6-38.選挙広場
時は少しだけ遡る。
龍人とチヨが舞頼の助太刀に入り、敵勢力を(ほぼ舞頼が1人で)撃退した頃。
選挙広場で徳川家と織田家が演説合戦を行なっているのを眺めていたクルルは、腕を組んで静かに待っていた。
選挙演説はどちらの陣営も勢力を保っていて、聴衆の反応からもどちらが有利。とは判断をしにくい程度には拮抗している。
(そろそろかしら。)
時計を確認したクルルは、広場の端へ目線を送る。
彼女の想定通りであれば、合図が届くはず。
(私達がこれまで動いてきたのは、これからの数分間の為。失敗は出来ないわ)
「皆さん!我々の住む星をもっと豊かにしましょう!そうすれば、文明のレベルを飛躍的に引き上げることだって可能です!そうすれば、将来、紅葉原に何かの不幸が起きたとしても、高い文明がそれを守ることだって出来る!徳川家が掲げる政策は現状維持に他ならない!現状維持とは進化を否定する行為。進まぬ者達は退化するしかない。そんな思想を持った徳川家へ政権を預けて良いと思いますか!?」
ここにきて織田家の論調が変化する。
これまでは「自然を残したままテーマパークを造る」事の素晴らしさを説き続けてきた織田家だが、最後の演説の場面で徳川家の政策否定を盛り込んできたのだ。
政治に於いて政敵の政策を否定するのは常套手段。だが、これまで使ってこなかったその手段を、最後の最後に持ち出すという事は、それによって徳川家の支持層を崩せるという自信の表れだ。
相手を否定するという行為は、その否定を覆されたら逆に自身が不利になる。
そのリスクを負ってでも、今回の選挙で勝利をもぎ取りにきているのだ。
(ここが正念場ね。徳川家がしっかりと反駁出来ないと、この演説合戦…負けるわよ。)
徳川陣営の論者が後方に控える人達と目を見合わせている。
政策批判という手法を想定はしつつも、無いと勝手に断じていたのだろう。
油断他ならない。とはいえ、仕方のない部分も否めなかった。白金と紅葉の都の選挙に於いて、政敵の政策を否定するという論法は取られて来なかった。あくまでも己の政策を話し、その理解を得る。という手法が一般的だったためだ。
(けれど、今回は前回の選挙とは違うわ。織田家のバックにはDONが付いている。正々堂々とした手段で戦うわけがないもの。)
徳川家だって、その事実は把握しているはず。それなのに徳川陣営は浮き足立っていた。…少なくとも、聴衆からはそう見えても仕方がない状況だった。
次に、どんなタイミングでどんな発言をするか。それが、今回の選挙戦が辿る結果を大きく左右する重要な場面。
その場面で、クルルはとある人物が広場の端に顔を出して「OK」サインを出したのを確認する。
「まさか…こんな場面で私の出番になるなんてね。」
時が来たのだ。
然るべき時に来るとは思っていた。
だが、まさか……。
「これ程までに相応しいシチュエーションになるとは…ね。」
クルルは静かに立ち上がると、凛とした雰囲気を携えて演説台へ歩み行く。
「ちょっと君!今は両家の演説中だ。部外者むぎゅぅ…!?」
道を阻もうとした警備員の顔を抱き抱えて自身の胸に押し付ける。豊満なそれに幸せの絶頂を感じた警備員は…当然の如く無力化。それで良いのか警備員。羨ましいぞ警備員!
