6-17.蒼木と桜の都
感嘆の声が思わず漏れた。
「すっげぇな。」
目の前に広がるのは色とりどりのピンク。満開だったり、蕾だったりと具合は様々だけど、とにかく視界一面に桜が広がっている。
こりゃあ世界の絶景10選には載るだろ。桜の木の幹が蒼いのも相まって、とにかく綺麗だ。
「す、凄いのにゃ。もし、この桜が全て煮干しだったらと思うと…ワナワナするのにゃ。」
今俺達が居るのは蒼木と桜の都。同行者は煮干し大好きブリティと、
「綺麗だねぇっ。ん〜………空気も美味しいっ!」
頬を染めながら絶景を楽しむミリアだ。
クルルは白金と紅葉の都に残っている。選挙戦の動きを把握しているメンバーも必要だからな。
ツッコミ忘れたけど、桜が全部煮干しだったらホラーだろ。
「よしっ!お花見しながら煮干しを食べるのにゃんっ!」
「ちゃうわ。図書館だろ?」
「………龍人、遊び心がないとモテないのにゃ。」
「余計なお世話だ!行くぞ。」
「うにゃにゃっ!?放すのにゃっ!」
苦笑いするミリアに見られながら、ブリティの首根っこを掴んで歩き出す。ジタバタ暴れる手足が当たるから痛い!
うん。やっぱりこの3人で行動するのは無理があると思う。収拾付かないって。
…なんて事を考えながら、俺は今に至る経緯を思い出すのだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
蒼木と桜の都に来る2日前。
俺はいつも通り、白金シティを歩きながら、徳川家と織田家の両陣営に怪しい動きがないか目を光らせていた。
まぁ、ぶっちゃけ歩いているだけだったけど。
それでも異変があったらすぐに対処する覚悟は常にしている。
「うにゃっ!?これは…!?」
まず遠目に見えた異変は……ブリティだった。
露天商のおっちゃんと何やらとても激しく盛り上がっていた。遠目に見た感じ、魚が詰まった瓶が所狭しと並べられていたから……きっと掘り出し物の煮干しでも見つけたんだろうなぁ。煮干しが入っているっぽい小さめの瓶を両手で持ち上げて、キラキラとした瞳で見つめている。恋する乙女だ。煮干しに…だけど。
話しかけると煮干しの素晴らしさについて延々と聞かされそうだから、見つからないようにその場から離れた。
これは俺が関わる必要のない異変だ。
次に見つけたのは織田家家臣による演説。
演説の主旨は「テーマパークと自然の融和」だ。聞こえは良いけど、さてその実態やいかに!?だな。
異変…とは言えない。
その場所から少し離れた所では徳川家家臣による演説も行われていた。「今ある自然を大切にする理由」を熱弁していた。聞いていて納得感が凄い。一度失われた自然は取り戻す迄に長い年月が必要。って言うのは、間違いのない事実。
でも、難しいのは…人は娯楽を求めるって事だよな。娯楽に溢れていたら違うんだろうけど、白金と紅葉の都は娯楽が少ない星だ。そういう状況を鑑みると、やっぱり厳しい気がする。
ん〜でも、演説に集まっている聴衆の数はほぼ同じくらいだから、今のところ支持率の割合では拮抗している印象だ。
これも異変認定ならず。
各演説の様子を見ながら分析をしていると、トントン。と肩を叩かれた。
振り向くと、真剣な表情のクルルが立っていた。
無言でついてくるように促され、何事だ?と訝しみながら後を追い掛け…到着したのはミューチュエル。
建物内に入ると、クルルが口を開く。
「私なりに色々と情報収集をしている中で、有力な情報を入手したわ。都圏の秘宝が蒼木と桜の都に眠る。という情報よ。」
「お、それはかなり有力じゃないか?秘宝は確か焔に対して強力な耐性があるんだっけか。」
「そうね。この情報が本当なら、選挙戦の最中で有事が勃発した時にミリアが全力で戦えるわ。その点ではかなり有力な情報よ。」
「その点では…?」
「えぇ。問題は、この情報を手に入れたのが今のタイミングである事。」
「織田家か徳川家がわざと情報を流して、俺達ミューチュエルをこの星から遠ざけようとしている可能性か。」
「そう。そこよ。実際に先日白金シティの外れにある屋敷で両陣営の暗部が激突した。という情報もあるわ。」
「マジか。」
「表沙汰になるような暴動は無いと思うけど…どうにも作為的なものを感じるのよね。」
クルルの懸念も分かる。
どちらの陣営からもミューチュエルは不確定要素が強い筈。だからこそ、何か事を起こす際に遠ざけようと言うのは…普通にあり得る話。
「どうすんだよ。」
クルルはニィッと笑みを浮かべる。
「敢えて情報に乗るわ。」
「んあ?」
想定外の言葉に間抜けな声を出してしまった…!
