4-28.地下施設潜入
あ〜っと、俺はラルフ=ローレン。街立魔法学院の教師だ。今は1年生を担当している。
面倒くさい事に、今はアウェイクの蔓延に対処する為に、1年生を率いて魔法街の中央区を中心に調査を進めている。
今日は魔力補充石生産者を一斉調査する日だ。これで尻尾を掴めるとは思えないが、可能性を1つずつ潰していくという観点では一斉調査は有効だ。ま、学院生の奴らには何か見つかるかもって含みは持たせて話したけどな。
基本的に心配はしていない。生産者つっても、基本的に戦闘が強い奴はいないからな。どっちかっていうと魔力量は多いのに戦闘に向かない奴らだから、1年生とは言っても魔法学院の奴が倒されるなんて事はない筈だ。
気になる事と言ったら、生産者ってのは変な趣味を持ってる奴が多いから、それに毒されて趣味の道に走っちまう学院生が出ちまうかもしれないって事くらいかね。ま、それはそれでそいつの人生だから、俺がどうのこうの言う必要も無いんだけどよ。
今回のアウェイクに関する調査は、結構難航してんだよな。
まず、相手は痕跡を隠すのが上手い。
言い換えれば、尻尾を掴まれた時の対処にも熟練している可能性が高いって訳だ。
そうなると、変な組織が関わっている可能性が高くなる。流石に1年生だけで問題解決は難しいだろうな。つー訳で、尻尾を捕まえたら俺が出張って壊滅させるつもりだ。生徒が攫われたとかになったら洒落にならねぇからな。
タダでさえ、今回の事件を1年生に調査させるってのには反対なんだ。過程を求められても断るね。
ま、俺が出張ったとしても学院長に怒られる程度だから、それで良い。
な〜んて事を考えながら、南区と中央区を繋ぐ通行所の前でコーヒーを飲んでたら、ルーチェからの伝言が届いた。アイツ…こんな魔法使えんのかよ。
……マジか。
伝言内容、最悪じゃねぇかよ。
魔力補充石生産者の家をアウェイク暴走者と思われるハゲ4人に襲われて、別のゾンビみたいな奴が逃走したから追いかけて、空き地の木の根本にドアがあったから少し中を捜索するとか…コレ、下手したらアウェイク生産者の本拠地に乗り込んだ事になるぞ。
……ちっ。手間掛けさせやがって。
「いくか。」
俺はコーヒーを通行所の兄ちゃんに渡すと、ルーチェが知らせた場所に向けて飛翔した。
……おい。ねぇじゃん。
ルーチェが言った空き地の端にある木の根元を見た俺は、久々にイラつきを抑えられなくなる。
ねぇんだよ。ここにドアがあるって伝言では言ってた筈なんだがな。
ルーチェの悪質な悪戯か、それともドアが消えたのか。
…流石に悪戯はないか。
となると、ドアが消えたってのが濃厚か。
「さぁてと…どうすっかな。」
ったく、事態は切迫してる感じなのに、空はこんなに綺麗に澄み渡ってるのかよ。
もっと穏やかな毎日を過ごしたいぜ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
木の根元から地下に潜入した俺達は暗い通路を慎重に進んでいた。
通路はやけに整備されていて、歩きながら伝わってくる感触ではタイルの上を歩いてるみたいだ。
ボコボコの洞窟みたいな所を歩くよりは良いけど、逆にここまで整備されているって事実が不安になるよね。
だってさ、簡易的に作った地下だったら、ここまで整備する必要は無い訳で。これはつまり、この地下は一定期間以上利用する事を前提に作られた可能性が高いって事になる。
「なぁルーチェ。」
「…分かってますの。想像していたよりも、内部の造りがしっかりしていますわ。最初の部屋を見つけた時点で引き返しましょう。」
「分かった。」
ルーチェも相当警戒してるみたいだな。いつもはもう少しのんびりした雰囲気だけど、今は緊迫した感じの話し方だった。
少し歩くと、前方に扉が見えた。
皆で視線を交わした後、俺はしゃがみながら静かに扉を開けて隙間から中の様子を覗き込んだ。
「……なんだこりゃ。」
俺の拍子抜けな声を聞いた火乃花が俺の上から覗き込む。
おい!ちょ!当たってるってば!役得だけど、やめてくれ!なんかクレアが睨んでくるんですが!「破廉恥」って思われてんだろ!?
