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公爵家の侍女たち

 ひと月が経ち、クラーラがバジョーナ国に発つ日がやってきた。

 昨夜は第一王女のアンナと第二王女のアマリナも嫁ぎ先から里帰りして久しぶりに家族全員で食事をした。

 朝、アマリナに抱きしめられてクラーラは馬車に乗るのが遅れた。号泣するアマリナの手を振りほどくことがどうしてもできなかったのだ。


「いい加減にしなさい! あんたもとっくに嫁いだ身でしょ!」


 というアンナの怒号で馬車はようやく出発した。クラーラの荷物は少なかったので、馬車は予定通りのスピードで順調にバジョーナ国に向かっている。

 コラフラン王国の街並みをしばらく見ることはないかもしれない、と窓に張り付いて外を眺めていたが、そもそもあまり外出しないので、とても新鮮な気持ちで景色を見るだけだった。

 国境に行くまでに二泊、越えてから一泊し、日が落ち切ったころにバジョーナ国に到着した。

 バジョーナ国はコラフラン王国よりは小さく街並みもいくぶん質素であった。しかし、市井の人々は同じように生き生きとして皆笑顔で働いていた。


 バジョーナでの生活に慣れたら、公爵様にお願いして街へ連れてきてもらおう。


 優しい人だといいな、と思った。陛下と王妃様が認めるほどの人柄なのだからきっと大丈夫だろう。


『絵姿の100倍カッコイイ。360度どっから見てもイケメン』


と、陛下を真顔にするほど王妃が絶賛する見た目も実は楽しみにしている。クラーラの中で、公爵のハードルは非常に高くなっている。


 今からこんなにも楽しみなのだから、きっとこれからも大丈夫。


 クラーラは御者の到着の知らせを聞いて、窓を鏡にして髪を直した。そして、ドレスの乱れがないかチェックしてから、ゆっくりと馬車を降りた。

 手を差し伸べてきたのは、執事の服を着た年配の男性だった。その後方にメイドたちが二十人ほど並んで頭を下げている。


 あれ? 公爵は?


 噂のイケメンが出迎えると思っていたので、ちょっと肩透かしだった。


「ようこそおいでくださいました、クラーラ様」

「はじめまして、クラーラです。これからお世話になります。……公爵様は?」

「申し訳ございません。主は、急用で来ることができませんで、私めがクラーラ様のご案内を申しつけられました」

「そう。公爵様ですもの、お忙しいのね。よろしくお願いいたします」


 執事にエスコートされながら屋敷に向かう。ずらりと並ぶメイドたちはちらりとこちらを見るものの、笑顔一つ寄越さない。そばかすのある若いメイドにいたっては、目が合うと怯えたように俯いてしまった。


 これはだめだーーっ。仲良くなれそうもなーーーい。


 ほほ笑みながら王女らしくしずしずと歩いてはいたが、内心動揺しまくっていた。まずは使用人たちとの信頼関係を一から構築しなければならない。


 二十人のメイドたちが忙しなくクラーラの荷物を運びこむ。本当だったらクラーラも一緒になって運ぶのだが、今日はドレスだし、そもそも王女が重い荷物を持ち上げて歩くほど、彼女たちと心を通わせていない。仕方なく「それはあっちへ」「これはあそこへ」「これはそこへ仕舞っておいて」など、なるべく邪魔にならない場所で指示を出すだけにとどめた。その際は、なるべく笑顔で「ありがとう」「ご苦労様」を語尾に付けるように気を付けた。

 あらかた荷物を運びこんだ頃にはすっかり夜になってしまっていた。コラフラン王国から一緒にやってきた護衛がクラーラに声をかける。


「クラーラ殿下、我々は公爵家に用意してもらった宿に泊まり、明日の朝コラフランへ戻ります」

「あら、ここに泊まるのではないの?」

「我々もどこか一室をお借りできるのかと思っておりましたが、ゆっくり休めるようにと宿をご用意いただいたようで……」

「……そうね、ここはまだ荷物を運んだばかりで慌ただしいですものね……?」


 そういうものなのだろうか? この公爵家には空いている客室なんてたくさんありそうに見えるけど。


「我々は朝になったらここを発つのですが……殿下、大丈夫でしょうか」

「うん? 何が?」

「どうも、公爵家の奥様の部屋にしては……質素と言いますか、まるで客室のような……」


 クラーラは部屋を見回す。言われてみればそうかもしれない。だが、身にそぐわない派手な暮らしをしたいわけではないので気になりはしなかった。


「そもそも、この建物、母屋ではないですよね。どう見ても離れですよね? 離れの客室に殿下をお一人置いていくのは非常に心配なのです」


 窓から外を見てみたら、広い庭を挟んで大きな屋敷がどどーんと建っていた。確かにここは離れの客室だ。メイドに指示を出すのに必死で外など見る余裕がなかった。


「まだ正式に結婚の儀を行ったわけじゃないからかしらね。婚約の段階ではまだ慣れ慣れしくしない、という弁えた方なのかもしれないわね。私は離宮で育ったから、むしろここの方が落ち着くわ」

