4-33.躊躇い
現れた人物を見た俺は言葉を失ってしまう。
だって、まさか……あの人が生きていたなんて。いや、他人の空似っていう可能性も。でも、そんな…。
「さぁ、この僕を楽しませてくれ。この実験結果の検証が僕の実験を更に前へ進める事になると確信しているよ。」
サタナスは意地悪そうな笑みをニヤニヤと浮かべながら俺の事を観察してくる。
こいつの反応…本当にあの人なのか?
亜麻色のロングヘアー、お嬢様っぽい服装に頭にチョコンと乗せた薄紫のベレー帽。…間違いない。森林街でも皆が麻の服を着る中、1人だけこういう服着てたし。でも、堂々としてたから何故か違和感は感じなかったのを覚えている。
…けれど、目に生気が無い。生気っていうか、意思がないというか…瞳孔が開ききっている感じだ。でも、魔力探知の反応では、そこに生きた人間の反応がある事は間違いがない。
つまり…生きていたんだ。何故サタナスと一緒にいるのかは分からないけど、それでも…生きていたのならそれで良いんだ。
俺は震える声を振り絞る。
「久しぶりですね。プラム団長。…生きていて良かったです。」
「……。」
…おかしい、あのプラム団長がこんなに黙りを決め込むなんて。やっぱり、目に正気を感じられないのが関係あるのか?
となると、サタナスが何かしらの実験…をプラム団長にやったってのか。
そんな事を考えていると、プラム団長が徐に口を開く。
「オマエタチヲコロス。ソレガワタシノシメイ。」
感情のない、ロボットのような声。
これを横で聞いていたサタナスは楽しそうに笑い出した。
「ククク…。やはり僕の仮説は正しかったようだ。ロジェスは強靭な肉体と引き換えに知性を失い、この女は知性を残し、強き魔力を手に入れた。つまり、この2つの要素を掛け合わせる事で僕の理想を実現するための足掛かりを掴む事が出来るという事になる。」
ブツブツと何を言ってるんだサタナスは。狂ってるだろ…。
プラム団長は、完全に自我がなさそうだ。話し方がおかしいし…サタナスに操られてるって考えるのが妥当か。
森林街に住んでいた時と同じ外見なのに、中身だけそっくり入れ替わってしまったかのような感じ。…何をされたんだ。それさえ分かれば…プラム団長を元に戻す手がかりが掴めるかもしれない。
「彼女を元に戻して欲しいかな?」
「当たり前だろ。」
…サタナスの奴、こっちの返答を分かっていて敢えて聞いてやがる。
腐り切った性格してるな…腹の中が煮えくり返ってきた。
「元に戻す方法はある。」
「…教えろよ。」
「断る。ククク…苦労して手に入れた実験材料を手放す訳無いだろう?返して欲しければ、殺して奪い取ってみるんだな。」
「テメェ…!」
許せない。人を実験材料として弄んで、更に殺してみろだって…?
「それにしても…今回は良い実験をさせてもらったよ。アウェイクの流通にロジェスを使ったお陰で、尻尾を掴まれる事なく、中毒症状の蔓延を引き起こす事が出来た。魔力補充効率の高い魔力補充石が無害だって信じるこの星の連中のバカさ加減には呆れたが。」
「…おい、今ロジェスを使ったって言ったか?アイツを利用したのか?」
「利用?君は馬鹿なのかな?僕が強要する訳ないじゃないか。この非力な僕が力尽くで人を従わせるなんて出来るはずがない。」
「だったら…」
「僕はあくまで彼の摩耗し切った心の隙間に入り込んだだけさ。」
「何故そんな」
「何故そんな酷い事をしたのか。かな?君達は気付いていない。僕の行いは救いだ。彼にとって、この魔法街での生活は地獄だ。生きる意味も、目標も、希望も、全てを奪われた彼は細々と生きるしか道が残されていなかった。そのつまらない人生に僕は意味を与えたんだよ。それが人道的か、非人道的かなんて議論をするつもりはない。大事なのは、当人にとって救いであるか否かという一点。その点に於いて、僕は彼の救いたり得たと自負している。その結果、彼は自身を差し出した。これに対して君は、君達はどんな非難をするつもりだというのさ。僕は僕の為に、彼は彼自身の為に動いた結果だ。部外者の君が口出しをする問題ではない。」
「この…!」
「ロジェスはその怒りを、魔力補充石の中にアウェイクを紛れ込ませると言う細工をする事で晴らしていたのだ。これは君たちが彼にした仕打ちの報い。非難される謂れはない。」
サタナスの言っている事は暴論だ。決して許される事ではない。
…けれど、ロジェスが自身で望んだという話は、少しだけ納得できてしまう俺がいた。
ロジェスは控えめに言っても、やや挙動不審な所があったのは否めない。それが原因で周囲から疎まれていたとしてもおかしくはない。もし、そういう環境でいきていたとしたら…自分を取り囲む環境を、世界を恨んでいたとしてもおかしくはないと思うんだ。
だからと言って、アウェイクを紛れ込ませるなんて許される訳が無いんだけど。
「けどまぁ、結局は全て僕の思惑通りに実験材料を操ったに過ぎないんだが。」
サタナスの口がニマァっと横に裂ける。
「…はっ?」
一瞬理解出来なかった。
つまり、サタナスはロジェスが苦しんでいる事を知って、それを利用したって言うのか。
最終的には人間の姿を失う事になったロジェスが、それを受け入れる至るまで、どれだけ苦しんだのか…それを知っていて?
操った?
…実験材料?
