4-30.暴走
白い部屋の中に立っていた男…それはロジェスだった。ん?誰だそれって思っただろ。
ロジェスは俺が街立魔法学院の入学準備をする時に、雑貨店で案内をしてくれた人だ。
メタボ体型でニート&オタク臭ぷんぷんで、話し方も挙動不審なんだけど…凄い丁寧に色々教えてくれたのを覚えてる。
魔力補充石の鑑定で訪ねた時には体調不良で休んでるって言ってたけど…なんでこんなトコにいるんだよ。
「オ、オラ…なんでこんな所にいるんですか?」
「え?どーゆー事?」
「え、えっと…オラ、気付いたら……ここに立ってたんです。」
「もしかして誰かに攫われたんじゃないか?ロジェス、何か覚えてないのか?」
「…!?な、何でオラの名前を知ってるんですか…?」
「え?いや、前に雑貨店で…。まぁ俺も名乗ってなかったし、お客さんの1人だし…覚えてないのも無理はないか。」
「雑貨店で……お、思い出しました。街立魔法学院違ににゅ、入学する準備で来た、い、イケメンのお兄さん。で、でも…ふ、服装が大分……かわ、変わりましたね。」
「…あ、そういや俺、あの時は麻の服だったっけ。」
「か、カッコ良いで、ですね。」
「あんがと。……で、話を戻そう。ロジェスは自分がここに居る理由、全く思い当たらないのか?」
「は、はい。お店の仕事が終わって…み、店を出た所から、お、覚えてないです。」
んー、これは拉致られたっぽい感じだな。
「誰かに拉致されたんじゃないか?何か心当たりはないのか?」
「こ、心当たり?」
「そう。例えば悪い連中に目を付けられるような事をしちゃったとか。」
「………。」
…おいおい。黙って目をキョドキョドし始めたんだけど。何か隠してそうだね。
「お、お、オラは何も知らないです!な、な、な、なにもやってない…です!」
「……おい?」
「お、お、お、お、お、おお、お、おおおお、オラ、オラおおおおオラは、や、やりたかたかつかたったんじゃじゃぁぁな、な、ないんだ……です!!」
「ロジェス!大丈夫か!?」
ロジェスの様子が急変しやがった…!
目をギョロギョロ動かし、全身から汗を噴き出し、呂律が回ってない。
「ウギ…………オラオラオラ、オラ、おラ……ゆ、ゆ、ゆ、ゆ、許さない。…………………っ!?」
ビクン!とロジェスの体が跳ねる。
どうなってる。誰かに魔法で何かされてるのか…?
周辺を見回して確認するけど、この真っ白な部屋には誰もいない。部屋の外から遠隔で何かされてるのか?
とにかくどうにかしないと…この様子じゃ、下手したら死ぬぞ。
「ゔ…!?………オラはユルサナイ。オラを利用するやつはユルサナイ。殺ス。コロス。コロスコロスコロスコロス。」
いきなり流暢に言葉を話し始めたロジェスの全身から……黒い魔力が溢れ始めた。
「ロジェス…ロジェス!おい!お前、何をされたんだ!?」
もしかして、アウェイクの影響か?だとすると。誰かに拉致されてアウェイク漬けみたいにされたのか…?
どうにかして助けないと。
「オマエ、シネ。」
「……!?」
サタナスの右腕が振われ、俺は弾き飛ばされた。
この威力…一般人の威力じゃないぞ。
受け身を取った俺が見たのは…。なんだアレ。ロジェスの腕が筋肉ムキムキになってんだけど。
「オマエ、シネ。コロス。」
しかも腕の色が青に変色していく。カメレオン?
「ゔ、がァァァァァァ!!」
ゴキゴキゴキ…という鈍い音が響き渡り、ロジェスの体が更なる変貌を始めた。
全身が筋肉質になっていき、目は瞳全てが赤く染まっていく。指先は爪が伸びて鋭利な刃物みたいに…。
人間…なのか?最早異形の怪物にしか見えない。
「殺す。オラを虐める奴らは全員殺す。死んでください。」
話し方が…変わったな。挙動不審な話し方をしてたのに、流暢なんですが。
変身?が終わって落ち着いたのか?話せるってことは、まだ人間としての何かは残ってるって事だろうけど…。
「死ねぇ!」
ロジェスは狂気的に伸びた爪を振り翳して襲いかかってきた。
10本の爪による切り裂きを避け、牽制で風刃を連射する。
「ふんっ!」
…うわっ。爪をひと薙ぎしただけで風刃を全部弾き消したぞ。つーか、この様子だと俺の攻撃が効かなそうな気がするんだけど。
でも、このまま殺されるわけにはいかないし…ともかく戦うしかないか。どうにかして助けたいってのが本音だけどね。
龍刀に魔法陣を直列展開し、ロジェスへ接近する。
「しっ!」
鋭い息を吐きながら横薙ぎの斬撃を放つ。同時に直列励起した魔法陣で雷を発生。斬りつけると同時に、雷撃を叩き込んだ。
「こんなもの効くかぁ!!」
「マジかよ!?」
気合いで雷撃を弾き飛ばしたロジェスの回し蹴りが鳩尾に突き刺さる。鋭い衝撃が突き抜け、肺機能を麻痺させる。
「か……。」
「死ねぇーー!」
ガギガギガキィィン!
