5-22.サバイバルバトル 龍魔力
火乃花の操る焔が荒れ狂いながら猛進して脇を掠め、オルムの氷を纏った斬撃が前髪を斬り裂きつつ凍らせ、チャンの爆炎正拳突きが股間に突き刺さる。
一応最後の攻撃に対しては物理壁で防いだので、大事な所は守られたが…龍人の被ダメージバーはじわりじわりと削れ始めていた。
チャンの攻撃で上空に打ち上げられた後、3人の怒濤の攻撃に晒された龍人は全身全霊で受けに徹していた。
龍人化を使わないのか…という疑問があるだろう。使わないのではない。使えないのだ。龍人化に意識を割く余裕が無い。
それ程までに3人が繰り出す攻撃は緻密であり、龍人を追い詰めていた。
(この3人の攻撃を数秒でいいから止められれば…!)
オルムの連撃を弾き返しつつ、後方から迫るチャンへ雷撃を放つ。魔法壁で防がれてしまったが、一瞬の空白が生じる。
「…ここだ!」
魔法陣展開魔法は万能のように見えるが、決してそんな事はない。構成が複雑化…より上位の魔法陣を使おうとすれば、展開には時間が掛かる。
例えば転移魔法を発動出来ればすぐに逃げ出せた。しかし、その魔法陣をストックしていない以上は展開が出来ない。魔法陣を描く時間もない。
こうなると、属性魔法の1段階目で対応せざるを得なかったのだ。
だが、今このタイミングで遂にチャンスが訪れた。僅かにこじ開けた攻撃の空白で、竜巻を発現させる魔法陣を発動する。
「…ぐぁっ!?」
竜巻は確かに現れた。しかし、直後に真紅の焔を纏った斬撃によって斬り裂かれてしまった。生じた衝撃を至近距離で受けた龍人は錐揉み回転で吹き飛んでいく。
「くそっ……!」
何とか体勢を立て直した龍人は己の失策に舌打ちをする。
(真焔【戦神ノ業焔】…か。)
チャンの追撃を避けつつも、入学試験の際…火乃花に吹き飛ばされた記憶が蘇った龍人は冷や汗を垂らした。
火乃花にこのスキルがあるのを失念していたのだ。あまりにも強力すぎる故に滅多に使わないこのスキルは…脅威的過ぎる。
真紅の焔を纏った火乃花は淡々と龍人への死刑宣告をした。
「覚悟しなさい。」
「覚悟…出来るかよ!」
何とか攻撃の隙間を縫って龍人化を使おうとする龍人だが、状況は更に悪化していた。
火乃花の攻撃が避けきれない、防ぎきれないのだ。ジワリジワリと削れ続ける被ダメージバーに焦燥感が募る。
そして…遂に。
チャンの連続蹴りによって体勢を崩した龍人の懐に潜り込んだオルムが放った斬り上げで刀を上に弾かれる。胴体がガラ空きの龍人へ焔鞭剣の一閃が放たれた。
特訓でなければ致死確定の容赦無い攻撃。極限まで追い詰められた龍人は、引き伸ばされた時間感覚の中で冷静に焔鞭剣を眺めていた。
心を支配するのは無力感。強くなったつもりだった。それでも同級生3人を相手にすれば全く敵わない。龍人化を使えば、ある程度は何とかなる。…と心の中で思っていたのだ。
その龍人化を使えない状況は想定していなかった。
龍人化はスキル名を唱えた後、体の奥底に眠る破龍の魔力が全身を駆け巡り、その魔力が体の周りに黒い輝きとなって発現する事で完了する。時間にして数秒。だが、その数秒がここまで足枷になるとは。
(今の実力はこんなもんって事か…。)
諦念が心を支配する。
火乃花の刃が目前まで迫る。
だが。
(俺って…ホント良く追い詰められるよな。龍人化【破龍】の前段階を初めて使ったのが森林街でセフに追い詰められた時で、龍人化【破龍】を習得したのがプラムが操られていた時。あの時はどっちかっていうと精神的に追い詰められてた気はするけど。…ん?そういえば、ルフトが竜巻を暴走させた時も追い詰められたとも言えるか?あの時は……。)
龍人の中で何かがカチリとハマった。
ミラージュに教わった纏魔、黒い魔力が刀を覆ったあの感覚…似て非なるものだが、根本は同じ気がしたのだ。
つまり、あの研ぎ澄まされた感覚の中で発現した赤い稲妻を帯びた黒い魔力を、纏魔の技術で刀に付与する事が出来れば…。
刃がゆっくりと、それでも確実に迫ってくる。この斬撃が龍人に届くまでコンマ数秒も無いだろう。為すべき道筋が見つかった事で更に加速した思考が、全身の感覚が冷静に龍人の内に秘められた力に呼び掛ける。
研ぎ澄まされた感覚が体の奥底から湧き上がる魔力を掴まえた。
(…なんだ!?)
