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帰国

 次の日の朝にアウギュスト一行はバジョーナ国を発った。キエガ公爵を筆頭に、たくさんの貴族が見送りに来てくれた。


「頼まれてたお土産はちゃんと馬車に乗せましたからね」

「ありがとう、ディートハルトさん」


 キエガ公爵の横に控えていたディートハルトが、クラーラにそっと耳打ちする。騙していたお詫びをしてくれる、と言うので、ララだった時に使っていたバジョーナ国産のお気に入りの日用品をたくさんお願いしたのだ。そんな安物を城で使うつもりですか!? と叫ばれたが、気に入ったのだから仕方ない。


 馬車は少しだけ遠回りをして、バジョーナ国の城下町を走った。3番街をゆっくりと走ると、街の人々が集まり手や旗を振ってくれた。窓を開けることはできなかったが、馬車の中からクラーラは一番の笑顔で手を振り返した。あまりの人の多さに見つけることはできなかったけれど、グレタとマウロ、そして銀のかわうその客みんなに見てもらえるように、一生懸命手を振った。


 街を過ぎると馬車の速度が上がった。馬車の両脇を馬に乗ったジューリオとカルロが並走している。二人の吐く息が白い。

 流れる景色に目を奪われているうちに、クラーラは自分が涙を流していることに気が付いた。

 あんまり窓に近いとジューリオに見られてしまう。優しい彼は、クラーラの涙を見たらきっととても心配して心を痛めてしまうだろう。

 クラーラはドレスの袖でおおざっぱに涙をぬぐい、背もたれにどしりと体重を預けて目をつぶった。視界に何かが入るといろいろな事を思い出してしまうから。


「寝るんなら、俺にもたれかかれよ」


 隣に座るアウギュストがクラーラの頭をぐいと引き寄せ、強引に肩にもたれかからせる。クラーラは鼻をぐすりとすすった。


「兄様のバカ」

「おっ?」

「兄様のバカバカバカ」

「ふふ」

「ロリコン」

「お前……それはダメだ……」




 クラーラはいつの間にか眠っていて、宿に着いても目が覚めなかったので、アウギュストに横抱きにされたまま部屋に運ばれた。目が覚めてもベッドから出る気になれず、部屋で簡単な食事を取ってまた眠った。

 しっかり睡眠をとったので、翌朝は体の調子がとても良かった。しんみりした気持ちはどこへ行ったのか、考えることは母国のおいしい食べ物や懐かしい王城のこと。離宮の中庭にあった小さなガゼボはまだあるだろうか。

 バジョーナ国に向かう時にはただの通り道だった町にも立ち寄り、結局さらに3泊してゆっくりとコラフラン王国へと戻った。


「陛下もジネビラ様もエルネスト兄様も元気かしら」

「元気だけど、クラーラを心配しているよ」

「あのソファもらってくればよかったわ。あれに座ったらきっと皆笑顔になると思いません?」

「俺はもうごめんだねぇ。そういえば、離宮は改築中って言ったっけ?」

「えっ、そうなんですか? じゃあ、私はどこへ」

「とりあえず王城の客間にって兄上が準備しているようだよ。離宮を改築して賓客用の離れにしようと思うんだけどいいかな? ってクラーラにお伺いの手紙書いたんだけど……届いていないようだね。返事が来ないから、待ちきれずに工事始めちゃったんだよ、ごめんな」


 クラーラは笑顔で首を振る。


「別にいいですよう」


 その笑顔は何の屈託もないもので、清々しいほどだった。


「思い出がたくさんつまってるだろう。生まれ育った家なのに」

「それが、全然平気なんです」


 母が死んだ時は、とても悲しかった。ただ、すぐに兄たちが駆け付けなぐさめてくれた。パトリツィア様や姉たちはクラーラ以上に声を上げて泣いてくれた。ジネビラ様はぎゅうぎゅうと苦しいほどずっと抱きしめてくれていた。陛下は一人でこっそりとやってきて、クラーラの頭を撫でた後また一人で帰って行った。離宮の侍女や使用人たちもクラーラにずっと寄り添ってくれていた。さみしいと思う暇もなく日々を過ごしているうちに、すんなりと母の死を受け入れていた。

