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フラグは折るタイプです

 アウギュストは差し入れのケーキを片手に、カルロとひっそりとした廊下を並んで歩いていた。


 バジョーナ国で健康的で活発になって戻ってきたクラーラが貴族の目に留まったら大変なことになる。そう思って王族専用のあまり人目につかない棟にクラーラを閉じ込めた。本人にも説明して、あまり出歩かないように指示した。


 事実、クラーラはそれを忠実に守った。


 以前からクラーラに目を付けていたとある貴族子息が、強硬手段に出ようとしているという話を耳にした。強硬手段と言っても、偶然を装いクラーラと出会い、交友を深めて婚約に持っていこうという程度のものだ。

 まずは王城の侍女を取り込み、王城の早咲きのヒヤシンスが見頃だとクラーラに何気なく伝えさせた。子息はそこでクラーラを待ち伏せていたらしいが、出歩くなと言われていたクラーラは一向に現れなかったらしい。

 クラーラの部屋のある棟付近で、かわいいふわふわの子犬を抱いた青年がうろついているとの通報があったこともある。もちろん通報したのはクラーラだ。

 強盗が押し入った、と叫び声が聞こえた時も、クラーラは部屋から出ずに、窓とドアの鍵を厳重に閉め、布団にくるまってクローゼットに隠れていたらしい。


 ついつい部屋を出て運命の出会いをしてしまう、というフラグを全てへし折って引きこもったクラーラ。ダニエラ様の教育の賜物ではあるのだが、さすがに強盗が押し入った時は逃げるように教えなければならない。


 このままこういうことが続けば、取り返しのつかない不埒な行動を起こす奴らが出てこないとも言えない。そろそろアウギュストが何らかの手を打たなければ、と思っていた所で、エルネストから呼び出された。

 ジューリオとクラーラを結婚させるという案には、すぐに賛成した。むしろ、今頃かという感じだった。

 ジューリオがクラーラに執着気味なのが若干気になるところではあるが、それが妹を大切にしてくれる要素のひとつなのだと思えばまあいいかと思える。兄王子二人に対してちょっと冷たい所は徐々に直してもらいたいが。


 今頃、エルネストがジューリオにこの話を打診しているはずだ。アウギュストはクラーラに会いに行くところだ。王都の有名店のケーキを持っていくと伝えてあるので、お茶の準備をしているところだろう。


 カルロが合図をすると、部屋の前に立っていた警備の騎士が中にいる侍女にアウギュストの来訪を告げる。

 部屋に一歩入ると、いつもとは違う香ばしい香りがした。


「おや、今日はコーヒーか」

「ええ、兄様がバジョーナ国で飲んでらしたから、お好きなのかと思って」

「クラーラが淹れてくれるのなら何だって好きさ」


 勝手にソファに座ったが、やはり居心地がいい。部屋は変わったけれど、ソファは離宮のままだからだろうか。


「懐かしいな。このソファの生地」

「ほんの一年前でしょう。でも、使わなくてもきちんと手入れしていてくれたのね。ありがたいことだわ」


 クラーラが笑った。アウギュストの前に湯気の立つコーヒーを置き、自分の分のコーヒーカップを持ったまま向かいのソファに腰かけた。侍女がアウギュストから受け取ったケーキを皿に載せてテーブルに並べた。


 さて、どのように切り出したものか。


 言い方に気を付けないと政略結婚の命令になってしまう。よくできた妹は自分の意思を殺して命に従ってしまう。そうならないように、アウギュストがクラーラ担当なのだ。エルネストだとどうしても命令口調になってしまう。


「兄様、王城のヒヤシンスが見頃なんですって。連れて行ってくださいな」

「おや、そう来たか」


 アウギュストは笑った。もぐもぐとケーキを頬張るクラーラにつられて、アウギュストもケーキに手を伸ばす。熱いコーヒーの苦みにクリームの甘さがとても合う。


「うまいな。確かにこれは評判になるだけのことはある」

「もう一つ食べていいですか?」

「食べてから聞くことではないな」

「兄様がもたもたしているからですわ」

「クラーラ、俺のも一口食べてみる?」

「食べます!」

「クラーラ、ジューリオと結婚する?」

「します!」


 行儀悪くフォークを咥えたクラーラが顔を上げて首を傾げる。


「ん?」


 クラーラの向こうで壁際に控えていたカルロと侍女が、ガッツポーズをしていた。





 ヒヤシンスどころではなくなった。

 アウギュストがケーキを持ってきてくれる、と言っていたから、それを食べた後ヒヤシンスを見に連れて行ってもらおうと思っていた。

 しかし、突然とんでもないことを言われてしまって、動揺して取り乱してしまった。せっかくのケーキものどを通らなくなってしまったではないか。


 ジューリオが王女との縁談が持ち上がるほど強い騎士だったとは。言われてみれば御前試合ではあっさり優勝していたし、バジョーナ国では命を守ってもらった。確かに他国に行かれてしまっては非常に困る人材だ。

 しかも、クラーラが嫌なら断ってもいいのだそうだ。


「嫌なわけないじゃない」


 クラーラは窓を磨く手に力を入れた。悩んだ時はやはり掃除だ。心を落ち着けて考えることができる。バケツで雑巾を洗い、固く絞る。


 またどこかの国へ嫁がされると思っていたのに、このまま国にいることができる。しかも、相手がジューリオだ。断る理由なんてひとつもない。


「でも、アスティ様に何の利益があるのかしら」


 クラーラに断る権利があるのなら、彼にもその権利を与えねば公平ではないだろう。エルネストの命であれば、彼は断ることができないではないか。

 ジューリオはどう思っているのだろう。

 もし嫌なら、例えば他に想う人がいたりするのなら、正式な話が行く前にクラーラから断ってあげた方がいいのではないだろうか。だが、そうした場合は他の令嬢があてがわれるらしい。


「そんなの見てられないわ!」


 アスティ様が他の女性と結婚し仲睦まじくしている様を傍から見ているなんて、そんなの耐えられない。その後どんな遠い国に嫁がされたとしても、気持ちに折り合いをつけることなんてできそうもない。


 ……アスティ様がどう思っているのかが知りたいわ。


 クラーラとの結婚を嫌がっていない、せめて、悪くないって思ってくれているのなら、自分は諸手を挙げて嫁いでいくのに。

 しかし、クラーラ本人に尋ねられても、嫌だ、とは言えないだろう。どうしたら彼の本音を聞くことができるだろうか。


「まあ、クラーラ様! 窓がぴっかぴかじゃないですか!」


 部屋に入ってきたリーチャが指紋ひとつない窓を見て驚く。


「ねえ、リーチャ。変装グッズなんて用意できるかしら?」

「何に使うのかわかりませんけど、きっと失敗なさるからおやめください」

「うむむ……」


 クラーラは引きちぎらんばかりに雑巾を握りしめた。


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