4-31.火乃花と火日人
ロジェスの魔力球から生えた刃が、無慈悲に振り下ろされる。
俺は…ここで死ぬのか。怒りは無い。あるのは虚無感。結局、俺は誰も助ける事が出来なかった。
…………。
おかしい。刃に貫かれた感触がない。もしかして、その前に死んじまったのか?
「…ん!」
「………と君!」
何かが聞こえるな。もしかして、天使がお迎えに来た声…なんてメルヘンチックな事がある訳ないか。
「龍人君!」
ハッと…目を開く。
そこには、涙を流しながら俺を抱き抱える火乃花がいた。
俺と目が合うと、目を見開き、微笑む。
「良かった…。………ルーチェ、後は任せたわ。」
微笑みから一転、決意を瞳に宿した火乃花は俺の体を隣にいたルーチェに預けると、少し離れた所で起き上がり始めたロジェスに向かって歩いていく。
2人が俺を助けてくれたのか…。でも、ロジェスの力は異常だ。魔法なのかも分からない。火乃花1人で戦うとか無謀過ぎる。
「ルーチェ……アイツ、強い……から…」
「大丈夫ですの。火乃花さんは強いですわ。」
「………。」
ルーチェの手が、震えていた。そうか、皆…恐怖を感じても尚、立ち向かう事を選択しているんだ。
それを感じた俺は、何も言う事が出来なかった。
火乃花と、ロジェスの戦いが始まる。火乃花は焔鞭剣で直線の斬撃と、不規則な曲線の斬撃を織り交ぜる事で戦いを優位に進めていく。
けど、ロジェスも負けてはいなかった。
グニャグニャと色々な形に変わる魔力球を操り、火乃花の攻撃を防ぎ、隙を見つけては反撃の1撃を叩き込んでいる。
赤と黒の魔力が激突を繰り返していく。
くそっ。俺は見ているだけしか出来ないのか…。
無力という悔しさに身じろぎをすると、ルーチェが俺を支える手に力を込めた。
「龍人君、無理をしないで下さい。腹部の傷は重症ですの。光魔法を傷口に固定化する事で出血は抑えられていますが、戦うのは到底無理ですの。」
「……悪い。俺がやられてなきゃこんな事には。」
悔しさに顔を歪める俺を見て、ルーチェは軽く目を瞑り、ほんの少しだけ口角を持ち上げて首を振った。
「そうではないですの。皆が皆最善を尽くしてここに居ますの。龍人君が自分自身を責める必要はありませんわ。」
「……クソ。」
無力だ。余りにも。
火乃花とロジェスの戦いは…少しずつだけど、火乃花の攻撃が通らなくなってる気がする。
やっぱりロジェスの使う魔力球は普通の魔法とは何かが違う。形状が自由に変わるのもだし、見ていると硬度も自由に変えている気がする。
「きゃっ!?」
そんな時だった。魔力球の1つが薄長くなって火乃花の足下へ移動していき、それを火乃花が踏んだ瞬間にグイッと動いてバランスを崩させた。
ロジェスの魔力球の使い方が、戦いながら上手くなってやがる。
「火乃花さん!危ないですの!」
倒れ込む火乃花に、棘を沢山生やした魔力球の群れが殺到した。直撃受けたらヤバいだろ…!
火乃花の姿が魔力球に隠れて見えなくなり…。
ヒュン!
ひと筋の赤い閃光が飛来し、魔力球群を蹴散らして爆発を引き起こす。一瞬で部屋の中に煙が立ち込める。誰の魔法だ…?威力が高過ぎるだろ。
「おっし。間に合ったか。」
場の雰囲気にそぐわない気楽な声で俺の近くに降り立ったのは…火日人さんだった。俺とルーチェの状況を確認すると、上を見上げて叫ぶ。
「おい!負傷人だ!さっきのお嬢ちゃんに回復をしてもらうから連れてこい!」
「はい!」
…何故上なんだ?と思って見上げると、天井に穴が空いていた。…マジか。火乃花とロジェスの戦いでも全く傷がつかないこの部屋に穴を開けるとか…火日人さんどんだけ強いんだよ。
その穴を通って火日人さんの部下っぽい人が現れる。両手には天使…じゃなくてクレアが抱えられていた。
「え、龍人君…!」
着地するや否や、クレアは俺を見て顔を青褪めさせる。
はは…格好悪い所を見られちゃったな。
「だ…大丈夫だ。ちょっと痛いけどな。」
「ちょっとじゃないよ!今治すね!」
クレアの治癒魔法が俺を包み込む。
フワァっと温かい感覚が俺を包み込み、腹部を中心に痛覚が少しずつ和らいでいく。
「サンキュ。…てか、クレアも顔色が悪いぞ。何があったんだ?」
「それは…私はいいの。」
「その嬢ちゃんは変な装置に繋がれて魔力を吸われてたんだよ。」
「魔力を…?」
クレアは話したくなさそうだったけど、火日人さんが教えてくれる。
「理由は分からねぇ。」
「クレア…。」
治癒魔法を掛けてくれているクレアを見つめると、やや逡巡した後…辛そうな顔で話してくれた。
「えっと…最初の部屋で分断された後にサタナスっていう科学者みたいな人に捕まったの。それでね、私が属性変換っていう特異体質らしくて…何かに大量の魔力を使うから魔力を貰うぞって。」
「属性変換…。」
知らない言葉だな。特異体質って事は、ゲームで言うユニークスキルの類か。
「大量の魔力…ね。物騒だな。」
火日人さんが忌々しそうに顔を歪める。
……あ、煙が少し晴れてきたな。火乃花は……。
ブワッと煙が広がり…その中心を火乃花が突っ込んできた。え?なに、どゆ事?
