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クラーラと、お父さん

「ねえ、ジューリオ。クラーラっていつもああなの?」

「ええ、ああいう感じですね」

「何かさあ……ちょっと……違くない?」


 アウギュストはお腹が膨れたらしく、やっと食べる手を止めてジューリオを振り返って言った。


「アウギュスト、どうした。何が違う」

「何かさあ、俺の期待してた感じと違う。こう、いちゃついてるっていうよりも」

「ああ、言われてみれば……私も何か違う気がする」


 珍しくエルネストがアウギュストに賛同した。


「恋人同士という感じがないというか……クラーラはあんなに子供っぽかったか?」

「!」


 それだ! とばかりにアウギュストがエルネストを指差す。


「俺、実はこないだジューリオとクラーラが庭を歩いているのを二階から見ていたんだ……二人は手をつないでいたが、こう……甘い感じじゃなくて、蝶を追ってどこかに行ってしまいそうなクラーラの手を引いているような、保護者みたいな感じで……」


それを聞いたジューリオが手を止め、ちらりと壁際にいるカルロを見てから口を開いた。


「確かに……もし娘がいればこういう感じかな、と最近よく思うようになりました」

「これはまずいぞ!」

「ジューリオが『恋人』をすっ飛ばして、『お父さん』になってしまう! 兄上! 早急にクラーラに恋愛指南の家庭教師を用意するんだ!」

「ジューリオ、恋人から結婚までの甘い期間はあっという間に過ぎてしまうんだ……もっと時間を大事にしないと……」


 唯一の既婚者カルロがまともなことを言う。


――――バタン!!


「話は聞かせてもらったわ!」


 突然大きくドアが開き、全員が振り向いた。その先には、腰に両手をあてた王妃が仁王立ちしていた。その後ろで護衛騎士と侍女が戸惑っている。


「母上!?」

「そうよ、あなたの母が華麗に参上!」

「なぜここへ……」

「ふふ、クラーラとジューリオがいちゃついているのを見ようと思っていたら出遅れてしまったのよ! ほほほほほ」


 悪役令嬢ばりに口に手をあてて笑う母を、エルネストが渋い顔をして見ている。たまに張り切る母は、たいてい碌なことをした試しがない。


「クラーラが子供に戻ってしまったという話、聞かせてもらったわ。私には心当たりがあるわよ! 聞きなさい!」

「有無を言わせず聞かせる感じですね」


 アウギュストがおそるおそるつぶやいた。


「その原因は陛下にあるわ! 陛下があまり子供を構わないからよ。どの子にも平等に接するために、陛下はあまり子供たちに近付かなかったでしょう? 特にダニエラが遠慮したのもあって離宮には行かなかったから、クラーラはほとんど陛下と接点がないのよ」