事態に気付いた他の警備員が制止しようと動き始めるが、その警備員達の首筋には背後から苦無が突き付けられた。
「アンタ達、大人しくするんさね。彼女は徳川家の賓客さね。」
「し、しかしそんな報告は…!」
「このアタイが言ってるんだ。逆らえば、別の意味で昇天だが?」
警備員達の合間を縫って姿を現したザキシャは、クルルを見ると肩を竦める。
「まぁ…お手並み拝見さね。」
「ありがとうザキシャ。期待には応えるわ。」
クルルは片目を瞑ってウインクをすると、気負いしない様子で再び歩き始める。
中央の演説台へ到着したクルルには聴衆から怪奇の目が向けられた。
無論、こうなる事は百も承知。
故にクルルは「この場に立つ事が当たり前」であるかの様に振る舞った。
「両家の演説中に失礼する。私はミューチュエルのクルル=ローラン。この選挙に終わりを告げる為にこの場に立つ。」
堂々たる宣言。決然たる態度。
聴衆と織田家、徳川家の全員の視線がクルルへ固定された。
(さぁ…ここからの一挙手一投足が運命を左右するわ。)
常人ならそのプレッシャーに押しつぶされそうな環境で、クルルは自分の口が自然と笑みを形作るのを自覚する。
「先ずは…、織田家の不正について。」
クルル。渾身の一幕が開幕した。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「ここに来るの…久しぶりだな。」
紅葉原を象徴するシンボルツリーである巨大紅葉。
その根本から上を見上げながら、ミリアは独り言ちた。
そっと巨大な幹に手を沿わせると、ザラザラとした感触と共に、ボウっと生命の温かさを感じる。何となくではあるが、この巨大紅葉が昔からこの場所で白金と紅葉の都に住む人々を見守ってきたのだと分かる。
「…ううん。一緒に成長してきたんだよね。」
無論、ミリアがこの巨大紅葉と同い年な訳がない。
樹齢何年ですか!?レベルなのだから。
しかし、ミリアは何故か「一緒に成長してきた」と感じていた。理屈ではないのかも知れない。
チチチチ…。
巨大紅葉の枝に止まる小鳥がミリアを見下ろしている。「なんで君は地面にいるんだい?」と言わんばかりの純粋な瞳で首を傾げる様は、愛らしいようで憎らしい。
「よしっ。クルルに早めにって言われてるし、頑張って見つけなきゃ。」
1人でガッツポーズを取って見上げたミリアは、幹をガシッと掴む。
「登っちゃうんだからねっ!」
象徴宝石をどうするのかが分からず、取り敢えず登ってみるという選択をしたのは、ミリアだけの秘密である。
行動してみる。は正義。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「チヨばぁちゃん!頼むから変なところを触らないでくれ!」
「ほっほっほっ。無意識なんじゃのぅ。」
「じゃぁ意識して触るなし!」
「老人に無理を言うのは感心しないのぅ。」
何を言っても聞く耳持たずなんだが!
「ったく…。ん?なんか広場がやけに静かじゃないか?」
「うむ。どうやら間に合ったようじゃのぅ。」
「お主ら、広場を俯瞰出来る場所に待機するぞ。」
先行していた舞頼が俺の耳たぶを摘んだ。っつーか、掴んだ。
「いてててっ!?」
「静かにしろ。この場を見極めねばならん。」
「見極めるって…選挙の演説だろ。」
今はどちらの陣営が演説をしてるんだか。てか、俺、正直なところ選挙にあまり興味ないんだけどな。
「……あれ?」
「どうした。」
「どうしたんじゃのぅ。」
「俺の見間違いかな。クルルが演説台に立っている気がするんだけど。」
遠目だし、他人の空似かな。
でも、長身ナイスバディに眼鏡って…あんなに似た人がいるなんて。
「クルルだな。」
「クルルなんじゃのぉ。」
「だよな…。やっぱクルルか。」
ん?
「…………えぇっ?マジで?なんで?どっちかの陣営に入ったのかあいつ?グハッ!?」
舞頼の肘打ちが脇腹に突き刺さった。
「静かにしろと言っている。」
いやいや、静かにしろって言われても、今のこの状況を理解できないと静かに出来ないだろ。
「両家の演説中に失礼する。私はミューチュエルのクルル=ローラン。この選挙に終わりを告げる為にこの場に立つ。」
クルルが話し始めた。別行動を取るってのは聞いてたけど、演説をするなんて聞いていないぞ。何を言うつもりなんだ…?
聴衆を見回してひと呼吸置いたクルルは、再び話し始めた。
「今回、徳川家と織田家は政権を掛けて選挙を行なっている。だが…この選挙は無効と言わざるを得ない。」
ざわめきが広がった。選挙が無効?
「選挙とは組織または集団において、投票等の手続きによって代表者を決める事よ。これに伴って必要なのは、候補者が正々堂々と選挙を戦う事。けれど、この選挙に於いて…ある団体が偽りを述べている事実を掴んだ。」
おいおい。もしかして…DONの事をこのタイミングで暴露するつもりか?