 多くを望まないように育ったのも深く後悔しない性格なのも、母の教育のおかげだ。

 母と暮らした思い出は、離宮にではなくクラーラの心の中にある。


「国の役に立った方が、母も喜びます」

「その合理的なところ、ダニエラ様にそっくりだね」

「それって誉め言葉かしら」


 クラーラは窓の外を見ながら笑った。木々の緑色が少しずつ、いつのまにか王都の景色に変わっていく。バジョーナ国とは違う建築様式の建物が増えてきて、帰ってきたんだな、とふつふつと思う。


 どこにいても、どんなところに住んでいようと、クラーラはクラーラだ。

 いつかきっと、またバジョーナ国のみんなには会える気がするし、今はさみしい気持ちよりもディートハルトのくれたおみやげを広げることが何よりも楽しみだ。




 王城に着き、馬車の扉が開くと先にアウギュストが降りた。振り返ることなくスタスタと歩いて行ってしまったため、クラーラはジューリオの手を借りて馬車を降りた。お礼を言おうと口を開きかけたところで、肩をぐいっと引っ張られた。


「クラーラ!!」

「ジネビラ様!」


 ドレスの裾を翻し爆走してきた王妃が、クラーラを抱きしめた。きつくきつく抱きしめられて苦しかったが、王妃が号泣しているのでだまってされるがままになっていた。


「クラーラ……! つらかったでしょう、悲しかったわね。かわいそうに。ごめんなさいね、こんなことになるなんて」

「ジネビラ様、私は大丈夫です。とーーっても楽しい一年でした」

「ダニエラに謝っても謝りきれないないわ。クラーラを幸せにするって誓ったのに。本当にごめんなさい」

「これはきっと、母が起こした奇跡だと思います」


 王妃がやっとクラーラから体を離し、鼻をぐすりとすすった。


「どういうこと?」

「母はいつも、王女として驕ることなく常にいろんな人の立場や気持ちを考えなさいって言ってました。きっと、庶民の気持ちは庶民になってみないとわからないでしょ、って言って、母が私にこんな経験をさせてくれたんだと思います」


 クラーラは王妃の頬に流れる涙をそっと指先でぬぐった。


「ふふ、あの子なら言いそうね」

「そうでしょう?」


 王妃とクラーラは額を寄せ合って笑った。ふと横を見ると、王妃の後方に国王陛下がこれ以上ないほどに眉を下げて立っていた。


「おかえり、クラーラ」

「ただいま帰りました、陛下」

「うむ、……ゆっくり休みなさい」


 陛下は小さくうなずくと、ゆったりとした足取りで王城に戻って行った。抱き着いたまま離れない王妃をクラーラからはがしたのは、遅れてやってきたエルネストだった。王妃を侍女に引き渡し、くるりと振り返った彼は、一年前と何も変わらない清々しい王子の笑顔を見せた。


「おかえり、クラーラ。いろいろと、大変だったな。よくぞ、無事で」

「兄様、いろいろとお手数をおかけしました。ありがとうございました」

「構わない。兄として当然のことだ」


 エルネストが出した腕にクラーラはそっと手を添え、二人は歩き出した。その後ろにジューリオが続く。


 バジョーナ国の王女のために自分の婚約者を譲ったというエルネストの作り話はうまい具合に広まっていて、クラーラの帰国はとても好意的に迎えられた。

 クラーラが離宮で使っていた家具や調度品は、いつかクラーラが里帰りした時のために、と王城の空いている居室にきちんと保管されていた。今日からそこがクラーラの部屋となった。王族の住まう棟の比較的にあまり人の来ることのないさみしい場所だった。しかし、クラーラはそれくらいの静けさが丁度良かった。小さな中庭もあるし、厨房とも近いので、いつか料理をしに行こう、と思った。





覚えてますか? ジューリオはエルネストの護衛です。

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