「この星に残るのは私だけ。龍人、ミリア、ブリティは蒼木と桜の都に行って貰うわ。そうする事で、どちらかの陣営に動きがあるかも知れない。そうすれば、本当の悪者と目的を見定める事が出来るかもしれないもの。」
「…賭け要素が強いぞ。」
「そうね。だから、この話はミリアとブリティにはしないで。彼女達に伝えると行動に表れそうだから。」
「そりゃ同感。じゃぁ…普通に蒼木と桜の都に行って秘宝を探せば良いんだな?」
「お願い。」
「オッケー。クルルも無理するなよ?」
「私を誰だと思っているのよ。」
前髪を人差し指でクルクルと巻きながら微笑む姿は…普通に背筋がゾクっとしましたとさ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
とまぁ、そんなこんなで蒼木と桜の都にいる訳だけど、この星でする事が大きな図書館で文献をひたすらに読み漁って秘宝に関する記述を見つけるっていう…。
本当に秘宝があるのかも分からないから、かなり根気のいる作業になりそうだ。
「うにゃぁ…ひっぱるにゃぁぁぁ!!」
俺に首根っこを持って運ばれるブリティがジタバタしながら全力抗議をしてきて。
「ブリティ!静かにしなきゃダメでしょっ!」
暴れるブリティをミリアが叱りつつ宥める。
この面子で図書館に入るのか…?不安しか無いぞ。
ミリアはともかく、ブリティはきっと文献を読むとか無理なんだろうなぁ。
図書館に入って小一時間。俺の前には大量の本。ズババババっと流し読みをした文献だ。今のところ、当たりは無い。
んで、俺の小面には頭から煙を出して突っ伏しているブリティ。
その隣には本を開きながら頭をエンドレスコックリのミリア。
「……ツライ。」
本を読むのが苦手だったら、聞き込みをするとか出来るのに、何故か2人とも文献探しをやると言い張ったんだよなぁ。
つーか、この調子じゃぁ秘宝に関する文献を見つけるまでに、どれだけ時間が掛かるか分かんないぞ。
ミリアとブリティは戦力外として、俺1人でどうやって効率的に文献を確認していくか…が肝になる。
今までは「お宝」とかのワードをベースに探していたけど、成果は無し。
「………秘宝って事は、何かの伝承と結びついている可能性もあるかな。」
昔の英雄が使っていたとか、そーゆー物が秘宝として封印された。的な話だったら可能性はあるか?なら、英雄譚とかを探す価値はあるかも。
よし。目ぼしい文献を持ってきて…
「きゃっ!?」
「うわっ、すいません!」
思い立ったら即行動!で立ち上がったら、後ろを歩いていたらしい丸メガネ黒髪三つ編みの女の子にぶつかっちまった。
山積みの本を抱えているのに、ぶつかった衝撃で本を1つも落とさないとは…図書館女子の本を大切に精神、凄い。
「大丈夫ですか?」
「い、いえ!大丈夫です!ちゃんと前を見ていなくてすいません…!」
丸メガネ黒髪三つ編みの女の子はペコペコと頭を下げ始めた。…悪いのは俺なんだが?
「わっ、わ、わぁ、私は急いでいますのでこれでっ!」
「あっ、お?はい…?」
バッビュゥン!と走り去ってしまった。
図書館では走らない方が…。
「ゴルァ!図書館で走るなぁ!」
「ひぃっ!?」
あーあ。やっぱり強面の男性職員に怒られた。ビビりまくる女の子。つーか、職員だとしても図書館で叫ぶのも…。
「ちょっと…何度言ったら大声を出すのをやめられるのかしら?職員として……あり得ないわよ?」
新キャラ登場!バリバリの秘書みたいな女性職員が、静かに男性職員を詰める。
小さい声なのに、見ているこちら側まで届く声質……怖っ!
…さて、気を取り直して調べますか。
えぇっと、英雄譚を探すんだっけか。
「ブリティ、ミリア、俺は英雄譚関連を調べてみるよ。」
「うにゃ?もうオーバーヒートなのにゃ。ボーボーなのにゃ。」
「う…ん……もう朝?」
堂々とギブアップのブリティに、お寝ぼけミリア。何のためにこの星に来たんだし!?
「…好きにしてて良いよ。」
俺が要だ。俺がしっかりしなきゃ。…なんでこんな理由で責任感が増すんだか。
ともかく、10冊程度の英雄譚を図書館の奥で見つけて席に戻ると、相変わらずオーバーヒートブリティと、涎を垂らす危ない顔のミリアが居た。…席、変えようかな。
「ん?本が落ちてるな。知られざる英雄達…ねぇ。」
さっきぶつかった女の子が落としたのかな?
