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王城へ②

「じゃあ、最初っから私がクラーラだと知っていたのね」

「はい。というか、クラーラ様が失踪なさってすぐに公爵から捜索の命を下されまして。変装もせずにまさかあんな近くにいるとは思わず、逆に手間取ってしまったのですが」

「ちゃ、ちゃんと髪を切って変装していたわ!」

「ええ、大変可愛らしすぎて、街の噂となりおかげであっさり見つけることができました」

「ええ……じゃあ、街の人たちは皆知っていて……」


 駆け落ちの末振られた令嬢設定のままごとに皆付き合ってくれていたというのか……恥ずかしい。クラーラは頭を抱えた。カルロが淹れた紅茶を飲んでいたアウギュストが思わず笑った。


「あはは、大丈夫。詳しい事情を知っているのは、銀のかわうそ夫婦と件の常連3人組だけだから。それに、事情と言っても、キエガ公爵の縁の高貴な人物、としか伝えていないらしいからね。バジョーナ国はコラフラン王国の王女が公爵の元へ降嫁してくることを公式には発表していないんだ」

「……私はそこまで歓迎されていなかったのね。今更ながら傷付いたわ」


 クラーラがぼんやりと天井を見上げると、ディートハルトがおずおずと話し始めた。


「貴族たちはもちろん知っていましたので、一部の庶民の間では噂話程度には伝わっています。私が客のふりをして2週間ほど様子を見て、店主夫妻に話を持ちかけました。事情があり、とある高貴な方を匿ってほしい、と。だから彼らは薄々気づいていました。そうして、夫妻があの3人組を護衛代わりに選んだのです。彼らのうち誰かしらは常に店にいるし、あの商店街で長く店を営んでいるので顔も広く信頼もある。すぐに彼らがララさんのことについては箝口令を敷いたので、アウギュスト殿下の捜索に引っかからなかったのです」

「俺たちが偶然クラーラを見かけなかったら、と思うとゾッとするね」


 アウギュストはソファに深く腰掛け直し、足を組み替えた。


「イネス王女は愛人たちを解散させ、その後クラーラ様を追い出そうと目論んでいました。ただ、巧妙な策を練っているようでもなかったので、公爵はクラーラ様の失踪をそのまま利用してイネス王女から隔離することにしました。そして私が男爵家へ見習いとして住み込み、クラーラ様のご様子を随時公爵へ報告しておりました」

