6-19.いざ、黄土と砂塵の都へ
黄土と砂塵の都へ行く準備を整えた俺、ミリア、ブリティの3人は白金シティの役所に向かっていた。1階にある圏間転送装置を利用するためだ。
他の星に行く際にも毎回利用しているから、係の人とも顔馴染みなんだよね。美人さんだから毎回軽く会話をするのが密かに楽しみだったりする。
「こんにちは。」
「あら、昨日戻ったばかりなのに、また別の星に出かけるんですか?」
「そうなんだよ。ま、忙しい内が華って事で。」
「ふふっ。それで今回はどちらへ?」
「黄土と砂塵の都だ。」
「黄土と……。」
係の人の顔が曇る。
魔獣が跋扈する場所だっていうし、心配してくれているんだろう。
…って思ったのは自惚れだった。
「あんなに何も無いところに…物好きですねぇ。」
「そんなに?」
「そうですよ。ミューチュエルの依頼で行くのに、聞いてないんですか?あるのは砂、砂、砂の星ですよ。日中は暑くて夜は極寒…ちょっと心配です。」
つまり、砂漠って事か?
古代遺跡的な所を想像していたんだけど、全然違うっぽいぞ。
「心配してくれてありがとな。でも、まぁ…大丈夫だろ。行かないわけにもいかないし。」
「まぁ…そうですよね。それにしても…こう何組…………いえ、職員として駄目な発言でした。少し待ってくださいね。転送装置の行き先を設定しますので。」
何かを言いかけたな。詮索は…しない方が良いんだろうね。係の人が設定するのを待っていると、ミリアが後ろからツンツンしてきた。
「龍人、あの人と仲良いんだね。」
「ん?まぁ何度も利用しているし。」
「そっか。ふーん、そっか。」
…なんだ?役所の人と仲良くするのって、ミューチュエル的にNGだったりするのか?
「ふん。下らないのにゃ。」
ブリティもツンツンモード継続だし…。
俺達の密かな?ゴタゴタを知る由もない係の人が笑顔で戻ってくる。
「えぇっと、お待たせしました。転送の準備が出来ましたよ。」
「ありがとうございます。じゃぁ、行くか。」
「……うん。」
ジィッと見つめるミリアに気づいた係の人は「えっ、なに!?」という表情をするも、すぐに係の人スマイルで対応する。
「ミリアさん、どうなさいましたか?」
「ん〜〜、彼氏、います?
「はいっ?えっと、彼氏ですか?いませんけど…。」
「えっ!?」
「えぇ!?」
謎の驚き合いが始まった。何をしたいんだこの2人。
「コントは不要にゃ。行くにゃ。」
なんと…いつもなら場を更に乱すブリティが正論で場を収めるか。明日は雪だな。
「むぅぅ、ブリティも龍人もなんか…イジワルだよ。」
「え。」
俺がイジワルとか、何もした記憶が無いんですが!?
「はは…それでは、いってらっしゃいませ。転送装置を起動しますね。」
ミリアの台詞を笑顔でスルーした係の人が操作すると、ブゥン。という音と共に転送装置が起動した。
係の人はきっと「もう駄目だ。この人たちさっさと送っちゃおう。」って思ったんだろなぁ。役所の人と顔見知りになっておくと、色々な場面で役に立つかなって思って声をかけたりして仲良くなろうと頑張った俺の密かな努力が…。
こいつらやべぇ!!って思われたんだろうなぁ。もう話してくれないかも。
「はい、入ってくださいね〜。次の人も待っていますので。」
「なんか、すいません。」
「いいんですよ。…龍人さん、大変そうですね。頑張ってくださいっ。」
ミリアとブリティから見えないように小さなガッツポーズをしてくれる係の人に、少しだけホッコリする。嫌われてなかった!!
「ありがとうございます…!」
よし。出発前からゴタゴタしたけど、とにかくやる気は出たぞ。やったる。
という訳で、俺たちは転送装置に入って黄土と砂塵の都へ向けて出発したのだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
龍人達を見送った係の人は、困ったように首を傾げる。
(龍人さん、カッコ良くて良い人なんだけど、ミリアさんのガードが固そうだなぁ。)
係の人が龍人へどんな感情を抱いていたのかは推して知るべし。
(それにしても、ここ最近都圏の他星へ行く人が増えたような気がするなぁ。選挙の最中なのに……あっ、いやだ、私考え込んじゃって次の人を案内するのを忘れてた!)
「次の人どうぞ〜。どちらの星へ行くご予定ですか?」
それから次々と入ってくる転送装置利用者の応対に終われる係の人だった。
忙しさに忙殺され、係の人が改めて考える事は無かったが…この日、黄土と砂塵の都へ行ったのは龍人達が最後だったのである。誰がどこに行くなど、基本的に興味が無い彼女であるから致し方の無い事だが…月に1組居れば良い転送先に、1日で複数組が行くという違和感。
もし、そこに気付いていれば、この選挙がどこへ向かっているのか…それを事前に察知する事が出来たのかもしれない。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
黄土と砂塵の都。
砂漠が広がっているんだろうなぁ。って思っていたけど…本当に砂漠だ。見渡す限り砂、砂、砂、砂!緑も無いし、水も無い!
