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打診

ブクマ、評価ありがとうございます。

励みになりますー



 寒さに耐えた木々たちが青々とした新芽を萌え始めさせ、王城には春の兆しが訪れていた。侍女たちが冬服を脱ぎ、明るい色の化粧をし始める。往来の多い通路には淡い色をした花が飾られるようになった。

 エルネストの執務室にもそのおこぼれが届くようになり、積みあがった本と書類の殺伐とした風景に色を添えていた。


 ソファに座ったエルネストは、机に積みあがった釣書を前に頭を抱えていた。

 バジョーナ国から戻ったクラーラに、見合いが殺到しているのである。

 バジョーナ国の王女のために、どんな形であれ醜聞にしかならない婚約破棄を選んだ心優しい王女。あまり人目につかないように離れた棟に部屋を設けたにもかかわらず、目ざとい貴族たちに姿を見られてしまったらしい。顔色も青白く病弱だったはずなのに、今では少し日に焼けて元気よく健康的になったクラーラは、王家に繋がりを持ちたい貴族たちの格好の餌食でしかない。結婚して男児が生まれれば、順位は劣るとは言え王位継承権も得ることができる。

 届いたこの釣書の量を見れば、ノリで送ってきている物も含まれているに違いない。そんな物にまで目を通さねばならないのかと思うと、エルネストは気が遠くなった。いや、むしろ気絶したらこの役目から免除されるのではないか、とすら考えてしまう。

 しかし、そこは真面目な王太子である。クラーラの一生がかかっているのだ、他の誰にも任せるわけにはいかない、と気合を入れて一番上の釣書を開いてみる。

 年齢68歳の伯爵。最近奥方を亡くし、クラーラを孫のように大切にしたい、とメッセージが添えられていた。何が孫だ、お前ではなくせめてひ孫を紹介してこい、と釣書をぶん投げる。


 やはり、あの手で行くしかないだろうな。


 考えれば考えるほど、あれほど良い手はないと思えてくる。アウギュストの報告が正しいならば、これが最善である。


「アウギュストを呼んでくれ」


 ドアの前に控えていた騎士の一人に告げる。威勢よく返事をした騎士が走り去って行った。






 ここ数日のエルネストは事務作業に専念していた。視察に行ったからには陛下に報告を上げなければならない。執務室には二つ机を増やし、文官を置くことにした。一人は宰相の息子、一人は外務大臣の甥である。二人とも優秀で、将来は大臣の座が約束されていると言われている。

 ジューリオも書類仕事をある程度手伝うことはあったが、この二人がいれば十分なので、いやむしろ邪魔にしかならないので、長めの休憩時間を与えられていた。

 せっかくもらった自由時間だったので、最近忙しくて参加できていなかった騎士団の鍛錬に参加させてもらっていた。久しぶりに会う同僚たちとの会話を楽しんだ後、剣を揮っていた。


 クラーラが帰国した後、バジョーナ国では様々な情勢が変わったらしい。

 まず、キエガ公爵は多額の慰謝料をクラーラに払った上に、この騒動で信頼を失い貴族に貸し付けていた借金の取立てが滞り、困窮してしまったそうだ。そして南方の別荘にいたイネス王女は、そこにたまたまお忍びで訪れていた他国の第四王子に一目惚れし、指輪の一つも買えない公爵から気ままな第四王子に乗り換え、そのままその国へ引っ越した。

 その後すぐに、貴族たちが反旗を翻し国王は斃された。王妃の国費の私用化、王女の身勝手な振る舞い、国王にすり寄っていた一部の貴族の職権乱用、そしてそれを野放しにしていた国王。すべの証拠をキエガ公爵を中心とした貴族たちがそろえ、他国の後ろ盾を得た王太子を王に据えた。その他国には、コラフラン王国も加わっている。


