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固有職業『龍人』を得た俺の異世界生活  作者: Scherz
6章:白金と紅葉の都
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6-27.試練7階

 影の双銃使いに辛勝し、疲労困憊で倒れたブリティへミリアが駆け寄っていく。


「ブリティ…!大丈夫っ!?」


 喧嘩をしていたけど…相手が倒れるとそんなん忘れて駆け寄るんだもんな。ほんと、普通に仲直りしていつも通りの2人になってもらいたいよ。

 俺も他に影が出てこないとも限らないから、警戒しつつ2人に近付いていく。


 ピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨ


「ブリティ…ピヨピヨしてんな。」

「うん。…大丈夫、なのかな?」

「まぁ息もしてるっぽいし…大丈夫なんじゃないかな?」


 力を使い果たしました。的な雰囲気で、頭の周りにピヨピヨひよこを飛ばすブリティは、きっと心配ないんだろう。…と思いたい。

 それよりも。


「ブリティは結界の中で影と何を話していたんだろうな。」

「それ…気になるよね。ブリティの表情、辛そうだったよ。」

「でも…何故か今は晴々とした顔で気絶してるようにも見えるぞ。」

「うーん…よく分からないね。」


 ともかく、6階の試練を突破したのは間違いなさそうで、俺とミリアはブリティを運びつつ7階へ進む事にした。


 ………


 そして、7階。


「まぁ…想像通りっちゃぁ想像通りか?」

「そうだねっ。私は龍人だと思ってたんだけど…。」


 いや、俺はミリアかなって思ってたけどね。


「頑張ってな。」

「うんっ。ありがとう!」


 ミリアは力強い視線を7階ホールの中央へ向ける。

 そこには6階と同じく文字が浮かび上がっていた。「挑戦者ミリア…中央へ進め。」と。


「行って…くるね!」


 何故かムキッとポーズを取ったミリアがホールの中央へ進み、足を止めると…例によって結界が張り巡らされる。中で何が起きているのかを視界以外で判断出来ないってのは、地味に嫌だな。

 ブリティは大分苦戦していたし…ミリアも同じようにならないと良いんだけど。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 ホールの中央へ進んだミリアは、バクバク鼓動する心臓を押さえるのに必死だった。

 理由は…6階で戦っていたブリティだ。

 彼女が戦った影が相当な実力を持っていたのは間違いない。しかし、ブリティを苦しめたのは影との会話だった…ように思えて仕方がないのだ。どんな会話を繰り広げたのかを知る事は叶わない。けれども、自分が同じように立ち向かい、乗り越えることができるのか。そんな漠然とした不安がミリアの胸中には渦巻いていた。

 本当なら龍人に相談をしたかった。しかし、ミリアの中にある何かがそれを躊躇わせた。

 その何か…に意識を向けなかったのは、無意識か。意図的か。


「…来た。」


 ミリアの眼前で空間が歪み、そこから影がヌラッと滑るように出てくる。


「女の…人かな?」


 影だから表情を察する事は出来ないが、ミリアと同じくらいの長い髪をした女性。


(…すっごいスタイルが良いんだけどっ。)


 モデル的なスラッと美人体型のミリアだが、そんな彼女が羨むボンキュッボン的なスタイルを誇る女性の影は、自分の肩をトントンと叩きながら…前触れもなく闘気を放ってきた。


「うっ…すごい…!」


 闘気…というか殺気というか。猛獣に睨まれる小動物の気分だ。

 ともかく、これまでミリアが相対した事のないレベルのプレッシャーが全身に叩きつけられていた。

 


「あんた…何を迷っているのよ。」

「えっ?」


 身に覚えのない問い掛け。自分は何かを迷っていたのだろうか…という疑問が駆け巡る。


「……ふぅん。覚えが無いって顔をしているわね。」


 女の影が右腕を地面と水平に伸ばす。


「回りくどいのは嫌いだから、単刀直入に言うわね。貴女は…龍人に惹かれる心を持っているわね。」

「………っ!?」


 単刀直入ドストレート貫通力MAX!!!


