6-15.選挙戦開幕
徳川家を訪れた翌日。選挙戦が開幕した。
正直な話、この星に来たばかりの俺にとってはあまり関係のない話。…ってなる筈だったんだけどなぁ。徳川舞頼が「古武将の戦刀」が行方不明って話をしてくれたもんだから、俺達ミューチュエル普段の依頼をこなす日々とは違う活動をしていた。
その活動とは…これまで受けていた依頼は一度中止して、白金シティを警備して歩き回る。というものだ。
正直この行動で何かが変わるのかというと微妙だとは思う。でも、俺達が警備しているという行動は確実に織田家にも徳川家にも伝わる筈。そうすれば、もしどこかで古武将の戦刀を使おうとしていたとするなら…その抑止になる可能性が高い。という判断だ。抑止にならなくても、何か深刻な事態が発生した時に対応出来る速度が上がるのは間違いない。
今回の行動について決定したクルルは流石だと思う。
彼女の見解では「古武将の戦刀」を所有しているのは「織田家」「徳川家」のどちらか。
俺は普通に織田家が怪盗アーベルハイトを使って盗んだのかなって思っていたけど、確かに徳川家が俺達に偽情報を流して、俺達が織田家へ注視している事で生まれる織田家の隙間を狙う可能性も否定は出来ない。
まぁ…全てが推測の域を出ない話だけど。
それでもミューチュエルとしては「白金シティ住民の安全を確保する」という点に特化した行動をとっているから、どちらの結果になっても対処は出来そうかな。
んでもって、俺とミリア、ブリティ、クルルの4人はそれぞれの判断で白金シティの色々な所を回っている。
判断基準は「怪しいと思ったら行く」というシンプルなもの。変な行動指針があるよりも個々人が動く事でミューチュエルとしての行動の法則性を消す作戦だ。
そんな訳で俺が今来ているのは、中学校。
織田家の選挙陣営が中学生相手に演説をするという情報を聞いて、一応どんな内容なのかを聞きに来た。
ついさっきまで演説を聞いていたんだけど、内容としては「白金と紅葉の都を観光大国とするべく、テーマパーク事業を進める」というものだ。
中学生からは「紅葉原の自然はどうなるのか?」という質問が出たりしていたけど、「自然を残しつつ、それらを楽しめるテーマパークを建設する」という内容で返答をしていたかな。
うん。普通に話を聞いていて良い政策だなって思ってしまった。
教員の人と話をしたんだけど、徳川家は紅葉をメインにした観光大国を目指すそうで、あくまでも自然を大切にする。という路線だそうだ。
その教員は、
「正直な話、徳川家の政策では何かが大きく変わる訳では無いですからねぇ。娯楽が若干少ない星ですし。世間の反応としては徳川家の政策の方が魅力的だと思いますよ。」
って言っていた。
うん。そうだろうな。
実際に織田家と組んでいるDONは公園建設事業を進めていた筈だし。そのお陰で自然と住民の生活を大切にする企業っていうイメージは根強そう。
となると、クルルとミリアが言っていたDONが星の私物化を狙っているっていう情報がどこまで信憑性があるのか。になってくる。まぁ、元々徳川家陣営に居たクルルが言うんだから間違いはないんだろうけど、それでもその情報を大衆に信じてもらうのはかなりハードルが高い気がするなぁ。
住民から認知度が高い人と低い人だと発言力が違うもんね。勿論ミューチュエルは後者だ。
「あ、そう言えば体育の授業で護身術を教えてくれている方が、丁度いらしてるんですけど…会ってみますか?織田家関係の方ですけど、優しくて人気がある良い方ですよ。」