 イネス王女が他国に輿入れした直後の反乱は、たまたまだったのか公爵の温情なのか。


 隣国が乱れると逆恨みした残党が襲撃してくることも多々ある。騎士団は国境の警備を強化している。


 同僚たちから国境警備の動向を聞き出し、ジューリオはエルネストの執務室に戻った。護衛騎士から交代の引継ぎをし部屋に入ると、文官はいなかった。エルネストが一人執務机で眉をひそめながら羽ペンを走らせていた。

 邪魔をしないように静かにドア付近で控えていたが、応接のテーブルの上に積み重なった書類に目が留まった。あれは釣書の様式だ。エルネストの物にしては多すぎる、と思った。


「ジューリオ、時間通りだね。話があるから、ソファに座ってくれ」

「は」


 エルネストが執務机から立ち上がり、ソファに移動する。ジューリオは向かいのソファの後ろに立った。


「任務中ですので、これで」

「えっと、大事な話があるんだ。護衛騎士のジューリオにではなく、ジューリオ・アスティに話があるんだ。だから、人払いもした」

「……かしこまりました」


 訝しむように眉をひそめ、ジューリオは向かいのソファに腰かけた。自然とテーブルの上の釣書の山に目が行く。


「気になるか? これは全部クラーラ宛の釣書だ」


 エルネストは釣書の一つを手に取って開き、一体何を見たのか、眉間の皺を深くした後そっと山に戻した。


「隠していてもやはり見つかってしまうものだな。いつかはこうなるとは思っていたが、こんなにも早く殺到してしまうとは思わなかった。このままでは無理やりクラーラに直接会おうとする者も出てくるだろう」

「警備を強化し護衛を増やすように騎士団に要請して参ります」

「待て」


 すばやく立ち上がりかけたジューリオをエルネストが手で制す。


「クラーラの心配をしてくれてありがとう。しかしその事を依頼するために呼んだのではないのだ」

「そうでしたか」

「そうなのだ……」


 エルネストは膝の上に肘を置き両手で頬杖をついた。眉を下げてじっとジューリオを見ている。


「殿下?」


 頬杖をついて目を閉じたまま動かなくなったエルネストに、ジューリオが声をかける。


「すまない、ちょっと自分の不甲斐なさを憂いていた……。端的に言うと、さっさとクラーラの婚約者を決めてしまおうと思う。陛下と王妃と相談した結果、クラーラはもう国外には出さないことにした。あいつは目の届くところに置いておかないと何に巻き込まれるかわからないからな。だから、相手は国内から探すことになる」


 ジューリオが釣書に目を落とした。


「……では、この中から選ぶ、というわけですか」

「まあ、選択肢の一つではあるが、我々が選んだ相手はこの中にはいない。誰か聞きたいか?」


 エルネストが胸を張るように腕を組んだ。そこから目を逸らすように、ジューリオが床を見る。聞きたいような、聞きたくないような、どちらとも取れる態度だった。


「……聞きたくない、と言っても言うおつもりでしょう」

「ああ、分かっているのか。お相手は、この国の貴族の子息だ。その家はどの派閥にも属さず中立で、国政にも大きく関与せず、それなりに王家に忠誠心を持って真面目に領を治めている」