届けてあげたいけど……うん、流石にもういない。まぁ、折角だし読んでみるか。
「…なんだこりゃ。」
知られざる英雄っていうか…妄想英雄なんじゃないか?っていう滅茶苦茶な内容。
英雄が星を作ったとか、英雄が宇宙を割ったとか。世界を作り変えたとか。
意味が分からん。
「しゃぁない。とにかく持ってきた本を読んでみるか。」
それから数時間。
ただひたすらに本を読み続けた俺は、図書館を後にして…やや充血した目を携えてフラフラと歩いていた。
「う〜ん、頭から煙が出ている気がする。」
「えっと…龍人ごめんね?私、頑張るつもりだったんだよ?…アワワ、本当に煙が出ているんだよ!?」
「うにゃ。龍人が使い物にならないのにゃ。…っていうか、そんなフリをしてミリアに支えてもらおう計画な気がするのにゃ!」
「こらっ!私達が全然本を読めないから龍人が頑張って文献を読んで探してくれたんでしょ?そういう事言っちゃメー!だよ。」
「う…何も言い返せないのにゃ。」
う〜ん。支えてくれているミリアの柔らかさが心地よい。
一応言っておくけど、下心なんてなく…まじで頭がクラクラするんだ。
明日からは…程々にしよう。
こうして俺達は初日の文献調査を無事?に終了した。
成果は…無し。辛い。
こうして図書館での文献調査を日々行うこと数日。
俺はとある古ぼけた絵本の1ページを見ながら考え込んでいた。
その絵本に描かれているのは、広大な砂漠にポツンと建っている党。その頂上に英雄が秘密の宝物を封印した。という内容。
これ、ただの絵本だけど…なんつーか、スルー出来ない気がするー。はい、駄洒落でした。
因みに、1つ前のページには大きな桜の木に囲まれた小さな桜の下に宝石を埋め込む描写もあった。
一応調べてみようかな。万が一って事もあるし。
「なぁ、ミリア、ブリティ…」
「な…無いのにゃ。」
正面を見たら、カバンの中をゴソゴソしていたブリティがワナワナと震えていた。
「ちょっとこの本…」
「おかしいのにゃ。ブリティはこの星に来た日からずっと大切に持っていたのにゃ。ここぞという時にエネルギーを補給する予定だったのにゃ。」
…ここぞという時?今は普通に図書館で本を読んでいるだけ。ここぞでは無いぞ。
「もう、この本に囲まれた生活に耐えられなかったのにゃ。それなのに…誰にゃ?」
「ブリティ、どうしたの?」
眼をギラつかせたブリティはミリアと俺を睥睨する。
「考えるのにゃ。龍人はブリティの正面にずっと座っていたのにゃ。だとすると、ブリティの隣にずっと座っていた…ミリアが怪しいのにゃ。」
「え?」
困惑するミリア。何を言っているのか良く分からないのに、いきなり怪しいと疑惑を掛けられたんだ。困惑して当然。
「ミリア。正直に話すのにゃ。…ブリティの煮干しをどこに隠したのにゃ?」
「えっ?私、何もしてないよ?」
「…嘘つきは良く無いのにゃ。ブリティが真面目に本を探さないから、お仕置きのつもりかにゃ?笑えない冗談にゃ。」
真っ向から疑いの目を向けられたミリアが俺に目線を送ってきた。
「ブリティ。仲間を疑うのは…。」
「龍人は黙るのにゃ。敵を騙すのなら仲間から。煮干しを奪うなら仲間から。敵を欺き仲間をも欺く。煮干しに関してブリティは、敵も仲間も関係ないのにゃ。」
「でも…私は本当に隠したりしていないんだよ。」
ウルウルするミリア。しかし、女の涙は女には通じない。
「…気分が悪いのにゃ。ブリティは帰るのにゃ。」
「ちょっ…」
止めようとするも、俺達の声をフルシカトしてブリティは図書館から出て行ってしまう。
「龍人…どうしよう。」
「ちゃんと話して誤解を解くしかないと思うけど…ブリティを追いかけた方が良くないか?俺はちょっと確かめたい事があるから、後から戻るよ。」
「う、うん。そうだよね。ちゃんと話せば分かってくれるよね。」
「あぁ。」
「…行ってくる。」
決意を固めた顔でミリアは駆け出した。
「ちょっと!図書館は走らない!」
「きゃっ!?ご、ごめんなさい!!!」
女性職員にビシッと叱られたミリアはペコペコと謝りながら足早にブリティの後を追いかけていった。
…煮干しであそこまで怒ることないのにな。
とにかく、俺は絵本のやつを調べてみるか。つーか、さっきから気になっていたんだが。
「あの…何か?」
「い、いえ。口喧嘩をされていたのでつい…。」
…ブリティとミリアの煮干し騒動を周囲の人達がとぉっても興味津々な様子で眺めていた。
分かるけど、分かるけど見過ぎだろ。2人が居なくなった後も何故か見てくるし。
俺が声を掛けたら全員がそそくさとその場を離れていった。…野次馬される側って結構嫌な気分だな。俺も気を付けよう。
…よし!気を取り直して絵本にあった桜の木を探すかね。