「うわぁ…砂漠サバイバルって感じだね。」
「遺跡の方向も分からないし、ヤバいかもな。」
「…ブリティは野垂れ死はごめんなのにゃ。」
転送前のギクシャクした雰囲気が和らぐほど「ちゃんと辿り着けるのか?」という危機感が押し寄せてくる。
「立ち止まっている訳にもいかないし…行くか?」
「どっちに…?」
「ん〜…。」
「ブリティに任せるのにゃ。多分こっちにゃ。」
「分かるのか?」
「勘にゃ。でも、向こうから何かが来るのにゃ。」
ブリティが指し示した先には…砂埃?
「なんかね、あの砂埃…近付いている気がするんだよ。」
「うん。大きくなってきてるな。」
「ブリティの勘は当たったのにゃ……ヤバいのにゃ。」
近付く砂埃は段々大きくなり、その前を走る複数の人影が見えた。
「アっ、アンタ達!!!早く逃げるんだよ!!コイツはヤバいさね!!」
砂埃から終われるようにして、必死の形相で叫んだのは…あれ?徳川家の用心棒だっけ?確か名前はザキシャだったような。いやいや、落ち着いて考えている場合じゃないかも。
「…って、嘘だろ。何だよあの大きさ。」
ザキシャ達の後ろにいたのは…巨大な蠍。おいおい、あんな大きさの蠍とか聞いた事ないぞ。4tトラック並みの大きさなんだが。
呆気に取られて動こうとしない俺たちに向けてザキシャが再度叫ぶ。
「早く逃げるんだよ!!」
それにいち早く反応したのはミリアだった。
「龍人、ブリティ、逃げよう!?」
「…おうよ!」
「うにゃにゃ!!!」
そこから、怒涛の追い掛けっこが始まった。
何で徳川家の用心棒がいるのか?とか、深緑の忍者装束を纏った忍者が4人くらい付き従っているのか?とか、色々聞きたいことはあるけど…まずはこの巨大蠍から逃げるのが先決だろ!!
走る!走る!走る!!
気付けばザキシャが隣にいたので、一先ず状況確認がてら聞いてみる。
「おい!なんで追われてるんだよ!!」
「知るか!!アタイ達は普通に歩いていただけさね!いきなり砂の下から現れたのさ!」
「ははぁん、つまり、餌って事か。悪い、俺達を助けると思って食べられてくれると…」
「アホか!アタイ達にはやる事あるのさね!こんな所で蠍なんかに食べられてたまるかね!」
「だったら倒すのは…。」
「無駄だよ。アタイ達の攻撃、全てあの外殻に弾かれたのさね…!」
「マジかよ。」
「だから、逃げるしかないのさ!」
ドドドドドドドドドド!!
嘘だろ…!?巨大蠍の走る速度が上がったんだが…って、尾節で攻撃してきたんだけど!?毒針がギラギラと光っているんですが!??
慌てて進路を横にズラして避けるも、尾の一撃が生み出す衝撃は凄まじく、逃走していた俺達8人が自然と組んでいた陣形が一発で崩される。
俺に至っては真横に尾節を叩きつけられた衝撃で見事に吹き飛ばされた。
砂面上を転がる感覚から、フワッと浮遊感に襲われた。
「…は?」
「ミリア、龍人がヤバいのにゃ!」
「嘘…!?龍人!きゃっ!?」
遠目に叫ぶミリアとブリティの姿が見えるも、巨大蠍の突進が巻き上げる砂ですぐに見えなくなってしまう。
俺は…落ちていた。巨大な砂漠を分断するかのように大きな裂け目に。
どんどん空が小さくなっていく。あ〜これはとぉっても深い峡谷なんだろうね。
「…って違う!このままだと落ちて死ぬ。」
空中でどうにか体を捻って下を見る。まだ底は見えないけど、真っ暗な闇しか広がっていない。これじゃぁどのタイミングで地面にぶつかるのかを予測するのが難しい。
こうなったら勘で斬撃を下に放って着地の衝撃を相殺するしか…!