「何しに来たのよ!!」
えー?助けに来たはずの火日人さんに殴り掛かったんですが。
パシィィィン!という音を鳴らしながら、火乃花の拳を受け止めた火日人さんはちょっとだけ獰猛な笑みを覗かせた。
「おいおい。実の父が助けに来たのに対して殴り掛かるってのは、少し頂けないぞ?」
火乃花の瞳は激情に染まっていた。…この2人の間に何があるんだ。
「今更よ。何で今助けに来て…あの時は来なかったのよ。何で今動けて、あの時は動かなかったのよ!」
爆炎を纏った回し蹴りが火日人さんの横顔にクリティカルヒットする。
「何で…か。それをお前に説明するつもりは無い。お前の言う通り今更だし、納得してもらえるとも思ってねぇ。」
「この…!」
火日人さんの返答で更に怒りのボルテージを上げた火乃花は、焔を纏った突きと蹴りを連続で叩き込んだ。
「痛く…ねぇ。」
けど、顔色ひとつ変えない火日人さんは火乃花の腕を掴むと、ルーチェの方へポイっと放り投げた。
「後は任せろ。」
そう告げると、火日人さんは立ちすくむロジェスに向かう。
「何なのよ…!」
「火乃花さん、落ち着くのですわ。火日人さんは火乃花さんの身を案じていると思いますの。」
「違うわよ。私達にこの場所を突き止めさせて、最終的に手柄を執行部のものにしたいのよ。お父様は…昔からそういう人なのよ。」
「火乃花さん!それは違います!」
火日人さんの部下が咄嗟に否定の言葉を叫ぶ。
「何が違うの?」
「火日人さんはいつでも家族の事を大事に考えてますよ。」
「……嘘。ね。お父様は、そういうフリをしてるだけよ。あの人は…家族を犠牲にしても、実績を選ぶの。」
「それは……。」
部下の人はギリっと口元を結ぶと、両の拳を握りしめた。
…なんだ?何かを知っているけど言えない…そんな事情がありそうだ。
ドォォォン!!
火日人さんとロジェスの戦いが白熱している。火日人さんが繰り出す様々な焔魔法をロジェスが魔力球で迎撃し、様々な状態に変形する魔力球の変則的な攻撃の数々を火日人さんは涼しい顔で弾き、避け、カウンターを放っていく。
…正直、俺がまだまだ到達していない領域の戦いが繰り広げられていた。
「あの…少し良いですの?」
険悪な雰囲気のまま膠着した火乃花と火日人さんの部下の様子を見兼ねてか、ルーチェが割って入る。
「お2人とも落ち着いて欲しいですの。」的な仲裁をするもんだと思ってたんだけど…違った。
「私…心当たりがありますの。その話をしても…良いですの?」
「…何よ心当たりって。」
ルーチェは火乃花をじっと見つめ、ロジェスと激しい戦いを繰り広げる火日人さんへ視線を送り、天井に視線を動かし…決意したように再び火乃花を見る。
「火日人さんは…火乃花さんを、大切に想っていると思いますの。」
「何を…言ってるのよ。ルーチェ、適当な事を言ってるなら許さないわよ。」
火乃花が怒りを露わに言うが…ルーチェは静かに頭を振った。
「火乃花さんが言っているのは、魔法街戦争で火日人さんがご家族を犠牲にした。という話ですよね?」
「それは……。」
火乃花は下唇を噛んで逡巡した後、視線を上げる。
「…そうよ。お父様は、私達家族を犠牲にして魔法街戦争で功績を上げて、執行部長官に抜擢されたのよ。家族を心配しているフリをして、結局は自分の為の踏み台にする男なのよ。」
「火乃花さん。部外者の私が言うのは良く無いのかもしれませんが…私の記憶では、霧崎家の家族が人質に取られて火日人さんが身動き出来なくなったという話がありましたの。なので…もしかしたら、家族を犠牲にしたという話は誤解かもしれませんの。」
「え…。」
怒りに染まっていた火乃花の顔が凍りつく。
火日人さんの部下はルーチェの言葉を聞いてそっと視線を逸らしていた。…知っていて、口止めされていたのかね。
「私も5年前の話なので、正確には覚えていませんの。でも、火乃花さんは当時中央区に住んでいたと思いますの。」
「…そうね。」
「私は…恐らく近所に住んでいましたの。そして…近辺で大規模な戦闘が勃発し、近くの家一体が壊滅しましたわ。その少し前にお父様から聞いた記憶がありますの。家族を人質に取られた火日人さんが警察庁で敵方を倒しにいかせろと暴れていると。」
火乃花にとっては衝撃の事実だったんだろうな…。
目を見開き、到底信じられない…という風に頭を振る。
「ルーチェ…俺にもその話を教えてほしい。魔法街戦争で何があったのかすら…俺は知らない。」
「分かりましたの。私の知っている事をお話しします。」
ルーチェは話し始めた。
あの時、魔法街戦争時に、中央区で何が起こっていたのかを。そして、そこに関わるものたちの苦痛を。