その瞬間だった。龍人の意識は急速に魔力の奥底へ引っ張られる。抗うことのできない強烈な引力に、龍人の意識はなす術もなく吸い込まれていった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「…ここは……?」
目を開けると、そこは何もない真っ黒な空間だった。
俺の体は……浮いている。フワフワしてるとかじゃなくて、普通に浮いてる。なんつーか、無重力空間みたいな感じかな。
「お前は…阿呆なのか?」
うおっ!?ビビったんですが。
いきなり話し掛けるとか反則だろ。なんて思いながら声の聞こえた方を向いた俺が見たのは、想像だにしなかった存在だった。
「ふん。俺の姿を見るのは初めてだったか。」
「……えっと、どなた様?てか、龍?」
そこにいたのは邪悪?な外見をした1体の龍だった。黒、灰色、白だけて構成された配色の中で、翼膜内側の赤が異様に映えている。あ、角も黄色というか橙色というか…そんな色をしてるな。
後は…全体的にトゲトゲしてるね。翼の周りに剣みたいなのが6本位ずつ付いてるし。
ラスボスの2つ前辺りのボスとか、隠しボス5体の内の2番目辺りの立ち位置で出てきそう。
「どなた様ときたか。俺は破龍。龍人化で俺の力を使っているだろうが。」
「あ…成る程。確かに色々破壊しそうな外見だわな。」
「ぐぬっ…さり気なく気にしている所を…!……まぁ良い。それよりも、お前が阿呆という話だ。」
…なんだろう。凶暴な外見の割に怖くない。
「他人の事を阿呆とか…失礼じゃないか?」
「………。先ず、お前は龍魔力を使わなすぎだ。」
あ、俺の指摘を無視したんてすが!?都合の悪い事があったら力で捩じ伏せてきたタイプだろ。
にしても、龍魔力を使わな過ぎって言われても困る。
「あのさ、龍魔力って黒くて赤い稲妻が走ってる魔力の事か?」
「そこからか…。」
破龍は片手で頭を押さえると、溜息を吐く。…失礼な奴だな!
「その質問は凡そ正解だ。正確に言えば、赤い稲妻が龍魔力である証。黒い魔力は破龍である俺固有の魔力色だ。」
…ほぉー。そうなんだ。てっきり黒い魔力が龍魔力かと思ってた。でも、黒い魔力が破龍固有の魔力なら、それも龍魔力なのでは?
「あぁっと…そうだな。龍人。俺が言いたいのは、俺の魔力をもっと当たり前のように使え。いや、俺の魔力は語弊があるか。龍魔力を普通の魔法と同じように使えるようになれ。そうすれば、お前はもう少しは強くなれる。だが、所詮は人の身。過信、慢心は力の奔流を助長し、過ぎたる力となる。ゆめゆめ忘れるな。」
と、ここまで話した破龍は分かりやすく溜息をついた。
「はぁ…。とまぁ、建前で色々と言ったが、要は俺の力を上手く使えって事だ。そして、お前は窮地で新たなスキルを会得する前提条件を満たした。その名は……。」
スキル名を聞いた俺は、納得とばかりに頷いた。
「じゃあ、早速使わせてもらうぞ。」
破龍はニヤリと口を歪めると羽ばたく。
風が巻き起こり体が吹き飛ばされそうになる。
「行く末をしかと見物させてもらおう。…いずれ奴も出てくるだろうからな。楽しむのは今という訳だ。」
「はぁっ!?奴ってだ…….ぶぇっ!?」
下から掬い上げるような風圧に体が浮き上がり、吹き飛ばされる。
破龍との距離がどんどん離れ、姿が小さくなっていく中で…俺は見た。破龍がサムズアップしたのを。
破龍って案外お茶目なんじゃないか?
なんて思ってたら視界がボワんとボヤけ……。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ガギィィン!!
「えっ………!?」
龍人に致命の一撃を叩き込んだと確信していた火乃花は、己が眼を疑う。
焔鞭剣は龍人を斬り裂かさず、間一髪のタイミングで滑り込んだ龍刀によって受け止められていた。
しかし、それだけなら火乃花は驚かない。龍人の実力なら十分にあり得るからだ。
(龍人君は必殺技みたいな強力な攻撃は殆ど使わないけど…その代わりに超万能型。常人が使える属性3つの枠組みに囚われない戦い方は、それだけで強力。でも…コレは何!?)
