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固有職業『龍人』を得た俺の異世界生活  作者: Scherz
6章:白金と紅葉の都
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6-26.ブリティの覚悟

 5階でクリスタルを台座に置き、謎のシステムっぽいメッセージに案内されて6階に到着すると、ホールの中央には「挑戦者ブリティ。前へ」というホログラムっぽい文字が浮かんでいた。

 ここからは1人ずつ挑んでいくって事か。つっても、さっきもほぼ1人でクリアしていたから、あんまり変わらないと言えば変わらないんだけど。


「ブリティをご指名なのにゃ。やるのにゃ。腕が鳴るのにゃ。ボッキボキにゃ。」


 やる気満々のブリティは腕をブンブン回しながらホールの中央へ進んで行った。


 ブゥゥン


 ブリティがホールの中央に到着すると、俺たちとブリティを隔てるように結界が出現する。こっちを見たブリティが何やら叫んでいるけど…。


「ミリア、聞こえるか?」

「…ううん。なぁんにも。完全に隔絶してますって感じだね。」

「なんかちょっと嫌な予感がするぞ。これまでと難易度が違う気がする。」

「うん…私も。」


 音が遮断された結界の中で、身振り手振りで何やら言っていたブリティは、俺達から全く反応がない事に首を傾げている。

 そして、ビクッと反応すると素早く後ろを振り向き…グニャリと歪んだ空間から出てきた影を見て警戒態勢を取ったのだった。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 結界に覆われたブリティは「これはヤバいのにゃ。」と察知し、龍人とミリアへ避難するように叫ぶ。


「龍人!ミリア!気をつけるのにゃ!」


 つい先程まで仲違いしていて喧嘩しまくりのミリアに対して、咄嗟の場面では心配する行動を取る辺りが、どこまで喧嘩してもブリティとミリアの間には切れない絆がある事を伺わせる。勿論、ブリティ本人にはそこまでの自覚は無い。


「…おかしいのにゃ。反応がないのにゃ。」


 そして、龍人とミリアが反応しない事に首を傾げつつも、持ち前の第六感による危機感知で振り向いたブリティは、歪んだ空間から出てきた影の人物を見て眉を顰めた。


「お前…誰なのにゃ。」


 影であるが故に、答えるとは思っていない。しかし、それでも問わざるを得ない程のプレッシャーを放っていたのだ。会話が通じるなら暁光、通じなければモンスターとして退治するしかない。…そんな風に直感から発した問いかけだった。


「…ん〜、俺が誰か。なんていうのはどうでも良いんだ。大切なのは、君自身の心だよ。」


 普通に返ってきた返答に面食らいながらも、ブリティは警戒しつつ会話を継続する。


「どういう意味にゃ。お前、強いのにゃ。」


 影。声からするに…男だろうか。両手に影でできた銃のようなものを持ち、ユラユラと揺れる腰から伸びる影で出来たマントのようなものを伸ばす影。要は、全て影で形成されたガンマン?みたいな男は、両手の銃をクルクルと回す。


「俺は君自身に問うだけだよ。その上で、ブリティ…君がどういった決断をするのか。それを見るだけさ。その先にどんな結末が待っているかなんて関係ない。あくまでも俺はそういった機構の1つに過ぎないからね。」

「お前…何を言っているのにゃ?話が抽象的過ぎるのにゃ。馬鹿なのかにゃ?」


 パァン!!!


 影が放った銃弾がブリティの頬を掠める。

 赤い線が頬を走り、ツゥゥゥっと血液が垂れた。


「五月蝿いね。君は、そうやっていつも相手の話もちゃんと聞かずに、自分のエゴを押し付けているんじゃないのかい?だから、煮干しが無くなった程度の事でミリアと仲違いをするんだよ。」


