6-23.突入
俺達が見守る中、人質として拘束されていたミリアは「特別に」拘束を解かれていた。
勿論、結界をどうにかできるかも。と、本人の申告があったからだ。どうやって結界を抜けるつもりなのか。と皆から聞かれたミリアの返答は「そんな感じがするんだ」っていう曖昧なものだった。
けど、無理矢理結界をこじ開ける以外の選択肢も思い付かない状況だった為、「やってみてもらおう」という話になった訳だ。
そーゆー訳で、今拘束されているのはザキシャと織田忍者リーダーの2人だけだ。拘束されているザキシャが異様にエロく見えるのは、きっと気のせいではない。
「よーし、やるよ。」
静かに目を閉じたミリアが深呼吸をする。
すると、
「…おぉ。」
ミリアの周りに焔が渦巻き始める。焔といっても荒れ狂う感じはなく、静かに揺蕩う感じ。その焔は静かにミリアへ収束していき、オレンジの焔が真紅へと染まった。
更に、ミリアの口が小さく動いて何かの言葉を呟くと、綺麗なミリアの金髪も真紅に染まった。
「…出たさね。ミューチュエルのミリア、真骨頂さね。」
「ザキシャは知ってるのか?」
「…ん?龍人は同じミューチュエルなのに知らないのかい?あの状態のミリアは強いって事で有名さね。ただ、いつも使う武器がミリアの纏う焔の温度に耐えられなくて、すぐに変形してしまうのが玉に瑕だけど。」
へぇ…。知らなかったな。ミリアの本気に武器が耐えられないって話は聞いていたけど、本気を出した姿がここまで凄いとは。
「よしっ。やってみるね。」
ミリアの開いた目も真紅に染まってる…!体の色素がこんな風に変わるって、そうとう珍しくないか?今まで聞いた時がないな。
俺たちが見守る中、ミリアは静かに右手を結界へ伸ばした。
バチッ!!
結界が明滅する。これは…ミリアの魔力に対する拒否反応か?
「ん…!」
苦しそうに声を漏らすミリアの右手から、真紅の炎が結界へ広がっていく。
不思議な事に、拒否反応を示したかに思えた結界は真紅の炎が触れると静まっていき、ついには直径4メートル程の大きさにまで焔が広がった。
「これはまた不思議な。」
織田忍者リーダーが思わず…といった様子で言葉を漏らす。
不思議…という言葉の通り、真紅の炎が少しずつ消えていき焔の輪を形成したんだ。
なんていうか、そうなる事が決定事項であるかのように自然な変化だった。
「これで…焔の輪から結界の中に入れると思うよっ!結構魔力消費が激しいから早めに入って!」
「お手柄さね!」
「感謝致す!」
「うにゃ。」
織田忍者とザキシャはそれぞれの対抗忍者達に抱えられて、焔の輪を潜っていく。
「ほれ、ミリアも行こう。」
「うん!」
魔力消費で辛いだろうから。と、手を伸ばしてミリアの手を握り、一緒に焔の輪を潜る。
「ふふ…。」
「どしたん?」
「あ…ううん!なんでもないよ!それにしても、やっと入ったね!あれが…塔かぁ。」
俺とミリアは手を繋いだまま…結界の中心地点に聳え立つ塔を見上げた。
白い塔(遺跡なのかな?)は所々空いている窓みたいなのを数えると…9階位はありそうだ。
「さぁて、そろそろ拘束を解いて中に行こうじゃぁないか。」
「うむ。ここからは互いが競争相手だ。」
「うにゃ?何かが出てくるのにゃ。」
ザキシャと織田忍者リーダーの拘束を解いていると、塔の前に3つの扉が砂の中からせり出てきた。
俺達が3つの勢力だから3つの扉。みたいな感じがするな…。同時に嫌な予感もするけど。
まぁ、でも同じ場所から中に入るよりも別々の入口から中へ進む方が…色んな意味で安全かもしれない。
「じゃぁ、別の入り口から中に入るって事で良いか?」
「無論。」
「当たり前さね。ここから先は早い者勝ちさね。次、中で会った時は覚悟するさね。」
俺とザキシャ、織田忍者リーダーは顔を見合わせて笑みを交わす。無論、友好的というよりは好戦的な笑みを。
「んじゃぁ、アタイ達は先に行くよ。」
ザキシャと徳川忍者は右の扉へ進んでいった。扉を開けると淡い光の空間が広がっていた。魔法で塔の内部に転送される仕組みなんだろうな。
「俺達も行く。龍人、蛇の件では世話になったが、ここから先は一才の情は無しだ。何があっても恨むなよ。」
「はいよ。まぁ、俺も負けるつもりはないけどな。」
「ははっ。良い威勢だ。では、いくぞ!」
織田忍者達は中央の扉へ。
「じゃぁ、俺たちも行くか?」