「…ん?」
薄暗闇の中で何かが飛び掛かってきた。
それを認識した瞬間、体の横に強烈な衝撃が……あ、無理だ。
見事に意識が吹っ飛んだ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
巨大蠍の猛攻を避けながら、ミリアは戸惑いを隠し切れない。
「どうしよう…ブリティ、龍人が落ちちゃったよ!?」
「今は逃げ切るのが優先にゃ!この状況で助けるのは無理にゃ…!」
「でも、でも…。」
「…ウザッタイのにゃ!自分の命を先ずは大切にするべきにゃ!!」
「分かってるよ!でも、ブリティは心配じゃないの!?」
「それとこれとは別の話にゃ!!」
龍人の安否で言い争いをする2人は、その間も巨大蠍の尾による攻撃を避けながら走っている。色々な意味で凄い2人である。余裕が無いはずなのに、余裕がある行動。
「あの2人…なんなのさね。」
「さぁ…私にも分かりません。仲が良いのか悪いのか…ただ、このままだと全員が蠍の餌になるのは間違いないかと思います。」
「本当だよ!こうなったら、あの巨大蠍をマジで倒す必要があるねぇ!」
「しかし我々の爆遁は全く効かず…」
「だからアタイがやるのさ。ブリティ!」
ザキシャの呼びかけに耳をぴくっと動かして反応したブリティは、面倒くさそうな顔で顔を向ける。因みに、この間もしっかりと巨大蠍の尾は避け続けている。
「アンタ、確か砂魔法を使えるね!?蠍の動きを砂で止められるかい!?そうしたらアタイが斬る!」
「…本当に斬れるのにゃ?ブリティに魔法だけ使わせて、徒労に終わるのは1番許せないけど、本当に大丈夫にゃ?」
「あぁ、アタイを誰だと思っているのさね。あの徳川舞頼に実力を認められた用心棒さね。」
「徳川舞頼がどれほどの物かはしらにゃいけど、1回だけ手伝ってあげるのにゃ。感謝するのにゃ。お礼はたんまり請求するのにゃ。」
「生意気だねぇ…だが気に入った!やるよ!」
「あいよっにゃ!」
尾による攻撃が当たらないことに業を煮やした巨大蠍が、再び突進を再開する。
「そうは問屋が卸さないのにゃん!」
ブリティのサンドクローが魔力で光り輝き、巨大蠍の脚に蛇のような動きで砂が巻き付いた。見事な拘束。しかし、動きが止まったのは数秒。奇声を上げた蠍が砂を引きちぎる。
「むむぅ…凄いパワーなのにゃ。けど、負けないのにゃ!」
引きちぎられた直後に幾本もの砂縄が飛び出し、巨大蠍の動きを封じていく。足も、胴体も、尾も、全てに巻き付いた砂縄によって巨大蠍は動くことが出来ない。…が、ブチッブチッと数本ずつ砂縄が切れていく。
「良い使い方さね!あとは…任せな!」
両手に苦無を持ったザキシャが巨大蠍の正面に躍り出た。風の如く疾走し、目にも止まらぬ速さで苦無を振り抜く。
ズザザザァァ!っと停止したザキシャは苦無をクルクルと指先で回した。
「…つまらない物を斬ってしまったさね。」
この決め台詞を龍人が聞いていたら「厨二病なのか!?だからそんな服装なのか!?」と突っ込んだのは間違いないだろう。
ズル、ズル…と、巨大蠍の手足がズレて落ちていくのを見たミリアが感嘆の声を上げる。
「凄い…!関節を斬ったんだ。」
そう。巨大蠍の外殻がどれだけ硬かろうと、体を動かすための関節は必ず存在する。
その関節が弱点となるのは自明の理。ブリティの砂魔法で動きを封じたことで、それらを正確に切断する事ができたのだ。
巨大蠍が声にならない絶叫を上げながら砂に倒れるのを見ながら、徳川家忍者…くノ一4名が賞賛する。
「ザキシャ殿の苦無術は一品物ですね。」
「あぁ私もアレくらいの力量を発揮出来るようにならねば。」
「お前さん達…あの程度で褒めるなど、まだまださね。ブリティが動きを止めたから容易だったけど、そうでなければこちらにも相応の被害があったろうよ。」
「この期に及んで謙遜……!忍者の鑑です!!」
「いや、あたいは暗殺者さね。」
褒めているのかコントしているのか。会話の方向がブレ始めた所で、再びの地響き。
「……また巨大蠍かな?」
「どうかにゃ。さっきとは振動の種類が違うのにゃ。」
そわそわするミリアとブリティ。
くノ一の1人が叫んだ。
「大変です!う、牛?か鹿か良く分かりませんが、大群が向かってきています!」
「……牛か鹿って曖昧だねぇ。」
再び砂漠の向こうに現れる砂埃。
先程の巨大蠍の都と比べて横に広いそれを見てザキシャの頬が引くついた。
砂埃と共に近づいてくるのは…確かに牛だか鹿だか分からない生き物。因みに体の大きさは普通の牛の3倍程度。巨大蠍と比べれば小さいが、それでも十分に大きい。尚且つ、大群である。牛みたいな顔の上にピーン!と伸びた角が特徴的。
「ありゃぁ……ゲムズボックじゃぁないか。逃げるよ!!あんな大群、巻き込まれたら大怪我じゃ済まないさね!」
再び始まる逃避行。
暗殺者、くノ一、猫娘、金髪美少女は若干の泣きべそをかきながら、全力疾走をするのだった。
こうして始まった黄土と砂塵の大冒険。
次回は龍人の様子をご覧あれ。