 突如突き付けられる、触れられたくないミリアとの仲違いについて。

 知るはずの無い事柄を相手が知っている事に、ブリティは尻尾を所在なさげに揺らして同様を隠す事が出来ない。


「…そっちこそ五月蝿いのにゃ。プライバシーの侵害にゃ。」

「何を言っているのかな?君は、ミリアの気持ちを考えているの?本当に煮干しを取ったのはミリアだったのかな?」

「何が言いたいのにゃ。」

「君は勝手な思い込みでミリアを悪者にしているんじゃないのかなって話だよ。それとも…他に何か理由があってミリアと話したく無いのかな?」

「何を言っているのにゃ。煮干しが全てなのにゃ。」

「本当かな?龍人が来てから、君は…」

「黙るのにゃ!!」


 龍人。その単語に過剰反応したブリティがサンドクローによる砂爪攻撃をノーモーションで叩き込む。


「甘いよ。」


 影は両手の銃…双銃を高速で操り、砂爪を破壊。ひらりと身を躱してブリティの頭にそっと手を添えた。


「認めなよ。君は…龍人とミリアの関係に嫉妬しているんじゃないのかな?」

「…五月蝿いのにゃ!!」


 砂の槍がブリティの周りに出現し、影を貫いていく。

 ユラリと揺れた影は陽炎のように消え、少し離れた位置に再び出現した。


「何を怒っているんだろう。事実でなければ、そんなに反応する事ないんじゃない?」

「お前の言い掛かりにゃ。ブリティはミリアとも、龍人とも仲間なのにゃ。」

「へぇ。そっか。それなのに仲間を信じる事が出来ないんだね。」


 影が放つ銃弾がブリティに直撃。弾き飛ばされたブリティは結界の壁に叩きつけられた。

 少し離れた所でブリティの様子を見ていたミリアが何かを叫びながら駆け寄ろうとするが、結界に阻まれ近づく事は叶わない。

 そんなミリアの様子を視界の端に認めながらも、ブリティは己の内側に渦巻く葛藤に意識を支配されそうになっていた。


 同時にミリアとの関係…そんな事にまで思考が及び始める。

 いつ、いつからミリアと仲良くなったのだろうか。


(そうにゃ…ブリティは煮干しがきっかけでミリアと出会ったのにゃ。)


 記憶が蘇る。

 気ままに旅をしていたブリティが、煮干しトラブルで食料を失い、壮絶な…それこそ幻覚でも見そうな程の空腹によって倒れたあの時を。

 このまま命の灯火が静かに消えていき、誰に看取られるでもなく、寂しく短い人生を終えるはずだったあの瞬間を。

 この世の煮干しを狙う敵達との戦いに負けた事による絶望と、ある種の納得感に目を閉じようとしたブリティに差し出されたのは…一般的な、なんの変哲もないただの煮干しだった。「大丈夫?私…これしか持っていないけど、煮干し食べる?」という言葉と共にミリアが隣に座っていたのだ。

 「何で…煮干し…。」と、空腹のあまり回らない口を必死に動かしたブリティを見て、ミリアは優しく微笑んだ。「だってね、さっきからうわ言みたいにずぅっと煮干しって言ってるんだよ?」と言って。

 その微笑みは…ブリティの心を射抜いた。恋をした。という訳ではない。どちらかと言えば「なんて素敵な人なのにゃ!こんな風に弱っている人に優しく寄り添える人がいるだなんて信じられないのにゃ!!」といった具合に、一瞬でミリアのファンになったのである。

 因みに、その時に食べた煮干しの味は、過去に食べたどんな煮干しよりも美味しく感じたのは言うまでもない。

 それ以来、ブリティはミリアがクルルと共に営んでいたミューチュエルの一員になる事を決意し、ミリアの人助けを全力で手伝ってきた。単純な動機。でも、だからこそ純粋な想いだった。

 人助けをするミリアを助ける事で、幸せになる人をもっともっと増やせると信じて。そうなれば、ミリアも幸せになってくれると信じて。

 そう。そんな単純な理由だったのだ。


 それなのに。


 それなのに、ブリティはミリアと喧嘩をしてしまった。

 煮干しが無くなったから。ミリアが龍人と仲良く話していたから。

 大好きなミリアを盗られるような気がしたから。どうにか気を引きたくて。でも、ミリアはブリティのものではなくて、ミリアはミリアのもので。

 人が生活を営めば、必然と人の輪が広がるのは当たり前で。ブリティ自身だって人の輪が広がっていたのに。それなのに、ブリティはミリアの隣に自分と同じくらいに親しい人物が立つ事に耐えられなかったのだ。