俺の色々な意味での焦りに気付かないのか、部屋の中を覗き込んだ火乃花は俺の上で首を傾げた。…多分傾げてる。だってさ、上を見る事が出来ないんだもんよ。
今上を見たら、俺は至福の瞬間を手に入れる代わりに、数分後に壮絶な悲劇を迎える事になっちまう。
「何も無いわね。」
火乃花は扉を静かに開けると、ルーチェとクレアが中を見えるように体をずらした。
…ほっ。やっと嬉しい感触が離れたよ。
「コレだけの通路があって何も無い部屋というのも…奇妙ですわ。」
「そうだね。もしかしたら、この部屋から別の通路があるんじゃないかな?」
クレアの言葉を受けて部屋の中を確認するが…扉は見当たらないんだよな。
白い正方形の部屋。その中には本当に何もなかった。ただ部屋を作り、そのまま放置したかのように何も。
「…部屋の中を捜索してみましょう。何かあったらすぐに通路から退避する事を忘れないでください。」
「おっけー。」
「分かったわ。」
「うん。」
俺達は部屋の中に入ってどこかに続く通路がないかを調べた。
…が、何も見つからない。
そんな事あるか?つーか、ゾンビ男はどこ行った?って話だよな。
この部屋に隠し扉があるのか、さっき通った通路に隠し通路があったのか。それとも別の何かがあんのか?
ともかく、ここで手がかりを見つけられないと…。
「皆さん。1度撤退致しましょう。」
「そうね…流石に何も無さすぎて君が悪いわ。」
「うん。何も無いね。」
皆が撤退しようと言い始めた。まぁそうだよな。ホント何も無い事に意味があるような何も無さだし。
…ん?
今ふと思い付いたんだけど、敢えてこの部屋に何も無い状態にしていたとしたら。そうする事で何かが引き起こされるのか。
………何かがあれば、そこを調べるよな。何もなければ今みたいに分かれて探す。分かれて…もしかして。
「皆!すぐに入り口に集まるんだ!」
ヤバい。俺の想像が正しかったら……!
ドォン!!!ズゥン!!ドォン!
地響きのような音がして床の一部が連鎖的に跳ね上がる。そして上がった床同士が連結を繰り返し…俺の前には部屋を分断する形で壁が出来ていた。
やられた…!俺達をこの壁で分断する事が目的だったのか。
皆は無事か?分断の目的はなんだ?
「おい!火乃花!ルーチェ!クレア!無事か!?」
……。駄目だ。返事が無い。
ドォォォォン
深い地響きがして、天井からパラパラと破片が落ちてくる。
待て。焦るな。まずは壁を壊せないか確かめて………。駄目か。魔力耐性が高い何かしらの素材を使ってるみたいだ。
なら…探知魔法で。
壁のせいでかなり遮断されちまうけど、微かに反応があるぞ。2人と1人に分かれてるな。1人にされたのは……クレアか。いや、近くにもう1人いる。さっきのゾンビ男か?
「……!?マジかよ。」
クレアの反応がプツンと消えやがった。
火乃花とルーチェらしき反応も部屋から遠ざかっていく。
火乃花達は先に進んだって考えるのが妥当だろうけど、クレアは……捕まったのか?
誰に?何の目的で?
