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ジューリオ・アスティ②

誤字報告本当にありがとうございます!

見直しているのにどうして自分で気づけないんでしょうね……

 ジューリオが近衛騎士となってからしばらくして、近衛騎士のトーナメントが御前試合として行われることになった。噂によると、上位一位が次期副団長候補、さらに小耳にはさんだ噂によると、クラーラの臨時の護衛は上位五位までの騎士からいつも選ばれるらしい。もちろんジューリオの目指すところは二位から五位である。副団長は団長補佐なので多忙で、ほとんど誰かの護衛につくことはないからだ。


 ジューリオは順調に試合を進めていた。正直なところ、まだ手加減をしていた。


 体が軽い。相手の動きが完全に見える。


 どうやらジューリオには天賦の才があったようだ。それは毎日の努力と言う基礎の上に培われたものだというのを知っていたので、団員は皆純粋に彼を応援している。


 どうしよう、負けにくい。


 頑張って勝つことよりも、頑張って負けることのほうが難しい。国王の前で仮病も使えない。なるべく手数を少なくしてみたものの、体力を温存する結果となり、気付けば決勝戦に進んでいた。


 まずい、ここで負けなければ。ほんとにまずい。


 控え室代わりの天幕で膝をついてうなだれるジューリオ。甲斐甲斐しくレモン水を持ってきてくれたり、腕や足をマッサージしてくれる仲間たち。……負けにくい。

 ジューリオが小さなため息をついた時、天幕の外が一瞬静まり、すぐにざわめきが広まった。何事かとそっと天幕から顔を出すと、国王の後ろから王太子エルネストが姿を現していた。

 そして、その後ろに、細い小さな影が動いた。


「クラーラ殿下だ」


 傍にいた騎士が嬉しそうに声を上げた。

 エルネストは国王の隣の席に腰を下ろした。その斜め後ろ、日陰の部分の席にクラーラがちょこんと座っていた。その手には真っ赤な薔薇の花束が抱えられている。


 まさか、優勝したらクラーラ殿下から花束を……?


 ジューリオはレモン水を一気に飲み干すと、天幕を飛び出した。剣を握りしめた頃には二位狙いだということはすっかり忘れていた。


 花束を受け取る時に、何かお言葉を頂けるかもしれない。


 さりげなくクラーラの様子を伺ってみても、自分に微笑んでいるような気さえしてくる。

 勝負は一瞬だった。

 試合開始の合図と共に、気付いたら対戦相手が吹き飛び地面に転がっていった。


 しまった、勝ってしまった!


 あわてて振り返ると、クラーラがにっこりとほほ笑みながら拍手していた。その拍手が自分に向けられたものだと思ったら、頬が熱くなった。

 団員たちがわあわあと歓声をあげながらジューリオを取り囲む。四方八方から称賛する声がかかるが、頭の中ではクラーラの護衛騎士の座と花束を天秤にかけていたので全く聞こえていなかった。


 勝者であるジューリオが壇上に呼ばれた。

 まずは陛下の前で跪き、右手を胸に、左手だっけ? すぐに頭を下げる。騎士としての礼儀をあわててざっと復習した。……頭を下げる前に、クラーラ殿下の顔をちらっと見てもいいだろうか……? ちらっとぐらいなら……。


 いつもの不愛想な無表情だったが、階段をゆっくりと上るジューリオは実はドキドキしていた。動揺を悟られないように眉にぐっと力を入れた。本人の内心とは裏腹に、それがいっそう不愛想に拍車をかけ、優勝などに浮かれない冷静で寡黙な騎士に見えた。

 階段を上りきり、ぎゅんと音がしそうな勢いで真っ先に国王の斜め後ろを見る。


 ……あれ?


 そこには、薔薇の花束を持った国王が一人、ほくほくとした笑顔で立っているだけだった。跪くことも忘れ立ち尽くすジューリオに、国王は近づきぐいぐいと花束を押し付けた。


「お主の噂は耳にしておったが、ここまでとは恐れ入った。よくやった、優勝おめでとう」


 ……クラーラ殿下は?


 国王が笑顔で何かを言いながらジューリオの肩をバシバシ叩いてくる。遠くで団員の歓声が聞こえる。


 ジューリオは気づいたら自分の部屋のベッドに腰かけていた。横には花束が置いてある。あの後、どうやって階段を下り、自室まで戻ってきたのか記憶がない。あるのは、やっちまった、という自責の念のみ。

 ゆっくりと花束を手に取った。

 クラーラが抱いていた花束だと思ったら、手が勝手に花束を撫でていた。とりあえず庶務室に行って花瓶をもらってこよう……。


 次の日、ジューリオの元に届いたのは、副団長への推薦状ではなく、エルネスト王太子の専属護衛騎士の任命状だった。


 王族直々の任命を断ることなど誰にもできない。同僚の騎士たちはやっかむこともなく、ジューリオの飛び級並みの出世を喜んだ。そもそも試合中に予定になかった王太子の観覧があった時点で、皆薄々気づいていたらしい。懸命に鍛錬に励み、めきめきと頭角を現していたジューリオは以前からエルネストに目を付けられていたのだ。知らぬは本人ばかりなり。


 違う、違うんだ。俺は出世したいんじゃないんだ。クラーラ殿下と一緒に城下へ買い物に行きたかっただけなんだ!


 そんな気持ちはおくびにも出さず、ジューリオはエルネストの傍に仕えた。王太子は様々な所へ視察へ行くので、貴人を守る騎士としては緊張感のある、しかしやりがいのある仕事ではあったが、ジューリオの心にはびゅうびゅうと強風の隙間風が吹いていた。

 エルネストの予定がぽかんと空いたある日。ジューリオは聞き捨てならない言葉を聞いた。


「ジューリオ。離宮に行くから用意してくれる?」

「り、離宮へですか。何を、しに」

「どうしたの、めずらしくしどろもどろで。何しにって、知らなかったか? 離宮には側妃のダニエラ様と妹のクラーラが住んでいるんだ。たまにはクラーラの顔でも見ようかと思ってさ。疲れた時に妹に会うと、癒されるんだ」


 エルネストの後について離宮に入ると、応接室の前でクラーラが待っていた。エルネストの到着が待ちきれなかったようで、嬉しそうに笑っている。夜会で見たようなドレスではなく、レースに縁どられたワンピースが似合っていて可愛かった。この上なく、非常に、とんでもなく可愛かった。


 ソファに座ってお茶を飲みながらエルネストと談笑するクラーラは、病弱とは程遠い、年相応に若々しい少女だった。部屋の中に侍っているものの、ドア付近に立っているジューリオには話の内容は聞こえない。それでも、屈託なく笑うクラーラの姿を、できるだけ瞬きをせずに目に焼き付けておこう、と思った。


 それ以降、度々、時間が空くとエルネストは離宮に向かった。エルネスト一人の時もあったし、第二王子のアウギュストがいる時もあった。一緒に城下へ下りることはできなかったが、よそでは見ることのできない笑顔を見ることができる王太子の護衛騎士という仕事も悪くはないな、とジューリオが密かに思い始めた頃。


 クラーラの婚約が発表された。





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