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クラーラに会いに行こう

 コラフラン王国、王太子の執務室の扉がノックされた。

 ジューリオが来客を確認し扉を開けると、アウギュストがゆっくりと部屋に入ってきて挨拶もそこそこにソファに腰かける。エルネストが席を立ち、アウギュストの向かいのソファに座った。その後方にジューリオが立った。


「悪いけど外にいてくれる? あ、ジューリオがいるから大丈夫」


 アウギュストが後ろに控えている自分の護衛騎士二人に声をかける。二人は礼をして執務室を出て行った。それを確認すると、エルネストはジューリオに振り返った。


「ジューリオ、お前にも話がある。一緒に座ってほしい」

「……は」


 一瞬不思議そうな表情をしたが、すぐに真顔に戻ってジューリオはソファの前にまわった。少し悩んだ後、エルネストの横に座った。アウギュストがソファの真ん中に座り背もたれに手を広げてふんぞり返っていたからだ。


「ジューリオ。来月、アウギュストがバジョーナ国へ視察に行くことになった。その護衛として、お前に行ってもらいたいと思っている」

「私がですか? アウギュスト殿下は専属の護衛がいるのでは」

「んー、そうなんだけどさあ、今回ばかりは君が適任なんじゃないかなって思うんだよねえ」


 アウギュストがふんぞり返ったまま、答えた。


「クラーラの行方がわからなくなった」


 エルネストの言葉に、ジューリオがはっと顔を上げる。


「来月で一年となるのにクラーラの結婚式の案内がまったく来ないので、バジョーナ国へ問い合わせたがどうも様子がおかしい。のらりくらりと躱され、どうも欲しい返事がない。そこで、アウギュストに探らせた」

「キエガ公爵邸を探らせたら、どうもクラーラの気配がないって報告が上がってさあ。当初、離れの館に住んでいたらしいんだけどねえ、母屋に引っ越した様子もない。館はそのままで、人気がない。さすがに他国の公爵邸はそう簡単に入り込めなくてさあ。まだそれ以上は踏み込めてないんだけど、当の公爵はケバケバしい女連れて歩いてるらしい。三人の愛人は上品なタイプのはずだから、新しい愛人かなあ? どう思う? ジューリオ君」


 アウギュストが深刻そうな顔を作って腕を組む。ジューリオは若干青ざめながら、何も答えなかった。視線だけでそのまま話の続きを促している。


「他国へ嫁いだのだから、とあまり干渉しないようにしていたのが裏目に出た。王妃様が書いた手紙にも返事がない。クラーラが私やアウギュストの手紙を無視することはあっても王妃様を無視することはない」

「あっ、ひどい。わかってはいるけど、実際に言葉に出されると傷つく……」


 アウギュストが胸を押さえてもだえているが、ジューリオは目もくれずに顎に手を当てて何かを考えている。


「体調を崩されている……のでは」

「もしかして、妊娠してつわり真っ最中とかー?」


 アウギュストの軽い言葉にジューリオが思わず、ぐっ、と息を飲む。


「どちらにしても、実家である我々に一言連絡があってもよいことだ」


 エルネストが自分で淹れた紅茶をゆっくりと一口飲んで小さくため息をついた。


「それでだ。急遽バジョーナ国への視察をねじ込んだ。急遽すぎて私はどうしても都合がつかなかったので、アウギュストが行くことになった。アウギュストは表立って動き回れないので、間諜としても優秀なお前に護衛として……」

「かしこまりました」

「……あっ、そ、そうか。行ってくれるか」

「もちろんです。殿下からのご下命賜りました」

「クラーラのことになると生き生きとするよねえ、ジューリオちゃん」

「必ずや、クラーラ殿下とアウギュスト殿下をお守りいたします」

「ありがとう、頼りにしてるよー。何か俺、ついでっぽいけど」

「……うむ、ジューリオ、二人を頼んだ」


 置いて行かれる自分のこともちょっとは心配してほしい。エルネストはちょっとさみしそうに自分の両手のひらを見ている。






「夜会で渡す? え? 手紙をですか?」

「うん、だってそこでしか会えないから」


 ミーアの部屋にて。

 クラーラは自分の手本を真似してミーアが書いたラブレターに間違いがないか確認していた。3枚あるうちの、一番ましな一枚を採用した。


「ミーア様は社交界デビューはされているのですか?」

「まだよ、だってマナーもなにも身に付いてないもの。今度の夜会はね、まだデビュー前の子供も親同伴ならいいんですって」

「そうですか。デビュー前の子息子女の顔合わせってところですね」

「えっ?」

「よくあることです。どの家にどんな子供がいて、それが嫡男なのか、それとも跡取りのいない家の長女なのか。将来の見込みがありそうなのか。美醜や性格は実際に見てみないとわかりませんから。この時点で目をつけておいて、デビュタントで最初に声をかけて婚約に持ち込むとかね」

