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友達とは

「失礼いたします」


 陛下の私室の応接室から出て、エルネストは息を吐いた。一歩後ろの隣にはジューリオが立っている。背後で静かにドアが閉められた。


 今日はクラーラをジューリオに下賜するという話をする為に、国王陛下の元を訪れた。内々に先触れは出していたので反対されることもなく、打診と共にジューリオも連れて行ってその場で陛下から直々に下賜の許可を取った。忙しい陛下は回りくどい形式的なことよりも効率の良いことを好む。

 陛下は私室でも無口で威圧感があった。そしてその隣に、自らクラーラを望む形を取ってくれたジューリオに目をキラキラさせた王妃がいた。


「ご苦労であった、ジューリオ」

「は」


 エルネストは自分の執務室に向けて歩き始めた。その斜め後ろをジューリオが付いてくる。


「お前って……緊張したりしないんだな」

「いえ、緊張しました。私のような者が、あの場にお呼びいただけるとは恐れ多いことでございます」

「とてもそうは見えないけどな」


 ジューリオはいつもと全く変わらない顔色で、陛下の言葉に堂々と受け答えしていた。王族付きの騎士だから慣れているとは言え、クラーラの父と義母と兄である。


 娘さんを僕にください、の場面は普通もうちょっと緊張するもんじゃないかなあ!?


『お前のような者が私の大切な妹を幸せにできると言うのか!?』

『どんな困難があろうとも、必ずクラーラ殿下を幸せにします!』

『命をかけて誓えるのか!』

『もちろんです! クラーラ殿下、いえ、クラーラのためならこの命は惜しくはありません!』

『くっ…… そこまでクラーラのことを……ジューリオ、妹を頼んだぞ!』

『はい、エルネスト殿下!』


 ……的なことをちょっぴり期待していたエルネストは物足りなさを感じていた。実際は陛下とジューリオが、クラーラをよろしく。はい。くらいであっさりと終わってしまったのだ。


「まあ、頼もしいと言えば頼もしい、ということか」


 執務室の前に到着したエルネストは、ドアを開けるジューリオを見て独り言ちた。執務机に着くと、積みあがった書類をジューリオが簡単に仕分けしてくれる。護衛として控えるだけでなく、こうして執務の手伝いをしてくれる彼をエルネストは重用している。


「そうか、ジューリオはこれから私の義弟になるのか。そう言う意味でもこれから宜しく頼んだぞ」

「えっ」


 ジューリオがわかりやすく動揺する。


「陛下の前でも平気だったのに、なぜ私の弟になるのにはうろたえるのだ」

「確かに、義兄弟になるのですね」

「アウギュストも義兄になるな」

「それはさらに」

「……末永く、宜しく頼むぞ……」


 ドアをノックする音が響き、警備の騎士が恭しく部屋に入ってくる。


「クラーラ殿下の侍女から手紙をお預かり致しました」


 ジューリオが受け取り、表裏を確認した後エルネストに手渡す。


「クラーラからか。めずらしいな」


 封を切り手紙を読んでいたエルネストの笑顔がだんだん暗くよどんでいく。


「クラーラ殿下は何と」

「……私がジューリオを休ませないから会えない、と。ジューリオを連れてクラーラの部屋まで遊びに来い、と慇懃無礼に書いてある……つまり、私はついでということなのか?」