 ジューリオは顎に手を添えて心当たりを思い浮かべてみたが、消えていく貴族はいるもののだいたいがそのような平凡な貴族である。


「もう少し手掛かりを」

「うむ。年齢は23歳」

「アウギュスト殿下と同じ年ですか」

「ああ、そういえばそうだな。忘れていた。それから、これでさすがにわかるだろう、伯爵家の次男だ」

「伯爵家ですか……23歳で未婚で……結構いますね」

「むむ、確かに。だが、心当たりはあるのではないか?」

「私の知っている方なのですか?」


 ジューリオは目を細めた。


 自分の知り合いがクラーラ殿下と仲睦まじくしているのを、近くで見ることになるのか……。


 エルネストの専属護衛を解任してもらい、騎士団の遠方警備に回してもらおうか。などと思いめぐらせていると、エルネストが勝ち誇ったようにカッと目を見開いた。


「ははは、やっと気づいたようだな! そうだ、その候補者は今、私の目の前にいる!」

「えっ?」

「あれっ?」

「殿下の、目の……前に?」

「おい、誰もいない壁を凝視するな。こわいだろ。そこには誰も……いない、よな?」

「誰もおりませんでした」

「そうか! 安心したぞ! 私の前にいるのは、ジューリオ、お前だ。伯爵家次男23歳、王太子の護衛騎士ジューリオ・アスティがクラーラの婚約者候補だ」


 ジューリオが無表情のまま、固まった。


「聞いているのか? ジューリオ」

「聞いておりますが……殿下がおっしゃる通り、私は伯爵家の次男です。アスティ家は兄が継ぎますので、私は言わば平民です。私のようなものが王女殿下とは……釣り合わないのでは」

「そんなことはない。ジューリオは異例の速さで近衛騎士になり、御前試合で優勝した。それは運や才能だけではなく、血を吐くような努力をしていたのも私はしかと見ていたぞ。今やお前はこの国になくてはならない最強の騎士。お前をこの国に留めるための政略結婚だ。誰も文句はないだろう」

「しかし」

「何よりも!」


 エルネストは手を伸ばし、ジューリオの言葉を遮った。


「何よりも、クラーラがお前に好意を寄せている。お前も気づいているだろう?」


 ジューリオが口を閉じた。今までの無表情とは程遠い、感情のこもった目をしていた。


「クラーラがお前を気に入っている、それが一番の理由だ。もしお前が平民の出だったとしても、答えは同じだった。クラーラを大切にしてくれそうだしな」


 エルネストがにっこりと笑った。大切にしてくれるんだよな!? という圧を加えてくる笑顔だった。

 ジューリオは額に手を当てたまま、何かをじっと考えている。


「もう少し……時間をいただけますか?」

「ああ、まあ、突然のことだしな。結婚なんて今までこれっぽっちも考えてなさそうだったし。いいだろう、来週くらいまでには返事が欲しい」

「来週ですか」

「ああ、そうしないと、釣書でこの部屋が埋まる」

「……承知しました」




 エルネストは窓に寄りかかりながら中庭を眺めていた。薄く透き通った水色の空に、春を告げる鳥が二羽仲睦まじく飛んでいる。あれは何という鳥だったか。

 生まれた時から可愛がっていた妹の婚約者を決めた。いや、まだ打診しただけだが。


 いつも笑顔でエルネストの後を追ってきた小さなかわいい妹。


 キエガ公爵との結婚は陛下と王妃が決めたので今一つ実感がなかったが、今回はエルネストに全権が任された。陛下と王妃が、自分たちは見る目がない、と自信をなくしたからだ。アウギュストにも相談し、クラーラを大切にしてくれることを第一の条件とした。

 ジューリオほど強かったらクラーラを守ることもできる。実際、バジョーナ国ではクラーラを抱えたまま暗殺者を返り討ちにしたと聞いた。

 その働きの褒章を与えると言ったが、結局何も要求してこなかった。騎士として当たり前だ、と言って。そういう謙虚な所も非常に好感度が高かった。


 クラーラとの婚約を打診した時、ジューリオの表情は全く変わらなかった。もっと喜ぶと思っていたのに。じっと見つめてみても、いつもと違いがさっぱりわからない。何ならちょっと怒ってるくらいに見えた。


 アウギュストの言うように、本当にクラーラのことを想っていてくれているのだろうか。

 ……わからない、私にはさっぱりわからない……。

 きっとアウギュストならちょっとした仕草や雰囲気から察することができるのだろうが、私には無理だ。


 始めはジューリオは自分のことを言われているとは全く思っていないようだった。奴が思案するように目を細めた時、やっと自分のことだと気づいたのだと思って大見得を切ったが間違った。

 時間が欲しい、と言われた時はあせった。


 まさか断るなんてことないよな。


 まるで自分が振られたかのように、胸がぎゅっと切なく痛んだ。

 春を告げる鳥は、幸運を運んでくるとも言われている。クラーラの笑顔がいつまでも続くように、エルネストは願うだけだった。





誰にも名前を覚えてもらえない春を告げる鳥

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