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ジューリオ・アスティ①

誤字報告いつも助かります。ありがとうございます!

 ジューリオ・アスティは、伯爵家の次男だった。アスティ家は特に政治的にも王家と深く関わっているわけでもなく、重要な役職にもつかず、中立的な立ち位置で遠巻きにいるような、ごく平凡な貴族である。

 兄は健康で過ぎた野心もなくほどほどに優秀だった。ジューリオは兄を蹴落として爵位を継ぐほど家に関心がなかったので、貴族の次男らしく学院を卒業した16才で騎士団に入った。文官よりは体を動かす騎士の方がいいな、くらいの軽い気持ちだった。同じような境遇の貴族の息子たちとつるんで日々をのらりくらりと過ごしていた。


 転機があったのは、18歳の時だった。

 その日、騎士団は王城で開かれる夜会の警備にあたっていた。見回りのふりをして同僚と談笑しながら廊下をうろうろしていると、もう一人の仲良い同僚が駆け寄ってきた。


「おい、俺たちは運がいいぜ。今日は第三王女様がいらっしゃってる」

「まじか、クラーラ殿下が?」


 同僚たちが小声ながらも声を昂らせる。


「第三王女様って、あの、儚い人魚姫とかいう?」

「ジューリオ、見たことないのか?」

「遠目でしか見たことないな」

「すっげえ、かわいいぞ。ここは俺が代わってやるから、見てこいよ。病弱であんまり表には出てこないんだ。今日が最後のチャンスかもしれん」

「そんなにかわいいのか。じゃあ、行ってくるかな」


 ジューリオは持ち場を離れ、夜会が行われている広間に向かった。

 国王と王妃が階段を上った先の王族専用の席で、貴族たちからの挨拶を受けていた。いつもなら王子たちはその席にいるのだが、今日は階段下で若い貴族たちに囲まれていた。警備がてら人込みの隙間を覗いてみたら、王太子と第二王子の間で二人に守られるように第三王女が立っていた。

 第一王女は快活で長子らしく堂々とした姫だった。今は近隣の国の王子の元へ嫁いで行った。第二王女は同盟国からやってきた第一側妃の娘で、天真爛漫を絵に描いた様な姫だった。先ほど、母親の出身の国の貴族との婚約が発表されたらしい。それでめずらしく第三王女が夜会に参加しているようだった。彼女は第二側妃の一人娘で、側妃同様あまり人前には出てこなかった。いつも兄姉の後ろに隠れるように控えていた。

 色が白く華奢で、うつむきがちな顔は兄姉とはあまり似ていなかったが黒い瞳が国王の娘であることを表していた。伏せられた長いまつげ、透き通るような肌、ぽってりとした紅い唇。頬のあたりにまだ幼さが残るが、上品で美しい顔立ちをしていた。


 確かにわざわざ見に来た甲斐のある美姫だな。


 ジューリオは、運がいい、と言っていた同僚の言葉に今更ながらうなずいた。

 しかし、それだけだ。ただの騎士に手の届く相手ではない。いつまでも見ていたって仕方がない。会場を一回りしてそろそろ持ち場へ戻ることにした。

 途中、下級貴族の小競り合いを治めたりしているうちに結構な時間が過ぎてしまっていた。さすがに同僚も待ちくたびれているだろう。

 会場を足早に横切り、持ち場の廊下へ近い一番端のドアを目指した。途中、軽食の置かれたスペースがあったが、貴族たちはダンスやおしゃべりに夢中で人気はなかった。サンドイッチを一つまみもらって行こう、と足の向きを変えると、丸い柱の陰に人影があった。明らかにこそこそと隠れて何かしている。警備の騎士として見過ごすわけにはいかなかった。

 気づかれないように近づいて見ると、それは第二王子だった。王子が誰かをかばうようにこそこそと話しかけている。さらに覗き込むと、彼の肩の向こうに第三王女の紺色の頭が見え隠れしていた。

 第三王女は先ほどの控えめな様子とは違って、ニコニコと満面の笑顔でケーキをほおばっていた。王子が持っている皿のケーキにも横から手を出している。


「おい、一個目をちゃんと食ってからにしろよ」

「だって、急いで食べなきゃだから」

「お前、リスみたいになってるぞ。いいから、ゆっくり食え」


 二人はひそひそと小声で話している。王子と王女の会話と言うよりも、仲の良い兄妹という感じで好感が持てた。

 ケーキを口いっぱいに頬張りながらもぐもぐと口を動かす王女は、先ほどの美しい姫というよりは年相応の可愛らしい姫に見えて、ジューリオは気配を消すのも忘れてしばし見とれていた。

 ふいに王子がこちらに振り向き、目が合ってしまった。ジューリオはあわてて礼をしその場から駆け出した。


 廊下に戻ると、同僚たちが相変わらず立ち話をしていた。


「ジューリオお帰り、どうだった」

「子爵令息たちの諍いに巻き込まれたよ」

「はは、やってらんねえ。クラーラ殿下は近くで見れたか?」

「ああ。美しかった。……あんなに美しい人は初めて見た」

「おっ、ジューリオがそんなこと言うのめずらしいな」

「俺たちじゃ姫は無理だよ~ジューリオ。せめて近衛くらいになれば、まあ、声をかけて頂くくらいはできるかもなあ」


 令嬢たちが王子に憧れるように、騎士団の若手でもどの王女が好みかと話があがることが度々あった。無派閥だったジューリオはすっかり第三王女のクラーラ派になった。思い出すのは伏し目がちなアルカイックスマイルよりも、ケーキを頬張った笑顔だった。彼女のあの笑顔を知っているのは、騎士団でも自分だけかもしれない、と思うと胸が熱くなった。

 ほとんど外出しない側妃と第三王女には専属の護衛はいなかった。年に数回の外出の都度、近衛騎士団から手の空いている者が選ばれるらしい。ということは、近衛騎士団へ入れば王女の傍へ行ける機会もあるということだ。


 もう一度あの笑顔を見たい。


 全くもって不純な動機でジューリオは近衛騎士を目指すことにした。

 元々運動神経は良いほうだった。ただ、必要以上に疲れるのも嫌だったし、制服をやたらと汚すと洗濯が面倒だったので、今までは7割程度の頑張りで鍛錬に参加していた。それを10割、いや、それ以上に、毎日ボロボロに傷だらけになるまで鍛錬した。制服もすぐにダメになり、騎士団の庶務から小言を言われた。才能はあったらしく、あっという間に剣の腕はめきめきと上がり、団長がつきっきりで手合わせしてくれるようにまでなった。


「ジューリオ、最近すっかり真面目じゃん」

「どうした? 何かあったのか?」


 急に真剣に励むようになったジューリオとなまくらな同僚たちとでは、すでに体格がずいぶんと違っていた。ジューリオはさりげなく彼らと腕の太さや体の厚みを比べた。


 ずいぶんと差ができた。でも、まだだ。まだ足りない。


 ジューリオはその後も今まで以上に励み、時折開かれる騎士団員の内々のトーナメントでも常に上位を保っていた。その甲斐あって、一年後には念願の近衛騎士団へ入団することができた。

 近衛騎士団は王族警護を担当するだけあって、強さだけではなく人格にも優れた者ばかりだった。鍛錬に励むことを冷かしたりちゃかしたりする者などいるはずもなく、ジューリオは毎日を心健やかに、まっすぐ目標に向かって一生懸命過ごしていた。


 ただ、ただ、クラーラの傍に侍りたい、という邪な目標に向かって。




ジューリオ次回へ続きます

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