6-37.思惑
光秀の周りにある鉄塊が形作ったのは細い鉄線だった。
ウネウネと動く鉄線は、まるで意思を持つ生物のようだ。
…もしかして、もしかするかな。俺の予想が正しければ、相当ヤバい。
「深淵の舞踏を踊り狂え!」
そのポーズは何!?
と、突っ込む間もなく…鉄線が舞踏という名の通りに踊り狂いながら俺のいる空間を蹂躙する。
咄嗟に展開した護龍障壁へ鉄線が次から次へと打撃を与え、打撃音と空気を切る音が同時にハーモニーを奏でる。
…なんて、詩的な表現をしてみたけど…これはマズイ。護龍障壁が無かったら、一瞬で細切れにされてたぞ!?
「ははっ!素晴らしい防御力!だが、いつまで耐えられるかな!?」
光秀が腰を横にクイッと入れたヒーローみたいなポーズを取ると、鉄線の威力がグンっと引き上がった。
今は防げているけど、このままだと護龍障壁が破られる可能性は高い。現に所々ヒビが入り始めてるし。
鉄線の乱打を受け止めつつ、突破口を探す。
攻撃の隙間を縫って反撃…。駄目だ。隙間なんかありゃぁしない。
耐え続けて光秀の魔力切れを狙う…。不確定だ。どちらが先に魔力切れになるか分からないし、耐えている間にさらに強くて貫通力のある魔法を使われるかも知れないり
俺も鉄線みたいなものを…。出来るか!
「マズイな。対抗策が見つからない。」
俺の攻撃がもっと強力で、光秀の鉄線ごと吹き飛ばせたら…状況は一変するのに。
この星で過ごし始めてから感じ続けているけど、やっぱり俺には攻撃力が不足している。色々と魔力の使い方を工夫したり、護龍の力を使えるようになって防御力は上がったけど、それだけだ。
何か…何かないか?
木刀に魔力形成した魔力を纏わせて攻撃力を増したように、龍劔術【双刀6連閃】みたいな連続攻撃のように、今の俺が出来る最高の火力を出す方法は…。
「はははっ!動きが止まったな。ライバルよ、進化を止めた者はライバルの座から蹴落とされる!」
クネッシュピィィインズッバァァアン!と、光秀が決めポーズを取り、鉄線に変化が現れる。
細い鉄線の中に鉄柱が3本混じったんだが…。
ガァァァァン!!ゴォオォォン!
除夜の鐘ですか!?ってレベルの殴打音が混ざり、護龍障壁が次々に凹んでいく。
あ、これ、終わったかも。
「くたばれ!深淵の王の寵愛は俺だけのものだ!!」
3本の鉄柱が絡み合い、極太の鉄柱へと変化する。
…やっぱりそうだ。光秀の使う魔法は属性【砂鉄】じゃなくて、属性【鉄】。
そう考えれば、砂鉄操作だったり、いきなり武器が手元に現れたりって理由に説明がつく。
つくけど…そこまでだ。対抗策が無い。
空気を分ける轟音を立てながら極太鉄柱が振り下ろされた。
明確に浮かぶ死のビジョン。この攻撃で俺の護龍障壁は叩き割られて、守る術を失った俺は叩き潰される。
俺に出来るのは、護龍障壁を犠牲に必死の回避を試みることだけ。
ギリギリのタイミングで回避して、反撃を…!
「汝、回避する事、能わん!」
極太鉄柱を振り下ろしながら光秀が叫び、極太鉄柱から4歩の鉄線が躍り出る。
ほぼ同じタイミングで護龍障壁が叩き割られ、その軌道から体を逸らした俺へ四方から鉄線が迫る。
王手。
そう表現するのが最適のような盤面。
もし、この盤面を崩せるのだとしたら、それはこの盤面上のルールに囚われない何か。けど、そんなもの…!
鉄線が俺の体を滅多打ちにする。
「……。」
筈だった。
「がばばばばはびゃばびゃびゃばびゃばばば…!?」
光秀が痙攣していた。紫色の光を全身から迸らせながら。
「良く耐えた。己よりも強い者へ立ち向かうのは勇気がいるものだが、主はその点において褒められて然るべきと言えるだろうな。」
ビリビリ痙攣する光秀の横を悠然と歩く舞頼は、白目を剥きつつある光秀を横目で見ると体を捻り…光秀の胴体を蹴り飛ばした。
紫電が衝撃で爆ぜ、錐揉み回転をしながら壁を突き破った光秀は何か雄叫びを上げながら見えなくなった。
舞頼…強い。俺が全力で戦って敵わなかった相手を一撃かよ。
「どうした?妾の強さを目の当たりにして言葉も出ぬか。」
「……うっせぇよ。」
「減らず口を叩けるなら良い。」
敵の襲撃を受けた後とは思えない、平然とした態度の舞頼をみてチヨばあちゃんが肩を竦める。
「して、舞頼よ…こやつらはどうするんじゃのぅ?」
「うむ。一先ず、全員死刑が妥当だろう。気絶したフリをする軟弱者共にかける情けは無い。」
ビクゥッ!?と倒れていたリーゼント男達が反応した。
「くっ、くそっ!事前情報より強すぎんだよ!光秀の野郎もやられちまうし…話がちげぇ。」
「大人しく捕まるか、惨たらしく抵抗を続けるか…選ぶが良い。」
舞頼が刀の切先をリーゼント男達へ向ける。
刀身から紫電が迸って獲物を威嚇する。
「はんっ。俺達を誰だと…思っている!」
リーゼント男達は舞頼という脅威を前にしても怯まなかった。
「俺らの信念は……。」
リーゼント男達から闘志が立ち昇る。これぞ漢気…!