火乃花の視線は龍人の持つ…龍刀に注がれていた。
つい先程まで銀色だった刀身は黒に染まっている。龍人化【破龍】を使わなければ色は変わらないはずなのに。
それだけではない。
黒い頭身の周りに赤い稲妻を纏った黒い魔力が現れていたのだ。
今まで龍人から感じた事のない、強力な威圧感が火乃花の全身を襲う。
「いやぁ…危ねぇ。もう少しで負けるトコだった。けど、悪いな。今回は俺の勝ちだ。」
火乃花は龍人の振るった刀に弾き飛ばされる。
「龍劒術【黒刀】か。…成る程ね。」
龍人が構える。
「何が起きたのよ。」
「それは…これからのお楽しみだ!!」
龍人の姿がブレる。
そして、無造作に振り抜かれた龍刀が空気を裂き……黒き魔力の刃が辺り一面を吹き飛ばしたのだった。
無作為に倒れ重なる木々の間から這い出してきたのは火乃花だ。周囲を警戒しながら近くに倒れていた巨木の陰へ移動すると、銀色の腕輪へ視線を落とす。
(被ダメージバーが全快で、ポイントが4になってる。さっきの1撃で全部削られたの…?反則級の攻撃力じゃない。)
とはいえ…火乃花が使う真焔【戦神ノ業焔】も同程度の攻撃力を出せる為、本当に反則級と言って良いのか。という疑問は残るが。
その思考に辿り着いた火乃花は頬を緩めた。
(龍人君は今の戦いで何かを掴んだのね。私も…負けてられないわ。)
共に天地と戦うと誓った仲間が強くなるのは喜ばしい事である。喜びと同時に、置いていかれてはいけないという焦燥感もかんじつつ…火乃花は鋭い視線を後ろに向けた。そこではオルムとチャンが木を吹き飛ばして立ち上がっていた。
龍人という共通の敵がいなくなった以上、ここからは完全に敵なのだ。
(それにしても…ラルフ先生が龍人君を狙えって言ったから狙ったけど。状況的に、きっとこの2人も同じ事を言われたのね。特訓の裏で色々とやってるみたいじゃない。本当に油断ならない先生ね。)
偶然狙う相手が一致しただけ。とも言える。しかし、攻撃を仕掛ける大凡の時間が指定されていて、その場面に3人が揃ったのだ。これは最早偶然ではなく、必然として考えるべきだろう。
目的は…龍人を追い込む事による強化。
そして、それは見事に達成されている。
(龍人君の弱点は龍人化のスキル名を言ってから発動までに数秒のラグがある事。その弱点を突くために、連続攻撃の能力が高い3人が選ばれたって所かしら。私は連撃はそうでもないから、オルム君とチャンの隙を埋める役ね。悔しいけど良い配役だわ。)
龍人襲撃一連の流れを冷静に分析する火乃花は、この後の動きをどうするか決めあぐねていた。
オルムとチャンも戦闘継続か否かを迷っているようで、静かに膠着状態が続いている。
3人がすぐに動かない理由は、3人が敵同士である。という理由だけではない。寧ろ1番の理由…それは、つい先程まで3人共通の敵だった龍人の所在だ。
全員を吹き飛ばした龍人は、その攻撃を放ってから姿が見えない。姿を隠して襲撃の機会を窺ってるのか、それとも対多数の状況が不利な為…逃走を図ったのか。
先程の攻撃、アレがまぐれで無ければこの3人相手でも問題無く立ち回れる可能性が高い。そうであるからこそ…逃走したという判断が出来ないのである。
動くに動けない。
火乃花、オルム、チャンの3人が膠着状態に陥っている最中…当の龍人はというと…。
自身の放った斬撃の余波で出来た穴に落ちていた。
正確には穴というよりも、地下空洞。
なぜ地下空洞があるのかは分からない。しかし、確かにそこに落ちていた。幸いというか不幸というかは分からないが、龍人が落ちた穴は倒れた倒木などによって覆い隠されていた。
つまり、上手く火乃花達の襲撃から逃れられたという事になる。
地下空洞は所々に光る石があるお陰で、最低限の視界は確保されていた。
(…助かったっていうか、絶対絶命っていうか。痛え。)
龍人は仰向けに寝転がって地下空洞の天井を眺めていた。
呑気に余裕感バリバリ。なんて事はない。龍劔術【黒刃】を使った反動なのか、全身激痛が走っていて動けないのだ。
「このまま放置とか…ないよな?」
サバイバルバトル終了後に放置されたら…。そんな不安が龍人の脳裏に過るが、現状として打つ手立てが無いのだった。
こんな龍人の状況など想像だにしない火乃花、オルム、チャンは、最大限の警戒をしながら別々の方向へ解散していったのだった。
因みにこの後、龍人の襲撃に警戒し過ぎた3人の戦いがやや精彩を欠いたのは言うまでもない。
尚、龍人はニヤニヤ笑うラルフに救助されたが、ニヤニヤの理由について知る事は無かった。
もし知っていたら…大分複雑な気持ちを抱いていたのだろう。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
番外編
龍人に奇襲を仕掛けようとしていた遼は木の上で身を竦ませていた。
(なにあれ!?なんか黒い刃がブワン!って一面を薙ぎ払ったんだけど…!)
龍人がポイント稼ぎでトップに立つと予想した遼は、隙を突いて被ダメージのポイントを1つは減らしてやろうと追跡していたのだ。
ところが、オルム、チャン、火乃花の襲撃で手を出すタイミングが無くなってしまった。更に龍人の龍劔術【黒刀】を見て完全に戦意喪失…という顛末である。
(あそこにいる3人と正面切って戦っても絶対ポイントが減るし…ここは隠れてやり過ごすしか無いよね。)
遼は強敵と認識した相手だと、どうしても怖気付きがちなのである。本人に自覚がイマイチ無いのが問題なのではあるが…。
ともかく、木の上で必死に気配を隠し続ける遼なのであった。