「へぇ、会ってみようかな。お願いします。」
「はいはい〜こちらです。」
という流れで、俺は今体育館へ向かっている。
中学で護身術を学ぶって凄い良い事だと思う。身を護る術を学びつつ、暴力の怖さも学ぶ機会になるよね。
「はい、こちらの体育館で護身術の授業をしていますので、好きに見学してくださいね。私は所用がありますので。」
「案内ありがとうございます。」
「いえいけ。お気になさらず〜。」
ふんわりと微笑みながら教員は小走りで戻って行った。
もしかして、俺の相手をしていたのが若干迷惑だったのかも。後で謝らなきゃな。
「失礼します〜。」
小さい声で断り文句を入れながら体育館に入る。
と、そこは大変賑わっていた。
「えい!」
「やぁ!」
「とぉ!」
「うりゃぁ!」
「アンドゥートロワァッ!」
「ドッスコォイ!」
掛け声が変なのは気にしない。気にしたら負けだ。
そして、護身術の指導をしているのは…見知った人だった。
「みんな良い気合いですな!そう!踏み込みと同時に腰を捻り、回転の力を拳に集中させるんですな!!」
熱血指導をしている人…ビストだった。
てか、ビストって織田家の人だったのか。
「はい!先生!!」
学生達の気合いの入りようが凄い。やっぱりビストの外見が親しみやすいイケメンだからかな。それに性格も人懐っこい感じだもんな。無意識にモテるタイプだアイツ。
護身術の授業に生徒達もビストも集中しているからか、俺が体育館に入った事を気に留める人は誰も居らず…俺は静かに授業が終わるのを待つ事にした。
………。
……。
…。
授業開始から30分後。
やっと終わったと思ったら、学生達がビストの周りに集まってわいわいとお話が始まってしまった。
…もう帰ろうかな。
「そうなんですな!織田家が掲げる理念は、皆が遊べて、自然も楽しめる、とても良い政策なんですな!」
「ビスト先生!じゃぁ、私達は毎日テーマパークで遊べるの!?」
「間違い無いんですな。」
「そっかぁ。そうしたら、私達が好きな紅葉原もあるし、新しく遊べる場所も増えるし…最高だね!」
「うんうん!ですな!皆で楽しむんですな!」
「でもぉ…なんでそんな素敵な政策なのに徳川家の人達は反対しているんだろうね?」
「それもそうだね。紅葉をメインにした観光大国を目指しても、紅葉に興味がない人は来ないもんね。」
「織田家の方が先見の明があるね!」
「だなぁ!」
学生に囲まれながら選挙の話をするビストはとても楽しそうだ。織田家陣営側にいる事を誇りに思っていそう。
…今話しかけるのはやめとこうかな。これで変に敵対するのも嫌だし。
「あ、龍人なんですな!!」
げっ。体育館を出ようとしたタイミングで見つかるとは!
「よぅ。久しぶり。」
「ビスト先生、この人だれー?」
「この人は高嶺龍人っていって、オラが師範をしている道場に時々来てくれている友達なんですな!オラの弟子達をギッタンバッタン薙ぎ倒した猛者なんですな!」
「すっごぉーい!ねぇねぇ、戦って見せてよ!!」
「いいじゃん!俺もビスト師範が戦うトコ見てぇ!」
げぇ…学生達が盛り上がり始めた。
そーいや、俺とビストって実は戦ったこと無いな。どっちが強いんだろ?
…普通に考えてビストか。うん。自分が強いって思い込むのは危険だよな。
つーか、本当に戦うのか?ビストを見ると深く頷かれた。
「皆、聞くんですな!オラと龍人は……戦わないんですな!」
…おっつ。戦わないんかい!
