6-20.カンガルーとネズミ
ビョーン。ピョーン。ピョーン!
温かい。なんつーか、お母さんのお腹の中に居るような感覚。優しく包まれていて、ホッとするような…。
「……いや、ここどこだ?」
どこかに入れられているのは間違いない。浮遊感と落下感が交互に襲ってくるから、俺は飛び跳ねてるのか?…飛び跳ねている何かに入れられている。の方が正しいか。
とにかく、今の状況をちゃんと確認しなきゃ。
「よいしょっと…!」
上に光が見えたので、手を伸ばして体を持ち上げつつ顔を出してみる。
…本当に跳ねてる。軽く絶叫系アトラクション張りなんだけど。
「キュウ…。」
「ん?」
横から聞こえた可愛らしい声。
自然を動かすと…………カンガルー?
俺と同じように顔と両手を出したそれは……ええっと、子供のカンガルーなのかな?いや、俺くらいの大きさがあるけど、上を見るとカンガルーみたいな巨大な生物の下顎が見えるし、俺がいるのはきっとカンガルーのお腹にある袋なんだろう。
また巨大生物パターンか。
「キュウ。」
その子供カンガルーが何やらジェスチャーを始めた。
ふむふむ…お母さんカンガルーが、落ちて来た俺を敵だと思って蹴り飛ばして……青褪めた。気絶している俺を回収して、運んでいる……と。
あの強烈な衝撃はカンガルーの蹴りだったのか。
って事は、俺が今いる場所はカンガルーのお腹にある袋の中て間違いなさそうだ。
カンガルーって可愛い動物だと思っていたけど、こうして自分より遥かに大きいのを見上げると…普通に怖いな。
「なぁ、どこに向かってるんだ?」
「ゲッゲッ!!ヴォッ!!」
……びびった。お母さんカンガルーがいきなり鳴き出したのか。最早鳴くというよりも咆哮にしか聞こえない。
「キュゥ!」
子供カンガルーが再びジェスチャーを開始した。
なになに……高くて、強くて、首チョンパ!?
「俺を生贄にする気なのか…?」
「キュゥウウウ!!」
子供カンガルーの右ストレートが顔面に直撃した…!
「す、すいません。」
「キュゥ!」
それから子供カンガルーのジェスチャー解読を試みるも、全く理解出来ず…お互いに意志伝達を諦めた(諦めざるを得なかった)俺たちはお母さんカンガルーのお腹で移りゆく景色を眺めていた。
「にしても…長いな。」
今カンガルーが走っているのは、恐らく俺が落ちた峡谷の底だ。随分遠い上に空が見えるだけで、薄暗い道が延々と続いている。
マジで何処に連れて行かれるんだろう。ジェスチャーのニュアンス的には高いどこかだとは思うんだけど…。
「ゲッゲッ…!」
子供カンガルーとジェスチャーごっこをしている間に到着したかな?そんな急停止しなくても良いのに。袋から飛び出しそうになった…!
「チュー」
チュー?
見ると、俺たちの前には岩壁に空いた巨大な穴があって、その奥に…まん丸と太ったネズミがいた。
「……いや、ネズミなのか?」
まぁ、ネズミなんだろうけど…黄土と砂塵の都に来てから出会う生物の例に漏れずクソデカい。
「チュチュチュチュッチュッチュッッッチュチュー!!」
「ゲゲっヴォッ!ゲヴォッ!」
なんか会話みたいなのが始まったんすが。
てか、お母さんカンガルーの声が吐いているようにしか聞こえない。
「……ヂューー。」
「ヴォーゲッ!!」
へっ!?
お母さんカンガルーと巨大ネズミが戦い始めた…!カンガルーパンチを掻い潜った巨大ネズミの体当たりがお母さんカンガルーに直撃して吹き飛ばされる。しかも、その衝撃で俺と子供カンガルーはお腹の袋から出されてしまった。
「くそっ…!カンガルー!逃げるぞ!」
「……キュウ!!」
同意して走り出す…と思いきや、子供カンガルーが向かったのはお母さんカンガルーと巨大ネズミの間。
「いや、お前じゃぁ敵わ…。」
ドン!!
巨大ネズミが振り上げた前脚を地面へ叩きつけた衝撃で子供カンガルーは転倒。そこに巨大ネズミの細い(とは言っても俺達的には極太)の尻尾が鞭のように殴打する。
「ギャゥゥン!?」
クルクルと宙を舞った子供カンガルーは巨大ネズミの顔前へ落下する。
…あ、ヤバいぞ。
「ヂュゥゥゥ!!」
巨大ネズミの巨大な顎が開かれる。
……助けない訳にはいかないよな。
「っらぁぁぁあああ!!」
渾身の一撃。木刀に魔力をググッと注ぎ込み、形状変化で巨大な刃を発現。巨大ネズミの右前脚へ刃を突き立てた。
「ガギッ!!ヂュゥゥゥウ!?」
体勢が崩れた事で子供カンガルーを噛み損なった巨大ネズミが、血走った目で俺を睨みつけてくる。…普通に怖いな!