クルルが後ろ手に持っていた紙束を掲げる。
「これは、織田家がこれまでDONと手掛けてきた事業の概要。この内容は素晴らしいものよ。白金と紅葉の都、そのシンボルである紅葉原を保ちつつ、星としての収益を上げる為に、未来に繋げる為の事業をいくつも実施しているわ。」
選挙が無効と言いつつも、織田家の賛辞を始めるクルルに動揺したのか、聴衆は顔を見合わせ始めた。
「けれど、DONは違う。各事業の裏で、この星を手中に収める為の工作を多数行っているわ。その中には紅葉原を残さないという計画もある。」
クルルが指を鳴らすと、手に持っていた紙束が風に吹かれたかのように空高く舞い上がり、聴衆へ満遍なく降り注いでいく。
その紙を手に取って見た人達から…動揺の声が漏れ始めた。
「嘘…。これじゃぁ、白金と紅葉の都が…。」
「DONは公園の建設とかと積極的にやっていた会社だよな?」
「こんなの詐欺じゃないか。」
動揺が怒りに変わっていく。
「酷い内容よね。でも、それだけじゃぁないわ。」
再びクルルが指を鳴らすと、聴衆が手に取っていた紙に新しく文字と写真が浮かび上がった。
クルルの奴…いつの間にマジックを習得したんだ。
「織田家も紅葉原を残すつもりはない。それで得た収益のキックバックをDONから受け取るつもりらしいから。そして、DONはテーマパーク事業の為に計画していた土地買上げの反対メンバーを、悪者退治の名目で裏で叩きのめしていたわ。…その実行者は真実を知って命を絶った。今浮かび上がったのが、その証拠よ。」
おいおい。DONってそんな悪どい方法で土地を買い上げてたのか。やり方が汚すぎる。自分達の手を汚さずに実行するあたりも酷い。
「これらの事実をもって、私はこの選挙が無効だと宣言しよう。選挙を行う必要があるか?有権者に虚偽を語り、人々の生活を、命を軽く扱う織田家とDONにこの星を任せる事ができるのか?皆、この星が好きなのだろう?」
クルルが言葉を続ける内に、ざわめきが静まっていった。
この星が好きなのだろう。その言葉が響くと、広場は静寂に包まれる。
そして。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
クルルが広場で示した証拠の紙を手に持って眺める織田重光は静かに笑っていた。
「ははっ。某の謀りがこんな形で、こんなタイミングで露見するとは思いませんでしたね。糞程度の知識しかないこの星の糞野郎どもを、某の思いのままに幸せにしてやろうと思っていたのに…残念ですね。」
縁が水色で彩られた白の羽織を纏い、その上に天女のような金の羽衣を掛ける優雅な出立ちの重光は、酷く歪んだ顔で立ち上がった。
「この星が手に入らないのなら、今までと同じ手法を取る必要もないでしょう。」
腰に差していた一振りの刀を抜き放つ。
「重光様…それは。」
部下の1人がその刀を見て目の色を変えた。刀を抜いたという事実に反応したのではない。重光の持つ刀…それは、彼が知る重光の刀では無かったのだ。
「これですか?貴方程度の人間でも分かるでしょう。古武将の戦刀ですよ。この力を使い、某は今この場で革命を実行しましょう。」
「まさか、黒水と雪の都で起きた怪盗アーベルハイトによる窃盗事件は…。」
重光は自身の唇に人差し指を当てて「静かに」のポーズを取る。
その意図が分からない部下は…それでも口を閉じるしかなかった。
古武将の戦刀が変化したのだ。ジワリとドス黒い赤線が刀身に浮かび上がり脈打った。
「こ、これは…伝承の」
「はは…ははっ!これは素晴らしい。これが、これこそが某の力。今まであれやこれやと策略を練りましたが…そんなの無駄だった。最初から力で全てを淘汰すれば良かったのです。全てを…壊して!」
「いけませ重光様!その刀は…貴方を……」
重光の目が赤く染まり、部下は自身の視界がクルクルと縦に回転しているのを自覚した。
視界に映るのは自分自身の体。そして、重光の持つ刀が血の弧を描く様子。
「さぁ…罰を。」
一振りの斬撃が重光の周囲にいる織田家家臣達の首を跳ね飛ばした。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ビストは頭を巨大な鉄槌で撃ち抜かれたかのような衝撃に…茫然自失としていた。
(そんな…織田家は…悪なのですかな?)
信じられない。信じたくない。
自分は今まで何の為に織田家家臣として活動をしてきたのか。
道場の皆に何を語ってきたのか。
それ以外の人達にも。
だが、クルルが示した証拠は…否定し難い事実。
受け入れられないが受け入れざるを得ない事実。残酷な現実。
前が見えない。何も聞こえない。聞きたくない。見たくない。
こんな所に…居てはいけない。
何かに縋らずにはいられない。
自分が引き連れてきた道場の面々が周りで何かを言っているが、聞こえてこなかった。
聞く余裕すら無かったのだ。
自分が信じてきた物が、全て根底から崩れた衝撃に…ビストは茫然自失と歩き始めた。
帰らなくては。
自分が守ってきたものを守るために、帰らなくては。
(オラは…オラは…間違っていない筈なのですな…)
力の入らない足を懸命に動かし、ヨロヨロと広場を立ち去るビスト。
道場の面々はそんなビストに困惑しつつも後を追いかけて行った。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
クルルが暴露した事実によって、様々な場所で様々な反応がある中。
「これはぁ楽しくなってきたぁね。」
肩を揺らして笑いを堪えるのは豊臣不死だ。
自身が代表を務めるDONが、世間的には批判の嵐に晒される未来が間違い無く訪れるというのに、まるで第三者、傍観者の様に今の状況を楽しんでいるように見えた。
「さぁ、祭りの始まりだぁね。祭りはぁ盛大に盛り上がるようにぃ煽らないとねぇ。」
ペロリと唇を舐め、獲物を狙う肉食獣の様な笑みに吊り上がった目で周りを睥睨した不死は、軽快な足取りで聴衆の中に姿を紛れ込ませていった。