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合言葉はハンバーグ

今日はちょっと短めです。

 窓から空を見上げると、太陽の位置は確認できる程度の曇り空だった。もしかしたら一雨来るかもしれない。

 クラーラは髪をポニーテールにし、お気に入りの水色のリボンを結んだ。なぜだか理由は分からないがジューリオに見てもらいたいと思ったのだ。


 身支度を整えている間はさすがにジューリオは外へ出ている。台所の野菜籠の在庫を確認してから、鏡の前でくるりと回ってみる。玄関から出てドアに鍵を掛けながら階段下を覗くと、ジューリオの後ろ姿が見えた。


「お待たせしました」

「いえ、では行きましょうか。忘れ物はございませんか」

「ん、大丈夫よ。ありがとう」


 並んで歩きながら、そっと彼の顔を見上げてみる。心なしか顔色が悪い気がする。やっぱり一睡もしないで3日も護衛なんて無茶だ。


「アスティ様、私が仕事の間は城の兄様の部屋へ戻るのでしょう? ゆっくり休んでくださいね」

「は。……ありがとうございます。殿下が仕事中は外で別の者が隠れて警備しております。できれば買い物など外出は控えてください。また、夜に参りますので」

「わかったわ」


 ジューリオが店の扉を開けて頭を下げた。


「今夜の晩ご飯はハンバーグにするわね! 行ってきます」

「!」


 ジューリオの肩がびくりと揺れたが、それに気づかずクラーラは店に入って行った。厨房からグレタの笑い声が聞こえた。




 まさに満身創痍のジューリオがバジョーナ国の王城へ辿り着くと、したり顔のアウギュストが待っていた。


「どうだった? 念願のクラーラの護衛は」


 アウギュストの後ろでカルロが同情に満ちた目をしていた。ジューリオはすっと威儀を正した。


「……予想外の行動を取られ動きを封じられる場面もありましたが、概ね的確な対処はできたのではないかと思います」

「えっ、まさか刺客が現れたのか!?」


 アウギュストとカルロがさっと顔色を変えた。


「……非常に手強く……もはやここまで、と何度も思いましたが、何とか生きてここへ戻ることが叶いました」

「大丈夫なのか!? ケガは?」

「主に目をやられました。あと胃と。着替えて参りますので、失礼いたします」

「胃?」


 カルロが胡乱気な顔をしたが、それに気づかずアウギュストはこめかみを押さえている。


「まさか本当にクラーラの命を狙うとは、本当にバカなのか? この国は……。ジューリオ、待て、それで敵はどうした」

「……ハンバーグを作ると言っておりました」

「は!?」


 ドアを閉める直前、ジューリオはちらりとアウギュストを睨みバタンとドアを閉めた。


 すべての元凶はこの国だ。勘違いでアウギュスト殿下に滅ぼされればいい。今、オレの判断力が狂っているのは、すべてクラーラ殿下がかわいすぎるのがいけないのだ。


 睡眠不足は脳の働きを鈍くする。



「むう……。敵はかなり手ごわかった様子。あのジューリオがあそこまで困憊するとは」

「えっ、カルロ、どういうこと? あいつ何言ってるの? 近衛騎士の隠語か何かなの? ハンバーグって。おい、カルロ、どこへ行く。何にやついているんだ」






 昼に雨が降ったせいか、ランチタイムは客足がにぶった。その代わり、日が落ちた頃には絶え間なく客がやってきては席を埋め、銀のかわうそは息をつく暇もなく忙しくなった。

 笑い声と歓声となぜか歌声。それらが混ざり合った隙間を、皿を両手に持ったクラーラがすり抜けていく。


「ララちゃーん、こっちにビール3つ!」

「こっちも2つ!」

「はーい!」


 すぐにカウンターに戻りビールをついだ。出来上がった鶏肉とナッツの炒め煮の大皿を持ったグレタがそれを片手に3つ受け取る。


「何だよ、おかみさんかよ! ララちゃんに頼んだのに!」

「誰が持ってきたって味は同じだよ!」

「違うんだよー全然ー」

「はーい、ビール2つお待たせしましたー」

「やったー! ララちゃんが持ってきてくれたぞー」

「ああああーーー!!」

「うるさい! ララ、私にビールひとつ持ってきておくれ! もちろん勘定はこいつらだよ!」

「毎度ー!」


 4人掛けの空いた一つの席にどっしりと腰をおろし、グレタが3人を睨む。笑いながらクラーラはカウンターへ走ってビールをついだ。厨房から顔を出したマウロがグレタを見て呆れた顔をする。とは言え、席は満席で料理もほとんど出し終わったので、ちょうどこれから短い休憩を取ろうとしていた所だったのだ。


「ディートハルトさん、大丈夫ですか」

「…………」


 大丈夫ではないらしい。ディートハルトはカウンターに突っ伏したまま動かない。最近彼は非常に忙しいらしく、店に食事に来てもこうしてぐったりしている。


「ミーア様はお手紙を無事渡すことはできたんですか?」


 がばっと起き上がったディートハルトは青白い顔をして目の下にはくまがあった。忙しいのは本当のようだ。


「ええ、手紙を渡すことはできました。無事かどうかと聞かれると、主に俺は無事ではなかったのですがっ」

「あら、何かあったのですか?」

「あったというか、打ち合わせ通りやろうとしたら狂犬みたいな奴がいてですね、ついでにものすごい殺気をぶつけられるわ、主にはとんでもない細々とした雑用を申しつけられ……、あっ、聞いてませんね?」


 客に呼ばれクラーラはとっくにカウンターにはいなかった。


「あーあ、俺が忙しいのはあなたが自由にしてるからなんですけどねー」


 ディートハルトは一人そうつぶやくと、ピラフを掻きこむとお茶で流し込んだ。


 オーダーを取ってきたクラーラが戻ってきた時には、ディートハルトはすでに帰っていた。クラーラはカウンターの中の低い椅子に腰をかけてお茶を一口飲んだ。ここでこうして座っていると、客席からはクラーラの姿は見えない。奥の厨房からパイの焼けるいい匂いがしてきた。厨房と客席の喧噪の狭間でこうしてぽつんと一人じっとしていると、自分だけが違う世界にいるような気がしてくる。それが何だか寂しいような、愛おしいような、複雑な気持ちでクラーラはちらりと窓の外を見た。


 今夜はハンバーグにすると約束したんだったわ。えっと、材料は全部あったはずだから、あとでマウロさんに手順を確認しておこう。


 ジューリオと一緒に過ごした昨晩はとても楽しかった。ララでもなく儚い人魚姫でもなく、素の自分を知っているジューリオだったから久しぶりに何の隠し事もせずに話すことができた。

 彼は同じ部屋に二人きりでいるのを気にしていたようだったけれど、部屋は一つしかないのだから仕方がない。


 寒い外に一晩中立たせておくことはできないわ。……それに、楽しくって……帰ってほしくなかったんだもの。


 窓の外は暗闇と、昼の雨の名残のような薄い霧が立ちこめていた。





次回、ジューリオがんばります!

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