「うにゃ。」
「う、うん。」
「ミリア…どうした?」
心無しか顔色が悪いような。
「さっきの結界に穴を空けるのに結構魔力を使っちゃったみたいで…。」
「アレか…焔の熱量も凄かったもんな。」
そーいやいつの間にか通常状態に戻ってるな。
「鍛え方が足りないのにゃ。最終手段みたいにして普段から使わないからこうなるにゃ。」
ごもっともな意見だけど…ブリティ、まだミリアに怒ってるのか。若干言い方に棘がある。良い加減仲直りして欲しいんだけど。
「ごめんね…。迷惑はかけないようにするよっ。」
「まぁ無理するなよ。俺とブリティはまだまだ動けるんだから、可能な限りミリアをフォローしよう。ミリアがいなかったらまだ塔に入ることも出来ていなかっただろうし。」
「それは…そうだにゃ。」
「よし、行こう。」
ミリアとブリティの仲違い継続中ということで、若干のチームワークに不安を抱えながらも、俺たちは扉を開けて中へと踏み入った。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
龍人達が黄土と砂塵の都で結界に護られた塔の中へ侵入を開始した頃。
白金と紅葉の都のギルドに、3人の男女が到着していた。
「ふぅ…別の星圏へ来るのは初めてですわ。」
金髪縦ロールを揺らし、抜群のプロポーションを隠す…というよりも強調した服装の女性は、周りの視線を集めている事を意に介さず、鋭い目をギルドの受付嬢へ向けた。
「そこの貴女。私達を呼び付けた人に、今すぐ来るように伝えてくださいますか?」
「あっ、えっと、は、はい。」
「おっと。麗しきお嬢さん。俺の仲間が怖い視線を向けてしまってごめんね?」
「えっと…。」
「それにしても、君の瞳はキラキラと輝いているね。まるで薔薇の中の百合のようだよ。どうだろう、この後、俺とお茶でもしないかな?」
ザ貴族。にしか見えない服装の男は、まるで当たり前であるかのように軟派を始める。
白を基調とし、青と金の刺繍が入った服に金髪という出立から、おそらく高貴な身分なのだろう。というのが一目で分かる。
「フル…他星に来てまで軟派はありえないのですわ。」
「あぁ…まさか俺が他の女性と話しているから嫉妬しているのかな?これは…俺は罪なことをしてしまったようだ。マーガレット、安心してくれ。俺の愛は常に…ぐぼぉっ!?」
金髪縦ロールの女性…マーガレット=レルハの抉るような正拳突きがフルの鳩尾に突き刺さる。
「あの…。」
目まぐるしく変化する状況に頭の整理がつかない受付嬢がアワアワしていると、3人目の男がマーガレットの正拳突きで崩れ落ちたフルの首根っこを掴んで立たせた。
「レオ…お、俺は暫く動けない。マーガレットに何かあったときは…頼む。」
「ガァ〜ハッハ!俺やお前が守らなくてもマーガレットは大丈夫だ。それよりも、自分でちゃんと立て。」
ポイっとレオに投げ捨てられるフルである。
貴族に見える人物が、他の2人に雑な扱いを受ける様は…ある意味で同情を誘うものだったのか、見物人達の視線が生暖かくなっていく。同情…というよりは憐れみなのだろうか。
「お嬢さん。」
「は、はいっ!」
身長が2メートルはある筋肉ムキムキのレオに声を掛けられた受付嬢は、ピィン!と背筋を伸ばした。
「俺達はこの星のギルドマスターに呼ばれて魔法街から来たんだ。要件の詳細を知りたいから、ちぃっとばかし呼んできてくれねぇか?」
「もっ、勿論です!しょ、少々お待ちくださいっ!!」
受付嬢の声が上擦っているのは、巨漢のレオにただただ圧倒されただけ。な筈である。
決してフルの事を気持ち悪いと思ったから…ではない。
小走りで受付の奥に消えた受付嬢は、10秒後には物凄い速度で戻ってきた。
「ギルドマスターがお会いになるそうです。ご案内します。」
つい数秒前の緊張した様子は一切なく、あくまでも落ち着いた安心感のある受付嬢スタイルに戻っている。これぞプロ。
「おう、あんがとな。」
こうして、マーガレット、フル、レオの3人はギルドマスターと面会する為に応接室へ入って行った。
ギルドに居た者達は興味津々な目線を応接室に向けていたが、応接室に入った事で何も情報を得ることが出来なくなり…「まぁきっと特別な依頼でも受けるんだろう」と解釈して其々の用事に戻って行った。
と、思ったのも束の間。
ズガァン!!!