「え、私の行動をいちいち報告してたの? やだあ」


 クラーラが思わず眉をひそめる。


「やだ、って。ク、クラーラ、一応公爵は密かにクラーラを保護していてくれたんだよ」

「保護って言うか、それって監視でしょ」


 アウギュスト、ディートハルト、ジューリオがそろって眉を上げた。カルロはにこにことしている。


「女の子ってそういう感じなのかな……」

「アウギュスト殿下、過保護も過ぎると迷惑だっていつも言ってるじゃないですか。心配だけして見守るくらいでいいんですよ」

「さすがカルロ、女の子の父親なだけあるな……」

「はい。娘に嫌われないように毎日必死ですから」


 独身のアウギュストと妻子持ちのカルロのほのぼのとした会話に場はなごんでいるが、クラーラは落ち着かない。


「ねえ、私はここにいてもいいの? 私を襲ったのは王妃様なんでしょう」

「ああ、まあね。でも、事前に王妃の動きを察した公爵が自分の配下の者たちで王城内を固めてくれた。どこまで信用していいのかは計りかねるけど」

「その点は大丈夫です。国内の貴族も現在の王家には手を焼いておりまして、ほとんどの者が大国コラフラン王国の王女を無事に帰すことに賛成しています」

「お咎めなしに、とはいかないけどね」


 アウギュストが鷹揚な態度でソファにふんぞり返った。


「明日、キエガ公爵がここへやってくる。クラーラは初めての対面だね。そこで改めて今回の件の説明がある。その後、バジョーナ国王と対決だ」

「えっ、私ドレス持ってきてないわ」

「気にするのそこ!? 明日の朝、キエガ公爵邸からディートハルトがクラーラの残りの荷物を運んでくる手はずだから、ドレスを先に届けさせよう」

「かしこまりました」

「うん、頼んだよ。ディートハルト、もう帰ってもいいよ。カルロ、一応馬車まで付いて行ってあげて」

「では、失礼いたします」


 ディートハルトとカルロが部屋を出たのを確認すると、アウギュストがにっこりと笑った。


「クラーラは今日は俺の部屋に泊まりだよ。ベッド使っていいからねー。俺はこのソファで寝るから」

「兄様、こんな狭いソファじゃ寝られないのではないですか?」

「正直このぶよんぶよんのスプリングのベッドじゃ寝れなくてね。クラーラは何だかんだ言ってどこででも寝れるだろ」

「失礼ですわね! 寝れますけど!」


 アウギュストがにやにやと笑いながら立ち上がった。嫌な予感がしてクラーラは逃げるようにソファの端に座り直した。それを待っていたとばかりにアウギュストがソファの反対側に勢いよく座ると、反動でクラーラがびよーんと跳ね上げられた。


「きゃああああ???」


 床に叩きつけられる、と思ったが、頬が何か固いものにあたっただけだった。身に覚えのある感触……これは数時間前も同じような状況だったような……。

 アウギュストの笑い声が聞こえ、顔を上げれば、クラーラはジューリオに抱き留められていた。


「殿下っ!」

「あはははは、すっげー! 誰よりも一番飛んだな! クラーラ」

「兄様! ひどいっ! ケガしたらどうするつもりでしたの!?」

「ジューリオが何とかしてくれると思ったからー」


 ソファに笑い転げるアウギュストを、クラーラとジューリオが遠慮なく睨みつけた。

 アウギュストの笑い声が聞こえたのか、慌てて部屋に戻ってきたカルロが一目で状況を察してため息をつく。


「兄さま覚えてらっしゃい! 仕返ししてやるんだからー!」

「ははは、クラーラの仕返しなんてたかが知れてる。全然こわくないねー」

「……まあまあ、夜も遅いですので、大きな声は控えましょう。兄妹喧嘩は国に帰ってからいくらでもできますからね。ほら、ジューリオもそろそろクラーラ殿下を下ろしなさい」


 仲裁に入ったカルロがそう言うと、ジューリオがはっとして慌ててクラーラを床に下ろす。首にまわしていた手を何となく放し難かったクラーラが、思わずぽそりと独り言をつぶやいた。それが聞こえてしまったジューリオが、そのままの形で固まっている。


「やだ、き、聞こえてっ……」


 クラーラが顔を真っ赤に染めた。

 二人の様子を見てアウギュストがニヤリと口の端を上げた。


「俺はカルロとジューリオと明日の確認をするから、クラーラはもう寝ろ。寝室に風呂もついてるから」

「っ、そうするわ! おやすみなさい!」


 ばたん、と音をたててドアを閉めて寝室にクラーラが飛び込んでいった。


「ねえ、ジューリオ。今、クラーラ何て言ったの?」

「いえ、聞こえませんでした」

「隠すなよ、絶対聞こえてただろー!」

「いいえ、何も」

「言えないようなことかー! 人の妹とこそこそとー!」


 アウギュストがジューリオをがくがくと揺するが、頑丈な騎士はそれくらいではびくともしない。この二人案外相性いいんじゃないかな、とカルロはティーセットを片付けながらそう思った。


「おいっ、言うまで帰さないからなっ、ジューリオ」

「聞こえなかったものは仕方ないじゃないですか」

「お前、エルネスト兄上にもそんな態度取るのか!?」

「はい、同じです」

「そういえばそうだった!」

「用がないなら私はこれで」

「待てー! ジューリオ、お前昨日の夜、クラーラと何かあっただろ」

「人聞きの悪いこと言わないでください」

「何もないなら言えー!」

「はいはい、殿下もジューリオも、もう遅いから続きは明日ですよー」


 カルロに背中を押されて強制的に部屋を出されたジューリオは、そのまま与えられた自室に戻った。ドアを後ろ手に閉め、そのまま床にどさりと座り込んだ。


 クラーラ殿下が、あんなことをおっしゃるなんて。


―――――ハンバーグ、一緒に食べたかった。





カルロは皆よりちょっと年上で、妻とまだ幼い愛娘がいます。

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