「龍人と戦うメリットが無いんですな。オラも龍人も強い。戦えばどちらかが大怪我をする事は間違いないんですな。それに、織田家陣営の1人として暴力沙汰として取り上げられるような行動を慎むのが大人のマナーなんですな。」
おぉーごもっとも。
「ちぇーつまんないの。」
「見たかったねぇー。」
「遊び半分で言って良いことと、悪い事があるんですな!いつも言っているように、人の命に対する敬いの気持ちを忘れてはいけないんですな!」
「えっと…師匠さんが亡くなったんでしたっけ?」
「ですな。ライカス師匠…奥様と一緒に亡くなったんですな。あんな悲劇が起きる事はオラは2度と許さないんですな。」
ブワッとビストの闘気が膨れ上がる。
おいおい。学生さん達がビビってんぞ。
「ビストの師匠はどうして亡くなったんだ?あと、少し落ち着け。」
「む………!?ごめんなのですな。」
自分の闘気ダダ漏れに気付いたビストは、学生達にあやまりつつ落ち着きを取り戻した。
「ライカス師匠は…オラも詳しい事は分からないんですな。事故なのかそうでないのかも。でも、オラは事故だと確信しているんですな。あの、あの強い夫妻が…自らなんて…考えられないのですな。」
「そっか…。ビストがそこまで慕う人、会ってみたかったな。」
「今度オラの家に来る機会があったら写真を見せてあげるんでふな。それにおこ…。」
「ビスト先生大変です!白金シティの中心部で織田家と徳川家の支持者達が論争をしていたらしいんですな、殴り合いの喧嘩に発展してしまっているようです!」
慌ただしく体育館に飛び込んできた教員の言葉を聞いたビストは、ピッキーンと視線を鋭くした。
「それはダメなのですな。オラの出番なんですな!」
「ビスト先生頑張ってねー!」
もしかして止めに行くつもりなのか?
「1人で止められんのか?」
ビストはニカっと笑う。
「大丈夫なんですな!今回の選挙で負傷者が出ないように立ち回るのがオラの役目なんですな!ひとっ走りしてくるんですな。」
「すごぉい!ビスト先生正義の味方みたい!」
「ホントだな!きっと徳川の支持者が暴走したんだろ。」
「うんうん。織田家の人達は、私達の生活の事を考えてくれているもんね。」
…俺の想像以上に織田家の支持が高いっぽいな。
「皆、それではオラは行くんですな!家に帰るときに変な騒動に巻き込まれないように気をつけるんですな。あ、龍人!また今度なんですな!!」
シュピッと指で挨拶をしたビストはドッピューン!と走り去っていった。
なんか…複雑な気分だな。
比較的徳川家寄りのスタンスで動いていたけど、下手をすると織田家の方が…って可能性もあるかもしれない。
「それにしても…ライカス……どこかで聞いたことある名前だな。」
ん〜、思い出せない。
「ねぇねぇ。」
「ん?なんだ?」
ツンツンされた方を見ると、さっきまでビストが護身術を教えていた学生達が興味津々な顔で俺を見ていた。
目が…目が…キラキラしてるんですけど!?
「龍人だっけ?」
…呼び捨て!
「そうだよ。」
「強いの?」
「ん〜正直、そうでもないと思うな。俺より強い人なんて沢山いるだろうし。」
「そっか。じゃぁさ、私達と勝負しよう!」
「はいっ!?」
「ビスト先生に教えてもらった護身術がどこまで通用するのかを確認したいんだ!」
「それ良いな!」
「えぇ…?」
困って入口近くに立っていた教員へ目線を向けると、苦笑いで頷かれた。
あ、そうですか。「この子達が言い出したら止まらないんで、気の済むまで付き合ってあげてください」っていう事ですね!
…しょうがない。やってあげるかね。
「よし。じゃぁやってみるか。因みに…俺って木刀を2本使うスタイルなんだけど。」
「それはダメだよ?素手限定!」
「…だよねぇ。」
こうして学生達の「龍人で護身術を試してみよう!」の主役に抜擢された俺は、ここから約1時間…学生達にボッコボコにされたのだった。
だってさ、学生をぶん殴る訳にもいかないじゃん?
それなのに学生達はビストから結構本格的な護身術を学んでいた訳で、そりゃぁボコボコにされるよね。
うん。辛かった。