「えっ? えっ? 婚約? もう?」

「早い方は生まれた時から婚約者がいらっしゃいますよ」

「赤ん坊なのに!?」

「貴族の結婚は家同士の駆け引きでもありますから」


 ミーアが信じられない、と顔色を青くする。


「貴族のほとんどは政略結婚というのは聞いてらっしゃるのでしょう? 最初はそうでも、結果的に仲の良いご夫婦はたくさんいらっしゃいますよ」

「でも、ララさんは恋人と結婚しようとしたんでしょう?」

「えっ? あ、そう、です、かね?」


 最近はその話はすっかり聞かれなくなったので自分でも忘れていたが、かけおちの末、恋人に捨てられた設定だった。


「ミーア様、口を謹んで下さい。ララさんのお気持ちを考えて下さい」


 傍に控えていたディートハルトが声をかけた。


「あ、そうね。思い出させちゃったわね」

「そうです、そういうデリケートなお話は大きな声でしてはいけません」

「ごめんなさい、ララさん。振られた恋人の話をしてしまって」

「だーかーら、また余計なことを。振られたんじゃないですよ、騙されていたんですよ」

「ディートハルトさん……傷が深くなりました……」


 クラーラはとりあえず落ち着こう、とディートハルトが淹れてくれたリンゴの香りのする甘い紅茶をすすった。


「その、夜会で思いを綴った手紙を直接手渡すだなんて、聞いたことないのですが……ええと、私はあまりそういうことに疎くて知らないだけかもしれませんが、可能なのですか?」


 それがバジョーナ国の常識なのかしら。確かに私はコラフラン王国で公式の行事にしか出席していないけれど、男女はその場でダンスに誘ったり甘言を弄して駆け引きをするものなのじゃないの? 病弱な設定の王女にはそんなことする人いなかったから遠目で見ただけだけれども! それとも、皆さん私の見えないところでラブレターのやりとりをしていたとか!?


「今、バジョーナでは『見せるラブレター』が流行っているんですよ」


 ディートハルトは苦笑いしながら言った。


「見せるラブレター?」

「ええ、まあ結局の所、とある商会が少し細長い封筒を作って売り出したんですよ。女性が想いを綴って男性に手渡し、男性はその手紙を胸のポケットに入れる。若い貴族たちはポケットからのぞく手紙の数を競いあったり、手紙をもらえない男はこっそり自分で用意してポケットに入れたり。見目の良い高位貴族の子息なんかは、服のポケットというポケットがパンパンになる人もいます」

「へえ……何ていうか、その、新しい感覚だわ」


 高級な盛装のポケットがパンパンになっているとか、何とも品の無い流行だ。


「流行りものなので、すぐに廃れていくと思います。現に封筒の売り上げは少しずつですが、落ちてきています」

「なるほど、とある商会というのは」

「そう、うちの商会です。ポケットにすんなり入ってちょうど良くはみ出すサイズの封筒は、爆発的に売れました。そういった一瞬で売れたものっていうのは、売れなくなるのも早いんです。けっこう儲けさせていただきましたので、それを元手にまた流行を生み出そうと新商品を開発中ですよ」

「本当に商才がおありになる方なのね」

「ええ、儲けることに関しては国一番だと思いますよ~、うちの旦那様は」


 ディートハルトはカラカラと笑った。


「ねえ、ディートハルト、あなたもララさんに手紙書いてもらったらいいじゃない」

「お願いして書いてもらうものじゃないでしょう……。ミーア様、何て悲しいことをサラっと言うんですか」

「芋煮のレシピなら書いてあげますよ?」

「ララさんまで!」


 ディートハルトが淹れ直してくれた温かい紅茶を飲みながら、クラーラはミーアが無事ラブレターを渡すところをできれば見てみたい、と思った。




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