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ラブレター

「ララさんて字がうまいんでしょう?」

「え?」

「ディートハルトが言っていたわ。伝票にさらさらっと書く字がとってもきれいだったって」


 ミーアの屋敷にて。クラーラは収穫祭以来、休みの度にミーアの家に礼儀作法を教えるという体で呼び出されて一緒にお茶を飲んでいる。貴族になんてできれば正直近付きたくないのだが、ミーアの家の男爵家は貴族になったばかりでそれほど他の貴族と関りが薄いのでまあいいか、ということにしている。


「そうね、字を書くのは得意かもしれませんね」


 実は以前、母と一緒に王妃の代筆をよくやっていた。王妃は招待状からお礼状など日々手紙書きに追われている。とても手が足りないので、母は侍女時代から王妃の筆跡を真似て代筆をしていた。娘のクラーラにも王妃の筆跡を教え込み、代筆要員として育てたのだ。

 だから、字がうまい、というか、それは王妃の手なのだ。

 それを、とても謙遜することはできない。


「そこで、ララさんにお願いがあるのよ」

「お願い、ですか?」


 何となく嫌な予感がしてクラーラは身構えた。


「その、手紙を書きたいの。でも、私、字が下手で恥ずかしいの。だから、代わりに書いてほしいの」

「え、私が代わりにラブレターを?」

「やだあ、ラ、ラ、ラブレターだなんて言ってないじゃない!」

「顔にラブレターって書いてありますわ」

「その、えっと、好きって言うか、とっても憧れている人がいて、とても手の届く人じゃないの! だから、そう、ファンレターよ!」

「へーーーえ、ファンレター」

「違うのーーー!」


 ニヤニヤするクラーラの頬をミーアがぐりぐりと揉む。

 人のコイバナ(巷では恋愛の話のことをこう言うらしい)を聞くのは初めてで、まさに年頃の女の子同士の内緒話にクラーラはわくわくした。貴族の腹の探り合いではなく、こういうおしゃべりに憧れていたのだ。


 お相手は年上の男性で、以前一方的にミーアが見かけて一目ぼれしただけらしい。成り上がり男爵家ではとても手の届かないお方なので、好きというより遠目で憧れたい対象というものらしい。しかも最近、バジョーナ国の若い女性の間では憧れの人にファンレターを送るのが流行っているという。

 手が届かない高貴な貴族で一目ぼれするような男性……まさかキエガ公爵様じゃないわよね、とさぐりを入れてみたが、それは違うようだった。

 それであれば、と、文章はミーア本人が考え、クラーラの下書きを手本にミーアが清書するということで落ち着いた。子供の遊びに付き合ってあげるような気持ちだった。


 今日はチーズを買いに行ったら、牛乳をサービスでもらうことができたのでポテトグラタンを作った。芋煮を作った余りの芋を使ったので、今夜の晩ご飯はとても安上がりで、お財布もお腹もほくほくだ。


「さて、ラブレターに手を付けようかしら」


 風呂上りに髪をタオルでわしわし揉みながら声に出してみたら、ちょっとやる気が出た。本当はお腹もいっぱいでお風呂上りの温かい体でそのままベッドに入りたかったが、ミーアとの約束の日が近づいている。割と真面目なクラーラは何枚か書いてそこから厳選した一枚を渡すつもりだった。


「えーと、なになに?」


『初めまして、ミーアと言います。ガッロ男しゃくの、むすめです。初めてあなた様をお見かけしたのは、昨年です。馬車を、おりるとこを、見かけました。初めて見た、あなた様は、とてもキラキラとしていて、とてもいいにおいがしそうで、足とか手とか長くて、とても上品で、王子様ってこういう人のことなんだって思いめした。私は初めて王子様を見ました。とても感動してすごい、と思いました。今日は、お会いできてこーえいです。一生忘れません。これからも応援しています。健康に気おつけてがんばてください』


 いろいろと手直しが必要だな、と思った。そういえば、エルネスト兄様が、国民の識字率を上げたい、と言っていたのを思い出した。それはバジョーナ国でも同じなのかもしれない。それでも、まるで王子様のような素敵な男性に一目ぼれして憧れている少女の想いは伝わってくる。そこの所は大切にして、淑女らしい文章に手直ししよう。

 クラーラはペンを握った。なるべく王妃とは違う筆跡で、でも美しく見えるように気を付けて書いた。それでもやっぱり、いつものくせで似てしまう。数枚を書いたところで、やっと満足いくものが書けた。


 ふむ、なかなか品よく、簡潔且つ情熱的に書けたと思うわ。


 気づいたら夜も更け日付が変わっていた。明日も朝から仕事なのに、もう寝ないと。クラーラはやり遂げた満足感に満たされながら、ベッドに入った。


 そして、次の朝目が覚めて、夜中に書いた情熱的なラブレターが机の上に何枚もあるのを見て真っ赤になりすぐに青くなった。


 これ、私が書いたの? 夜中に手紙を書いてはいけないっていうのは、こういうことだったのね。


 ミーアの書いたラブレターを改めて読んでみたら、とても素直で少女らしい愛らしい文章だ。これをなぜあんな熱っぽい文章に添削してしまったのか。クラーラはあわてて手紙を書き直した。誤字や文章としておかしな所を手直ししただけで、内容はほとんど変えなかった。


 良かった、渡す前に気が付いて。このとんでもなく恥ずかしい失敗作は誰にも見られないように後で破って捨てよう。


 朝食を作る時間がなかったので、今日はビスケットをかじって仕事に向かった。少し前まではこんな行儀の悪いことをするのに罪悪感を覚えていたが、今では何にも思わない。


「おはようございまーす」


 元気よく店のドアを開けると、カウンターに座ったグレタが笑いながら横に座るマウロの肩を叩いたところだった。


「おはよう、ララ。何だか顔色が悪いような気がするね」


 グレタがクラーラの顔を覗き込む。


「大丈夫です。ちょっと夜更かししちゃって」

「ははは、若い証拠だ。私はもう店終わって風呂入ったらバタンキューさ。だからと言って、今夜はちゃんと寝るんだよ。睡眠不足は美容の大敵なんだから」


 いつもすっぴんで髪を後ろでひっつめ、太った体を隠すように大き目の服を着ているグレタから美容なんて言葉が出てきて、クラーラはちょっと笑ってしまった。

 でも、グレタの目じりの皺や歯が全部見えてしまうほど大きな口の笑顔がとても好きだと思った。誰だってこの笑顔を見たらつられて笑ってしまう。

 マウロも呆れた顔はしているものの、グレタを見る目はいつもとても優しい。


「お二人はいつも仲良しですね。夫婦円満の秘訣を教えてください。今後の為に」

「いい心がけだ。こっちへ来て座んな!」


 グレタが隣の椅子を叩き、マウロがクラーラのコーヒーをカップに注いでくれた。開店前のこういうおしゃべりは、ひとりぼっちのクラーラにとって二人が仲間のような友達のような、家族のような気分にさせてくれるのだった。




私も夜中に小説を書いているので気を付けます(笑)

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