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終わりの予感

クラーラは3に縁のある子にしています。

 アウギュストは自分のために用意された客室のベッドに腰かけていた。

 どうもこのバジョーナ国のベッドやソファの妙な弾力が気に入らない。柔らかすぎるし、やたらとぼよんぼよんと跳ねる。ソファに座れば一度足が浮いた後にやたらと腰がふかふかの座面に沈む。ベッドは寝返りをうつたびにタコ踊りになる。まさか嫌がらせか? とも思ったが、国王に面会した応接室のソファも同じだったから、多分、この国の高級品はこういう仕様なのだろう。


 何とも落ち着かない国だ。

 妙に取り繕っているが、隠し事が隠しきれていない。


「ジューリオ、ちょっとそのソファの端に座ってみて」

「お断りします」


 ジューリオは表情を変えずにドア付近から一歩も動かない。先ほど、別の護衛騎士がソファの端に座らされ、その反対側にアウギュストが勢いよく座り、まるでシーソーのように護衛騎士は反動で飛び上がりそのままテーブルに膝をしたたか打ったのを見たばかりだ。アウギュストは爆笑していたが、それで彼の機嫌が良くなったわけではないのは誰が見ても明らかだった。


「はあ、ほんとにこの国、どうしてくれよう」


 クラーラの行方はまだ分かっていない。公爵邸にいるのはバジョーナ国のイネス姫一人だった。三人の愛人たちもとっくに解散されていた。いや、アウギュストの耳には愛人の解散は半年前には届いていた。クラーラが公爵の愛を独り占めしたのだと、勝ち取ったのだと、さすが俺の妹よくやった、と密かに喜んでしまった。王妃はああ言っていたが、妾なんかと仲良くしたって良いことなんかないんだよ。側妃の息子のアウギュストは昏い確信に酔っていた。そのせいでめずらしく出足が遅れてしまった。


 くっそ、あの時にきちんと調べていれば。クラーラは愛人の解散を求めるような子じゃないじゃないか。

 どんな目に合わされたって、クラーラは俺たちに助けを求めるような性格じゃないのはわかっていたのに。


 自分の判断ミスにより大切な妹がないがしろにされ行方不明になっていることが許せなかった。アウギュストはじろりとジューリオを睨む。分かっている、これはただの八つ当たりだ。


「王城の部下に探らせたけど身代金の要求はないようだから、クラーラは誘拐されたわけじゃないようだね。どう思う?」

「……ご自分で家を出られた、と……」

「王城に引きこもって暮らしてたお姫様が一人で市井に下りて、無事生きていると思う?」


 ジューリオが耐えるように目を細める。


「三回目だ」

「……何がですか?」

「お前のその表情、見るの三回目。一回目は兄上の専属護衛に選ばれた時、二回目はクラーラの婚約が決まった時、そして今」


 ジューリオからすっと表情が抜けた。


「明日の俺の歓迎会を兼ねた夜会にキエガ公爵も参加する。どんな顔して挨拶しに来るのか見ものだね。もう待ってられない、そこで決着をつけよう。ただ、相手がどんな態度であろうと、お前は僕の護衛であることを忘れるな」

「は。公爵の周りを更に探り、裏を取っておきます」

「うん、よろしく~」


 ジューリオが足音を立てずに部屋を出た。


 ジューリオは国随一の騎士だ。クラーラに何かあれば、その場で敵を倒すなんて簡単なことだ。もちろん大切な妹を傷つけた輩などその場でたたき切ってしまえばいいと思っている。しかし、国賓として訪れている立場上それはまずい。自分の気持ちよりも優先しなければならないことがある。


 アウギュストはソファの背を思い切り殴った。ソファはびくともせず、ただひ弱な王子の拳が痛んだだけだった。




 冬が近づき肌寒くなってきたので、クラーラは暖炉に火を入れた。クラーラの部屋は店の厨房のちょうど真上の屋根裏なので、比較的温かい。しかし、閉店後の夜はやはり冷えてくる。薪の火の点け方は店で習った。焚き付けには先日の夜中のテンションで書いた情熱的なラブレターを使った。やたらと煙が出てしまうのが難点ではあるが、庶民の暮らしは紙一枚だって無駄にするわけにはいかないのだ。


「ふむ、ちゃんとついたみたいね」


 グレタが古いやかんをくれたので、暖炉にかけてお湯を沸かす。その間に野菜を刻み、切れ端は昨日のスープの残りに放り込む。お陰様で今では毎日のように注ぎ足しスープばかり食べている。離宮にいた頃は、残り物を食べるなんてことはなかった。考えたことすらなかった。余った料理や食材はどうなっていたのだろう。捨てることなく、使用人たちが食べていてくれたらいいな、と思った。


 ぼんやりと考えているうちに、やかんのお湯が沸いたようだ。

 紙だけが燃えてしまうという失敗を何度か経験したが、最近は一度で薪に火を点けられるようになった。クラーラはやかんを手に持ちながら、口がにまにまと笑ってしまうのを止められない。


 姉様はもちろん、兄様だって薪に火を点けたことなんてないわ。ふふ、でも私は一人で点けて自分で部屋を暖めることができるのよ。まあ、多分、母様は点けられたでしょうけどね。


 沸かした湯でパスタを茹でる。ちょっぴり芯が残ったくらいで湯を切って、野菜と一緒に炒めた。最後は塩とこしょうをぱっぱと振りかけた。


「この、適当に振りかける、って言う加減が難しいのよね」


 そうつぶやきながら一口味見してみたら、ちょうどいい塩梅だった。天才かもしれない。フライパンから直接皿にどさっと盛り、食べやすい温度にまで冷めたスープをよそう。


 模様替えしてテーブルは窓際に置いた。外を眺めながら食事をするのが日課なのだ。ランプの油も節約しているので、極限まで火を小さくしてテーブルの上に置いてある。部屋の灯りはこれだけだ。火がぼぼぼと音を立てて揺れると、窓ガラスに映る自分の顔も同じように揺れた。

 外から酔っ払った男たちの笑い声が聞こえた。陽気な話し声はどんどん離れてゆき、また静かな夜が戻ってきた。


 いつまでもこのままでいられるとは思っていない。こんな暮らしをしていることはいつかきっと、兄様たちにバレるだろう。特に勘のいいアウギュスト兄様あたりに。居場所が知れてしまったら、連れ戻されるのはわかっている。


「もしそうなったら、お店には迷惑をかけないようにしなきゃ」


 キエガ公爵とバジョーナ国の王女との結婚式はもうすぐだ。むしろ今、見つかっていないのが奇跡なほどだ。


 国外に逃げるっていうのはどうかしら。そうね、外国語もある程度話せるから家庭教師なんていいわね。そうだわ、ビールを飲んで記憶がなくなるまで酔っ払ってみたいわ。


 身分証のないクラーラが関所の検問を通過できるわけがないのはよく分かっている。でも、そうやってあり得ない未来を想像して、近づきつつある終わりの予感を頭の隅に押しやった。




次回、公爵やっと登場します。


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