宅した。




 クラーラとジューリオは通例通り披露宴の途中で席を立った。

 二人は十か条のひとつ、歩くときは手をつないで、を守りながら、王城から離宮までの短い道を寄り添って歩いていた。

 早朝から慌ただしくしていた二人は疲労困憊していたが、満点の星空の下を歩く心地よい気怠さを楽しんでいた。星が瞬くのを見ながら、月明りを頼りにゆっくりと歩いた。


 たくさんの人が祝ってくれた。バジョーナ国の皆からも祝いの品が届いていた。皆の頭の上にも、クラーラと同じ美しい星空が広がっているのだ。心には距離なんてないのだと思う。


 こんなにキレイな星空なのに、ジューリオはさっきからクラーラばかり見つめている。ジューリオ越しに見る月は、とても色が濃くて何かを言いたげだ。


「ジューリオ」

「はい」

「私、今日のこと、決して忘れないわ。」

「……私もです」

「何度も何度も、思い出すわ」


 ジューリオは何も言わなかったけれど、クラーラの手をぎゅっと握った。それは少し痛いくらいだったけれど、クラーラは決して離さなかった。


 二人は夜風で熱を冷ましながら、ゆっくりとゆっくりと、できるだけ時間をかけて離宮までの逢瀬を堪能した。



次回、エピローグで本編完結となります。

よろしくお願いいたします。

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