 ジューリオが気の毒そうな顔をする。しかし、書類をまとめる手は止めない。


「ぐうっ……、私の後ばかりついて歩いていたかわいい妹が……! 自分で勧めた縁談とは言え、つらい!」

「とりあえず早くこの書類を処理してしまいしょう。クラーラ殿下に何か甘いものを作っておくよう頼んでおきますので」

「そ、そうだな。クラーラの作る菓子はうまいからな、早く終わらせて会いに行こう」

「はい」


 うまいこと飴と鞭を使われ手のひらで転がされる王太子エルネストであった。






 陛下から正式にジューリオとの婚約が許可され、まずは来月の婚約式に向けてクラーラはドレスを作っていた。


「わざわざ作らなくても、今ある物を手直ししたらいいのに」

「クラーラ様、逆です。婚約式で着たドレスを後日手直しして着ればいいのです」

「それもそうね。手直ししやすい作りでお願いするわ」


 クラーラは鏡の前で全身のサイズを計られていた。王室御用達のデザイナーとお針子たちがぞろぞろとやってきて、広かったはずのクラーラの部屋もぎゅうぎゅう詰めである。


「では、ラベンダーカラーを基調に制作を進めますね」

「ええ、お願いします。今日はこんな外れにまでご苦労様」

「とんでもない。お久しぶりにクラーラ様にお会いできて恐悦至極でございます」


 デザイナーたちが部屋を去ると、急に部屋が広くなって窓の外の音が聞こえてくるようになった。リーチャの淹れた紅茶を飲みながら、クラーラは息を吐いた。


 デザイナーたちが当初予定していたドレスは、ジューリオの瞳の色を模した琥珀色の光沢のあるドレスだった。


「それはちょっとはっちゃけすぎだわ」


 バジョーナ国で覚えたばかりの言葉を使ってみたが、リーチャにもデザイナーにも渋い顔をされたのであまり使わないでおこうと思った。

 それにしても、全面に琥珀色はやりすぎなので、結局クラーラの濃紺の髪に合うような青みがかったラベンダー色のドレスにし、そこにジューリオの瞳の色である黄水晶のアクセサリーをつけることで落ち着いた。

 一方ジューリオは、夜会などの護衛をする際に着る騎士団の盛装を着るらしい。


「殿方は楽でいいですわねえ」


 リーチャがクラーラの向かいのソファで紅茶を飲みながらしみじみと言う。クラーラ付きの侍女が少ないため、今日はリーチャ一人でデザイナーやお針子の接待をしていたのだ。


「リーチャにはしばらくの間、手間をかけるわね。当日は手伝いの侍女が来てくれるはずだから」

「ええ、今から腕を磨いて、クラーラ様をこの国一の美女に仕立て上げますからね、ご期待くださいませ」

「ありがとう、お任せするわ」


 婚約式もそうだが、結婚式もクラーラらしく極力控えめにすることにした。王女の結婚式なのに、と王妃は残念がっていたが、特に仲の良い友達がいるわけでもないし、今まで病弱設定で引きこもっていたのにこんな時だけ派手に人前に出てくるなんて、クラーラにはできない。ジューリオも目立ちたくないようでこれに賛同してくれたので、皆あっさりと納得してくれた。


 仲の良い友達かあ。


 思い浮かぶのは、キエガ公爵の3愛人たちとミーア様。友達と言っていいのかわからないけれど、ディートハルトさんと銀のかわうそ夫婦とそのお客の皆さん。クラーラが普通の貴族だったり庶民であれば結婚式に招待できたかもしれない。全員バジョーナ国民であり、表立って元婚約者の愛人や庶民をコラフラン王国が呼ぶことはできない。控えめな式とは言え、主要な貴族は参加する。大臣級の貴族の隣にミーア様を座らせるなんて、考えただけで何かが起きる予感しかしない。


 いつかまた、バジョーナ国に行けるかしら。


 バジョーナ国は現在、王太子だった王子が新国王となったばかりだ。国の財政は火の車な上、まだまだ若い国王ということで、周辺国からも様子見をされている状態らしい。少しでもぐらつけば、足をすくわれるだろう。通常行われるはずの戴冠式も内々でひっそり行ったそうだ。そんな状態の国に、のこのこと王女が遊びに行くわけにはいかない。


 クラーラはテーブルに置いたままにしていた刺繍布を手に取った。リーチャは膝の上に小説を置いて読んでいる。二人は先ほどの嵐のような騒々しさの残る耳を休めるように、しばらくの間静かな時を過ごした。




ブクマ、評価、ありがとうございます。

本編完結まであと少し。

最後までお付き合いいただけるとうれしいです。

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