 だからこそ、煮干しを言い訳にしてぶつかった。まるで癇癪を起こした子供のように。

 それが正しいと信じて…いや、違う。それしか出来る表現がなかったのだ。

 すぐに仲直り出来ると…心のどこかでは信じていた。でも、そんなに人間関係は甘くなく、ブリティとミリアの意固地な部分が2人の和解を事あるごとに邪魔をしてしまった。

 そして、それは今も続いている。

 分かっていた。ブリティは、自分が謝らなければならないと。

 でも、でも、そんな簡単に素直になれるのであれば、ここまで関係が拗れなかったのもまた事実。


「さぁてと、どんどんいくよ?」


 双銃から放たれた銃弾が、ブリティに次々と襲い掛かる。

 まるでブリティの葛藤が大きくなるのに合わせて、銃弾の嵐も激しくなるかのようだ。

 傷付いた体に鞭打ちながらも、ブリティは持ち前の俊敏さを活かして回避行動を取りつつ砂礫で応戦を始める。


「おっ。やるね。でも銃弾戦は俺の独壇場だよ。」


 影は楽しそうに銃をクルクルと回し、再び銃撃を開始する」


「ぐぬぬ…なのにゃ!?」


 銃弾が…曲がった。これまでは直線の弾道だったそれが、曲線を描いたのだ。

 直線の弾道。その思い込みがブリティの反応を鈍らせた。


 ドガガガ!!


「ぐにゃぁ…!?」


 複数の弾丸がブリティの腹部へ命中。着弾の衝撃で体をくの字に折り曲げたブリティは、再び結界に叩きつけられた。

 トン。と軽い着地音を立てながら影がブリティの近くに降り立つ。


「自分の気持ちに素直になれないのって…残酷だよ?自分に嘘をついて、人に正直になれる訳がないよね。そんな程度の信頼関係だったのかな?」


 傷付き倒れ伏すブリティへ、見えない言葉の弾丸が容赦なく突き刺さる。

 まるで、旧知の仲のようにブリティの心を見透かした言葉の数々。それらはブリティの精神を削り取っていく。


 だが、ブリティは分かっていた。影が言う事が…ブリティの本音を見透かしたものだという事を。

 だからこそ…。


「…分かっているのにゃ。それでも、ブリティはブリティの大事な煮干しでミリアとの関係にヒビが入った事を認めたく無かったのにゃ。龍人は…関係ないとは言わないのにゃ。でも、そうじゃないのにゃ。ブリティはミリアが大好きなのにゃ。優しいミリアが。」

「ふぅん。じゃぁ、謝って関係を修復するのかな?」


 ブリティのサンドクローを握る手に力が籠る。

 ぎゅぅ…と、溢れ出る想いを逃したくないかのように。


「ブリティは…自分の信念は曲げないのにゃ。だから…。」


 静かに、ユラっと、それでいて力強い動きでブリティが立ち上がる。


「どうするのさ?」

「お前には…関係がないのにゃ。でも…ブリティがどう考えているのかを気付かせてくれた事には感謝するのにゃ。」

「……瞳に力が戻ったね。そっか。じゃぁ、俺の役割はお仕舞いかな。後は力で乗り越えていってよ。」


 後方宙返りで距離を取った影はクルクル回していた銃をガシッと握る。


「バレットアーツのフルバレット…凌げるかな?」


 双銃からアホみたいな数の魔弾が放たれた。

 弧を描いて飛翔する弾、鋭く尖り貫通力を高めた弾、着弾時に爆発を引き起こす弾、着弾直前に拡散する弾。無数の弾丸がブリティという存在を駆逐すべく、その猛威を奮う。


「…お前にブリティの道を阻ませないのにゃ。ブリティは…覚悟を決めたのにゃ。」


 両手を床に付いたブリティが疾走する。まさしく猫の如し。

 右に左に、時には上空へ飛び、空中で体を捻る。

 魔弾の猛攻を全て回避…とはいかないが、最小限の被弾で影との距離を詰めていく。


「グググ…にゃぁっ!」


 彼我の距離が詰まった事で、それを防ぐべく影が放った散弾を、無謀にも両手をクロスにしたガードで突っ込み、無理やり突破したブリティは…ニカっと笑う。

 ミリアと喧嘩をしてから久しく見せることの無かった、清々しい笑顔。


「ありとうなのにゃ。ブリティはまっすぐ進むのにゃ。そのきっかけは間違いなくお前がくれたのにゃ。お礼に、全力でぶっ飛ばすにゃ!!」


 クルクルと回って着地したブリティの右手が光る。


「砂陣【怒天掌底】にゃぁ!!」


 巨大な砂の手による掌底が放たれた。


「うわっ…これは…!?」


 ドッパァァァァン!!!!!!

 という、空気が爆ぜる音がホール内に大反響。

 掌底は影に着弾すると同時に衝撃波を前方へ放ち、余波を受けた結界がビリビリと明滅した。


 巻き上がった砂が静かに落ちていき、視界が明瞭になったホールの中央には…上を向いて「やりきったのにゃ」という爽やかな表情で立つブリティだけがいた。


「もう、無理にゃ。」


 そして、体力の限界を迎えたのか…ブリティは静かに倒れたのだった。

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