「グチュブチュヂュヂュ〜〜〜………。」
最早泣き声も普通のネズミじゃぁない。
「ヂュヂュヂュヂュヂュヂュヂュ!」
ガン…!
「……ぐぁ……!?」
横から加えられた衝撃で岩壁に叩きつけられた…?揺れる視界に映ったのは、丸々と太った巨大ネズミ2体目。
「くそ……。………もう一体いたのかよ。」
不味いな。どうやって切り抜ける…?
「ヂュゥゥゥ!!!」
巨大ネズミ2体による容赦ない突進が繰り返される。
初撃。ローリングの要領で回避するも、脇腹に走った痛みで動きが鈍る。そこに2体目の突進。木刀を使って突進の衝撃を和らげつつも弾き飛ばされる。地面を転がって何とか体を起こした目の前には…両脚を振り上げた巨大ネズミの姿。
ズガァン!!
巨大ネズミが両脚を地面に叩きつけた衝撃に全身を殴打される。体が引きちぎられるかのような感覚に意識が飛んだ。
『……覚悟が……?………守る………。………………運命…………。』
何かの…声が、聞こえた。
何だってんだ。覚悟ってなんの覚悟だよ。
……言える事はひとつだ。俺は、ココで、死ぬ訳にはいかない。
多分俺をどこかに連れて行こうとしてくれていたカンガルーも見捨てるつもりはない。……まぁ俺を見事にぶっ飛ばしてくれた訳だけど。でも、子供カンガルーからも、母親カンガルーからもその後は敵意を感じなかった。寧ろ「謝意」を感じたんだ。
俺は、誰も見捨てたくはない。
薄らと目が空いた。
俺は…浮いてるのか。巨大ネズミの両脚叩きつけで飛ばされたんだった。
……なんだろう。体の中心から柔らかい力が。
「ヂュゥ!!」
…!くそっ、追撃か!!
巨大ネズミはその場で駒のように回転ながら突っ込んできた。最悪のポジショニング。前方から回転ネズミ、後方には気絶した子供カンガルー。
思わず木刀で防御の構えを取る。いや、こんなんで防げる訳が……でも、俺が避けたら後ろの子供カンガルーが。
「……諦めないぞ。俺が、何故木刀を選んだのか。その理由を曲げる訳にはいかない。」
俺が木刀を選んだ理由は、単純。
誰も殺したくない。敵も味方も、大きな意味で護りたい。漠然とそう思ったからだ。だからこそ攻撃力不足とかで悩みもしたけど…後悔はしていない。
それは今も同じだ。
ただ、それでも、護れなければ只の理想。理想は実現しなければ只の夢物語。そんなの、誰にでも出来る。
俺は、俺は……!
ブワッ
なんだ?体の内側から力が溢れてくる?強い…というよりも温かいような力。でも、制御出来ない…?
「ブデュゥ!?」
巨大ネズミが苦悶の声を上げた。原因は、俺の前に出現した薄白く輝く丸い…バリアなのか?
ともかく、いきなり出現したそれに鼻先から激突した巨大ネズミは鼻血を垂れ流しながら悶える。うん。そりゃぁ痛いよね。自分の攻撃力が全て鼻先に襲いかかったんだもん。
でも、これならなんとか…なるのか?いや、ダメだ。自分の意思でバリアを出していないし、そもそも防御するだけじゃぁ倒せない。
「デュデュデュデュ!!!」
鼻先が潰れてチューと言えなくなった巨大ネズミが再び襲いかかってくる、けど、バリアが防ぐ。
よし。何となく俺が「防ぎたい」って思う方向に動くぞ。これで攻撃を防ぎつつ、どうやって倒すかを見出せれば。
「ゲッ!!!!ヴォォォォォオオオオ!!!」
盛大に吐き散らかした。みたいな雄叫びを上げながら母親がカットイン。俺に集中していた巨大ネズミの横顎に渾身のストレートが減り込んだ。漫画みたいにグニャリと顔を歪めた巨大ネズミはブーメランのように吹っ飛んでいき…お空の星になりましたとさ。
「チュチュチュ!?」
もう1体の巨大ネズミが怯む。
「…ここだ!!」
身を翻して逃走しようとした巨大ネズミの前足へ、魔力巨大刃を付与した木刀の一撃を見舞う。そして、足の負傷で動きが鈍った所へ、再び母親カンガルーの…抉り上げるアッパーが炸裂。駒のように縦回転した巨大ネズミは迫り出した岩盤にズガァンと突き刺さって動きを止めた。
「助かった…。」
「ゲヴォ。」
相変わらず吐いているようにしか聞こえないけど、母親カンガルーが顔を寄せてくる。感謝って事かな?
