プロローグ
「なめられてるよな、俺」
気怠げに緩く弧を描いたプラチナブロンドに垂れ目気味の黒い瞳。白を基調とした盛装を着こなした典型的な王子様は、王城の窓から眼下に広がるバジョーナ国の街並みを眺めながらつぶやいた。
「絶っっ対、なめてるよな? あいつら」
騎士ジューリオ・アスティは無駄に豪奢な部屋の扉を背に、答えを探していた。
今、目の前で色気たっぷりにたそがれているコラフラン王国第二王子のアウギュストは、隣の小国バジョーナ国に完全になめられている。どっからどう見てもなめられているので、否定のしようがないのだ。
「あーあ、俺じゃなくて王太子の兄上が来ていたら話は違ったのかなあ、ははは」
アウギュストは乾いた笑いをもらした。
「いえ、どなたがいらしても結果は同じだったかと」
「なめられてんの認めたね?」
アウギュストが片側だけ口の端を上げる。
見た目だけは華麗な王子様然としている彼は、数いる兄弟の中でも一番性格が悪い。自分が王太子のスペアであることを理解し、王家の闇の部分を自ら請け負っているのだ。
「おかしいだろ、この国に嫁いだ妹に会いに来たのに会えないって」
「おかしいです」
「即答だね」
「おかしいです」
「風邪ひいてるんだって。見舞いにも行くなだって。兄なのに! 俺、王子なのに!」
アウギュストは国境に流れる大きな川に架かる橋の改築の視察のため、バジョーナ国を訪問していた。ついでに、一年前にこの国の公爵へ嫁いだ第三王女のクラーラへの面会も事前に申し込んでいた。
しかし、バジョーナ国からは色よい返事はもらえないまま訪問日を迎えてしまった。
『公爵夫人は旅行中で不在』
『じゃあ旅行先に会いに行くから行き先教えて』
『旅行から帰ってきたけど体調不良』
『じゃあお見舞い行く』
『伝染病だったから面会不可』
『そんな大病ならなおさら見舞いに行くわ』
『ちゃんと調べたら風邪だったわ。だるいから会いたくないって』
おおまかに言うとこんな不毛なやり取りだった。
「完全に何か隠してるだろ、この国」
「私もそう思います」
「こんな下手な嘘でごまかせると思われてんの!? 俺」
「……おそらく」
テーブルの上には茶器のセットが用意されているが、アウギュストは毒見なしでは決して飲食しない。
長い足を折りたたんでソファの上にあぐらをかくと、膝の上に頬杖をついた。
「何人か連れてきてるでしょ。調べさせて。クラーラの居場所」
「は」
「お前は俺から離れちゃダメだよ。他の奴に調べさせて」
「……」
「見つけたら勝手に会いに行っちゃいそうだもん、お前」
「……そのようなことは……」
「しちゃいそうでしょ?」
「……」
「わかりやすいお前が愛おしいよ。早く見つけて」
アウギュストがぱっぱと手を払う。
ジューリオは胸に手をあてコクリとうなずくと、音もなく部屋を出た。