という鈍く、大きな音が応接室から響いた。
「な、なんなのよもぉ…!」
もう嫌なんですけど!的な声を出したのは受付嬢だ。
「なんだなんだ?」
「ギルドマスターと喧嘩でもしたんじゃないか?」
「そりゃぁ…死んだな。」
ギルドマスターとは、其々のギルドで輝かしい功績を収めた者が務める場合が殆ど。
つまり、強いのだ。よっぽどの強者が所属しない限り。故にギルドマスターへ刃向かうなど言語道断というのが暗黙の了解である。
ギィィィィ
と、応接室のドアが開く。
「おいおいマーガレット、怒りすぎだっての。」
「へぇ…レオはフルの肩を持つんですわね。」
「そりゃぁコイツだって悪気はないだろ。」
「だから許せないのですわ。」
レオの言うコイツとは、襟首を持たれてズルズルと引きずられるフルだ。
「彼は…彼が死ぬなんて有りえませんの。」
「だからってよ、ギルドマスターが教えてくれたのは良い情報だろ?」
「それを有りえない!!って言うことがナンセンスなのですわ。私は、そういうのは許しませんわ。」
「お前の気持ちも分かるけどよ…。」
怒り心頭のマーガレットに困った様子の反応しか出来ないレオを見て、マーガレットは軽く息を吐いた。
「はぁ…まぁ良いですわ。何にせよ、今回の依頼を行なっている間に調べてくれるそうですから、今は依頼に集中するのですわ。私達の矜持に掛けて依頼は成功させますわよ。」
「勿論だ。おら、フルも自分で歩け。」
「ブゲッ!?」
ポ〜イっと投げ捨てられたフルが潰れたカエルの様な声を出して床に伸びる。
その様子を見ていた全員が思う。「コイツ、まともなのはきっと見てくれだけなんだろうなぁ」と。
「受付のお姉さん、ちょっと良いですか?」
「あぁ…はいなんでしょうか?」
若干おざなりな対応になりかけた受付嬢だが、一瞬でプロ対応へと切り替えた。
内心では「もうこれ以上私に関わらないで!!」と思っているのは…彼女だけの秘密である。
「織田家って所に行くまでの道順を教えてもらえるかしら?」
「はい。……って、織田家ですか?」
選挙戦最中の織田家に赴く他星から来た面々。
一般的な思考回路で行けば「この人達ってすごい人なの!?」である。
「そうですわ。私達の目的は…むぎゅっ!?」
「マーガレット、そーゆーのを公然と話すのは契約違反になる可能性がある。」
レオに口を押さえられたマーガレットがもがもがと暴れるが、巨漢相手では逃れる事は無理である。ぱっと見、暴漢に押さえつけられているグラマラス美女にしか見えないのはご愛嬌。
「悪いな。一先ず地図でも貰えると助かるんだが。」
こめかみに筋を浮かべながらマーガレットを押さえるレオに言われ、ビクっと反応した受付嬢はシュッピィぃィン!と地図を書き上げた。
「サンキュッ。…ったく、何で俺が2人を抱えなきゃならんのだかな。」
暴れるマーガレット、床に伸びるフルを抱えたレオは地図を見るとノッシノッシと歩いてギルドから出て行った。
通り過ぎる人々がビクゥッ!?と反応して道を開けるのも、至極当然と言える…色んな意味でぞっとする光景だった。
「…あんな人達を呼ぶなんて、織田家は何を考えているのかしら。」
嵐が去った後のほっとした安堵感に包まれつつも、受付嬢はそう呟かざるを得なかった。
長年ギルドの受付を務めている彼女の勘が「危険な香り」を察知しているのだ。
「巻き込まれたくないわね…。」
しかし、残念なのは「危険な香り」に対して何かしらの対応をするのではなく、あくまでも自分の身の安全が担保されるのか。という心配にしか思考が回らない所だった。