人間は物じゃない。
ふざけるな。
俺達は生きている。この世界で皆が一生懸命生きている。
俺だって、この世界に転生して生きてきた。地球の記憶が戻ったって、懸命に生きている。
それを、人の人生を…踏み躙りやがって。
怒りが溢れる。
今までギリギリで保っていた怒りと理性の均衡が破れ、溢れ出た怒りが…力に変わる。
黒い靄が自然と現れていた。
「サタナス…殺す。」
斬りかかる。夢幻と龍刀を使った連撃だ。こんな奴、死ねばイイ。
「オマエガテキカ。」
割り込んで来たのは…プラム団長だった。
物理壁で両刃を防ぐと、光弾を撃ち込んで来た。
「ぐあっ!?」
…吹き飛ばされた俺は、壁に両足を付けて体勢を整え、再度突進する。
龍刀に属性【雷】、夢幻に属性【炎】を付与して斬撃を放ちつつ、左右に展開した魔法陣から氷の矢を放つ。
いける。今なら魔法陣の展開範囲も広がっている。
このままコイツを倒して、サタナスを殺す。
「エェェェイ!」
女が気合いを入れると、光の膜が出現してブワッと360度全方位へ広がった。
「ちっ…!」
何だ今の魔法。俺の体も、魔法も、全てが光の膜に無力化されて、押し返された。
コイツ、強いな。
…ちゃんと殺す気でやらないと、サタナスには届かないか。
よし。
「龍人君!!ダメですの!!」
今までよりも殺気を込めて攻撃をしようとしたら、後ろからガシッと肩を掴まれた。
…なんだよ。ウゼェな。
「龍人君!!その力は…憎しみを根源としてはいけませんの!」
「はぁ?」
「どういったきっかけでその力を使うようになったのかは分かりませんわ。憎しみの感情がきっかけだったのかもしれません。けれど、その力の本質は、違うところにあると思いますの。」
「…うるせぇな。敵は倒すしかないだろうが。」
「龍人君…あなたは、あの女の人を…あなたがプラム団長と呼んだ人を殺そうとしているのですわ。それは、正しい事なのでしょうか?」
「……あ。……え?」
鈍器で頭を殴られたかのような衝撃が走る。
俺は……今、何をしようとしてた?プラム団長を殺そうと?
違う。何かの間違いだ。俺はサタナスを殺そうとして…。
待て。
俺はサタナスを殺そうとしていたのか?人殺しをしようと…?
でも、プラム団長を助ける為には。
違う。
違う違う違う!
ここで人を殺したら、俺はセフと同じになっちまう。
俺は人を殺す為に強くなろうとしていたのか……?
「そんな……俺は、俺は……。」
黒い靄が霧散して消えていき、全身から力が抜けていく。
俺は…感情に呑まれて自分を見失っていたのか。ただただ怒りの感情に任せて、黒い靄の力を引き出して、それで強くなったと勘違いしていたのか。
そんな俺に人を助けるとか偉そうな事を考える資格は…無い。ただ傲慢なだけだ。自己満足の為に人を助けようとしていたのか。
残酷な事実が俺の心を蝕んでいく。
力が入らない。
「俺は…失格だ。」
皆もそう思っているに違いない。プラム団長は無機質な人形のような目で俺の事を観察しているし、仲間達も俺の様子に戸惑っているのか動かない。
人を殺そうとしていた奴なんて……信じられないよな。
俺は、もしかしたら転生をしたってゆー事実に酔っていたのかもしれない。そんなつもりはなかった。
でも、感情の高まりと同時に使えるようになる力っていう、中二病が好きそうな展開に対して何の疑問も持たなかった。
ゾンビ男を追跡している時にルーチェが言ってくれてたのに。俺はその時に少し考えただけで、今の今まで忘れていた。
人を助ける資格が俺にあるのか?
「これ以上……。」
戦えない。そう言おうとした時にフワッとした感触に包まれた。
「龍人君。自分を責めないで。龍人君は真っ直ぐだよ。」
この声は…クレアか。
「違う。俺は、今………プラム団長を殺そうとしてた。失格なんだよ。」
俺の首に後ろから回されたクレアの腕に力が籠る。
「違うよ。龍人君は……」
「シネェェェ!!」
プラム団長が光魔法を乱射する。
「私に任せますの!クレアさんは龍人君をお願いします!」
ルーチェは魔法壁と光のレーザーでプラム団長の攻撃を相殺しつつ叫んだ。
「龍人君!あなたは勘違いしていますの!その力は正しい力です。使い方が間違っているだけですの!」
使い方だって?ただ相手を倒すための力じゃないか。そこに使い方もクソも…無いだろ。
プラム団長はルーチェが防御をしている隙に脇へ回り込み、光爆を連鎖的に引き起こす。
「きゃぁ…!」
直撃を受けたルーチェは吹き飛ばされてしまう。
ほらな。力ってのは相手を倒す為にあるんだよ。
「ぐ…私は諦めませんわ。龍人君、あなたはプラム団長を助け出したいのですよね?それなら、私は彼女を倒しません。あなた達を守り、彼女を助ける方法を模索します。」
…何故そこまでするんだ。
プラム団長の放つ強力な光魔法が次々と飛来し、それから俺たちを守るべく奮闘するルーチェが傷付いていく。
「どうしてだよ…。」
「龍人君。私達は仲間なんだよ。だから、龍人君が助けたいって思っている人を倒すなんて事はしないよ。皆で助けよう?だから龍人君も諦めないで。」
「違うんだよ。俺には……俺は、間違ってたんだ。」
「なぁにくだらない事でウジウジ言ってんだよバーカ。」
いきなり聞こえた男の声に顔を上げる。
そこには、ラルフ先生が腕組みをして難しそうな顔で立っていた。
「ラルフ先生…。」
「はぁ……取り敢えずお前、殴られろ。」
「え?」
ガツン!!
と、ラルフ先生の拳が俺の脳天に直撃し、俺は地面に叩きつけられたのだった。