「まあ、確かに王城に住んでいた我々は自分から陛下に会いに行くことはできたが、離宮に引きこもっていたクラーラは陛下にはほとんど会っていないかもしれない」

「そう、引きこもっていたクラーラは陛下どころか近くに男性がいなかったから、甘えてもいい存在イコールお父さんになってしまったのよ!」


 そうだろうか? と全員が首をひねるが、王妃だけが自信満々である。


「私とアウギュストは子供の頃からクラーラによく会いに行っていましたよ」

「なーに言ってるの。一緒にお風呂に入ってたような年の近い子供に甘えるわけないじゃない」

「幼いクラーラ殿下と一緒にお風呂に……」


 カルロが口に手をあてながらアウギュストを見る。


「おい、やめろ……やっと最近あの疑惑が晴れてきたところなんだ! クラーラと一緒に風呂に入っていた頃は俺だって子供だ!」

「その時に目覚めたのでは……」

「お前の頭どうなってるんだ!」


 騒ぐアウギュストとカルロを無視し、王妃が意味ありげな笑顔で顎に人差し指をあてた。


「まあ、ここは国の母であるわたくしに任せなさい」

「母上、策がおありなのですか」

「ええ、もちろん。ジューリオ、安心して待っていてちょうだい! おーほほほほほ」


 王妃は部屋を出て行ったが、ドアを閉めてもまだ高笑いは聞こえていた。


「……ドンマイ、ジューリオ」

「……」


 このテンションの王家の方々と縁続きになるのかと思うと、大人しい自分の家族が懐かしく思えるジューリオであった。




 数日後、クラーラは手製のクッキーを手に陛下の執務室を訪ねていた。騎士に囲まれながら歩いているが、クラーラの眉間の皺は深くなっていく。


「クラーラ様、顔、顔」


 隣を歩くリーチャが腕をつついてくる。そう言うリーチャも右手と右足を同時に出しながら歩いている。


「陛下とお茶会なんて、緊張しないわけないじゃない」

「わわわ私も行っていいんでしょうかね!?」

「一人じゃこわいの! リーチャも傍にいて!」


 王妃がなぜか突然、陛下とクラーラのお茶会を開いた。二人きりらしく、クラーラは手作りのクッキーを持ってくること、と言われた。陛下にお会いするときは、今までは必ず王妃がいた。いったい何を話したらいいのだろう。


「きっと、お嫁に行く娘との思い出作りですよ」

「えー、バジョーナ国に行くときはなかったのに」

「ですよねー」


 騎士に促され、開いたドアからおそるおそる執務室に入ると、そこには陛下の侍従が立っているだけだった。


「殿下、こちらへどうぞ」


 侍従はクラーラを隣の応接へ案内した。


「ありがとう」


 クラーラは侍従にそう言って、目線をテーブルセットに移した。そこにはいつもの威厳はそのままに、しかしカチンコチンに緊張した陛下が座っていた。思わず頬の引き攣ったクラーラではあったが、逆に緊張がほぐれた。


「お招きありがとうございます、陛下」

「ああ、ご苦労であった」

「……」

「…………」

「………………」


 話が進まない。

 リーチャがクラーラの持参したクッキーを皿に並べてテーブルに置く。侍従がすかさず紅茶を出す。


「あっ……、このクッキー、私が焼いたんです。陛下のお口に合えば嬉しいんですけど……」

「うむ、いただこう」

「はい、どうぞ」

「うむ、おいしい」

「ありがとうございます」

「これは、……クッキーか」

「そうです。これはクッキーです」

「粉を計り、混ぜて焼いたか」

「はい、途中で寝かせました」

「よく眠れたようで、良かった」

「ええ、素晴らしいことです」


 会話間違ってます。

 壁際で気配を消しているリーチャと侍従が青い顔をして首を振る。


「ジューリオ・アスティとはうまくやっているようだな」

「はい! とっても仲良しです!」


 陛下が場を正すように一度咳ばらいをして言った。ジューリオの話になって、クラーラの口が滑らかになる。


「ジューリオは約束した通り毎日会いにきてくれるんです。仕事終わりで疲れているのに、嫌な顔ひとつしないで話を聞いてくれます。いつも私がどうしたいのかを優先してくれるし、最高の旦那様です」

「そうか」


 陛下がくすりと笑う。


「キエガ公爵の件は、申し訳なかった。バジョーナ国の騒動に巻き込まれただけであったな」

「いいえ! おかげでジューリオと仲良くなれましたし! たくさんの良い人とも出会えました」

「そうか」

「はい!」


 クラーラの満面の笑顔につられて、陛下の手がクラーラの頭に伸びてそっと撫でた。


「!」

「!!」


 陛下もつい無意識だったようで、驚いてすぐに手をひっこめた。クラーラはしばらくぽかんとしていたが、すぐに嬉しそうにほほ笑んだ。それを見た陛下もまたほほ笑む。


「あの、また遊びに来ても……いいですか?」

「……! もちろんだ。手土産などいらない、いつでも来るとよい」

「ありがとうございます、陛下」


 陛下がじっとクラーラを見つめた。


「陛下、か」


 陛下のつぶやくような声が、クラーラにも聞こえてしまった。そういえば姉たちは陛下のことを父上と呼んでいたっけ。


「ちっ、父上、そろそろ戻りますね。お仕事あるでしょう」


 クラーラが立ち上がると、リーチャが近づいてきてスカートを整える。


「父上?」


 返事がない陛下をよく見ると、片手で口元を隠しながら俯いて震えている。


「クラーラがっ……私を父とっ……」


 この数日後。陛下が突然、クラーラの婚約式は3日3晩国をあげての祝賀パーティーを行うと言い出したが、王家全員と侍従の必死の説得により予定通りつつましやかに婚約式は行われたのだった。



ほんとはクラーラとめっちゃ遊びたかった陛下

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