「…くっさ!?」
よく見ると、母親カンガルーの首には大量の吐瀉物がベッタリと…。
あぁ、さっき、巨大ネズミの攻撃を受けた時にかな?
「ゲヴォォ?ゲッゲッゲ。」
いや、懐くなし!臭いし!ってか、俺に吐瀉物が付くんですが!?
断りにくいし!!
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
それから子供カンガルーが思ったより軽傷っていうのも確認した俺は、カンガルー親子に見送られてネズミが陣取っていた巨大な穴の奥へ進んでいた。
やっぱり言葉が通じないから、カンガルー親子が何を伝えたかったのかは正確には分からなかったんだけど、俺をこの場所へ善意で連れてきてくれたのは間違いなさそう。
別れる時も母親カンガルーはどこからか取り出したハンカチで「チーン!」って鼻を噛んで泣いていたし。そんなに感動的なお別れシーンなのか?という疑問は置いておこう。うん。
「…思ったより暗くないな。」
穴の中は所々に淡く光る穴がある影響か、薄暗い程度の明るさは保たれていた。
…この先に何が待っているんだか。
にしても、さっきのバリアはなんだったんだろう?巨大ネズミ2体を倒した後に、気付いたら消えちゃっていたし、出そうとしても出なかったんだよなぁ。
体の内側から湧き出るようなあの感覚、初めてだけど、何となく初めてじゃないような気もしたし。
あの力を使えるようになったら、俺の防御力だけは跳ね上げられそうな気がする。落ち着いたら色々と試してみようかな。
それから30分程度歩き続けると、向こう側に光が見えた。
ついに出口だ!
…こういう「脱出完了!」の直前にいきなり強敵が現れるとか定番なきがするから、油断はせずに進もう。
はやる気持ちを抑えながら慎重に歩き続け…ついに。
「…なぁんにも出てこなかったな。」
無事に外へ出たのだった。
いや、外と言うか巨大な洞窟内部って感じかな。洞窟の中央には何かよく分からない塔もあるし。塔は途中から洞窟の天井に突き刺さっているから、この塔を登っていけば地上に出れるって感じかな?
ドォン。
…今、何か聞こえたような。
ドォン。
気のせいかな。
ドォォォォン。
んな訳無いか。音が聞こえたのは俺がいる洞窟の、塔を挟んだ反対側。こりゃぁあれだな。塔に入るための番人がいます。それを倒さなければ塔に入る資格を得る事が出来ません。っていう定番の展開かな。
ドッガァァン!!!
…!?
激しい爆発音と破壊音と共に洞窟の壁が粉砕される。
「ぬぅおぉぉぉぉぉ!!!イケイケぇぇ!!距離をとって討ち取るぞ!」
「また2匹増えましたよ!?」
「なぁにぃぃぃ!?」
「あぁ!広い空間です!これなら爆遁を心置きなく使えますよ!!」
「よし!足止めと攻撃で分担するぞ!!」
粉砕された壁の破片と一緒に現れたのは…忍者かな?赤黒い忍者装束に身を包んだ…1、2、3…8人の忍者達。何かに追われてるっぽいけど、正直嫌な予感しかしない。
スチャ!スチャスチャスチャ!!
赤黒忍者達が次々と俺の周りに着地する。
「よし!迎撃!」
「はい!って、あれ?私達って8人ですよね?」
「何を当然の事を!」
「9人いますけど!?」
「…はい?」
「……え?」
「………ウヌは誰だ?」
「俺?」
「うむ。」
「いや、お前達こそ誰だよ?」
「それは秘密だ。」
「えぇ。じゃぁ俺も秘密。」
「それは許さん。」
「互いに自己紹介するのは、人としての礼儀だろ?一方的に要求するのは違うと思うぞ。」
「むぅ、ごもっとも。」
「だろ?」
「シャァァァァ!!!」「シャァァ!」「シャッシャシャァァ!」
「いや、蛇です。とか言うつもりないよね?」
「へ、蛇が!」
「ん?」
赤黒忍者の1人が指差す方向から地面をウネウネっと這いながら接近してきているのは…あぁ、蛇だ。
例によってデカいし。
「お主!」
「おうよ。」
「一先ず、この危機を乗り越えようぞ!」
「賛成だ…!」
巨大蛇は…うわぁ6体もいるんですけど。
とにかく、この蛇を撃退しないと俺たち仲良く蛇の胃袋いきだもんな。
「我らは爆発をメインに撃退する!お主は前線の3名と協力して蛇を撹乱せよ!爆遁を放つ前に合図するから、すぐに退避するように!」
「分かった。」
こうして、どこの誰かよく分からない赤黒忍者達と俺の足跡チームが完成したのだった