「えっと…えぇ?うぅんっと、そ、そうなのかな?」

「はぁ…自覚無しっていうのが1番厄介なのよ。」

「うぅ…。」

「更に、貴女はミューチュエルという仕事をとても大切に思っている。それと同時に、白金と紅葉の都に住む人々も。」

「それは、間違いないよっ。」


 女の影が…笑った気がした。


「ならば、問うわ。貴女は…心惹かれる龍人、ミューチュエル、守りたい人々。どれか2つを捨て、どれか1つだけを選ばなければならなくなった時、どうするのかしら。」

「どういう意味…?そんな事あるわけないよ。」

「どうかしら。徳川家、織田家。この2つの勢力が選挙という戦争を行なっているわね。どちらの勢力が選挙で勝利を勝ち取るかで、人々の生活は大きく変わるわ。そして、それはきっと貴女が理想とする人々の生活から掛け離れる可能性も大いに孕んでいるの。もし、貴女の選択が選挙の結果を左右する事になったら。その選択が…龍人やミューチュエルを捨てざるを得なかった時。どうするのかしら。」

「だから…そんな事あるわけ…」

「ない。とでも言いたいの?現にあなたは龍人に対して惹かれる気持ち、仕事仲間として友達として付き合ってきたブリティに対する気持ちで揺れ動いて、ブリティを傷つけているわ。それが彼女があなたに冷たく当たる理由よ。貴女が認識出来ていないだけで、常に人っていうのは選択の連続が一つの結果へつながっているの。ブリティとの関係を修復するために、龍人と別れるのかしら?それとも、龍人と一緒にいたいからブリティと別れるのかしら。それとも…白金と紅葉の都に住む人々の生活を守るために、それを実現する織田家か徳川家を選挙に勝たせるためにミューチュエルを解散する事が出来るのかしら。」

「そん……なっ。」


 女の影が言い放つ、自分でも気付いていなかった事実や、有り得なくもない近い未来に訪れるかもしれない選択肢に、ミリアの思考は混乱のループへ陥っていく。

 ブリティが冷たい態度を取るのは、煮干しがなくなって…その腹いせで自分に八つ当たりをしていたのではないのか。そもそも龍人への気持ちって…本当に自分は惹かれているのか?

 ミューチュエルを解散して…?解散する必要があるのか?何故?解散したらクルル、ブリティ、龍人とはもう会えなくなってしまうのだろうか。

 というか、そんな状況は本当に訪れるのだろうか。どうやったらそんな状況に?もし、そんな状況になる未来が予測されるとして、それはどうやったら回避出来るのだろうか。

 様々な疑問がグルグルグルグルと渦巻いていく。


 考えがまとまらず、どうしたら良いのか分からず、目線を泳がせるミリアに対し、女の影は更に追い討ちを掛ける。


「全部どうにかする。だなんて甘い答えは許さないわよ。そんな理想論で生きていける程…この世界は甘くない。……大切な仲間を失う事だってあるの。だからこそ、どれかを選ぶっていう選択が、選ばない選択肢を守る事にもつながるのよ。自分から遠ざける事で、危険から遠ざけられる可能性が高くなる。そうやって切り捨てて、選択して、僅かな光を放つ最善の未来を掴み取るのよ。貴女には…それが出来るかしら。」

「そんな…そんな事…!!」

「そして、ここからが本題。その未来を掴み取る…実力が貴女にはあるのかしら。」


 女の影の右腕から高熱の炎が迸った。

 莫大な熱量が女の影を中心に放たれ、ミリアの皮膚をジリジリと焦がす。


「…強い!」

「当たり前じゃない。私はりゅ……これを言うのは反則かしら。そうね…じゃぁ、私は焔の申し子。貴女みたいな中途半端な焔の使い手じゃぁ私には勝てないわ。そして、私に勝てない程度の実力者なら、白金と紅葉の都で渦巻く問題を解決だなんて出来るはずもない。」