10本の爪が縦横無尽に振り抜かれ、俺がギリギリで展開した物理壁と火花を散らす。
この身体能力…強すぎる。元々これくらい動けた…?いや、あの贅肉たっぷりボディじゃあり得ないと思う。
一般人が急にここまで強くなれる筈がない。となると、やっぱり黒い魔力がロジェスの体に作用したって考えるのが妥当。
ただ、これまで見たアウェイクによる魔力暴走者は体は人間のままで理性を失ってた。ロジェスは…逆だ。理性を保ち、人ならざる姿になっている。
この違いはなんだ…?
「オラ、オラ…オラだって強くなりたかった。それを踏み躙ったオマエ達は断罪されるべきなんだ!」
「ロジェス!俺達が何をしたってんだよ!」
くそっ。少しずつ攻撃の威力が上がってきてる。
物理壁と龍刀でロジェスの攻撃を防ぎ続け、攻撃が1発大振りになった事で生まれた隙に、高密度の魔力を乗せた蹴りを叩き込む。
さっき属性【雷】は弾かれたから、属性魔法よりも純粋な打撃力を引き上げたんだけど…成功みたいだ。後ずさったロジェスは蹴りが命中した肩を押さえて震えている。
「何をした。だって…?オマエ達は優越感に浸って、オラを否定した。オラにとっての全てを奪ったじゃないか。」
…話が見えない。それに、さっきまでは俺の事を雑貨店に来た客って認識してた筈なのに、黒い魔力が出現した辺りから…別の誰かに向かって話してるみたいだ。
何か幻でも見てんのか?いや、それにしては俺に対して明確な殺意を向けてくるような。
「あの人がオラを救ったんだ。だから、オラはあの人を信じる。オラは、オラが生きる意味を信じる。…それを、オマエなんかに壊させるかぁ!!!」
絶叫するロジェスから再び黒い魔力が噴出する。
そして、ロジェスの周りで渦を巻き…球状になった。
嫌な予感がすんな。絶叫してたロジェスも両手をダランと下げて急に静かになるし。
先ずは…様子見だ。
3つの魔法陣を並列励起し、ロジェスの視界を覆い尽くすように炎を射出。視界を炎で遮り、そこを突き破るように2つの魔法陣を直列励起させた魔法陣を3組展開。
氷の槍、風の槍、火の槍を撃ち出す。
3本の槍は其々の属性の尾を引きながらロジェスを覆うように広がる炎の中へ吸い込まれていく。
手応えはあった。けど、まだだ。
本命はここから。
無詠唱魔力で脚力を引き上げ、低い姿勢で駆ける。
狙うのは龍刀の刺突。付与する属性は一撃の破壊力を高める属性。今俺が使える属性で該当するのは…。
「うらぁ!!」
気合いの声を上げつつ、6つの魔法陣を龍刀の切先に直列励起状態で展開する。発動するのは凝縮された魔力が爆発するイメージ。
発動属性は…分からない。けど、関係ない。純粋な魔力による一撃だ。
俺は、ロジェスを止めたい。助けたい!
6つの魔法陣が光り輝き、その中心を龍刀が通り抜けていく。莫大な魔力が魔法陣に吸われていき、高密度の爆発エネルギーが龍刀に付与される。
…いっけぇぇ!!
渾身の刺突をロジェスへ繰り出す。
龍刀の切先はロジェスの胴体へ触れ、大規模の爆発を発生…しなかった。
「……は?」
目を疑う。龍刀はロジェスが出現させた黒い魔力球に受け止められていた。
爆発は…いや、起きた筈だ。爆発が発生する魔力の感覚はあった。それなのに、現実には何も起きていない。
俺は気付いてしまう。
ロジェスの真っ赤に染まった瞳が、まるで虫けらを見るかのように俺を眺めている事に。
言葉は無かった。けど、俺は敗北を悟った。腹部を貫く激しい痛みと共に。
「ぐ……あ……。」
ロジェスの周りに浮く魔力球の1つから、刃が飛び出て俺を貫いていた。
そして、別の魔力球が俺を吹き飛ばす。衝撃に刃が腹部から抜ける。腹部から血が噴き出す。
マズい…体に力が入らないぞ。このままだと…死ぬ。
俺に向かって静かに歩み寄るロジェスを、激痛に霞む視界で見る事しか出来ない。
ロジェスの顔から表情を読み取ることは出来ない。淡々と、処刑台に置かれた罪人の首を刎ねる処刑人のように、ただの雑務のように俺を見下ろしていた。
ロジェスの右腕が静かに持ち上げられるのに呼応して魔力球は再び刃を生やす。
そして、狂刃は俺に向かって振り下ろされた。