「自分の命が最優先!!」
クルッと踵を返したリーゼント軍団は、脇目も振らず全力で逃亡していった。
「えぇ…。」
男気にロマンを感じた俺の気持ちはどうなるん!?
「ふん。他愛もない。」
「じゃが、これで織田家の目論見が透けて見えたんじゃのぅ。」
「目論見?」
「うむ。舞頼を最初に襲ったのは織田忍者。そして、今逃げたガラの悪い小童はDONの構成員じゃのう。」
DONって確か、テーマパーク事業を担う企業で、織田家と手を組んでるんだっけ。
「つまり、どういう事だ?」
「分からぬか。」
「分からん。」
舞頼の目線が冷たくなった…!?怖い。
「ふぅ…簡単な事。例え、織田家が政権を握ったとしても妾はテーマパーク事業への反対は取り止めぬ。つまり、そう簡単に政策を実行へ移す事は出来ぬ。だが、もし妾が命を落とせば…徳川家は瓦解。」
「……容易にテーマパーク事業を進められるってか?」
「うむ。だが、それだけで全てが納得といかぬのも事実。」
「まだ何かあんのか?」
「妾はそう睨んでいる。」
「なるほどじゃのぅ。選挙戦前日に舞頼を襲う理由がありそうじゃのぉ。」
舞頼は顎に手を当てて思案すると、刀を納めて歩き出した。
えっと、もう少し分かりやすく説明して欲しいんだけどな。
「チヨばぁちゃん。つまり、これからどーすんだ?」
「そうじゃのぉ。舞頼について行くのが最善手じゃなぁ。」
「どこに行くんだよ。」
「それは道すがら説明してあげるんじゃぁ。ほれ、おんぶして追いかけるのじゃぁ!」
「……はぁい。」
なんか釈然としないし、良いようにおんぶさせられてる気もするけど。
チヨばぁちやんをおんぶした俺は、慌てて舞頼を追いかけるのだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
徳川家の屋敷から少し離れた建物の屋上。
おかっぱ頭をユラユラ横へ揺らしながら、その男は舌舐めずりをする。
「糞部下達はやられたぁね。ククッ。想定通りにいかないのもぉ想定通りだぁね。」
クツクツと笑いながら肩を揺らし、目を半月状へ歪める。
「このまま行けば…奴は窮地に陥るぅね。そうしたら、拙者ぁの計画2つ目どぉり。そうでなくとも……。DONの、拙者の天下は近いんだぁね。」
笑いが止まらない。
半月状の目が、そのまま、奥に宿る光だけが鈍く、鋭くなった。
「全て…全て壊してやるさぁ。」
ユラっと立ち上がる。
「もう一つ、駒を増やすとするかぁね。」
男は足音もなく姿を消した。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「チッ。姿を消したぞ。」
「豊臣不死…何を考えているのかがサッパリ分からないのですわ。」
「全く…裏で暗躍だなんてカッコ悪いね。俺なら正々堂々と俺自身の魅力で人々を動かして見せるのに。」
龍人達の動きを眺めていた男…豊臣不死を観察していた魔法街のレオ、マーガレット、フルは窓から覗くのをやめて椅子に座り直した。
「ともあれ、織田家の忍者が徳川家を襲撃し、そこにDONのヤンキーが合流。それらが撃退される様を楽しそうに豊臣不死が眺めていた。織田重光への報告はこの内容ですわね。」
「あぁ。重光は不死が裏切るかもって言っていたがよ、そんな素振りが全く見えないのが気になるな。」
顎に手を当てて考えるレオの肩にフルが手を乗せた。
「甘いよ。裏切る奴ってのは、その直前まで片鱗すら見せないんだ。ましてや相手はDONという巨大な組織の主だろう?その程度は朝飯前だと認識すべきだよ。」
「フルの言う通りですわ。……今、気付いたのですが、この裏切ろうとしている。と、重光に思わせた事自体が計画という可能性もありますわね。」
「あぁん?そうなっと、どうなんだよ。」
マーガレットはソファーに座ると、優雅に足を組んだ。太ももがチラッと見えてフルの顔がデレる。
「もし、裏切りがブラフだった場合、織田家の視線を何かから逸らす事が目的だと推察出来ますわ。もしくは……重光を追い込む。なんて可能性もありますわね。」
「どういうこった?意味がわから…」
マーガレットの人差し指がレオの口に触れ、言葉を止めた。
「……不死が動き出しましたわ。しかも堂々と大通りを。」
「ふむ。あちらの方角は選挙広場があったか。丁度今の時間は…両陣営の最終演説が始まる頃合いか。」
「最悪の事態かも知れないですわ。」
「どういう事だい?」
髪の毛をサラッと靡かせるフルを無視しつつ、マーガレットはレオの顔を見る。
「選挙広場には重光がいるはずですわ。そして、不死が向かっている。もし、ここに舞頼が向かっていたら…小田家、徳川家、豊臣家が一堂に会する事となりますわ。各陣営の最高戦力が1箇所に集まるだなんて…。」
「そらマズイな。依頼人の重光を死なせるわけにもいかないし、俺達も向かうか。」
「えぇ。」
マーガレットとレオは迅速に行動を開始。隠れていた家から出ると足早に選挙広場を目指す。
「おっと…まさか、俺の色気攻撃からこんな手段で逃げるなんて。マーガレットは恥ずかしがり屋さんだなっ。」
頭がお花畑のフルも慌てた様子ゼロで動き始めるのだった。
一つだけ突っ込むとしたら、髪の毛サラっが色気攻撃…レベルが低いと言わざるを得ない。
そして、
選挙広場では。
クルルが仁王立ちしていた。