 女の影が迸らせていた炎が礫となりミリアを強襲する。


「…くっ!」


 無論。ミリアとて何も抵抗せずに炎の礫に穿たれるほど弱くは無い。

 細劔に焔を纏わせて巧みに操り、炎礫の軌道を逸らしながら回避に成功する。


「避けるだけ?」


 女の影は右手に焔の剣を生成し、無造作に振るう。

 攻撃範囲外での素振り。その意図を掴めないミリアは、眉を顰める。

 そして、それが致命的な思考の隙を生んでしまう。


「……えっ!?」


 女の影が振るった焔の剣は、鞭のように、蛇のようにしなってミリアの喉元に食い付いた。


「……ぐぅ……!」


 危機一髪。喉の薄皮1枚が切先によって斬り裂かれて赤い線を描く。更に、女の影が手元で動かした微細な動きが鞭のように動く剣へ複雑な動きを伝達していく。

 不規則な動きによる斬撃。ミリアは必死に細劔で捌いていくが、次第に服や皮膚を斬り裂かれる回数が増えていった。

 強者による弱者の蹂躙。

 そう表現せざるを得ない一方的な展開に、結界の外で見る事しか出来ない龍人は……仲間のピンチを心配するべきであるのに、ポカンとした顔で女の影を見つめていた。


(………なんだ。あの影……知ってるのか?)


 確信は無い。だが、心の奥底をチリチリと焦がすような感覚があった。

 実は銃使いの影を見た時にも同様の感覚があったのだが、気に留めるほどの事でも無いと無視していた。


(試練の相手を見ると感じるこの感覚…、俺はあの影を知っているのか?記憶をなくす前は影使いだったとか?でも…。)


 本当にそれだけのもので感じる感覚なのか。

 何か、大切な事を忘れているように感じてならなかった。


「くぅ…っ!負け…ないんだからぁっ!」


 女の影が操る焔の波がミリアを押し潰そうとする。

 圧倒的実力差を押し付けられる。それでも、ミリアは諦めない。


「鳥人化【不死鳥】!」


 故に、持てる力を余す事なく使う覚悟を決めた。

 渦を巻くように出現させた焔がミリアへ収束して髪と瞳が真紅へ染まり、体の周りに紅稲妻が走る。


「へぇ…アレに似ているわね。なら…。」


 目には目を。焔には焔を。

 女の影が真紅の焔を体に纏い、姿を消した。否、姿を見失う程の速度で移動したのだ。


 ガスッ!


 鈍い音が響く。女の影の拳がミリアの腹部を下から打ち上げた音だ。

 衝撃に浮いたミリアの体は続け様に斜め上から打ち下ろされたた脚撃によって地面へ叩きつけられた。


「う…!」

「何をしたって、貴女は全て私を上回れない。弱い。弱いわ。だから、貴女は選ばなければならない。想い人、友達、仲間、大衆…さぁどれを選ぶのかしら?」


 突き付けられる現実。迫られる選択。

 今…はその時では無いのかもしれない。

 しかし、これは白金と紅葉の都で、いずれ向き合わなければならない問題。

 そんな風に考えていただろうか。

 自分が頑張ればどうにかなる。…そんな風に楽観視していたのではないか。もっと真剣に向き合い、ベターな選択をする覚悟が必要だったのではないか。

 多数の攻撃を身に受けながら、ミリアはそんな疑問と戦っていた。


「……答えも出せないのね。それなら、貴女は何も手に入れられない。全てを失うわよ。」


 それでも。


「私はっ…私はっ!」


 思い出した。

 ミューチュエルを始める前…ミリアは困っている人を放っておけなくて、1人で身近な人達の手助けを良くしていた。

 他意は無い。ただ、人助けをしていただけ。それで満足していた。皆が笑顔になるのが嬉しかったのだ。

 ある日、カルルン人形を買いに出かけたミリアは、限定品欲しさのあまり普段使わない裏路地を全力疾走していた。

 そこで出会ったのは、忍者の姿をした複数人に囲まれ、死の淵に立たされた女性…クルルだ。

 明らかに怪しい雰囲気の忍者。というか、忍者とは白金と紅葉の都において、政治を担う徳川家と織田家に仕える者達の衣装だ。つまり、誰がどう見ても関われば厄介な事になる事件。一般人であれば、我が身の可愛さに気付かなかったフリをするのが道理。

 だが、ミリアは当然放っておかない。

 どんな理由で今の状況になっているのかは分からない。しかし、どんな理由であれ命を落として良い人物などいない。

 そして、ミリアはどんな理由であれ、困っている人を、ましてや命の危機に晒されている人を、人の命を奪おうとする悲しい事をする人を……見捨てる事など出来ない。

 だらんと垂らした右手からポタポタと血を垂らすクルルを助ける。そのクルルの命を奪うという残虐な行為から忍者達を助ける。そう本能で瞬時に判断したミリアは駆け出していた。