クソ。もう2度と誰も失わないって決めたってのに。
「絶対に助ける。」
俺は壁から目線を逸らし、後方を確認する。
「ご丁寧にご招待しますってか?」
部屋の外側の壁にドアが現れていた。ここから進むしかない。
何が何でもクレアを助け出してやる。
こんなに腹の底から怒りが湧き上がってくるのは、森林街以来かもしれない。
焦らず…怒りに任せ、確実に殺してやる。
怒りに染まった視界をそのままに、俺は歩みを開始した。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
コポコポ。
コポコポコポコポ。
水の中を気泡が上昇する音が静寂な部屋の中で、唯一聞こえる音だった。
発生源は液体の入ったガラス筒。その中に浮かぶ男の、チューブが差し込まれた口元だ。
静寂なこの空間…人が居ない訳では無い。寧ろ、ガラス筒の周りには10数名の研究者達が、取り憑かれたかのようにガラス筒のに見入っていた。
「まさかここまでの安定化に成功するとは。」
「神に勝る偉業だ。」
研究者達の口から漏れるのは感嘆の声と溜息ばかり。
「やはり彼に従う事で、私達は神をも超える事が出来る。」
今、彼らの心を満たすのは、更なる研究成果を求める純粋な探究心だった。
そして、その探究心は現在目の前に浮かぶ男が「どこまで完成しているのか」という点に関しても答えを求める。
「この男。どこまで力を使えるんだろうか?」
「それはこの後の実戦で確認すれば良いだろう。」
「だが、もし実戦で不足の事態が起きれば…研究が無駄になる可能性だってあるぞ?」
「それは…。」
純粋な探究心が邪な考えを生み出す。
彼らを統括する人物の目を盗んで、少しばかり確認を行っても良いのではないか…という考えを。
だが、誰もそれを口にする事が出来ない。研究者達から彼という存在は、尊敬の対象であると同時に、畏怖を覚える存在でもあるのだ。
これまで、どれだけの研究仲間が命を落としたか。その殆どが彼の手による一方的な仕打ちによるものだった。
故に、研究者達は欲望と恐怖の狭間で揺れ動き続ける。
「俺、俺は知りたい。」
だが、1人の研究者が呟いたひと言が恐怖に対する理性のタガを外す。
「そ、そうだ。彼は今ここには居ない。」
「あぁ。もう1人の定着化に必要な素材が集まったから、そちらに掛かりきりになると言っていたぞ。
「ならば…今すぐにでも。」
研究者達は血走った目で行動を始める。
だが、幸か不幸か…研究者達がその欲求を満たす事は無かった。
ガラス筒の中に浮かぶ男の目が開く。
虚な目は、水の中にあって虚に外の様子を映し出した。
「あ、あぁぁぁ……。」
開いた口から嗚咽のような声が漏れる。
それは、水の中にあって、ガラス筒の中にあって、それでも尚…周りにいる研究者達の耳に明確に届く。
ただの声では無い。それ自体に魔力を有するからこそ。
そして。
男の体から黒い魔力が噴き出る。
噴き出た魔力は暴走する事なく、男の体に吸い込まれるようにして消える。
「ぁぁぁぁあああああ!!あ!!ぁあ!!」
男は吠える。苦しむように、歓喜を堪えるように。
そして…変化が訪れた。
怠惰によって弛んだ腕、腹、脚、背中から脂肪が消え、筋肉が盛り上がる。肌は黄色人種のそれから青に。口から白い牙が2本生え、瞳は黒も白も赤に染まる。最後に指先から爪が伸びていき、10の凶器を指先に宿した。
人…そう称して良いのかも分からない変容に、だがしかし研究者達は興奮を隠す事が出来なかった。
「コレはまさしく…!」
「いや、まだまだ、近付いただけだ。だが…素晴らしい!」
「ならば、今のバイタル値をそくて…」
ヒュンヒュンヒュン
空気を切り裂く音が聞こえたと思うと、研究者達は興奮冷めやらぬ目から光を失った。
白衣は最早白衣と呼べる色ではなくなり、鮮やかな赤に染まり、次第にドス黒く変色していく。
開いた口から声が出る事はなく、開いた瞳は自分のもう1つの瞳を映していた。いや、それは本当に自分のものなのだろうか。それすらも分からず、辺りに散らばる肉片を映す視界は薄れていった。
後に残るのは、ガラス筒が割れた事で解放された1人の…弛んだ肉体を纏った男。
そして、その光景を部屋の外から静かに眺め、肩を縦に揺らすのは研究者達がここには来ないと言っていた筈の…サタナスだった。