「……殿下がそうおっしゃるのなら」

「今日は本当にありがとう。他の皆にもよくお礼を伝えておいてくれるかしら。遠いところまでご苦労様だったわ。ゆっくり休んでちょうだい。気を付けて帰ってね」


 クラーラはにっこりと笑った。この心配性の護衛ともこれで一生のお別れ。最後に見せる顔はとびきりの笑顔にしたかった。


 護衛は眉を寄せた厳しい表情のまま、しかし騎士の最上級の礼をして去って行った。


 部屋に戻ると、メイドたちがむすっとした表情で手荒に荷物を開けては片づけている。


「荷ほどきはあらかた終わっているようね。後は自分でもできるわ。皆さん自分の仕事に戻ってちょうだい。ありがとう、ご苦労様」


 クラーラはなるべく優しい笑顔で言った。メイドたちは一斉に手を止め顔を見合わせた後、ぺこりと頭を下げてそそくさと部屋を出ていく。

 クラーラは動きにくいドレスをどうしたものかと思ったが、いつ公爵が帰ってくるかわからないので着替えずにそのまま荷ほどきを始めた。

 メイドたちは態度はちょっとアレだが仕事はきちんとするようで、荷物は所定の場所に整然と納められていた。貴重品も一つも欠けることなく鍵付きの引き出しにしまってある。

 片づけはすぐに終わったので、今はソファに座ってそばかすのメイドが淹れてくれた紅茶を飲んでいる。


 うん、まずい。


 紅茶を一口飲んでそう思った。こんなに薄い紅茶飲んだことない。むしろこれは、色の付いたぬるいお湯だ。青ざめながらおどおどとしているそばかすがわざと嫌がらせをしている様には見えない。きっと、多分、間違いなく、紅茶を淹れるのがド下手だ。そのうち打ち解けたら紅茶の淹れ方を教えよう、そう思った。

 飲んでいるうちにわずかに感じる味から、この紅茶があまり良い物ではないのだとわかる。


「クラーラ様、大変申し訳ありません。本日主は帰りが非常に遅くなるようでして、ご挨拶は明日以降にとの伝言を預かって参りました」

「そう、遅くまで大変ね」


 一言目には必ず謝っている執事が深く頭を下げる。


「急ぎ夕食を準備いたしましたので、お持ちいたします」

「あら、ここで食べるの?」

「奥様にご足労いただくわけにはいきませんので、お持ちいたします」

「そう、お願いします」


 王宮や離宮には貴人用の食堂があった。他の暮らしを知らないクラーラはそういうものなのか、とあまり深く考えなかった。

 居間のテーブルに次々と食事が並べられる。食事は非常においしかった。しかし、相変わらずメイドたちが面倒くさそうにクラーラが食べ終わるのを壁際で待っているので、あわてて食べた。食べ終わるとメイドがすぐに皿を下げ足早に部屋を出て行き、一人残ったそばかすが薄い紅茶を淹れる。


 肉にかかっていたソースの匂いが部屋に充満していたので、窓を開けた。窓の桟にはうっすらほこりがたまっていた。掃除のし甲斐があるわね! などと言う気力ももうなかった。


 愛想のないメイド、急ごしらえの離れの客室、安い茶葉、会いに来ない公爵。


 軽んじられているのは明らかだった。今までが恵まれていただけで、国を出れば所詮側妃の娘。この程度の扱いなのだ。これが普通。母に何度も言われていたから、わかっている。


 わかってはいるが、歓迎されていないのはやはりショックだわ。


 さっきの護衛たちと一緒に宿に泊まってコラフランへ帰ってしまいたい。そばかすに見られないように、小さくため息をついた。




クラーラのフルネームは クラーラ・ディ・コラフラン てところでしょうか。

「ラ」は是非とも巻き舌でお願いします。

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