 突然の闖入者に戸惑ったのもあるだろう。しかし、ミリアの実力は一般人のそれを遥かに凌いでいて、忍者達は瞬く間に鎮圧された。

 そして、怪我に痛む右手を押さえつつも…突然の出来事にポカンとするクルルへ「大丈夫?何があったのかは分からないけど…これで一先ずは安心だと思うよっ。」と声を掛けた。

 これが、クルルとの出会い。同時にミューチュエルの始まりだ。

 ミリアの「困っている人を放っておけない」という心に感銘を受けたクルルと共に、白金と紅葉の都にに住む人々の些細な手助けをする…ミューチュエルを設立。

 手助けをした人達の笑顔が好きで、皆が幸せになって欲しいから。そんな単純な理由でここまで走ってきた。

 そんな単純な理由だからここまで走ってこれたのだ。この想いは…決して曲げてはならない。


 煮干し事件で仲間に加わったブリティ。

 何処からともなく現れ、記憶が無いのに活躍を続ける龍人。

 ずーっと傍で助けてくれているクルル。

 そんな3人が…


「……大好き。」


 共に暮らす白金シティの皆が


「大好き。」


 例え…敵だとしても、その敵でさえ


「笑顔に…なって欲しい。幸せになって欲しい。」


 想いが、覚悟が確固たるものへ変わっていく。


 女の影が振るう焔の剣を、右手に作り出した焔の細劔で弾く。


「……!?動きが、変わった?」


 ミリアは俯き加減だった顔を、静かに前へ向けた。

 信念という焔に燃える瞳が女の影を捉える。


「理想かも知れない。夢かも知れない。それでも、私は諦めたく無いんだっ!だから、私は夢を、理想を叶える為に…進むよっ!」


 焔の細劔に高密度の焔が集まっていく。


「だから、貴女の問いへの答えはこうだよっ。私が選ぶのは全部っ!敵も、味方も関係ないんだよっ!!」


 焔を足元で爆発させる推進力、身体に焔を纏わせる身体能力強化、焔の細劔に内包する熱量の圧倒的強化。

 攻撃の為の魔力使用を無意識に3つ同時に発動したミリアが跳躍する。低く、地面スレスレの跳躍。


「全部を守って!笑顔に!してみせるんだからっ!」


 女の影が迎撃で焔の剣を振るうも、焔球を弾けさせた衝撃を利用した鋭角な進行方向変更で斬撃の全てを掻い潜ったミリアの細劔が、音を置き去りにして女の影へ突き刺さる。


「…どういうつもりなのかしら。」


 確かに貫かれた。そう確信していた女の影が訝しげな様子でミリアへ問いかける。疑念、というよりも戸惑いの色合いが強いか。


「言ったでしょ。私は全部を守って笑顔にするの。もちろん、貴女もだよっ。」


 ミリアの細劔は女の影を貫かず、すぐ横を通り過ぎただけだった。命のやり取りをする場面だったとしたら…甘すぎる覚悟。

 しかし、それであるが故に。


「………ふふっ。ここまでだとは思わなかったわ。」


 女の影から発せられる闘気がパッと消える。


「いいわ。合格よ。貴女には彼を支える資格があるわ。私が…私は覚えていないんだけど、私がいくまで彼を頼んだわ。」

「それってどういう…」

「あと、もう少し胸を大きくした方が良いかしら?」

「なっ!?えぇっ!?なんでそうなるのっ!?」

「ふふっ。ありがとう。」


 最後に爆弾を投げ込んだ女の影はユラっと揺らめいて消えていった。


「勝った……のかな?」


 試練が終わったと感じたミリアが脱力する。


 その時だった。


 パッと視界が切り替わり、ミリアの前には男の影…なんというかやたらマッチョな雰囲気…が立っていた。


「えっ…?」

「よぉ。」


 男の影が軽い調子で右手を上げる。

 突然の変化にミリアが周りを見ると、龍人とブリティの姿は見えなくなっていた。というよりも…先程まで透明だった結界が乳白色になっていて外の様子が一切見えなくなっていたのだ。


「まぁまぁそんな戸惑うなって。ここは8階だ。さぁってと、試練を始めるぞ。お前の心と、女としての魅力を俺が見極めてやる。」


 ワキワキっとイヤらしく両手を動かす男の影に…ミリアは全身を怖気立たせるのだった。

 …主に女性としてのピンチを感じ取って。

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